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6.鳳 祐介  箝口令敷

 

 一つ年下の妹が恋した相手は――わしの親友の一人だった。

 妹とその親友が、付き合うにせよ失恋するにせよ、とやかくは言うまい。それも自分を成長させる経験の場じゃ。

 こう偉そうに語るわしじゃが、自身も色恋沙汰に巻き込まれておる。相手は一回り歳上――二十八歳の看護師さんで、以前、妹の担当をされていた御仁じゃ。

 出会いのきっかけは妹が喘息で入院した二ヶ月前のこと。好意に気づいたのはそれからすぐじゃ。

 何気ない仕草や、周囲とは違う声使いで、なんとなく気づき、今に至る。

 しかし、わし自身は看護師さんと吊り合わないと踏んで、わしからはアクションを起こさないまま、今に至っている。


 よく『バケツをひっくり返したような』と豪雨を表現するが、今はまさにそんな感じの天候。雷鳴轟く雨天の中、ミニバンが駅前のロータリーで停車した。

 看護師さんに礼を告げたわしは、折り畳み傘を開いて車外へと歩み出る。

「祐介くん、本当にここまでで良いの? 私は明日休みだし、自宅まで乗せてあげても構わないんだよ?」

 看護師さんの声音は、わしを引き留めるような響きだった。

「そこまでお言葉に甘えるほど、わしは神経が図太くできておらんのです」

 看護師さんはわしが看護師さん自身の好意を利用していると、知っているはずなのに。

「甘えてくれた方が、お姉さん的には嬉しかったりするんだけどなぁ」

 わしは果報者じゃ。それでも一緒に居たいと思われておるらしい。

 わしはなるたけ嫌われるように振る舞っておるつもりなのじゃが……。

「あ、ジジイだ!」

 親友の声音が雷雨の合間を縫いながら聞こえた。

「おぉ、優哉」

 親友が駅の入り口からこちらに手を振っている。

 渡りに船と優哉を指し示す。

「あの友人と明日の合コンについて話すゆえ、これにて。今日はここまでありがとうございました」

「合コンかぁ〜って、ちょっ、合コ――」

 ドアを閉めて駅前のロータリーから駅構内入り口へ逃げ込む。

「あれ誰? まさか彼女!?」

 雨を避けるべくさらに構内へ進む。

「いやいや、わしには彼女などおらんよ」

「ええ? そうかな? 信じられないよ」

「そこは普通、あっさり頷くところじゃろ?」

 携帯電話が鳴っていることに気付いた。ディスプレイには《新海楓》と標示されている。

 優哉に断りを入れて通話を開始した。

「楓さん、どうされた?」

『…………』

「楓さん?」

 何度も呼び掛けるが、電波状況が悪いのか、通話相手が返事を寄越さない。

 わしの様子を妙に思った親友がたずねてきた。

「どうしたの?」

 通話口を押さえて親友に問う。

「優哉の携帯電話は電波が入っておるか?」

「ん? 今は三本立ってるよ?」

 自分の携帯電話も確認するが、きっちり三本立っている。

 つまりは、通話相手の電波状況が悪いと言うことで決着した。

 携帯電話を耳に押し当てて通話相手を呼び掛けると、こんな返声がする。

『――らせないから……作らせないから……』

「楓……さん?」

『……は!?』

「『は!?』ってどうされたんじゃ」

『そうよ。そうそう、祐介くんと沙雪は同じクラスよね?』

 わしは突然の話題浮上にやや戸惑う。

「そうじゃが、それがどうかされたのか?」

『んふふふふ……いいえ? 別に? あ、それじゃあ、もう切るね、バイバイ』

「はあ」

 相手の用件は終了したらしく、一方的に切られてしまった。

「……なんなんじゃ?」

 首を傾げど答えは出ない。

 微妙な空気をどうに動かしたくなり、親友に声をかけようとしたが、逆に親友が気づかってくれた。

「お腹空いたよ。僕はトウモロコシ料理が食べたい気分だ」

「なぜトウモロコシ?」

「だから気分だってば!」

 親友が高らかに拳を突き上げる。

 この親友は、時々アッパー系のクスリをやっているか尋問したくなるくらいのテンションを有する。

「トウモロコシ料理なら任せて」

「「うわ!?」」

 突然背後に出現した親友の姉の気配は、全く感じ取ることができなかった。

「ひ、姫風!! 心臓に優しい現れ方をしてよ!!」

「善処する」

 生粋の日本人的な返答に苦笑するしかない。

「姫風の料理の腕前“だけ”は信用してるけど、トウモロコシ料理はできるの?」

「できる」

「なにを作ってくれるのかな? 焼きトウモロコシとか?」

「ナン」

「ナン?」

 1.ナン(NaN)とは《not a number》の略であり、コンピューターのプログラミング言語で、数値計算をする際に、正常な演算結果が得られなかったことを示す数値表現。0(ゼロ)で除算したり、演算に∞(無限大)が含まれたりすると生じる。非数のこと。

 2.ナン(ヒンディー)とはインドや中近東の平焼きのパンのこと。トウモロコシ、小麦の精白粉、その他に牛乳・バターなどを練り込んで発酵させてから、タンドールとよぶかまどの内壁に張りつけて焼く食物。

 この場合は後者に違いない。

「ナン」

「なんでナン?」

「ナンが良い」

「なんでトウモロコシの原型を留めてない料理を一押しするのさ」

「愛の形」

 物騒な愛じゃ。


 目的地の違う親友とその姉から解放されたわしは、自宅の農園にて水抜き作業を行っていた。

 地層に水が貯まりすぎると、発育中の作物が根腐れを起こすのだ。

 よって、雨の日も雪の日も農家の息子に暇はない。

 地水は井戸へ流れ込む仕組みを作っており、ひたすら汲んでは川へ流す行程を繰り返していること二時間。

 また携帯電話が鳴っていることに気付いた。手を洗い、母屋へ入り、認めたディスプレイには《新海沙雪》と標示されている。

「姉妹でわしをどうする気じゃ」

 通話ボタンを押すと、親友についての恋愛相談をされている相手――看護師の妹がこう言った。

『あ、おおとりくん?』

「なんじゃ?」

『お姉ちゃんから聞いた?』

「なにをじゃ?」

『あれ? お姉ちゃーん! 鳳くんはなにも聞いてないって言ってるよー?』

 看護師の妹兼クラスメイトが、遠くへ呼びかけしている。

 纏まってからかけてきてもらいたいもんじゃ。

「切っていいかのぉ?」

『あ、ごめんね。かけ直すね』

 言うや一方的に切られてしまった。

「よく似た姉妹じゃ」

 嘆息すると同時に、またまた携帯電話が鳴った。ディスプレイには《新海沙雪》と標示されている。

「はいはい」

『単刀直入に言うと、へ? 単刀直入に言うな?』

 看護師の妹の背後には看護師が控えている気がした。

『え〜とねえ、お姉ちゃんは、その、鳳くんのことがすきゃあああぁぁぁ!? 痛い痛い脇腹が痛い!! お姉ちゃん放して!!』

 耳がキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンとなった。

 うずくまるわし。

『今のなし今のなし。あのね、明日の合コンのメンバーに、わたしも行くことになったの』

「は?」

 それは合コンではなく親睦会じゃ。

寛貴ひろきの了承は?」

『お姉ちゃんから坂本くんのお姉ちゃん経由で連絡が入ってる』

 外堀も内堀も埋められているではないか。

「……なんじゃそれは?」

『そ、そんな訳で、明日のフォローをよろしくお願いします』

 また通話を一方的に切られた。

「…………つまりは」

 思惑を整理するとこう言うことか――

「優哉の個人的な監視と、楓さんの頼みであるわしへの監視が重なり、新海は一肌脱いで合コンに乗り出してくる訳じゃな。楓さんの友人である寛貴の姉・一葉さんを使って、寛貴を動かしてまで……」

 無茶苦茶じゃ。


 これが、「5.縦横無尽」の真相だった。



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