3.相庭梨華 初恋の君
高校二年生になって、私にもようやく好きな人物ができた。
相手は明るくて、朗らかで、日溜まりのような性格の男の子。親友曰く頭の悪さは学年一で、その親友の片想い相手でもあり、惚れにくい私の二度目の恋愛対象だ。
親友の片想い相手を好きになった罪悪感はないけど、後ろめたさは少しだけある。
好きになった人物は幼馴染みと仲が良くて、それは私にとって好都合な為、久しぶりに幼馴染みを自室へ招き入れた。
恋愛対象の趣味趣向を質問する為だ。
しかし、招き入れたまでは良かったけれど、どうにも恋愛対象の情報を訊き出す糸口が掴めず、すでに小一時間が経過していた。
「で、オレサマはなんで呼ばれたんだ?」
嘆息した幼馴染みがカーテン越しに窓の外を眺める。近所の犬の遠吠えが聞こえた。
「お前は最近つっかかってこねえし、かと思えば突然呼び出されるし。玄関口ではおばさんにお菓子を握らされるし……おばさんの中では、オレサマの好物がチ●ルチョコで止まってるんだな。つかチ●ルチョコを常備する家庭ってどうなんだ」
脈絡なく幼馴染みが言いきった。
そんな母の事情を私に聞かれても困る。
私が答えないでいると、幼馴染みが腰を上げてあくびをひとつ零した。
「眠い。帰る」
とうとう幼馴染みは黙りの私に対して、痺れを切らしたようだ。
「待ちなさい」
ドアノブに手をかけて、出て行こうとする幼馴染みを私は呼び止める。
「なんだよ」
不機嫌さを隠そうともせず、幼馴染みが舌打ちをする。
「座って」
「……はあ」
幼馴染みが私を見下ろしながら、あからさまな嘆息を返してきた。
「……その」
実に言いにくい。恋愛対象のことを切り出せば良いのか、外堀からそれとなく訊ねていけば良いのか……。
「相変わらず不器用だよな、お前」
言外に早く本題に入れと、そんなニュアンスが伝わってくる。
「なんだよ、好きなやつでもできたのか?」
見事に言い当てられてしまった。幼馴染みの鋭い観察力に思わず唇を噛む。
「瞼を全開で開くな、気持ち悪い」
「……うるさい」
へ〜、と機嫌を治した幼馴染みは、ニヤニヤしながら座り直した。
「で、誰? オレサマの知ってるやつか?」
ええ、とっても。
私はそっぽを向く。
「教えない」
「なんだ知り合いか」
……なぜわかったのだろう。
「だから瞼を全開で開くな、気持ち悪い」
「……五月蝿い」
ともすれば、幼馴染みが疑問を顔に浮かべた。
「あれ? そういえば、お前の恋愛話は聞いたことがなかったな」
恋愛話は話せない。幼馴染みにだけは、話せる訳がない。
「過去に好きなやつとか居たのか? まさかこれが初恋って訳でもねえだろう?」
初恋と聞いて、胸中の古傷が疼いた。
「居たけど」
私の返答が意外だったのだろう。へ〜、と幼馴染みが目を丸くする。
「お前にも人並みに初恋相手が居たんだな」
「人並みって……酷い言い方ね」
幼馴染みの中の私像を具現化して、一度見てみたいものだ。
「で、お前の初恋相手って誰?」
私にそれを言わせてどうする。
「初恋相手が誰か訊きたいの? ……そうね、私の初恋は……私にとっての汚点よ」
「は? 汚点?」
その事実を抹消したいくらいの汚点。
「恋した相手が最低なやつなの」
殺したいくらいに。
「ふ〜ん」
幼馴染みは気のない返事。
決めた。今、抹消しよう。
「お前の初恋話はどうでも良いや。で、誰だよ。お前が今、気になってる相手ってのは?」
「その話をする前にまずあんたを殺さないとね」
「は?」
私は初恋相手に拳を振り上げた。




