2.新海沙雪 殺人未遂
四時間目を終えて、ようやく昼休みというところで、校内放送を報せるアナウンスメロディーが流れた。
『2年C組の鈴城優哉くん、2年C組の鈴城優哉くん、校長室まで出頭しなさい。繰り返します。2年C組の鈴城優哉くん――』
教頭がなにやら捲し立てている。
鈴城優哉――優哉くんが、ふにおちないとばかりに首を傾げながら、教室を出ていった。
昼食は買い出し組と持参組に別れていて、わたしは後者で、同じ持参組の親友と、窓側最前列の席でランチボックスを広げているところだった。
愛しい優哉くんの後ろ姿を見送っていたわたしは、親友に額を叩かれてしまった。
「……痛いよ梨華」
「聞いてるの? でこざる」
「で、でこざる!?」
「もしくは絶滅危惧種・でこポニ」
わたしの髪型・ポニーテールと広い額をミックスしないで欲しい。
親友の独特な感性に少し疲れつつ、返答する。
「でこポニって、なんだかデコポンみたい」
「デコポンてなに?」
親友は周囲に待機する男子の取り巻き――【親衛隊】に向いても、「デコポンてなに?」と尋ねている。
問われた【親衛隊】の男子たちが、いつまでも説明しないので、わたしがそれを口にする。
「デコポンは、蜜柑系統で蜜柑より――」
「それより、さっきの鈴城くんの呼び出し、なんだったんだろうね」
興味がないとばかりにバッサリ切られた。
デコポンについて語ろうとしたわたし涙目。
親友から優哉くんの話を振られたわたしは、好都合だった。わたしから振ろうと思っていた話題だからだ。
「わたしがパッと思いつくのは来客くらいだけど」
親友は長い足を組み替えて、考える人のポーズをとる。
どんなポーズもサマになる親友に軽く嫉妬。
「校長室に招致するくらいの来賓? そうだと仮定するならPTAか教育委員会クラスになるわね。それに姉の鈴城さんの呼び出しがなかったところを考慮すると、鈴城くんにだけ、用のある来賓になるわね」
VIPと優哉くんの接点が、今一つ想像できない。
「ん〜、他には……鈴城くんは素行不良でもないし」
「素行不良は鈴城さんでしょ」
「あ」
「ん?」
素行不良とは別の――勉強不良について思い当たってしまった。
「もしかしたら、成績関連かも」
「成績関連? 鈴城くんの?」
優哉くんは学年一成績が悪いのだ。
頷いたわたしは、種明かしをする。
「鈴城くん……去年の全期末テストで、全教科、赤点だったの」
「え」
親友の瞳が点になった。
こんな表情をとるのは珍しい。
フリーズから戻った狐顔の綺麗系な親友は、シニヨンに結っている頭髪をイジイジする。
「なにそのギャグ。笑えないんだけど」
「わたしだってそう思いたいもん!」
――愛しの優哉くんと離れたくない。
――優哉くんが退学になったら困る。
そうわたしなりに考えて、彼の学力を知った去年の三学期から、テストの出題範囲を教えてあげていたけれど、結果、優哉くんの点数は平均点の三分の一。
わたしは泣いた。
嘆息した親友が、窓ガラス越しに隣の棟――屋上を眺める。
「ヒートアップしないの。沙雪が鈴城くんスキーなのは解ってるから」
さらっと爆弾発言をされた。
「ちょ!? ここで言わないでよ! 誰かに聞かれたら困る!」
鈴城くんが好きだと言う事実は親友にしか話していないのだ。
わたしは囁きながら釘を刺して、急いで周囲を見回すけれど、こちらに聞き耳をたてている人物は特にいない。変化はなく誰も聴いていなかったようだ。変化があるとすれば、親友の【親衛隊】の人数が、昼休みと言うこともあり、秒単位で増えていることくらい。
「聞かれたら困る? それも面白い冗談ね」
親友の視線は「なにを今さら」と言った感じだった。
「え? どういう意味?」
「沙雪が鈴城くんのことを好きだって、クラス中に知れ渡ってるし」
脊髄に冷水を流し込まれた気分になった。
「え、なんで?」
親友は言いふらして回る性格をしていないはずだけど、まさか……。
「四六時中鈴城くんの方を眺めながら口を半開きにしている沙雪の目撃情報が、クラスメイトのほぼ全員から寄せられているのよ。『正直怖いからやめさせてくれ』『いい加減告白させてあげてよ』『親友でしょ? あのナマモノをどうにかしてよ』『ナマモノとかウケる!』『死んだ魚みたいな目だ』『ぶっちゃけ腐った魚だ』『いやそれは腐った魚に失礼だ!』『相庭さんぼくを踏みつけて下さい』と言う苦情が多数。信じられないでしょうけど、私と仲の悪い女子からもよ?」
すごく長口上です。
じゃなくて! わたしの自爆!?
「待って! ナマモノってなに!? あと死んだ魚みたいな目だって関係なくない!? 腐った魚に失礼だ! ってわたしは腐乱魚以下の存在なの!?」
あと親友に対するSMっぽいのはなに!?
「あとは鈴城くんが『新海さんのポニーテールって良いよね。馬っぽくて』とよく解らない感想をくれたわ」
「感想は嬉しいけど内容がすごく嬉しくない!」
「あ、沙雪、待ちなさい!」
人(【親衛隊】の隊員だけ)で形成されたバリケードを破り、わたしはクラスを飛び出した。
「ぐふぇっ!?」
なにかにぶつかる。
ぶつかったそれを恐る恐る見てみると――
「す、鈴城くん!?」
白眼を剥いて廊下に転がる鈴城くんがそこに居た。
ビクンビクンと痙攣している。
口から泡も吹いている。
「だ、誰がこんな酷いことを!?」
みんながわたしを指差した。




