天からの贈り物
目の前に獣が見える。黒く毛羽立ち、大きな口に牙を備えた凶悪さ。
そんな姿を見たら誰だって驚き、恐怖し、腰を抜かすだろう。俺だってそうだった。
『に、兄ちゃん』
俺の力じゃどうにもならない。だから、頼れる人によりかかる。
『……任せろ!』
木に背中を預けて座り込む俺に向かって笑って見せる。兄貴は怖くないのだろうか。
『兄ちゃんこそが、親父の次に最強だからな!』
そう言っては、俺に背を向け獣と向き合う。一歩一歩獣に近づき、遠のく兄貴の背中。
やめてくれ! 行かないでくれ! もうこの先の結末は知っているんだ!
俺に力がもっとあれば——
『まかせなさい! 聖なる剣が、悪を切り裂くわ!』
『ふんっ、所詮獣よ。魔たる剣が、一瞬で粉みじんに粉砕じゃ!』
白色に輝き後ろに流した長髪と、黒く濡れた美しいポニーテールが目の前で揺れる。
左右の二人が振り返り、口を開いて問いかける。
『『————』』
「いだっ!」
パチンという音と共に鼻に鈍い痛みが走る。
急になんだ、気持ちよく寝ていたはずなのに。
……いや、あまりいい夢じゃなかった気がする。
「お兄ちゃん、朝ですよ」
「メルル」
鼻を揉みながら起き上がると、両手を腰に添えて妹のメルルが立っていた。
さらさらと流れる赤髪に、燃えている印象を受ける赤の瞳。なんて堂々たる立ち姿。俺の部屋に入るなって言ってるのに。
痛みの原因はきっとこいつだ。偉大なる兄貴に何たる暴挙だ、チクチク言葉言ってやる!
「部屋に入らないでって言ってるでしょ。見られてまずいものがいっぱいあるんだから。言葉わかるぅ?」
「安心してくださいお兄ちゃん。メルルはそんなもの見ていません」
「いやいや、口では何とでも言えるよ君ぃ」
「見られてまずいものはお母さんがすべて処分したと言っていました」
「……ぇ?」
急いで立ち上がって調べ始める。
服の下に隠したあれは!? 本棚の影に置いてあったそれは!?
俺が厳選に厳選を重ねた極上の作品たちがぁぁ。
「ないないない……」
「お母さんは『きわどすぎるものは将来の悪』と言っていました。メルルに意味は分かりませんが」
「ないないない……」
「もう、早く降りてご飯食べてください。今日が何の日かわかりますか?」
「知らない知らない知らない……」
「嘘つかないでください。今日は“天からの贈り物の日”でしょう。大人としての第一歩でしょう。きわど
すぎるものは大人には必要ありませんよ。メルルは意味を知りませんが」
大人にだって必要なときはあるよ! 大人だから必要なときがあるよ!!
一瞬そう思ったけど、愛する妹にそんなことは言わない。母さんに怒られるのが目に見えてるからだ。
だからこそ俺は親父に泣きついてやる!
「いってらっしゃい」
「行ってきます……」
俺を見送るメルルを背にして学校へと向かう。
親父弱すぎだよ。何も成果が得られていないじゃないか。何のための筋肉だよ。無駄な筋肉鍛えるなよ。
やはり男たるもの頼れるのは自分だけか。帰ったら母さんに直談判しよう……かなぁ。どうしよっかなぁ。
「てか、俺の鼻大丈夫か?」
今後のことは今後考えよう! 今は学校に集中だ。
朝メルルに鼻を殴られたけど赤くなってないかな?
近くにあるお店のガラスに顔を近づける。特に異常がないか確認だ。
ぴょんぴょんと跳ね返っている俺の髪型はいつも通り。
濃い青色が、俺という男の深みを表しているようだ。
同じ色味の大きな瞳は理知的を超えて全知的と言ってよい。
「きめ細かい」の意味はよくわからないけど、多分俺の肌はきめ細かい!
「特に異常ないらしい」
張り切って学校へ行こう!
歩いて三十分ほど、学校に到着。大きな学校の門にはそれに見合った多くの学生が吸い込まれていく。
「お~い!」
前方から金髪をなびかせた美少女が手を振りながら近づいてくる。
「遅いよ、何してるの」
「ごめんごめん、寝坊しちゃって」
「もう、たっくんのことなんてしーらない」
「ごめんってば」
そんな会話をしながら腕を絡めて歩いて行く男女の横側を早歩きで追い抜いていく。いい朝だ。
自らの所属するクラスに到着し中に入る。
机と椅子が三十組ほど置いてあり、各自席が決まっている。すでに席に座っている奴らに挨拶をして俺も席に座る。
いつもよりクラス内が騒がしい気がする。やはり“天からの贈り物の日”だからだろう。
なんたって天からの贈り物だからな。確かに浮かれるのもわからないでもない。天だもんな天。
……
“天からの贈り物”ってなに?
「“天からの贈り物”とは、その名の通り我々地上に生きる者たちへの贈り物です」
クラスの全ての席が埋まり、教師が入ってきた。今日という大切な日を教えてくれるらしい。
「この天という解釈は、それぞれの宗教によって異なります。数多くいる神から与えられると考える人々もいれば、たった一人の神と考える人々もいます。さらに雨や日差しといった恵みの一種だという考えもあります。我が校では恵みに近い考えを持っています」
「15歳という節目の年に祈りをささげると、各々に適した贈り物が下ります」
「それは武器や道具といった器物、自らが使役できる生物、さらには土地や知識といった千差万別の贈り物がこれまで確認されています。私たちが今過ごすこの大地すら遥か古代の贈り物の一種と考えられています」
「私は本を授かりました。これを機に教師への道が開かれました。あなた方の将来を決めるかもしれない大切な一日です」
「長々と喋っても仕方がありません。早速祈りを捧げに行きましょう」
教師の言葉に生徒たちが沸く。次々に席を立ち教師の後をついて行く。
俺も行こう、何が出てくるか楽しみだな!
クラス一行は大きく荘厳な建物へと入ってきた。ステンドグラスやろうそくが立てられ、厳かな気分になる。
別に悪いことしてないのに懺悔しなきゃいけない気分になるな。
……妹へ、昨日あなたは『私のバスタオル使ったの誰ですか!?』と怒りながら親父のすねを蹴っていましたね。俺が使いましたすみません。
「では、席に着き心穏やかに目を閉じてください」
俺の懺悔が済むと教師が口を開いた。
生徒各々が木造の椅子に座り目を閉じ始める。俺も倣って目を閉じる。
「これは欲しいものを願う場ではありません。ただ無心に天からの運命を受け入れるのです」
母親に捨てられた1/4スケール超カンタタムフィギュアをどうかもう一度ください。
「うぉ!」
「きゃぁ!」
どうした。俺のカンタタムが降ってきて突き刺さったか!?
あれはとげとげしくて安全性にきわどいんだ。謝るから俺にくれ。
声を出したのはすぐ隣の奴だった。目を向けると男の手には金色に光るオノ、女の手には羽の生えたトカゲが座っていた。
「おめでとうございます、あなた方は天から祝福された証です。ほかのみんなもよく祈りなさい」
実際に目の前で起きた出来事に生徒たちは眼を輝かせてまた祈りに戻る。
天様、欲は言いません。金色のカンタタムが自動で動くだけでよいのです。生きていればよいのです。
「天から声が降ってきます。ゆっくり耳を傾けなさい」
喋るカンタタムでお願いします……!
祈りを続けていると、ふと今日の夢のことを思い出す。
……今気持ちよくカンタタムのこと考えていられるんだ。やめてくれ。
そう思っても俺の心に暗いよどみが広がっていく。
確か兄貴が死んだ日の夢だった。獣に襲われて俺をかばって死んでった。
俺は何とか助かったけど、兄貴は助からなかった。獣に腹を裂かれてゆっくりと死んでった。俺の腕の中で冷たくなっていった。
その日は雨も降っていた。泥だらけの兄貴の顔には誇らしげな笑顔があった。
俺をかばうから死んだのに、どうしてそんな顔をした……俺に力があれば……兄貴、なんで死んだんだ。
心がぐちゃぐちゃに混ざっていく——
『『見つけた』』
そんな言葉が脳内に響いた。
『汝、清らかな心を持ち聖の行いを数多くなしてきたわね。合格よ! 私を使うに値するわ! ようやく現世に使い手が現れるのね。待ってなさい世界! 私が行くわ!』
『汝、欺くことを美徳とし魔の才を持つ。合格じゃ! 我と共にあることを許そう! 貴様のような男を待っていた。さぁゆくぞ! 世界に我らが覇道を打ち立てるのじゃ!』
「うわっ!」
「きゃあー!」
目を閉じていてもわかるほど強い光が放たれ思わず目を開ける。
ステンドグラスに反射し金色に神々しい様子をみせる。光だけが降り注ぐのに建物がかすかに揺れ、ろうそくの火が消える。
俺の心にあった黒いよどみも消えていた。先ほどまでのように思考が回る。
『『汝、名前は?』』
金色でおそらく生物、さらには音声付き。天にまします主よ! 私の願いを聞いてくれたのですね!
女の声という微妙なチョイスですが通好みでそれもまたよし!
「俺の名前は、ホムトだ!」
その場で叫ぶと光がより強くなり、辺り一帯を包んだ。
まぶしすぎる、なんて金色具合だ!
目を閉じながら、俺は小さくカランと音が聞こえてきた。
いったい何が降ってきたのか!?
光が収まるとステンドグラスの真下には二人の女が立っていた。
「聞いて驚きなさいホムト! 聖剣アレシオン・セラナがあなたを聖剣の使い手と認めるわ」
「一度しか言わんぞホムト! 魔剣アレシオン・マレシアがお主を魔剣の主と認めよう」
白銀の長髪に小柄な体躯。頭にカチューシャをさしながらアホ毛が立ち上がっている。その声は透き通るように優しく、子守歌に最適だろう。
もう一人は黒髪にポニーテールの長身の体躯。ブレスレットやイヤリング、首にチョーカーまでつけている。独特な声色は大変魅力にあふれ、子守歌に最適だろう。
だけど……
「「ん?」」
女が互いの存在に気づき目が合う。数秒見つめ合った後、俺たちは口を開いた。
「「「えぇぇぇーー!!」」」
カンタタムじゃねーのかよ!
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