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出会い

 午前七時、ドアをノックする音がした。僕は、ドアのほうを振り返ることもせず、返事もしない。ヘッドフォンをしてパソコンに向かい続ける。話し声が聞こえたが、それも気にはならない。パソコンの画面の方が大切だ。

 およそ三十分後、鍵と共にドアを開ける。そしてドアの前におかれた朝食をとり、またドアに鍵をかける。二年前から同じ朝の繰り返しだ。だからといって飽きることはない。呼吸と一緒だ。

 朝食を食べつつパソコンの世界に戻る。それからはずっと一緒。十二時と十八時にドアがノックされるだけで、僕はパソコンに向かい続ける。

 僕みたいな人間を世間では引き篭もりと呼ぶ。またニートと呼ぶ。そして、蔑んだ眼で僕らを視る。馬鹿にして優越感に浸りたいだけだ。「自分達は働いているから偉い」そう思うことで、「普通」の生活をしている自分を僅かでも特別視したいんだ。

 開き直っている訳ではない。親に迷惑をかけているのも判るし、そもそも自分が、その「普通の生活」すら出来ていないことも理解している。子供なのだ。「何か特別なことができる自分」に憧れて、だからこそ「何もできない自分」の存在を否定する。多分、自分の存在を消してしまうのが一番早い。しかし、それすらもできない自分がいた。

 僕みたいな人間は、インターネットの中でしか生きていけない。怖いのだ。普通の人の中で普通に生きていくことが。自分の存在が、存在意義が虚無になってしまうから。そして、たくさんの「自分」がいて、少しだけ安心するから。

 矛盾した生き方も、最初は抵抗があったが、しかし、なれると何も考えないで済むので楽だった。ただ、在るだけ。置物と一緒だ。だが、食事やトイレに行かないわけにはいけなくて、その時は嫌でも生きていることを感じてしまう。これは、この生活を始めてから感じるようになった。

 そんなある日のことだった。午後三時ごろ、ドアがノックされた。この時間に部屋が叩かれることはなく、驚いたが、無視することにした。しかし、いつまでたってもノックは止まなかった。むしろ徐々に強くなっていき、焦燥感をあおるようだった。こうなってくると、不安で仕方がなくなる。嫌なイメージしか湧いてこず、ますますドアの鍵を開けたくなくなるのだが、開けないわけにはいかなかった。

 ドアをゆっくり、半分くらい開けた。親が、悲壮か、はたまた激高の表情で立っているものと思っていたが、違った。眼に映ったのは知らない男の驚いた顔表情だった。しかしそれも一瞬で、男はすぐに優しい顔になった。

「やあ」

 そう言って男は半開きのドアを全開にした。急に引っ張られたので僕は、その場に倒れこんだ。膝が痛くなった。一体どれくらい振りだろうか。

「健介君だね」

 男は僕の名前を言った。何年振りだろう、他人から名前を呼ばれるのは。

『誰?』

 僕は男に当たり前の質問をしようとした。しかし、声が出なかった。いつの間にか、僕は声の出し方を忘れてしまっていた。

「僕は、斉藤真一」

 口をパクパクさせている僕に、真一は笑みを見せ、しかしその笑みには僕に対する軽蔑は視られなかった。

「部屋に入れてもらうよ」

 真一は、強引だったが、約二年間という長い間、他人とのコミュニケーションをしてこなかった僕には真一は畏怖の対象でしかなく、拒むこともできず、ただ、頷くしかできなかった。

「僕が誰で、なんでここにいるのか、健介君にはわかる?」

 部屋に入ると突然、真一は質問をした。

「あ・・うん、えっと親がよんだ。僕が部屋から出ないで、迷惑で、だからあなたが呼ばれた」

 少しずつ発音の仕方を、話し方を思い出し、たどたどしくはあったが返答することができた。

「まあ、だいたいそんな所だ」

 以前にインターネットで調べたことがある。引き篭もりを立ち直らせるために、こうやって家まで来て自立支援をしてくれる人のことを。実を言うと僕は、それを待ち望んでいた。変わらない生活に変化が欲しかったのだ。そして変わるためのきっかけが欲しかったのだ。

「もう一度自己紹介をさせてもらおう」

 そう言いながら真一は、窓のカーテンを開けた。

「僕は斉藤真一。歳は三十五になる。まだ結婚はしていない。君のご両親に頼まれて来た。突然来たわけだが、多分、健介君は戸惑っているに違いない。だが、自己紹介をしてもらってもいいかな?」

 優しい笑顔だった。一瞬見とれてしまう。だが、すぐに視線をはずした。

「えっと・・・」

 何を話していいかがわからない。暫くの沈黙。

「名前は?」

 やはり真一の顔は優しさであふれていた。

「健介。設楽健介です」

「年齢は?」

「18歳」

「普段、何をしているの?」

「パソコン」

 また、沈黙が流れた。耐え切れず僕は大きく息を吐いた。それを見計らって真一は尋ねてきた。

「高校二年生の夏に、退学してからだってね。良かったら、何で退学したのかを教えてもらってもいいかな?話したくないならばそれでいいけど」 

「・・・普通でいることが嫌だった」

 僕は、そう答えた。最も簡潔で明確な理由だったからだ。

 真一は、何も言わずただ頷いた。それは、僕を少し安心させてくれた。

「親は、僕がいじめられて、それで学校に行かなくなって、学校を辞めたと思っている。間違いではないかもしれない。でも、いじめ自体はそれほど苦じゃなかった。殴られるのは確かに痛かったけど、逃げる必要はなかった。それよりも、そいつらを見ていると、自分の存在理由が判らなくなったのが辛かった。小学生とは違う。夢にすがって生きることができなくなった。自分に意味がなくなってしまって、そしたら何もかもが嫌になって」

 不思議だった。僕は決して、僕の気持ちを人に話すことはないと思っていた。だから

ほんの数分前に会った、まだ名前しか知らないこの人に、ここまで弱みを見せるとは考えてもいなかった。でも、自然と言葉が出た。考えるより先に言葉が出てきた。きっとこれは僕の本心に違いない。

「ずっと、何かしよう、しなければいけないとは思っても、行動を起こすことでさらに自分が無意味な存在であることを自覚するのが怖かった。それよりも、退屈に生きるほうが自分に希望が持てた。だから・・・」

「これからも?」

 僕が言葉に詰まると、黙って聞いていた真一が訊いてきた。僕が最も欲していた質問だった。

「・・・変わりたい。自分の存在に意味を持ちたい。でも、何をしていいかがよくわからない」

「何をしたい?」

「わからない。僕にできることなんて何もないし」

「もう一度訊こう。『何がしたい?』今の君ができるかどうかは関係ない。今、そしてこれから君は何をしたいのかを教えてほしい」

「・・・自分を変えたい。弱い自分を変えたい。強くなくてもいい。でも、それでも今の自分を変えて、そして、自分で、自分の力で歩けるようになりたい。そして・・・認めてほしい」

「ご両親に?」

「みんなに、僕自身を含めた、僕を知る人みんなに」

「それには何が必要だと思う?」

「自信。自分に自信がないから、僕は迷ってしまう。だから自信がほしい。もし、あなたが、僕を助けてるために来たのなら助けてください。そのためならなんでもする」

 いつの間にか涙がこぼれていた。真一は僕を見て『よし』と一度だけ頷いた。

「さて、では早速取り掛かろう。時間はいくら合っても足りない」

「何をするんですか?」

「何でもさ。君が楽しいと思えることを全部やる。勉強でもいい。ゲームでもいい。スポーツでも音楽でも、とにかく色んなことをやるんだ。どこか行きたい場所はあるかい?」

「いえ、わからない・・・です」

「よし、じゃあまずはカラオケに行こう」

「え、でも歌なんてほとんど知らないし、カラオケなんて行ったことないし」

「だからいいんじゃないか。言ったろう。全部やるって。それに大声を出すことはとても気持ちがいいぞ」

 その日から毎日、僕は真一と色々なことをした。ボーリングに行った。ゲームセンターにも行った。海にも行った。外に出るばかりでなく、家でも絵を描いたり将棋をしたり、また、遊んでばかりではなく勉強もした。毎日十一時に真一が来る。そして僕の手を引っ張った。そして、クタクタになって家に帰る、そんな充実した日々が続いた。

 あっという間に二週間が過ぎた。その頃になると、真一が待ち遠しくてしかたがなかった。まるでパブロフの犬だ。だが、同時に不安も芽生えていた。二週間、真一と過ごしたが、真一はとにかく何でもできた。歌も絵も、スポーツもすごかった。自信のあったゲームでも負けた。勉強もできた。そんなスーパーマンのような人がなぜ、僕なんかにかまうのかが理解できなかった。


来月末までには第二部を登校したいです。

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