表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/33

8

 リンデの側からは前世の一部を明かし、オードの側からは彼の研究内容について聞いた後。オードはさっそく、リンデを助手として使い始めた。

 最初は資料を並べたりさせるくらいだったが、それは小手調べだったらしい。内容や要求がすぐに容赦なく上がっていって、気づけば研究内容にも踏み込むようになっていた。

「取り寄せた資料の筆写は済んだか? ……ああ、充分だ。じゃあ、返却予定のものを分けておいてくれ。それと探してほしい資料が……」

 神力がないリンデでも、手を動かすことはできるし頭をはたらかせることもできる。オードの要求に無我夢中で応えているうちに、だんだん前世の感覚を取り戻してきた。今世では縁のなかった学術的な単語を思い出して記憶を新たにするのは手始めで、最近――前世の自分が死んで、今世の自分が育ってきた間――発見された知見を学んでいく。

 研究内容だけでなく、政界や神殿の有力者についてなど、前世の自分の方が立場上は近かったのだろうが関心を持とうとしなかったあたりにまで知識が広がっていく。オードは研究以外のことはあまり興味がなさそうではあるが、研究や立場を守るために必要な知識や立ち回りは割り切って身につけていた。そうした如才なさが少し不思議だ。

(尋ねるわけにはいかないけれど……オード様の前世、どんな感じの人だったのだろう……。知識階級にしては実際的な感じがするし……)

 豊富な神力を持っているのだからさぞかし徳を積んだのだろうが、オード自身はそのことを疑っているらしい。強い力を持ちながらそれをひけらかすどころか、むしろ逆だ。利用する気などないらしく――研究には利用しているが、世間的には利用せず――、研究に没頭している。神力も容姿も立場もありつつ、不思議な人だ。

 白い肌に、癖のある黒髪。端正な顔立ち。机に向かってペンを走らせているオードの横顔をぼんやりと眺めていたリンデは、不意にこちらを見たオードの視線にどきりとした。

「なんだ、俺に見とれてたか?」

「え……と、そうです。……すみません」

 手が止まっていた。謝罪して手元の仕事を再開するリンデに、オードはぼやくように言った。

「そこで素直に認められるとそれはそれでやりにくいな。いや、悪くはないんだが。……冗談はさておき、なにか気になることでもあるのか?」

「え……」

 気づかれていたのか。リンデが彼の顔に見入っていたのは、なにも彼の造形に見惚れていたわけではなくて――もちろん彼の美貌は認めているが――、記憶の蓋が開きそうな感じがしたからだ。思えば最初から、彼にはどことなく慕わしいものを感じていた。前世のことを打ち明けようと思ったのも、なんとなくそうした思いがあったからだ。

(……オード様が美しい方だから? いえ、そんな浮ついたものではない……と思うのだけど。でも、優しくしてくださったのは嬉しかったし……)

 自分の心がよく分からない。前世のことが絡むとなおさら分からなくなる。そうした思考を辿るのは、触れてはいけない部分に絡みついた糸を手繰るようなものだ。

 考えに耽っていたが、オードが自分の答えをじっと待っているのに気づき、リンデは慌てて答えた。

「ええと、気になることがあるのはそうなのですが。そのあたりを言葉にできなくて……」

「……そうか。……無理するな」

 オードは短く応えた。その言葉が少し気になる。まるでリンデの思考が前世に絡んだものだと見抜いているかのようだ。

 だが、これ以上考えると頭が痛くなりそうな気がしたので――頭の使いすぎという意味ではなく、前世の触れてはいけない部分に触れてしまう気がして――、リンデは気を逸らすことにした。

 折よく、オードの側からも声がかかる。

「ちょっと働かせすぎたか。最初から飛ばしてしまったかもしれんな。読み書き計算はもちろん問題ないし、理解も早いし、意欲もあるからと無理をさせていたらすまない」

 そう言うオードの手元にあるのは、リンデが探してきた資料だ。彼の求める書籍がとある元老院議員の蔵書だということを突き止めて、交渉して借り受け、必要部分を筆写したものだ。彼の人脈を使ったとはいえ、情報の取り方は前世の学びを生かしたし、交渉は今世の商家での経験を生かした。使えるものを使って自分なりに彼の要求に応えてきたが、確かに大変ではある。

「でも……気持ちは楽です。痛くないし、寒くないし、なによりきちんと食べて眠れるし……」

 きちんと食べて眠ればたいていのことは何とかなるものだと、今世ではしみじみと実感している。前世では当たり前にあった衣食住が今世には欠けていて、それが満たされた今、必要性と重要性を思い知ったところだ。活力が生まれるというか、失敗しても明日は何とかなるだろうと思える。

 リンデはそんな心持ちでいたのだが、オードは微妙な顔をした。

「……決めた。休みを取ろう。お前はちゃんと休ませないと倒れそうだ。出かけるぞ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ