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リンデがそう切り出すと、オードは少し身を固くしたようだった。それを悟らせまいとしていたが、動揺がわずかに表に出ている。それを見てしまうと続きを言うのが躊躇われた。
「……あの……」
「……ああ、すまない。前世についてか。……聞かせてもらっていいのか?」
前世のことは軽々に他人に明かすものではない。数日前に出会ったばかりのオードに、かなり訳ありのリンデの前世について話すのはたしかに危険が大きいことだ。
(それでも……この方になら……)
助けてくれて、名前をくれたこの人になら、話してしまってもいいのではないだろうか。倒れたあの日にオードに助けられなければ、自分はあのまま死んでいたかもしれない。そうでなくても、商家での待遇を考えるにろくな未来はなかっただろう。健康に長生きできる道などとても見えなかった。
(……長生きについては、健康で裕福だった前世でもできなかったのだけど……)
思い出そうとすると、やはり頭が痛む。顔をしかめて頭に手をやったリンデに、オードは焦ったように言った。
「聞かせてもらえるのは嬉しいが、あまり無理はしてほしくない。話すことによって記憶や思考の整理がつく側面もあるのだが……大丈夫か?」
リンデの前世について何やら思うところはありそうだが、その心配は本物だった。自分を心から案じてもらえることが嬉しい。心が温かくなる。
「大丈夫……とは申せませんが。でも……私を拾ってくださったオード様にご迷惑をかけるわけにはいかないので、最低限これだけはお伝えしておかなければと思って。……私は……前世の私は……元老院議員ガイウスの娘でした」
オードは神術研究所に所属する研究員だ。神殿と折り合いがよくないだろうことは推測がつくし、神殿と繋がりの強い元老院との関係も微妙だろう。そんな彼が、助手もとい実験動物として、前世の縁とはいえ元老院に繋がりのある自分を使うのは大丈夫なのだろうかと心配だ。万が一露見したときに相手方にうまく利用され、オードや研究所が不利益を被るかもしれない。
リンデの懸念を、オードは瞬時に正しく把握したようだった。表情に納得の色が浮かび、次いで好戦的ににやりと口角が上がる。
「お前がそうした心配をするのは妥当だし当然だな。そんなお前に追い打ちをかけて悪いのだが、俺の研究分野も思い切りそちら側に喧嘩を売るものだ。転生時の神力の継承について、そうしたお偉いさんがするような説明は正しいのか。そこにメスを入れるものだ」
「…………それは……よくそれが許されますね……?」
思った以上に、というか思ってもみなかったほど、危険な研究だ。オードの身の安全が案じられるほどだ。
オードは機嫌よく言った。
「この国において、神力は一部の特権階級に集中している。もちろん例外などいくらでもあるが、統計的に見れば偏りが瞭然だ。それをおかしいと思う者は俺以外にもたくさんいる。心ある元老院議員もいるし、神力はなくとも実力で富を蓄えた支援者もいるし、俺の研究は必要とされている。この研究所自体、そうした不満に対するガス抜きとして設けられたものだしな。国立機関なのに、だからこそ予算が抑えられているし、視察も入る。それでも公的な機関だから気に入らない研究だろうと理不尽に潰すことはできないわけだ。こちらも公的機関だという事実を盾にして研究を続けている形だ」
「…………」
リンデの身の上だけでなく、オードの状況も充分危ないものだった。リンデが明かした前世にはあまり驚いている様子がなかったが、それはこれだけの事情を抱えていたら少しくらいは誤差だと思えるのかもしれない。リンデは前世が訳ありな自分が余計な危険を呼び込んでしまうかもしれないと案じていたのだが、そもそもオードは危険のただなかにいた。
「ガイウス……リープス卿。元老院の実力者だな。御年六十五だったか。年齢とともに影響力を増し、引退にもまだまだ時間がある」
そう、リンデの前世の父は、存命なのだ。しかも元老院という国の中枢におり、影響力を持っている。彼の娘としての前世の自分が早くに亡くなり、転生後の現在のリンデが十六歳。子供の域を出ていない。だからこそ、前世の親もまだまだ現役世代だ。
(娘だと名乗り出るつもりはないけれど……)
現在のリンデには神力がほとんどない。社会的な立場もお金もない。名乗り出ても互いに利益がまったくないどころか不利益が大きいだろう。前世の自分は父に可愛がってもらったが――だからこそ我儘に育ってしまった面もあると自覚している――、前世とはかけ離れた姿の今世においても同じように可愛がってもらえるとはまったく思わない。リンデは孤児だが、いちおうはどこかに実の親がいるはずだ。血縁もなく、魂が同じとはいっても性格がまるで違い、前世の面影などない自分が名乗り出ても困らせるだけだろう。……あるいは、名乗り出たことを利用されてオードに不利益をもたらす羽目になってしまうかもしれない。何にせよ、名乗り出ないのが一番だ。