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「なんだ、改まって」

 オードが面映ゆそうに少し笑う。リンデは取り紛らせたりせず、真摯に見上げた。

「改めてお礼を申し上げたいと思ったのです。大神殿の前なので、嘘偽りない気持ちをお伝えしたくて……」

 大神殿の敷地内にいきなり神術で飛ぶのは禁じられている。関係者や特に許された者なら別だが、一般の参拝者がそれをするのはご法度だ。防犯面で好ましくないというだけでなく、自分の足で歩いて来ないのは参拝者にあるまじき横着だ、ということらしい。

 なのでオードが飛んできたのも、大神殿の近くだ。リンデから見てオードの後ろに、荘厳な白亜の大神殿の威容が見える。屋根が丸みを帯びているのは、祀る対象である運命の女神ファータが円に関連付けられるからだ。彼女の持物アトリビュートである平たい幅広の輪、運命の輪と呼ばれるそれが意識されている。

 大神殿の中では私語が禁じられているわけではないが、あまり度を過ぎると眉を顰められる。首都の大神殿の評判は国中に響いているので、遠方からの参拝客が引きも切らない。一生に一度の参拝だという意気込みで来る人も珍しくないくらいだ。そうした人たちの邪魔にならないように、そして運命の女神の御前で失礼がないように、みだりに喋りにくい雰囲気がある。

 そのため、庭の中や門の前、あるいは大神殿の建物が見える範囲などで、神にかけて誓うような言葉が交わされるのだ。大事な商談や告白など、真剣だが世俗的なことが多い。

「……お礼は受け取った。だが……それだけか?」

「? それだけ、と仰るのはどういう意味でしょう? 誠意をきちんとお金で表しなさいとかそういうことですか? お金をぜんぜん持っていなくて申し訳ないのですが……」

「どうしてそうなる! ……いや、いい。変なことを言った。忘れてくれ」

 オードが疲れたように肩を落とした。それに首を傾げつつリンデは頷く。

(考えてみれば、オード様はお金に困っておられないものね。がめつい感じもしないし。的を外したことを言っちゃったな……)

 だが、どんなふうに外したのかよく分からず、オードも話を終わらせたいような感じなので、この話はここまでにしておいたほうがよさそうだ。

 そんな一幕もありつつ、二人は大神殿の門をくぐった。

 一歩中に入ると、空気からして変わる気がする。大神殿の建物がどこからでも目に入るようにということなのか、刈り込まれた低木や芝などで彩られ、視界を邪魔しないようになっている。

 広い庭だが、その広さをあまり感じさせないくらい、あちこちに人がいる。いかにも長旅をしてきたとみえる人がら伝統的なトガで威儀を正した元老院議員まで、本当にさまざまだ。裾が黒く彩色されたトガを纏えるのは元老院議員だけなので、身分が一目でわかる。神官もトガ姿だが、質素で飾り気のないベージュ一色のものを纏っている。

「一回りしてから参拝するか? ついていくから任せる」

「ありがとうございます。でも、休んでいてくださってもいいですよ? 連れてきていただきましたが、興味のなさそうな方に強いるのは……」

 オードが少し声を落として言うので、リンデも小声で返した。オードが参拝に興味を持っていなさそうだというのは見ただけで分かるし、最初から想像もついていた。なにせ神殿に喧嘩を売るような研究をしている人だ。だから大神殿に行きたいというリンデの希望は却下されるかもと思ったのだが、オードはそのまま連れてきてくれた。感謝しかない。

「興味がないから、庭でぶらぶらしたり休んだりしていても面白くない。それよりお前を放っておく方が心配だ」

「う……それは……すみません」

 リンデは身をすくめた。何にせよ、すでにここまで連れてきてもらっているのだ。あと少しリンデの参拝に付き合うくらいなら手間でもないという考えだろうか。それももっともなのでこれ以上は言い立てずに甘えることにして、リンデは先に立って建物内へと入った。

 回廊をぐるりと回るように、奥の建物へと向かう。この回廊には壁がなくて開けており、ほとんど装飾的な柱ばかりに見える。だが、この手の建物は実は壁の方が重要で……などと思い出していたときだった。

 リンデは思わず足を止め、ひゅっと息をのんだ。オードがリンデの視線を辿り、表情を険しくした。

(お父様……)

 前世のリンデの父、元老院議員のガイウス・リープスが庭を歩いている。こちらに気を留める様子などないが、当たり前だ。今世のリンデは彼と何のつながりもない。まあ、そもそも顔を知っている者でも気づかないかもしれないくらいの距離だ。柱が目隠しになってもいる。

 現役の元老院議員であるガイウスが大神殿にいても全くおかしくない、むしろ自然だが、まさか出くわすとは思わなかった。議員は好んで大神殿に参拝するものだが、当然のことながら神官ではないので、普段は議場などにいる。

 思いがけず前世の父を見かけて動揺するリンデの傍らで、オードはほとんど睨みつけるような視線をガイウスに向けていた。

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