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その後も少し歩いたり、目に留まったものを食べたりしたが、おおむねそんな感じで特に変わったことはなかった。……オードがやたら女性の人目を集めていたが、これは変わったことというより平常運転であるようだ。隣を歩くことが居たたまれないが、当のオードはまったく気にしていない。
「オード様……その、私……離れていましょうか?」
「? 何を言っているんだ? ここにいろ。目を離したら倒れたり拐されたり迷子になられたりしそうだ。心配だ」
「倒れ……は前科があるので何とも言えませんが! 迷子なんて……私もう十六歳ですよ?」
「年齢がどうでも迷わない保証はないだろう。子と付けたのが引っかかるなら言い換えるが、じゃあ、もう十六歳というのならそういった拐される危険も考えるべきだな」
「……それもちょっと考えにくいと思いますが……」
発育不良のリンデは外見的に十六歳とは見えないだろう。若い娘だからと狙われる可能性もなくはないが、低いはずだ。道端で倒れたりしていたらもののついでに拾われたりするかもしれないが、こうやって普通に歩いているリンデを見て妙な気を起こす輩などいないだろう。
(でもこれ……気遣っていただいたのよね……)
そう思うと悪い気はしない。子ども扱いされたことにはもの申したいが。
そうしたリンデの胸中など知る由もなく、オードは機嫌よさそうに歩いている。店の売り物などを見ているが――なぜか食べ物ばかりだが、リンデとしてはそちらの方が見ていて楽しい――、見られる視線にはやはり無頓着だ。それどころか時折鬱陶しそうにしている。リンデははたと思い至った。
「もしかしてオード様……私を弾除けにしておられます……?」
「よく分かったな」
悪びれずにオードは認めた。女性たちから、もしかすると男性からも言い寄られるだろうオードのことだ。お近づきになりたい者は多いだろうし、それが鬱陶しいと思うのなら早いところパートナーを決めればばいいだけだ。どうやらリンデはそうした扱いらしい。
「……納得しました」
「理解はしたが納得はしていないと言いたいような表情だな。まあそれはともかく、あとどこか行きたい場所はないか?」
「行きたい場所、ですか?」
こう見えてもリンデは首都にわりと詳しい。郊外は迷うかもしれないが、中心部あたりはよく知っている。誰にも明かしていないながら前世は首都に住む裕福な娘だったのだから。あちこちふらふらと歩いていたこともあるし、見たいものは全部見てきた。もちろんオードはリンデのそんな前世を知らないはずなので、せっかくの厚意を厚意としてだけ受け取っておくことにする。
「特にありませんが……あ」
「何だ?」
「もし行けそうなら、大神殿に行きたいです」
何度となく行ったことがある場所だが、今世ではもちろん初めてだ。シーアリット国民は成長過程において何度か親に連れられて神殿を訪れる機会がある。生まれて初めての参拝や、前世を思い出してき始めたときの参拝などだ。少なくとも成人するまでの間は何かと神殿に来る機会が多い。
首都に住む者なら大神殿に行けばいいが、地方に住む者はいちいち首都に来るわけにもいかない。各地の神殿に行けば充分だ。教会の威信にかけて地方の神殿もきちんと保っているだろう。
(私も連れてきてもらったなあ……お父様はお忙しかったから、手伝いの人に連れ出してもらったりしたなあ……)
そんなふうに思い出すリンデに、オードが不思議そうに尋ねた。
「そこまでものすごく信心深いようには見えないのだが、参拝していくか? ここから少し歩くが、それでも夕方までには戻れるだろう」
たしかにリンデは別に信心深くない。とはいえ神殿の教えを刷り込まれているし、信仰心がないわけでもない。
首都の大神殿へは、単に行きたい、観光したい、というのではなく、純粋に参拝がしたかったからだ。
オードをちらりと見上げる。
(こんなふうに拾ってもらえたり……なんだか縁を感じるようなところがあったり。そんなオード様のところへ来ることになったのは、きっと運命の女神ファータ様のお導きだと思うもの)
ほとんど奴隷労働に近い日々の中で知ったのだが、信仰心はそうしたつらい日々を生きるうえでかなり大きな助けになる。……まず、そうまで追いつめられるなという話ではあるが。
「今ならまだアリューゼムの神殿の記憶も確かですし、見比べてみたい気持ちもありますね。神殿って空気からして荘厳な雰囲気がしません?」
「さあ……俺にとっては、本に満たされた空間の方が荘厳な雰囲気を感じられると思うが」
気のない返事でいなし、しかしオードは足を向ける方向を変えた。
「大神殿に行くんだろう? こっちだ。乗り物でも頼むか?」
言葉は嬉しいが。さすがにそこまでは甘えられない。普通の馬車でも、神術仕掛けの馬車でも、リンデにとっては気軽に乗れない値段設定だ。
(オード様みたいに強い神力があれば……移動もすぐなのだけど)