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(歩きながら食べたり飲んだりしても、お行儀が悪いと叱られたりしない……のなら……)

 今世の厳しい暮らしでだいぶ薄れているとは思うのだが、リンデの中には前世の価値観が色濃く残っている。尾を引いている。

 他の人たちの話を漏れ聞くに、リンデはだいぶ前世の感覚を強く残しているらしい。個人差といえばそれまでなのだが、少し奇異になるところではある。

「冷めるぞ」

「! いただきます!」

 考え込んでいたが、そんな場合ではなかった。目の前には湯気といい香りとを立てるマフィンがあって、冷めないうちに今ここで食べないと勿体ないと主張してくる。オードの勧めに意を決して、リンデはマフィンを見つめ……はたと思い至った。

「オード様、このあたりに手を洗える場所ってありますか?」

「手? 汚れたのか? まだ手を付けてもいないようだが」

「いえ、汚れたから洗いたいのではなくて……」

 こういうものは千切って口に運ぶものだろう。だからその前に手を洗いたいのだが、と説明しようとして見上げ、オードがそのままマフィンにかぶりついているのを見てリンデは目を丸くした。

「歩きながらだけでなく……そうやって直接口をつけていいのですか……!?」

「…………お前が何を問題にしていたか分かった。気になるならナイフとかフォークとかを用意するが……」

「……楽しそう!」

 思わず零れたリンデの言葉に、オードは言葉を止めた。リンデはそれに気づかず、続ける。

「それなら焼きたてを冷めないうちに頂けますものね。用意された食事を用意された場所で頂くのも大切なことだとは思うのですが、いかんせん今世はそうしたことにもあまり縁がなくて。あるものを食べられるときに詰め込むばかりだったので、こうやって楽しんで食べられるなんて……」

 言って、マフィンに小さく噛りつく。オードのように数口で食べ終わるようなことはとてもできないが、そのぶん味わって食べ進める。温かくて、柔らかくて、甘くて、美味しい。幸せの味だ。前世で覚えがあるマフィンよりも美味しい気がする。

 そんな風にして頬を緩ませるリンデを呆気にとられたように見ていたオードだったが、ややあって吹き出した。笑いながら言う。

「楽しめたのならよかった。なるほど、買い食いをしたことがなかったんだな」

「はい、ありません」

 前世ではそんなことをする発想も機会もなかったし、今世でもそれは同じだ。理由は真逆だが。

 こんなふうに何気なく、当たり前のこととして食べ歩きを楽しめるのが嬉しい。

「じゃあ、また別のを食うか。何がいい?」

 機嫌よくオードが聞く。そういえばマフィンも一瞬で食べ終わっていたし、空腹なのだろうか。それなら何がいいだろうか。周りを見回して……リンデは思わず視線を一か所に留めた。

「あ……」

 道の端に、座り込む子供たちの姿がある。着ているものは薄汚れて、明らかに栄養が足りていない体つきをしている。

 自分も、小さな頃はああだった。北部の島アリューゼムでは冬の寒さが厳しいから路上生活はしにくいものの、浮浪児がいるのは首都と同じだ。一応は孤児院が機能しているが、お世辞にも環境がいいとは言えない。最低限眠るため、冬の寒さをしのぐため、そうでなければ寄り付きたくないような場所だ。劣悪な環境の子供たちがみんなで仲良しこよしなどできるはずもなく、子供たちをまとめ上げる年長の子はほとんど暴力団の団員のようなものだ。場所によっては実際にそうした繋がりがあり、後ろ暗く危険な仕事を身寄りのない子供たちに任せたりもするらしい。

 だから、リンデがまともな商家の下働きになれたのは幸運なのだ。たとえ扱いが悪かろうと、孤児院での生活や路上生活よりも悪いということはない。もちろん、そのあたりを見透かされて最低限の待遇で済まされていた面もあるとは思うが。

 いろいろと思い出してしまい、リンデの表情が暗くなる。オードはそれを不思議そうに見てリンデの視線を辿り、何を見てそうなったか察したらしい。

「気になるか?」

「それは……はい」

「じゃあ、ちょっと待ってろ」

「?」

 成り行きがよく分からない。首を傾げつつも頷くリンデを置いて、オードは再びマフィン売りのところへ行って戻ってきた。なぜかマフィンを箱ごと抱えている。

「……それ、いったい……」

「配ってくる。待ってろ」

 絶対に一人では食べきれない量だ。まさかマフィン売りでも始める気になったのだろうかと思ったのだが、オードは浮浪児たちのところへまっすぐ向かうと、何やら話しつつ一人ひとりにマフィンを配り始めた。

(マフィン売りではなくて、慈善活動をしたかったということ……?)

 どうしていきなりそんな気分になったのか分からないが、していることは立派だ。なかなかできることではない。素直に感心しつつ見ていると、浮浪児の一人がこちらへ走ってきた。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「え!? 私?」

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