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 リンデはその提案を固辞しようとしたのだが、オードは聞き入れなかった。まだここに来て少ししか経っていないのに休みなんて頂けないと言うと、そもそもここへ来る前から休ませてもらっていないだろうと返された。確かにそれはそうなのだが、オードには関係のない話だ。しわ寄せが行ってしまう形になるからと遠慮したかったのだが、そんな遠慮は不要だと言わんばかりにオードはリンデの手を引いて研究所の外へ出た。

「休みって……今日の今からですか?」

「ああ。急ぐ研究もないし、休みを取る権利は溜まってる。今日それを行使したところで誰の迷惑にもならないから大丈夫だ」

「それなら……少しは安心ですが」

 国立の機関だからもっと自由度が低いものかと思ったのだが、意外とそうでもないらしい。前世においても神術研究所とは縁がなかったし、今世においては言わずもがなだ。自分が世間知らずであることを自覚しているリンデは余計なことを考えるのをやめて口をつぐんだ。

 リンデが逆らわずについてきていることを確認し、オードは繋いでいた手を離した。

「あ……」

 手を離されただけなのに何となく頼りない心地がして、思わずオードの顔を見上げる。

(……? 頬が赤いような……?)

 そんな気がしたが、声に出しては言わない。見間違いかもしれないし、子供のように手を引かれてついてきたリンデのことが恥ずかしかったのかもしれない。どちらであっても答えを引き出したくないので黙っておく。

 オードは少し顔をそむけて早口に言った。

「……休みというからには自由にしていていいのだが、部屋に帰してもお前のことだから何かしら仕事を見つけて結局休まらないだろうと思ってな、外に連れていくことにした。……戻って寝ていたいとか、あるか?」

「ええと……いいえ。仰るとおりだと思います」

 オードの推測通り、一人きりで自室にいるなら何かしらやることを見つけて手を動かしてしまうだろうと思う。前世の自分であればゆったりとお茶の時間などを取って本でも広げるのだろうが、今世の自分は休むのが下手だ。自覚している。そんな機会などなかったのだから当然ではあるのだが。

 寝ていたいと思わないこともないが、昼間から眠ってしまうと夜に寝付けなくなるだろうとも思うし、結局何かしらの理由をつけて寝ないだろうと思う。

 オードは研究室に寝泊まりしており、リンデに自室として割り当てられたのも研究室の一室だ。小さい部屋に寝台と最低限の家具だけを運び込んで簡易的に生活できるようにしてもらったのだが、リンデにとっては家具も最低限で充分だし、自分の寝台があることだけでもありがたい。商家では雑魚寝状態だったうえ、下働きのなかでも立場が低かった自分はろくな寝具も持っていなかった。

 正直、いまだに慣れない。自分だけの空間があること、自分ひとりの時間があること、これらは今世のリンデについてあまりに贅沢すぎることだったから。

 自分というものが希薄で、命令されることに慣れ切ったリンデは、オードに連れられるまま異を唱えずに道を歩いていたが、だんだん辺りの様子に気を配る余裕が出てきた。

(首都……ペルディウム……)

 研究所があるのは郊外だが、アリューゼムに生まれ育ったリンデの目から見ると郊外ですら立派な都会だ。整った街並みも、木々などの自然物が計算されて配された様子も、いちいち洗練されている。北部の島アリューゼムは中心部近くにまで森が続いていたり、街から出ると道が一気に悪くなったりといかにもな田舎だった。それが悪いというのではないが……

(……目新しい、と言うべきなのかしら……)

 研究所のあるあたりこそ知らないものの、前世のリンデはペルディウム生まれのペルディウム育ちだった。街が大規模に発達した首都であっても迷う心配がないくらいにいろいろな道を知っていた。

 リンデのそんな事情を知るわけもないオードだが、中心部の方に行くつもりはなさそうだった。

「休みのついでということでいいんだが、このあたりのことを知っておいた方がいいだろうと思ってな。今日は郊外を歩くだけにしようかと思っている。あまり歩かせすぎるのも休まらないしな」

「お心づかい、ありがとうございます」

「で、だ。街を歩くのにその格好もどうかと思うわけだ」

 リンデの服装はべつに変わったものではない。黒服ばかりを着ているオードに合わせて、黒っぽい上着やスカートをブラウスに合わせているだけだ。そうした一般的な服であれば研究所内でも調達できる。自由になるお金をオードから渡されたとはいえ、余計なことに使うつもりは全くなかった。

「何か問題でも……?」

「いや、問題ない。別におかしいところなどないが、研究所での服装そのままというのは休暇らしくない。気分を変えさせるのも目的だし、今日はちょっと別のものでも着てみないか?」

 言うなりオードは店の戸をくぐった。どうやらブティックらしく、ハンガーに掛けられた服が店内にずらりと並んでいた。オードは最初からリンデをここに連れてくるつもりだったらしく、動きに迷いがない。

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