「ほら、手を出しなさい」
地面に座り込み、立てた両膝の間に顔を埋めていた少年の耳に、芯のある声が届く。薄汚れた浮浪児である自分に用のある人間などいるはずがないと思ったが、他に人もいない。怪訝に、また億劫に思いながらのろのろと顔を上げ、少年は間近に人の顔を認めてぎょっとした。いかにも育ちのよさそうな少女が自分を覗き込んでいる。何かは分からないが上品な香りも漂わせている。……一つだけ分かるのは、自分とは縁のない種類の人間だということだけだ。
自分に声をかけたと思しき少女は、整ってはいるが気の強そうな顔をしかめてこちらを真っ直ぐに見ている。黒い巻き毛が品の良いリボンで飾られ、強情そうなくっきりとした眉がひそめられている。
少年は思わず目を逸らした。いかにも家柄のよさそうな少女の目に自分がどのように映っているか、考えたくもなかった。豊かさを見せつけるような少女の白い顔が眩しくも憎らしい。惨めな物乞いの自分の前からさっさといなくなってほしかった。
「ほら」
少女はなおも言い、少年の鼻先に握り拳を突き付けた。少年は更にぎょっとして顎を引く。と、少女の手から何かが少年の服に当たって落ちた。立てた膝を慌てて崩し、それが美しく個包装されたお菓子だと見て取り、ただでさえ血色の悪い顔から更に血の気が引く。いかにも高級そうなお菓子を落としたお嬢様がどんなふうに癇癪を起こすか、想像もつかない。拾って返せればいいのだが、少年の手も服も汚れている。そんな手で拾われた物を口にしたいと思うお嬢様などいるはずがない。
動くに動けずにいる少年を見て、少女は更に眉をひそめた。
「もしかして、オレンジ入りのチョコは嫌いだった? 私は好きなのだけど。それならナッツ入りのはどうかしら」
少女は地面に転がり落ちていたお菓子の一つを無造作に拾い上げ、包装を剥いて、あろうことか口に入れた。甘味を口の中で転がしながら、すいっと指を振る。少女の指の動きに従って、地面に転がっていた数個のお菓子が宙を飛び、少女が肩に掛けている鞄の中に納まった。少女はその鞄に手を入れ、何かを探り当てる。それを掴み出すと、再び少年の鼻先に突き付けた。
落とされてはかなわないと、少年は咄嗟に手を出して受けた。少女は満足げに微笑んだ。
「なんだ。手、動くんじゃないの。よかったわ。オレンジの方もあげるわね。美味しいから」
その言葉とともに鞄から先ほどのお菓子が勝手に飛び出して少年の手に収まった。呆然としている少年を置いて、少女はくるりと踵を返した。そのまますたすたと歩き去ってしまう。
「……………………」
少年はしばらく動けなかった。
お菓子を貰ったのだということを理解したのは、それを目敏く見つけた他の浮浪児たちが走り寄ってきたときだ。取られまいと必死になって守りながら、少年の頭の中には、型破りな令嬢の姿が焼き付いて離れなかった。