9 カリナ
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カリナが入れ替わったのは隣国の新しい屋敷を散歩している時だった。ニホンとは違う空気が辺りを漂っていた。気持ちの良い日だ。空は抜けるように青く、雲が綿菓子のようにふわふわと浮いていた。木々が青々として若葉が瑞々しい。
チューリップやパンジーやビオラ、薔薇の花が咲き誇っていた。
思わず笑みが溢れていたのだろう。
「素敵な一日が始まりそうな日ね」と知らず独り言を言っていた。
「急で申し訳ないけど素敵な一日を僕にもらえないかな、駄目?」
驚いて振り返るとクロードが爽やかな笑顔で誘ってきた。カリナは思わず見とれてしまったが何とか顔に出さずに答えた。
「今日は何も予定はないわ、付き合って差し上げても良くってよ」
「それはとても嬉しいな。光栄です僕の姫」
なるほど香里奈さんが言ってた通りクロードは爽やかイケメンに成長したのね。プロポーズされたと言っていたわね。デートをして為人を見るチャンスだわ。
幼いクロードは可愛かったわ、女の子と間違えそうになったくらい。
「何処に誘ってくださるのかしら」
「公園でボートに乗れるんだ。行ってみない?」
「良いわね、楽しそう。じゃあ準備をしてくるからお茶を飲んで待っていてくれるかしら」
「ゆっくりでいいよ、綺麗にしておいで」
やっぱりこちらの世界の男性の話し方は落ち着くわね。気障が板についてるんですもの。クロードだからかしら、心がこもっている気がするの。
薄い桃色の膝丈のデイドレスに白いつば広の帽子をかぶった。靴は歩きやすいヒールの低いものにした。
「とても可愛い、良く似合っているよ」
「ありがとう、クロードも素敵よ」
馬車で三十分ほどの所に公園があり、歩いて行くとボート乗り場があった。
先にクロードが乗り込みカリナの手を引いて乗るのを手伝ってくれた。
水が透き通り小さな魚が泳いでいるのが見えた。木々が枝を揺らして木漏れ日がキラキラと輝いていた。
「何かわからないけど今日は雰囲気が違うような気がする。気のせいかな」
「えっどのへんが違うと思ったの」
「今まではお姉さんぽかったけど今日は可愛い。ほら色々凄いものを生み出してこの国を発展させて来ただろう。僕には手の届かない所へ行ってしまいそうだったんだけど、今は身近に感じるんだ。カリナとこうして一緒にいられて奇跡のようだ」
「大げさね。それに気の所為よ、遠くなんて行かないわ」
「考えなしでろくでなしの王子の婚約者になって、傷つけられて眠ってしまっていたじゃないか。死んでしまうんじゃないかってどれだけ心配したか解ってるの?」
「ごめんなさい、もう馬鹿なことはしないから泣かないで」
クロードの涙は透明でポロポロと零れてハンカチで拭いてもなかなか止まらなかった。美形は泣いても綺麗だった。
思わず抱きついてしまった。クロードはびっくりして直ぐに泣き止んだ。顔が真っ赤だ。可愛い。
危ないわ、香里奈さんと入れ替わっていたことがばれそう。せっかく頑張って色々作ってくれたおかげで生活がしやすくなったけど、私の手柄ではないんですもの。でも向こうの世界って便利な物が沢山あったわね。それにしてもクロードは鋭いわ。返事をする前に入れ替わりのことを打ち明けた方が良いわね。
クロードが結婚したかったのは香里奈さんだったかもしれないのだから。
そう考えると気持ちが沈んだ。でも話さなくてはいけない、騙すのは良くないもの。
まずはお母様たちに打ち明けてからにしましょうか。一番心配をおかけしたし。
昼食はクロードがバスケットに詰めて来てくれていた、ハムとチーズのサンドイッチと具沢山の野菜スープと瓶入りのプリンを紅茶と一緒に食べた。
泣いたのが恥ずかしいのかちょっと横を向いていたけど両手で顔を挟んで
「クロードこっちを向いてくれないと寂しい」
と揶揄ってみたら直ぐに反撃された。
なんと顔の前が暗くなり唇に柔らかいものが押し当てられた。もしかしてキスなの?ファーストキスってこんな感じなのね。思わず距離を置いてしまった。
悪戯な顔でクロードが笑っていた。
「驚いているカリナも可愛いよ」
顔が熱くて俯いてしまった。胸がドキドキするわ。
それからはお互いに照れてしまい公園を手を繫いで歩いた。
クロードの手ってこんなに大きくなっていたのね。男の人の手だった。
人気のカフェでお茶をして帰ることにした。白い外壁に赤い屋根の可愛らしいお店だった。奥の目立たない所へ通された。落ち着ける場所だ。お互いの侍女と護衛もお客として見える所に座っている。私はガトーショコラと紅茶、クロードはチーズケーキと珈琲を頼んだ。
人気店だけあって美味しい。屋敷の皆にお土産に買って帰ろうかなと考えながら楽しんでいると賑やかな女の子同士の声がした。
そのうちの一人が「クロード様偶然ですわね、ご一緒してもよろしいですか」と名乗りもせず話しかけてきた。楽しかった気分が台無しになった。
礼儀をわきまえない女性にクロードは
「名を呼ぶ許可は出していない、気分が悪い。カリナ出よう」
と言って肩を抱いて店を出た。支払いは侍女がするだろう。危険であれば護衛が守るはずだ。
待っていたサウザンド家の馬車に急いで乗りシュトレイン家に帰ることにした。
「カリナ、僕のせいで気分を悪くさせてごめん。顔色が酷く悪い、手もこんなに冷たくなって」
「クロードのせいではないわ。さっきの人何処かで見たような顔だと思ったら元婚約者を誑かそうとして失敗した女性に良く似ているの。似顔絵しか見たことがないんだけど」
「国にいられなくなってこっちに来たって事か、処罰を受けたんじゃないの、王族を誑かそうとしただけで重い罪だよ。知り合いでもないのにどうして声をかけられたか分からないけど。
カリナに何かあってはいけないからおじ様達に話をしておこう」
「国外追放がこの国だったって事ね」
せっかくの公園デートが台無しになった。詰めが甘いのよ、あの国は。
阻害認証の魔法をかけておけば良かったわ。油断大敵だ。