3 漸くの気づき
よろしくお願いします
それから暫く交流が続き二人は婚約した。カリナ七歳、王子九歳の時だった。お互いに婚約者としての付き合いは順調だった。誕生日には鉱石の本をプレゼントしたりブルーサファイアをはめ込んだ飾り剣を贈った。王子からはエメラルドの髪飾りやペンダントが贈られていた。
さり気ない好意が感じられ、微笑ましい婚約はこのまま上手くいくと皆が思っていた。
カリナの魔力は秘されていた。使っても小さな魔法だけ、王子様には敵いませんという体を取っていた。
アレクサンドル王子と共にカリナの王子妃教育が始まった。王子が侯爵家に婿入りするという体制を取り王太子のスペアとしての教育も始まった。
アレクサンドル王子は天才型ではない。努力して自分の力にしていくタイプだった。王太子は天才型で一を知れば全て理解した。カリナも天才だったが上手に隠していた。アレクサンドル王子はいつの間にか鬱憤が溜まっていたのだろう。
兄に比べて何も優れた所がない自分を知らず知らず卑下していった。鉱石の研究に楽しさを見いだすようになった。鉱石の研究で兄を助けられたらどんなに幸せだろうかと願うようになった。国中には鉱石の出る山が沢山あった。
鉱石を国中から取り寄せて研究を始めた。
石の特質を調べて建物に向いているとか、道路に向いていると考えていると楽しくて時間を忘れた。侍従が何度お茶会の時間ですと声を掛けても反応は無かった。
当然カリナと会う時間は忘れられていった。月に二回お茶の時間が設けられていたが待ちぼうけを食うのはカリナだ。朝からメイドが腕に縒りをかけた装いも目に入ることはなかった。
最初は三十分の遅刻だった。焦ってやってきたアレクサンドルに好感を覚えたくらいだった。
徐々に一時間になり二時間になったが、来てくれるだけましだと思って我慢していた。それがお茶を飲んだら直ぐに立ち上がって去ってしまうようになった。ドレスを褒めてくれてもいいのではと思ったのにスルーされた。
朝からメイドが腕に縒りをかけて整えてくれたのに気付きもしない王子に気持ちが沈んだ。何処を見ているのかさえわからなくなった婚約が虚しくなった。
しまいにはお茶会に顔も出さなくなった。完全に忘れられている。それでも待つだけは待たなければ不敬になる。カリナは段々心が疲弊していった。
あまりの酷さにシュトレイン侯爵家から婚約解消の願いが出されたが、王家は頑なに認めようとしなかった。
ついにお茶会は無くなった。
婚約をして王子教育と共に領主補助教育が始まり、息抜きとして好きだった鉱石の研究で成果を出していたが、肝心の婚約者を顧みなくなった王子に王家は平気な顔を決め込んでいた。
カリナは会えない婚約者に気持ちを持ち続けるのが辛くなった。
アレクサンドル王子は学院に入る十五歳になっていた。勿論Aクラスだった。学業が忙しくなるため領主教育は止まる事になった。冷静に考えれば王宮に残るのか侯爵家に婿に入るのか考えなくてはいけない時期だったが、何も考えようとはせず何故か誰も忠告しなかった。
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学院には金鉱石の産地として近年名を上げている子爵家の令嬢も入学していた。
成績はCクラスだったが綺麗な容姿をしていた。潤んだ様な黒い瞳で見られると令息達が骨抜きになるとまことしやかに噂されていた。十五歳だというのに胸とお尻が立派過ぎると評判らしい。
アレクサンドル王子は授業が終わると研究に勤しむため王宮に帰るべく急いでいた。しかし角を曲がった所でぶつかったのが件の令嬢だった。
「すまない、怪我は無かっただろうか。立ち上がれるか?」
「大丈夫でございます。私こそ前を見ていませんでしたので申し訳ございませんでした」
「サンドルという。医務室に行かなくていいだろうか」
この時はまだ令嬢の事を知らなかったので用心の為、名を一部しか伝えなかった。
「ミーナ・サウザンドと申します。大丈夫でございますわ」
「サウザンド子爵令嬢気を付けて」
「ありがとうございます」
ミーナはぶつかったのがアレクサンドル王子だとわかっていた。わかっていてぶつかったのだから。
少しずつお近づきになるつもりだった。あの美貌で王族を隠しているつもりなのが可笑しかった。
なんてお子様な王子様、何としてでも縁をつないで自分のものにしよう。
自分で落とす自信があったが家の金で圧をかけるのも良いかもしれないと心の中でニンマリした。
ミーナの家は金鉱山が見つかり今や飛ぶ鳥を落とす勢いがある。王に国家予算くらいの税金を払っている。王子様の一人くらい頂いても罰は当たらないんじゃないかしらと、不敬なことを考えていた。
鉱石オタクとしてアレクサンドル王子は有名だった。だから石の勉強は上辺だけ一通り勉強して入学した。詳しかったら勉強を教えてと頼めないではないか。
こうして斜め上のミーナの作戦は幕を開けたはずだった。
アレクサンドル殿下はクラスが違う。食事は自分の研究室で侍従が持ってくる物を食べているらしい。近づくには帰りの時間しかない。
アレクサンドルも昨日ぶつかったのが、近頃金を産出している子爵家の娘だと直ぐに理解した。そしてその目的も。
ぶつかって来たことを不敬で咎めても良かったが敢えて触れなかった。
刃物でも持っていたら直ぐに処刑になるところだ。
税金は多いほうが国が潤う。これ以上のことをすればそれなりの対応をするつもりだ。
自分には婚約者がいたのに暫く会っていない。そこで漸くお茶会をすっぽかしていたことを思い出した。急いで花束を用意してシュトレイン侯爵家に向かった。
当然対応は冷たいものだった。
「お嬢様は具合が悪くお会いになりたくないと仰せでございます。殿下であろうとお帰りくださいませとのことでございます」
「体調はどうなのだろうか、酷く悪いのか?それと今更だが大変申し訳なかったと反省していると伝えてもらえないだろうか」
「旦那様にお伺いしてお伝えするか決めていただきますので、お帰りくださいませ」
アレクサンドルは漸く自分の犯した罪を自覚した。あんな可愛い子を忘れていたなんてどうかしていた。身の破滅だ。きっとお茶の時間もずっと待っていてくれたのだろう。それも一回や二回ではない、多分何十回だ。お菓子を食べて笑う顔が浮かんで離れなかった。
あまりの罪の重さに直接会って謝りたかったが、それは完全な自己満足だと自覚していた。
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この頃カリナに不穏な噂が入って来ていた。鉱石の研究だけでなく女子生徒と浮気をしているらしいと。
読んでくださっている皆様、有難うございます。これからもよろしくお願いします。