1人目 Ⅴ・ヤクイ 糸
「ママ……」
「ママ?…っああ、幻覚ね。じゃあ…ちょっと離れた位置にいるから……頑張って…」
トタタタタ………
「まっ…行かないでくれ…!」
喉がまだ枯れていて、大きい声が出ない。
「ヤクちゃん、今までどこに行ってたの?ママ探すの大変だったんだからね。何時だと思ってるの?今まで何してたの?そのまま、探すのやめようと思ったんだけど。本当はお酒飲みに行く予定だったのに。早く帰ろう?ほんとに、なにしてんの?」
「そんなに…一気に聞かれても…」
「そうだヤクちゃん!ママね?髪染めたいんだ。だからさ一万頂戴?ね?お願い。あと…病院の分のお金も欲しいから、やっぱり二万!お願いします!」
「……なんで…病院行くお金ないの?」
「…わからない」
わからないじゃないよ…クソ…クソ………これは参るな。幻覚だし…殺しても良いのでは?
でも…
「お金くれないの?」
「嫌だ」
「何で?」
「何でって…」
決まってんだろ…そんなの。
誰も同じだと思うぞ…ドブにお金は捨てたくない。
どうせ渡しても…お酒代になって…また、足りなくなったって要求してくるだけだし。
何なら、あんたの病院だろ?俺にはなんの関係もない。
「ねぇ…お願い!」
「……今月16万入ったでしょ…あれはどうなったの?」
「わかんない」
本当に嫌いだ。
俺は、これと和解というか…まあ、とにかく良い方向へ持っていかないといけないんだろ?でも…こんな奴とどう和解すれば…
大体なんで、10日も経たずに8万使えるのか。勿論、家賃とかは別だ。何ならその家賃や光熱費とかを俺が出してるまである。ついでにこいつのスマホ代も。
………そうじゃなくて!和解とか、ほら、何か思い浮かんでくれ。
…………無駄だな。こんなやつに…時間をかける事自体勿体ない。
「……産んでくれてありがとう。さようなら」
ザクザクザクザクザクザク……
グチャッ…ベチャッ…グチャッ……
「そろそろかな…戻ろう」
スタタタタタ…
「え?ヤクイ…さん?何で地面をそんなに……ま、まずい!止まって…下さい!戻れなく…戻れなくなります!!ヤクイさん!!!!!」
「うわっ!びっくりした!…………危なかった…」
楽しくてつい。……楽しくて?………ああ、やったのか、俺。
「どう…でした?」
「今…すごく解放感が来てる。心の中の蟠りが無くなったかのような。すっごく気持ちが楽だ」
「そ…そうですか。……あっ、そうだ。ほら、これ…見てください。カインが落としたものです」
「これは、鍵と…目?」
「目は…最終的に残っていた部分です。消えなかったので…持って…きました」
「なあ、一つ聞いていいか?」
「はい?」
「俺…いまどんな顔してる?」
「普通です。出会った時とか…さっき起きたときとか…その時と変わりありません」
「そうか…そうか!ごめん!切り替える!」
読んで字のごとく、赤の他人は気にするな。もう忘れよう。
「その目、貸してみてくれないか?」
「はい、どうぞ」
これ越しに見ると、どうなんのか気になった。きっとドロップ品だろう。これでレンズを作りたいな。
「それ越しだと…どう見えるんですか?」
「なんかね、色々見える。相手の次の行動の予想とか……俺に手を伸ばそうとしてるでしょ」
「おお…凄い!」
「でも、要らない!」
火球を出して、そこへ放り投げた。
ポイッ…ジューッ…
「え…良いんですか?」
「つまらなくなるだろ?先の行動が分かるなんて」
「……ふふっ、なんか…らしいですね。たしかに、ヤクイさん、そういうの頼らなそう」
「そう?」
「はい。……で、この鍵なんですが…いったい何に?」
「それは、あっちと合流してから分かるんじゃないか?早速行くべ」
「はい」
ハルル達は上手くやっているだろうか?
▲ ▶ ▼ ◀ ▲
最初に皆でいたと思われる方向へ進んでいたら、ラフアンからある事を訊かれた。
「あの…ヤクイさんは…その」
「どした?」
「えと…もし、嫌なら無理に喋らなくても…いいけど。ヤクイさんはさっき…幻覚が出たときに、〝ママ〟と…言っていましたよね?」
「そうだな、親が幻覚として出てきた」
「その…訊いていいのか分からないんだけど……さっき、地面を攻撃してたよね?……あれってつまり…」
「うん。そゆこと」
「あっ……そうなんですか…」
まあ、理解されないことのほうが多い人生だから、ドン引きされることなんて慣れている。彼もきっと、俺の行動、ケロッとしている態度、そういうところに嫌悪感が出ていることだろう。
大体こんなもんさ。でも、それが無かった奴も幾らかいた。そいつ等は俺の数少ない友人だ。……でも、彼等がもし仮に亡くなったとしても俺は本当に何も感じないだろう。沢山イメージしてみた。友人が突然、次の日から会えなくなる。そんな感じのことを沢山。
だけど、申し訳ないけど何も感じなかった。客観的にこの考えを見てると、ただのイタイやつなんだよな。
「……引いた?」
気がついたら口が開いていた。俺は何を確認しているんだろうか。事実の再確認をしたところで、ただ虚しくなるだけなのに。
「正直…引いた」
「だよな…」
「でも、その背景を自分は知らない……から!だから…」
ぎゅっ
「少しずつ……君のことを教えて欲しいな……」
「っ!」
ヤバい…歳のせいか最近涙腺がゆるゆるなのよ俺…手を握られるとは思ってなかったし…それどころか、歩み寄るなんて。全く…良い笑顔しやがって。
「変わってるよ…あんた」
「お互い様」
グスッ
しばらくして、また歩き出した。
「さてと、2人を探そう」
「はい」
つい長く駄弁ってしまった。自分の事を他人に喋るなんて久しぶりだ。だから楽しくなってたのかも。
2人でのんびり歩いていると、それっぽい人影を2つ見つけた。
ハルルとウリキドだろう。どちらも同じぐらいの背丈なので、どっちがどっちかは遠目からではよく分からない。おそらく二人共150cm代だろう。
だけど、疑問が浮上する。
何故かピクリともその人影は動かないのだ。
「…警戒したほうが良さそうだ」
「……ですね」
〚俺もそう思うぜ。特に後ろとか警戒すべきなんじゃないか?〛
チリーンッ!!
「『固有 多重バリア』!!」
〚ほう。カインのやつやられやがったか。つまり、お前らは相当の手練れとみた。クックックッ……嬉しいねぇ〜!〛
パリッ…パリッ…パリッ…
〚1枚、2枚、3枚………あと何枚?あと何回耐えられる?〛
誰なんだこいつ?おそらくは、ハルル達が出くわした強敵だろう。
だが、何故負けているんだ?あの2人…特にウリキドは強さに自信があったかの様に見えたが。
まあ、今は気にしてる場合じゃないよな!
「誰だ!」
〚俺?俺に言ってる?…フフフフッ、よく聞いてくれた!俺はギルト!……あぁ…忘れてた。ここではアベルと名乗らないといけないんだったな。めんどくせぇ〜……〛
ギルトか…知ったところでだが、覚えておこう。
というか、やはりアベルだったか。カインとアベル。俺でも知ってるわ。
〚これぐらいで自己紹介はいいよなぁ?じゃあ、一旦待ってろ…いまモード変えるから。……えーと…『氷鬼』はもう飽きたし、時間がかかるからなぁ…あっそうだ!〛
まあ、あんまり時間稼げなかったけど、いい案を思いついた。
「『放水』!」
〚『だるまさんが転んだ』に決めた!って、何してんだ?俺の服が濡れてんだけど?〛
「【変換】『岩』!」
その瞬間。俺が出した水は、岩へと移り変わった。
〚おお~!すごいじゃん。でも、その前に『だるまさんが転んだ』だ〛
バキバキバキ…
「なっ」
え、普通に動くじゃん。拘束できると思ったのに、フィジカル強いわこいつ。
〚じゃあ、俺が向こう向いて、だるまさんが転んだって言ってる間に近づいてこい。言い終わったタイミングで振り返るけど、その時は動いちゃだめだぜ?そして、俺に近づいてタッチできたら、この鍵をやるよ〛
「本当か?」
〚嘘は好かん〛
「信じて…みましょう」
「わかった」
〚よ~し。んじゃっ、今から距離とるから。俺が始めるときに合図出すから、見逃すなよ〛
そう言うとアベルは、鼻歌を歌いながらダッシュで大体100m程度、距離を離れた。その間6秒。めちゃ速かった。
〚じゃっ!!いっくぞー!だーるーまー…〛
「行こう!」
「うん!『速度上昇』!自分と…ヤクイさんに!」
「おお!有り難い!」
〚…がーこーろー…〛
なんだ?かなり簡単だぞ?本当にこれだけでいいのか?既に半分は進んだぞ。
〚…―だ!〛
ビュオオオォォ!
「何っ!?」
彼が言い終わったタイミングで、突然強風が吹いた。危うく吹き飛ばされるところだった。
〚チェ〜〜!誰も動かないか〜!それじゃあ、だーるーまー…〛
あいつやってるわ。あいつにレギュレーション違反とか無いのか?…そもそも、だるまさんが転んだに禁止事項があるのか自体分からないな。
「タッチ!」
〚っ!〛
「え?」
一瞬、世界から音が消えたかのように錯覚するほど、静寂が訪れた。
だが、その静寂もすぐになくなった。
〚まっじかよ!お前キモォ!〛
「何で…そこに?ここにも…いるのに」
「意外かもしれないけど、僕この世界でも指折りだよぉ?因みにソレは分身……いや、複製体だね。同じだし。ほら、ハルル君起きてぇ〜!」
ミシッ…パキパキパキ…
「あ~…寒い…私が考案したとはいえ、少々体を張りすぎました」
「情報量が多すぎて、もう何が何だか…」
まじでワケワカメ。
一旦整理すると、
①恐らく『氷鬼』にて氷漬けになっているハルル、ウリキドを発見。その後、アベルと接敵し『だるまさんが転んだ』開始。
②突然の強風に危うく動きそうになったヤクイ、ラフアン。それでも動かなかった2人を確認して、アベルはもう一度『だるまさんが転んだ』と言い始めようとする。
③急に聞こえた「タッチ」という声。アベルの体に触れているウリキドを視認。が、我々の近くにも氷漬けのウリキド、ついでにハルル。
④氷漬けはダミーで、自らの複製体を身代わりに。ハルルは本当に氷漬けになっていて、自力でなんとかしていたが、今にも凍え死にそうになっている。
と、いったところか。
そういえば、勝った?
〚ウワアアア!!負けたぁー!!しかも!しかも、こんな負け方なのかよ!〛
おお、荒ぶってらっしゃる。
〚はぁ~…まあ、負けは負けだ。ほれ、鍵と……祝福与えるから。……何にしようかな?4人は多いからなぁ〜。じゃあ、タッチした君。名は?〛
「えっ、僕?僕はウリキドだよ。よろしくねぇ」
〚そうか、ではウリキドに祝福を与えます!………………ンッンン!!…祝福を与えます!!〛
…?何で2回同じ事を?
〚お前らテンション低すぎるぞ!少しくらいは盛り上がれ!萎える!………では、これよりウリキドに祝福を与えます!〛
これは、俺が一肌脱ぐか。
「ウオオオオオ!すげぇぇぇ!!」
〚………まあ、いいや〛
んだよ、ノッてやったのに。
なんだよ皆して、そんな目で見られると恥ずかしくなってくるわ。
〚じゃあ、『固有 アベル召喚』を与える!また遊びたくなったら呼び出してくれ!あとついでに『固有 遊具世界』もオマケしとくぜ!……あっ、そうだった。ほら、鍵だ。カインの鍵と一緒に挿して、ドア開けて、階段上って出てってくれ。じゃあ、俺はやる事あるから。またな〜〛
フッ…
「あっ、消えた」
「カインの鍵とはなんの事でしょうか?」
「あ…それなら…これの事だと…思う」
「よし!ドアに挿すとか言ってたし、探そう。ドア」
「ふふん!実はねぇ、ハルル君と探索してる時に既に見つけてるよ!」
「…………………ああ、そういえばありましたね。鍵穴が2つある変なドア」
絶対忘れてたやん。
「で?そのドアはどこに?」
すると不思議なことに、ウリキドは上を指さした。
「上?上にあるのか?」
「…あっ!あそこに………ドアが…浮いてる?」
直立した状態のドアが空高くに伺えた。……はたして、どう開けろと言うのか。
「ハルル君!」
「ええ、分かってます。『固有 変身』!」
バリッ…ビリリッ…パチッ…パチバチバチッ…
「うお、すげえ」
ハルルがまたドラゴン✕フェニックスの姿になった。暴走しないのかとか、色々気になるところはあったが、そういうもんだと思うようにした。
〘皆さん、背中に乗ってください。あそこまで飛びます〙
俺は普通に飛べるけど、ドラゴンの背に乗ってみたいお年頃なのでね…ここは遠慮なく乗らせてもらおうか!
「わぁ…何か……ドラゴン?…フェニックス…あぁ…あれだ。昔…本で見たやつだ」
おっ?なにそれ気になる、後で聞くか。
〘では、飛びますよ。皆さん、落ちないように気をつけて下さい〙
バサッ…
おお〜!すげぇわ!飛行機に乗った経験ないけど、こんな感じなのだろうか。
あっという間にドアの前に到着した。
どうやってドアに入ればいいのだろうと思っていたが、ドアの周りをよく見ると半径3m程度の透明な足場があった。まるでスカイツリーにでもいるかのような気分だ。
俺達はそこに降り立った。ハルルは人間形態に戻ったタイミングで俺が拾った。当然ながら、お前飛べるんかい、という視線が2人から来た。
「高いところはあんまり好きじゃないんだよな」
飛んでる時は、絶対に大丈夫という謎の自信が湧いてくるから余裕だけどね。
「あっ…本当に…2つ鍵穴がある」
「うしっ!早く出よう!」
「じゃあ早速、僕はアベルの鍵を………ってあれ?無い、無い!なんでぇ!?」
「あっ!自分のも…カインの鍵も…無いです!」
なんてこったい。何でないなったのか。
〈主等、これをお探しかな?先程ポケットから落ちていたぞ〉
「あぁ~!それです!ありがとうござい……ま…す」
えっ…まだ何かあるのか?また戦闘か?
「だっ、だれぇ!?」
〈これは申し訳ない。紹介が遅れた。我の名前はセト、義兄達が世話になったな。……………そう警戒せずとも、我は主等に危害を加えるつもりは毛頭ない。ただ、鍵が落ちたから届けたまでだ〉
「…いつから僕達を見てたの?」
「たしかに…急に出てきた…」
〈うむ……いつから…強いて言うならば、主等が此方側に来訪してからだ。我とこの空間、牢獄は殆ど同じものと考えてくれて構わない。我が滅べば、牢獄も無くなる。逆に、牢獄が破壊されれば、我も絶命する〉
「そう…なんですか。あっ…鍵……ありがとうございます」
〈では、早く出て行くんだな。此処は主等が来ていいような場所ではない〉
「じゃっ、出るか。ウリキド、鍵を」
「はーい」
これでよし。あとはノブを捻るだけ。
……なんか離れた位置でラフアンが、セトと何かを話している。
「……セトさん…真名はなんと…いうのですか?」
〈……本来は教えてやる道理もないが、ブーセとギルトに勝利した暁に教えてやろう〉
ふ~ん、カインの本当の名前ってブーセなのか。
〈我が名はヘルト。此処が牢獄となる前に、この場所や主等の世界を救った英雄だ〉
「英雄…ヘルト……ヘルト・ビギニング…」
ラフアンがボソリと何かを呟いているが、如何せん距離があるせいで聞こえない。セト、もといヘルトの声だけは先程から此方に届いている。
…そういえば、こっちの時間とあっちの時間の進みは同じなのだろうか?
そう考えると、突然不安が込み上げてきた。
早く帰ろう。
〈…なぜその名を?〉
「お~いラフアン!帰るぞー!」
「は…は~い、今行きます!…自分の名前は…ラフアン・ビギニング。…またね…ご先祖様」
何か急かしてしまった感じになり、少し申し訳無さが出てきた。
すぐにこっちに駆けてきてくれた。
「よし!早く帰って、王様に文句の一つでも言ってやろうぜ!」
「確かに、それはいい案ですね」
「僕は楽しかったけどなぁ〜」
「よし、開けるぞ!」
〈まっ、待ってくれ!〉
ガチャッ…バタンッ
俺達は、神社や寺を彷彿とさせるくらい長い階段の前に出た。
それから、階段を登り始めて10分程度が経過しただろうか。そろそろうんざりしてきた。何故か飛べないし、魔法が使えない。特別な空間なのだろう。
皆の口数が少なくなって来た頃、突如、全方向から、車のボンネットに反射している太陽の光ぐらい眩しい光が、俺達を包んだ。
そして、気がついたときには牢獄に送られる前のように、円卓を囲むように座っていた。まだ幻惑している。あんなのフラッシュバンだろ。
「おっ、来た来た。お疲れ様。これで試験をクリアだ、正式に今日からは此処の生徒として過ごしてもらう。タイムは…20分ちょいだ。次の試験からはこれを基準とさせてもらおう」
「うぅ、少しずつ見えてきた」
目も落ち着いてきた頃。まだ僕の目は可笑しいみたいだ。
皆が骸骨になっている。