5人目 Ⅳ・カラマイア 活(三)
「ん~?何お嬢〜?」
彼の家のお風呂を借り、汗を流して同宅のリビングに足を向けると、併設されているキッチンにてエプロン姿のレヴォルを発見した。
今は彼の傍らにて、その料理風景を眺めている最中である。
「何作ってるのかなって…」
二本の箸を手に持ち、二枚貝の抜き身をドッサリと入れながら、彼は私の〝問い掛け〟に答えた。
「故郷…〝セルルマス共和国〟にある実家から送られてきた、今が旬の貝とかがたっぷり入ってる…ボンゴレなんたら風の海鮮パスタ。お嬢は大食漢だし、在庫処分に…いや、一人で消費しきれなかったから丁度いいわ」
「任せて」
「……んしっ、こんくらいだな。お嬢、そこの大きめの皿プリーズ!」
「…これ?」
「それそれ」
何かの紋章的なものがプリントされているお皿を、食器棚の中から手に取り、未だカチューシャオールバックのレヴォルへと手渡した。
「センキュ〜」
フライパンと中華鍋の間と表現すればいいか…大きい鍋とも解釈出来るソレから、先程完成した海鮮パスタをお皿へと移す。
あ、短いのが一本落ちた。
あ…。
「食べた…」
「勿体無いし、俺ん場合は普通に食すぜ」
空になったソレをシンクへと置き、蛇口を捻り水を軽く張った。
「ニギがさ、上下水道の普及してくれたの、まじで感謝だよな〜。普及率も7割を越したって最近聴いたし…ここ数年で一気に時代が進んだ気がするわ」
「そうだね」
ニギ王子が王様に即位してから、すぐに上下水道の整備が始められたのは、今でも記憶に新しい。
あれから10年が経過したのか…。
前王様は何処かで隠居していると王様は言ってたけど、当時9歳だった王様に王位を譲るなんて…私からすれば…いや、客観的に視ても変な話だった。
【特定】で前王様の位置を興味本位で調べようとした事があるけど…ヒットしなかった事を覚えている。
魔法が無効化される結界の中に居るとかなのだろうと、私の中では結論づいてはいるが…何だかパッとしない。
王様は〝質問〟をしても答えないので、無理な詮索はもうしていない。…前王様について訊いた時の…あの表情を視て、流石に辞めようと思った。
哀しいような、淋しいような、そんな青色に満ちた表情だった…。
レヴォルはキュッと蛇口を捻り、水を止めた。
「さてと…腹減った腹減った」
レヴォルは少し身体を伸ばした後、傍らにあるパスタのお皿を手に持ち、リビングスペースのテーブルの上へソレをそっと置き、取り分ける用のトングと小皿を用意した。
準備が終えたことを確認し、私は椅子を引き腰を下ろした。椅子に座っても足が届くのは、やっぱり違和感がある。足を組んでも、つま先が床に触れるなんて…想像したこともなかった。
それくらい、私は身体の成長を諦めていた。
「あ、箸とフォーク&スプーンのどっちが良いとかある?」
「何方でもいいよ」
「んじゃあ、箸にするな。…確か此処に使ってなかった新品が…」
「別に新品じゃなくても良いけど…」
「ん~…?オケオケ。一…二…三…四。んし」
レヴォルは私の対面の椅子へと腰掛けて、私に箸を一膳手渡した。
「はいお嬢」
「ありがとうレヴォル」
「…さて、海の恵に感謝して…いただきまーす!」
「作ってくれたレヴォルに感謝して…いただきます」
それぞれ手を合わせて、食前の挨拶を終える。
トングで小皿にパスタをよそい、早速お箸で自身の口に運んだ。
「…美味しい!凄い…」
「なら良かった。それにしても…お口いっぱいに頬張んの可愛いな」
レヴォルも自身の分を取り分けて、ソレを口に運ぶ。
「流石俺。ウメェな…ちゃんと貝からも旨味が出てるし…今晩味噌汁作んのも良いかも…うわ、絶対美味いじゃん」
「ソレ、私も食べたい」
「え、夜に家来んの?」
「だめ?」
「……………」
腕を組み、難しい顔をするレヴォル。
なんなら…屋敷にレヴォルを呼ぶという選択肢もある。
いや、違うか。
…どちらにせよ…迷惑か。
やっぱり…先程の発言を取り消そう。
「やっぱり今の無し。今晩の食事は好きな料理が出てくる予定だったのを思い出した」
「え、あ、そう?…めちゃくちゃ献立考えてたんだけど…まぁ、来ないなら来ないで、ロレルん所にお裾分けしに行けばいいな。彼とは是非とも、仲良くなりたいし。なんか魂が反応するというか…」
「…………」
「お嬢?」
「や、やっぱり、3人で夕食摂らない?私とレヴォルとロレルさんで…」
「…………」
「レヴォル?」
…優柔不断だと思われている可能性が高そうだ。
だが…実際そうではある。
ほんの数秒の沈黙がやけに長い。…冷や汗をかいてきた。
「お嬢…」
「な、何?」
いったい何を…言われるのだろう?
なぜだか緊張してしまう。
そんな私の気持ち察してか、口元ををにへらと緩ませて、彼は此方に語りかけた。
「顔真っ赤っか過ぎ…!あははは…!!」
「…………」
どうしよう恥ずかしい。
私はパスタを食べる手を止め、視線を下に傾けて俯いた。意味はないが、少しでも赤くなっている顔を視られないように、眼の前に居るレヴォルを視界から外すようにと、頭が自然と動いた。
「…エル ゴ カゼキ ドチトロ…デイデイ テ ケキヘキ ヅカ んネナノ…」
カラマイアには聴こえない大きさで…故郷でしか使用されていない〝モドリ語〟で、彼はボソリと呟いた。恐らく本人的には、聴こえて欲しさも少々込められているのだろう。もしも聴こえたとして、言語的な知識がないと読み解けないというのに。
「俺ん事気遣う必要ないぜ?こんな感じでからかうタイプの人間だから、俺は。俺が難しい顔してたから、お嬢は気を利かしてヤッパリヤッパリだったんだろ?」
「うん…」
「んじゃ、夕刻にロレルん家で集合な、お嬢」
「…分かった」
どうやら、揶揄われているだけだったみたいだ。だったのに…一人で勝手に舞い上がって…恥ずかしい。
空回りした気遣い程恥ずかしいものは無い…。はあああぁぁ……。
…海鮮パスタを食べよう。早くこの気持ちを切り替えたい。
赤い顔のまま海鮮パスタを黙々と食べ進める。
「そ、そういえば…」
気持ちを切り替えるようにして、私はレヴォルに〝質問〟を投げ掛けた。少し声が震えてしまったのがまた…恥ずかしい…!
「模擬戦の時に、レヴォルが使用していた…木剣?ってどんなモノなの?遠距離武器に変形してたよね」
「あれは…一、二ヶ月前の出張の帰りで…ってか、セブル侯爵の依頼を請けに行ってたんだけど、その報酬として貰ったヤツ。セブ侯が直々に制作してくれたんだぜ?凄ぇだろ」
「セブル侯爵が直々に…?それって、どんな依頼だったの?」
「セブル侯爵が保有している鉱脈に、イアドラゴの群れが住み着いたんだ。で、ソレの討伐及び素材収集だ。あちらさんのロナイナ騎士団の応援に俺が選出されたって感じかな」
「凄いね」
「だろ!」
セブル侯爵は、ケミカのお父さんの事だ。
セブル家は精霊を使役する騎士の家系であり、また、この国における、武具の製造の要でもある。セブル家の門外不出の特殊な製造方法は、私個人としてもかなり気になるモノだ。その気になれば知る事は出来るが、流石にそれはしない。
ナフカード国における製造業の要ということもあり、彼等には鉱脈の管理という仕事も与えられている。秘密裏に鉱脈で採取を行おうとする輩は後を耐えないが、一度として本丸に手が届いた犯罪者はいない。
そんなセブル家の鉱脈や領地の防衛は、全員がセブル家の武具を保有・使用している、総勢28名からなるロナイナ騎士団が行っている。
クロスフィード騎士団が〝個〟としての戦闘能力が高いのとは対象的に、ロナイナ騎士団は〝全〟としてのチームワークが素晴らしい。
クロスフィード騎士団とロナイナ騎士団は、ナフカード国内の騎士団の中でツートップの実力を持っており、国外からも任務や依頼が来る程有名だ。
そして、本件の概要は、鉱脈に住み着いたイアドラゴの討伐及び素材収集だ。
イアドラゴは鉱物を食べるのが好きな、一家屋程の体躯をしている鳥類と爬虫類の中間的生物だ。
イアドラゴはスピード重視の生物であり、尚且つ、どんなに狭い空間でも液体のようにスルリと通り抜ける事が可能な厄介極まりない存在だ。唯一の救いといえば、知能が低く、腹持ちを良くするために消化スピードがかなり遅い事だろう。
鉱物を食べられたとしても、最低でも3日は消化されずに胃の中で保存されるという。だが、極偶に食べてすぐに消化を始める個体も存在するので、見かけ次第駆除する、というのは常識である。
知能が低いからといっても、その巨体から繰り出される攻撃はかなりのものだ。嘴は鉱物を砕く為に固く、内臓は飲み込んだ鉱物で傷がつかないように頑丈、切ろうとしても液体のような身体には通用しない。
それでも、ロナイナ騎士団はクロス家の武具を保有している。どんなモノかは定かではないが、一つ一つに精霊が宿っていると訊く。曖昧な表現にはなってしまうが…精霊の力でイアドラゴを駆除・討伐しているのだろう。
では…レヴォルが応援として向かっても意味は無いのでは?と疑問も出てくるだろう。
対イアドラゴ戦で、彼には重要な仕事がある。
唐突だが、イアドラゴはその翼を魔力で補強しながら飛び、液体のように柔らかくなる際には、魔力で無理やり自身の身体を捻じ曲げている。
つまり、『革命惹鬼』が光るのだ。
レヴォルが切れば、イアドラゴは身体を液体化させる為に魔力を使用する。だが、レヴォルは魔力を切ると、魔力の持ち主をスタンさせる事が出来る。
恐らくは、対象の動きが止めるのが、今回のメインだったのではなかろうか。
レヴォルの優秀さは、騎士団としてではなく、個人として名を挙げるところにある。
…そりゃ勝てない訳だ。いや、言い訳に過ぎないか。
「で、どんなモノなのかって言うと…」
ポケットから小さい、鍵のような大きさのモノを取り出し、掌の上に乗せながらレヴォルは解説を始めた。
「一見すると何かの飾り何だけど…こうして魔力を込めると…」
「え…魔力あるの?」
「あるぜ、俺んMPはゼロって訳じゃないんだ。まぁ…魔法が扱える程高くも無いけど…っとまあ、魔力をここの突起に込めると…」
掌サイズだったソレは、ビックリ箱のようにバッと肥大化し、いつも視る木剣へと成った。
「で…柄に、7つ突起があんだけど…」
「本当だ…」
「一番上に込めると『回転式拳銃形態』に、上から二番目が、この『木造的両刃形態』…三番が『重厚的全身包込式盾形態』、んで…四番は『攻防両用籠手形態』で…五番は『蝗的跳躍補助形態』…六番『革命形態』…七番がさっきの『携帯形態』になる。俺が普段使ってんのが二番だな」
「そうなんだ」
狭い間隔である突起に、ピンポイントで魔力を流せるなんて…普通に凄いな。
▲R ▶E ▼V ◀O ▲L
その手に握っていた木剣を再び鍵のサイズ(七番形態)にしてポケット中へと入れ、自身の小皿へと手を伸ばす。
「すっかり冷めちまったな…でも美味いのは、俺が天才だからか…って、お皿すっからかんじゃん!やっぱり沢山食うねお嬢は」
「美味しいからね。スルスル入った…でも、もうお腹いっぱい」
「そりゃそうだ。何人前だと思ってんだよ…それを一人でとか…華奢な身体のどこに入ってんの?お腹触って確かめてみたいわ」
自身の小皿に移しておいてあったパスタを、小皿の縁に口を当てガツガツと掻っ込んだ。
口いっぱいのソレをモグモグとしつつ、片手間に小皿やお箸を一纏めにする。
お嬢の箸を手に取った時に胸がザワついたが、そんな禁忌は先祖が許さない。
口の中のモノを飲み込み、両手を合わせて食べ物に感謝を述べる。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした。本当に美味しかった、また何か作ってよ」
ニコッと俺に刺さる笑みを此方へと向けてきた。
彼女と幼馴染であるという付加価値だけが、今の幸せを生み出している。
「おう!言ってくれればいつでも作るぜ」
〝また〟何か作ってよ…か…、ナチュラルにそういう事言うから、お嬢の中での俺のポジがよく解る。
…〝良い人〟だ。
お嬢の中で俺は…そんだけの存在。
セんノネ アヨ ド。エル ん ケテ を アサカ サツキルトロ…。
「さて、ちゃっちゃと洗って、訓練の続きでもしようかな」
空いた皿を持ち、台所へとソレを運ぶ。
何故かお嬢も付いてくる。
料理中も思ったんだけど、お嬢って相変わらず〝モノを視る〟のが好きだよな。
何にでも興味津々。
「私も洗い物する」
「え〜?何〜?手伝ってくれんの?」
「うん」
「んじゃ横並びで…」
「分かった」
「やったぜ。片手に俺ん好きな華だ」
「……好きな花?………ぁ…!」
あ~あ、今は手元しか視れねぇな。
カチューシャ取っておけばよかった。
赤面が誤魔化せるくらい、顔が日焼けしてて良かった。
鼻歌でも歌って気を紛らわせるか。
「ん~…んん~…」
すると、捻り出したような声色でお嬢が発した。
クロス家の〝質問〟だ。
答えねば。
「…な…なんの花が好きなの?」
「え~…コロモアオ」
「全く知らないお花だ…」
だろうな。そんな花無いし。
にしても、家のシンクが広くて良かった。…いや、もっと狭ければ……邪な考えが止まらないな。
「ん~…ん〜…ん?あれ?…歌詞とんだ…」
「っぷふ…あははっ」
「ちょっと、笑わないで!なんか恥ず!」
「ごめ…何故かツボに…あはははっ」
「さっきから全然お皿洗う手が動いてないんだけど、笑ってないでさっさと終わらせようぜ」
お嬢って結構豪快に笑うんだよな。そこが魅力。
……もっとこの瞬間が続かないかな。
こういう何気ない事でも、俺んとっちゃ大切だ。
…だが、ニギのお陰で、俺はお嬢の通う学校へと転校出来る。元々通ってた所は特に思い入れ無いんだよな…だからこそ即決出来たんだろうな。
さらばランニャ学園、こんにちは未だ視ぬテグルマニス学校。
あぁ…早く始まんねぇかな〜。
今から浮かれちまうよ。
お嬢と同じクラスに入れんのかな?
そこはニギ次第か…。
「んし…全部洗った…と」
名残惜しいが…修練場に戻って訓練の続きでもしよう。
「さぁ、戻ろうぜ」
自宅の玄関へと足を向けて一歩を踏み出す。
…幸せな時間だった。
「レヴォル」
「ん?なぁにお嬢?」
「…また呼んでよ」
「……おう!今度は何作ろっかな〜」
……背中越しでの会話で良かった。
…暫くは振り返れないな。
ニヤケっ面は日焼けで誤魔化せねぇもん。普段からニヤケっ面だけど…今は…顔を視られたくねぇ…。
…どんな顔してお嬢は〝また呼んでよ〟なんて言ったのか気になるけど…我慢だ俺!
玄関で土や泥だらけの靴を履いて、自宅の外へ出た。
「さて…出番だ五番形態」
ポケットから取り出した、七番形態の『魔導式切替武具』の五番の突起へと魔力を流した。
膨張して形を変えた『魔導式切替武具』は、俺の足を補助するようにして、下半身にグネグネと絡みついた。
う~ん…未だに慣れないな…きっしょい感覚!
ソレの変形が終わった事を確認し、腰を屈めてお嬢に向けて背中を向ける。
「乗りな!修練場までひとっ飛びだぜ」
「う…うん」
…いやまて、やばいな。
ズシリと柔らかい感覚が背中越しに伝わる。
あ…あったけぇ…いい香り…駄目だ!邪な考えは捨てろ!今の俺は乗りもんだ!
「んじゃっ…快適な空の旅をお過ごしくださ〜い」
跳べっ!蝗の様に!
俺は蟲じゃないんだけど!
獣人だけど!邪念を切り払って空を跳べっ!
それからは、あんまり記憶は無いけど、空の旅を楽しんだ。ほんの数分だったが、背中に残った感覚は確かなモノだ。…本当に幸せな日だな、今日は。




