5人目 Ⅳ・カラマイア 快
次の日の朝、仕事終わりのパパがお土産を片手に屋敷へ帰ってきた。
そして、仕事から返ってくるなり執務室へ足を運び、ペンを走らせ始めるという行動をとるパパ。これには思わずドン引きしてしまう。
それからしばらくした後、パパは思い出したかのように防止や上着を脱いだ。
そのままひとっ風呂浴びてくれば良いのに…。
少しだけ身軽になったパパは私の座っているバースペースの方へと歩き出した。
そして、私の方へと手を伸ばし……
「あっ…」
「…先程から何を書いているのかと思えば…私の観察記のようだな。…ふむ…」
「パパは仕事頑張りすぎだよ。身体こわしちゃう」
「……そうだな、丸一ヶ月間の休暇を得るためにカツカツなスケジュールで仕事を進めていたが…カラマイアは私が身体を悪くしてしまうのではないかと心配してしまうのか」
「休暇?」
「ああ、先に数カ月分の仕事を終わらせて、それで空いた期間を休暇にして休む。勿論、尋問官の方は依頼が入り次第向かうしかないのだが」
「そうだったんだ…」
思い返してみれば…確かにそうだ。
ノンビリしているときは本当にノンビリしていたような記憶がある。だが、その時は珍しい日もあるんだな程度にしか考えていなかった気がする。
隣に腰を下ろしたパパが言葉を続けた。
「あと数日も経てば、私にも夏休みが訪れるだろう。それまではこの生活スタイルを継続する予定だ。カラマイアからの心配は嬉しいが、パパは息抜きの仕方を心得ているんだ。カラマイアが私の身体を気遣う必要はない」
「なるほど…」
私の方へと手を伸ばし始めるパパ。
また頬をモニモニしたり、頭を撫でたりするのだろう。
本人曰くエネルギーチャージとのこと。
正直…エネルギーを得るなら食事や睡眠が良いと思うが…そういうモノとは違うのだとか。
私にはよくわからないけど、撫でられるのは嫌いじゃないし別に気にしていない。
「私の娘は今日も可愛いな」
そう言いながら私の頭を撫でるパパは、少しだけ口元が緩んでいる。恐らくは笑顔のつもりなのだろう。
「さて…仕事に戻ろう」
撫で始めてからさほど時間は経過していないが、パパは仕事に戻るべくデスクの方へと移った。
……修練場にでも行こうかな…。
固有魔法を鍛えたいし、昨日寝ながら考えた戦法を試してみたい。
「よし…」
私は椅子から降りて、執務室の扉へと手を掛けた。
座っても足が届くのは、少しだけ違和感があったな…。
△ ▷ ▽ ◁ △
先日にも訪れた、クロスフィード騎士団の修練場。
そこへ到着して中へ入ろうと門を開くと、修練場の中央辺りで一塊となり賑わっている騎士達が眼に入った。
何かあったのだろうか?
「…おぁざ〜…す?…お、あれ、お嬢…?じゃん。どうした?また僕達と模擬戦しにきた?」
そうして一団を眺めていると、門が開き、背後から声をかけられた。
「おはよう。…え〜……エリエル」
「僕の名前…忘れてた?そりゃ可哀想すよ、僕が」
彼の名前はエリエル。…確か。
訓練にはあまり顔を出さず、騎士の寮で一人寝ている人だ。
そして、彼はこの騎士団の副団長でもある。
副団長がこんな人で大丈夫なのかと疑問も当然浮かぶが…他の騎士達も同じようなモノなので逆に普通に思えている。この騎士団だからそう思えている。
私もかなり身長が高くなった筈なのに、それでもエリエルは見上げないと眼が合わない。恐らくは190以上はあるだろう。
「昨日居なかったから、すっかり忘れてた」
「おっと…それは僕が悪いすわ。……お嬢、いつの間にそんな背伸びた?肝心の胸は変わってないけど」
エリエルの金色の瞳がジロジロと此方を見つめる。
特に胸をジロジロと見つめている。
夜空のような髪を朝風に揺らしながら本当に遠慮なく見つめてきている。
「クビ…?」
「えっ…一番怖いこと言うじゃん!?やだぁ、やめてよ。普通にごめんね、お嬢」
「次は無いよ」
それからは、二人で謎の賑の方へと足を向けた。
「おかえりー!」「その子誰?」「お疲れ様です!団長!」「お土産は?何か無いの?」「団長!俺と一戦しましょう!」「えー…お土産無いの?」
どうやらクロスフィード騎士団の団長が任務から帰ってきたようだ。
因みに…お土産云々と五月蝿いのはレヴォルだ。
「お嬢に挨拶してきていいか?あれ…お嬢……何かデカくね?」
団長がその周りの騎士達を押しのけて、此方へとズシズシと妙に重たい音を乗せて近づく。
そうして顔を出すのは意外と、小柄な女の子である。
御年(自称)21歳である彼女は、体格に恵まれなかったが、剣術の才能には恵まれすぎていた。
その名はナフカード国に留まらない程に広く知られており、後は魔法が扱えれば…と、残念がるような声もチラホラ。
彼女の種族は今ではかなり希少な〝魔族〟であり、青白い肌をしているのが特徴的だ。
「久しぶりです。見ないうちに大きくなりましたね、お嬢」
「でも肝心なところは…おっと失礼。これ以上はクビになっちゃう」
「エリエルは相変わらずだな。人に対する配慮も欠片もない」
団長の金環食のような瞳が此方をジッと見据える。
「コホンッ!…ネポリャル・クラレリアス、本日帰還しました」
「お帰り、団長」
「それと……」
ガヤガヤと人混みが出来ている方へと向き直り、その名前を呼ぶ団長。
「ネンバ!そいつらに挨拶は無用だ!〝力いっぱい押し退けて来い!〟」
「は、はい!と…通してくださ〜い!…………お願い通してぇ!」
その子が此方に来ようとするのを妨害する騎士達。
未だ声しか聴こえないその子は、ただ退いて欲しいと願うばかりだ。
チラリと団長の表情を伺うと、彼女は別の方向へと視線を向けていた。
その視線の先にいるのは、ベンチに座り遠目に事を眺めるロレルだ。呆れているような表情を浮かべているように視える。
「退けてくれないならもう飛びます!」
「うわぁ!?」「凄えなにこれ!」「触っていい?」「既に触ってるじゃんお前」「うわっ!手が粉だらけに!」「俺ん服で拭うなアホ!」「お互い様だから良いだろ!」
再び人混みの方へと向き直る団長。
大きく息を吸い込み言い放つ。
「飛ぶな!私は〝力いっぱい押し退けて来い〟と言った筈だ!遵守せよネンバ!」
「は、はい!すみません!では…遠慮なく押し退けますね…!怪我しても文句は団長に言ってください!」
…なんということだろう…人混みごと此方へ移動し始めている。
…怪力…ということなのだろうか?
最初はワイワイだった騎士達も、ネンバ?の怪力に対抗しようと黙々と力み始める。
因みに、レヴォルはネンバ?が押し始めたタイミングでバッと人混みを脱してソレを眺めている。
「っふ、っぐうううぅぅ…どれくらい押せばいいのか分からないんですけど…!団長!」
「じゃあ、もう良いぞ。…スッー…皆のもの!!整列!」
「は~い」「はぁ~、疲れた。今日休んでいい?」「ロレルさ〜ん!貴方も並んでくださ〜い!!」「…あっそうか、ジジイ居ないから詰めないと…」「エリエル、レヴォル、お前らもさっさと並べー」
「副団長エリエル、今行きあ~す」
「同じく副団長、レヴォル。団長ん右隣にイン!」
そこへロレルもパタパタと駆け足で並び、騎士団は珍しくもフルメンバーでの整列。
一つ離れた位置に団長と副団長二名、それに向かい合うように騎士達とロレル。
何処に行けばいいのかと所在なさ気なネンバ。
私は傍らからその整列を眺めている。
皆の整列を確認し、団長は大きく息を吸い込み口を開いた。
「本日より、クロスフィード騎士団に新メンバーが加わることとなった!該当者だと思う者は私の前へ!」
その声が終わると同時に、エリエルが団長の隣から正面へと移った。
「は~い!本日からグアッ…!いっつぅ〜……!」
「ハハ!俺ん事だよバ~…グォッ…!て、手加減一ミリもねぇ〜…!!!まだ前出てすらないってのに…」
鳩尾へ膝を入れられたエリエルに続いて、自身も前へ出ようとしたレヴォルは脇腹を左フックで殴られていた。
「ネンバ!前へ!」
「はい!殴られる前に行きます!」
「…別に殴らないがな」
一息に一歩で前へ跳んだネンバ。
だが、不運なことに着地時に発生した砂煙は全て、団長へとかかってしまった。
「え、え〜…本日からクロスフィード騎士団に所属することとなったネンぶぉあ…!?な、殴らないって言ってたじゃないですか…!いてて…」
「おっとすまない。〝魔族〟の血が勝手に反応したんだ」
「じゃあ全部抜いたほうがいいですよ…その血。ぐはぁ!?」
ネンバの肩をガシッと掴み、整列をしている騎士達へとグルリと回し向き直させた団長。体格に恵まれなかった彼女は、背伸びをしないとネンバの肩に手が届かない。
ギャップと言い表せば良いのか…少しプルプルしている足を含めて、今の団長はとても可愛らしく映る。
大きく息を吸い込み、よく通る声を修練場いっぱいに響かせる。
「ッスー……本日より…新入りのネンバだ!その怪力は鬼とどっこいどっこいと言っても過言ではないだろう!皆、是非とも良くしてやって欲しい!以上!後は各自行動しろ!」
団長はネンバから手を離し、私の方へとズシズシと音を立てながら近づく。
いったい何処からそんなに重たい音が?
鎧を身につけている訳でもなく、動きやすいラフな服装で、尚且つ剣を腰から下げているのみという格好。
…剣があり得ないほど重たい可能性もあるが、それでは服が耐えきれない。
…気になる。
「お嬢、私と一戦どうだ?どの程度成長したのか確かめさせて欲しい」
金環食の様な瞳が此方を見上げる。
どの程度云々と言葉を連ねていたが、団長はシンプルに戦闘が好きなだけだ。その相手に私は選ばれた。
「私で良ければ」
「よし、ではお嬢は全力で来てくれ。そうでなければ実力が測れないのでな」
△ ▷ ▽ ◁ △
少し開けたスペースへと移動して、お互いに距離を数メートル開けて向き直る。
団長は腰に下げている鞘から剣を引き抜き、此方へ
その切っ先を向けた。以外にも、腰に携えた鞘から出てきたのは真っ黒な木剣である。
私も自身の固有魔法を、相手の背後にスタンバイさせた。
開始と同時に持ち上げてみるつもりだ。
大抵の相手は持ち上げてどんどん高度を上げていけば無力化できてそのまま勝てる筈。
「さて、いつでも来てくれて構わない」
「…では」
遠慮なく…抱き上げさせてもらおう。
固有魔法の身体で団長を持ち上げようと試みる…が、人生上手くいかないものである。
何かを感じ取った団長は、その場から既に離れていた。それも音もなく。
「思念布…そして、【特定】」
身体を思念布により包み込み、防御を完全にした後、【特定】にて団長の位置を把握。
…真後ろだ。
これには思わずゾッとしてしまった。全身にゾワゾワとした感覚が走り、腕に鳥肌が立ち始めたのを感じる。
固有魔法によりその姿を確認済みだが、彼女の手には黒木剣がない。
空高く投げたか、はたまた何かの機能がある剣なのか…。
「思念布」
取り敢えず背後に向かい思念布を伸ばし、団長を包み込もうとした。
「ソレ、懐かしいな」
思念布へとその手を伸ばしたかと思えば、手をズボッと中へねじ込む団長。
「っ!」
まずい…!
思念布を球状に広がるように展開し、咄嗟に思念布と私までの距離を離した。そして、すかさず固有魔法から交・炎槍を団長めがけて撃ち放つ。
「ほう…なかなかに面白い魔法だな。だが、私とは相性が良くないようだ」
「なっ…!」
私の放った筈の魔法が団長に当たらない。
…いや、魔法の方から団長を避けている。
どんなに団長めがけて交・炎槍を撃っても、ソレは団長を避けて地面に当たる。
…確かにコレは相性が悪い。
初めて知った。
団長は〝魔法に嫌われている〟。
ソレはかなり稀有なモノであり、〝魔法を弾く体質〟とも言い表される事もある。
「騎士の私には丁度良いバフだ。本来ならデバフなのだろうがな。…で、お嬢はどうする?魔法以外に手札はあるのか?」
まるで思念布は手札に含まれていないかのような言いぶりだ。
…どうして団長は先程、思念布の守りを突破出来ていたのだろうか?私には、そこに何も無いかのように手を伸ばし、ソレを突き抜いたように視えた。
とにかく、こうして悠長に考え事をしている暇は無さそうだ…。
何やら拳を振り上げ始めた団長。
「思念布」
一応、効果はない可能性が高いが、試してみよう。
何らかの力で〝通り抜けられる〟のは理解した、だが、〝視えている〟のなら話は別だ。私を隠すための遮蔽なりなんなり利用できる。
いっその事…彼女の頭に巻き付かせるのも良いのかもしれない。
……確かに。
今思えば、この思念布を〝私〟の為にしか利用していなかった。
もしも、私ではなく〝誰か〟の為に利用したらどうなるのだろう。
…よし。
「思念布…メカクシ」
私の思念に従い、ソレは団長のメカクシとなり張り付く。その際に私を覆うようにして展開していたモノは、元々の服の形へと戻った。
だが…その拳は迷いなく私の方向へと突き出された。
「無駄だったな。お嬢」
突き出された拳は眼前でピタリと止まった。際しては、空気が歪んで視える程の衝撃波が発生している。
恐らく、ソレを私に当てるのが目的なのだろう。
「…まだ…終わりじゃない」
固有魔法から私の方へ視界を移し、魔法を展開したままで…昨日のように…私も動く!
衝撃波を避けるように腰を落とし、バッと団長から距離を取るようにして一歩を踏み出した。
一歩、一歩、段々と早まり、気が付けば走っている。走れている。
意識してソレが出来ている。
「私…足が速い…?」
目測ではあるが…一歩で2メートル以上は走れている。それに…身体が翼が生えたかのように軽い。これは…〝爆発的成長〟によるものなのだろうか?
…………やってみよう。試してみたい。試したい。
交・炎槍を出現させソレを手に持ち、思念布を巻き付ける。これで攻撃は当たるのでは?
勢いはそのままに、弧を描きながら団長の元へ。
「だめだ。止まれ、お嬢」
「ヴッ…!!」
突然の衝撃に私はその場に転んでしまった。
どうやら、団長が放っていた衝撃波は…私を狙っていなかったようだ。
狙いはその更に先、先程までソコになかった筈の黒い木剣だった。
その黒木剣は衝撃波を私の方へと跳ね返す。まるで〝ヒト〟がボールを投げ返しているかのように。しかも…団長が初めに撃ち出した衝撃波よりも、ソレはかなり速く、大きかった。
ソレが見事に駆け出し始めた私に命中。
思念布は、斬撃は防げるが打撃は無理なようで、私の身体は強く打たれたような衝撃が伝わった。
「ほれ。私が勝った…さぁ、コレを外してくれ」
いつの間にか彼女の手には黒木剣が握られており、ソレでトンと額を突かれた。
視えていない筈なのに…正確に額のど真ん中を突かれてしまった。
流石は団長クラスの騎士だ。本気も出さずに、あまり体力を消費せずに、最低限の力で模擬戦をするとは…。
「負け…た」
…だが、掴んだ。
今回の模擬戦で…私は確実に成長出来た。
メモしたい、何かにコレを書き留めたい。乗り越えた壁の先にあったモノを。
…勢いよく転んだ筈なのに、身体は何処も傷まない。傷もない。クロス家の血はいったい何なのだろう。
パパもコウなのだろうか?
コンクルード家はドウなのだろうか?
運動後は、考えが纏まらない。
取り敢えず…水が飲みたい。喉がカラカラだ。
ベンチに行こう…。




