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5人目 Ⅳ・カラマイア 朗

「ロレルさん、カラマイアです。忘れ物を届けにきました」


 ロレルの家の扉を叩いてそう述べると、その扉は〝少しだけ〟開いた。


 そこから警戒を含んだような顔を覗かせるのは、童顔のダークエルフ、ロレルだ。


「忘れ物ってなんだよ?…お嬢」


 ダミ声で此方を見上げる彼は、外見相応の子供にしか見えない。


 片手で握っていたハンカチを開き、包んでいた指輪を彼の前へと出した。


 すると、ロレルは顕著な反応を示してみせた。


 まず自身の両手を確認し、次に自身のポケットの中へと手を入れる。


「…なるほど」


 ボソリと呟いた彼は、ハンカチの上から指輪を持ち上げてソレを確認し始めた。


 『ファイアーボール』をポンと出し、その光に指輪を照らして細かくチェックしている。


「どうやら、本当に私が落としていたようだ。わざわざすまない」


 確認作業を終えたロレルは、その指輪を左手の薬指に嵌めた。


「既婚者なの?」


「…そうなる予定だった…とだけ答える」


「そう…」


「用事は忘れ物だけか?」


「うん、それだけ」


「…そうか、いつかこの恩は返す。ありがとなお嬢」


 貼ったような笑顔で感謝を述べて、ロレルはパタリと家の扉を締めた。


  △ ▷ ▽ ◁ △


 ロレルのお家から騎士団の修練場へと戻ると、いつもゆるっとしている騎士達が綺麗に整列していた。


「どうしたの?」


 私がそう問い掛けると、騎士達の壁の向こうから、訊き馴染みのある声が帰ってきた。


 王様だ。


「カラマイア、次からは俺が来ても畏まらないようにって、言い聞かせといてくれないか?俺はただ、レヴォルを返しに【移動】してきただけなのに…皆俺の姿を視るなり、整列し始めてよ」


「〝王様〟だからでは?」


「ハハハ!確かに俺は王様だ!」


 騎士達の合間を抜けて此方へ姿を現す王様。


 それに少し遅れてレヴォルが続いた。


 後者は姿を現すなり此方へ手を振っている。


「…だが、畏まられるのは性に合わない。畏まるのも性に合わない。立場や年齢関係なく平等に出来ないもんかね」


「んなもん…無理ん決まってんだろニギ」


「…ってか!レヴォルてめぇ!扉から来いよ!?」


「んでだよ?俺ん為に窓全開なんだろ?」


「換気だわ!」


「俺らん仲だろ?そんくらい気にすんなよ」


「俺のセリフだろそれ。…まぁ、2ヶ月後に学校の校長室な。しっかりと覚えとけよ?」


「おう。またなニギ」


「またな。……【移動】」


 その場を【移動】にて後にする王様。


 それを確認した騎士達が普段通りにゆるっとし始めた。


 やがて皆の視線は私に集まり始め、口々に模擬戦のお誘いをし始める。


「お嬢!俺と一戦いかがすか!」「だから、じゃんけんしようぜ!?」「年功…」「黙れ!クソジジイ!」「もっとわしを労れ!若者ども!!」「は~い!だっさなっきゃまっけよ〜…」


  △ ▷ ▽ ◁ △


「んじゃっ!〝また〟よろしくなお嬢!」


 騎士達のじゃん拳大会はレヴォルが勝ち残った。


 他の騎士達はそれぞれ横並びとなり順番待ちをしている。


「さて、後続に申し訳ねぇから、ササッと終わらすかんな」


 木剣の切っ先を此方に向けてそう言い放つレヴォル。


「次は負けない…」


「こんなに距離詰められてんのに?」


「っ…!?」


 瞬きをしている間に距離を詰められていた。


 流石にこれには驚いてしまう。


 私の胴体を狙うようにして、木剣を横ぶりに振るうレヴォル。


 だが、その木剣は私の衣服に軽く当たっただけで、大した衝撃は無かった。


 そこで思い出した。


 思念布の服だったなと。


「っは!?お嬢の身体硬すぎんか!?これ以上…動かない…!!」


 思念布でレヴォルの身体を拘束出来るのでは?


 そう考えた時には既に、私の身を包んでいる思念布はレヴォルの四肢に絡まるようにして伸びていた。


 ソレはさながら蜘蛛の巣の糸のように、ベトベトと粘着質のある絡まりをみせている。


「これ…!ヒカリが…渡したのか!?貴重な思念布を!?」


「ヒカリちゃんとは知り合いなの?」


「ヒカリは俺ん親戚!…まじかよ…ごめんお嬢!思念布が相手なら気合入れてやるわ!興味を優先して質問するよりも、俺ん身体の動きを封じたんだから魔法で攻撃しとけば良かったのに。そこんとこ反省しとけよお嬢!」


 レヴォルはそう言うと、その身体の筋肉を力ませ始めた。ムキムキだった筋肉がさらに膨張してゆく様子は、まさに圧巻と言える。


「ね、熱気が凄い」


「はっ、余裕かよお嬢!…ッスーー………おおぉぉぉおおぉぉお!!!」


 身体の力だけで拘束を引き千切り、横向きにピタリと止まっていた木剣ごと後方へ跳躍した。


「『固有 第二躰ティフィティ』…&思念布」


 そこに出来た隙を逃すほど、のほほんとはしていない。


 地面から離れた両足に思念布を絡みつかせて体勢を崩し、すかさず固有魔法で追撃をした。


「『クロス・ダークランス』」


 地面から突き出すようにして、光を飲み込むような槍が出現する。


 矛先が向くのは体勢を崩したレヴォルの背中だ。


 このままでは、彼の背中を闇槍が貫通してしまう。だが、私は彼を、クロス家の騎士達の実力を信じている。


 遠慮は不要だ。


「やるじゃん…お嬢…!!おおおぉぉぉぉおお!」


 空中で体勢を崩した筈なのに、レヴォルは身体をグルリと回して地面へと木剣を振るった…その筈だった。


「『革命カクメイ惹鬼ジャッキ』!!」


 だが、いつの間にかその木剣は、私の方へと投げられていた。


 フェイントを噛まされてしまったみたいだ。


「っ思念布…!」


 身体から伸びる思念布が私の身体を木剣から遮る。


 ソレ越しにコツンと何かがぶつかる音が訊こえた。恐らく木剣がぶつかったのだろう。


「居ない…」


 思念布の壁を戻して視界を確保すると、彼の姿が何処にも見当たらなくなって…いや、まて……いつの間にか固有魔法が解除されている?


 ソレに気が付いた時には、既に手遅れだった。


 地面にそれらしい影が浮かんでいる。


 上に跳んだのだと首を動かそうとしたが、何故か身体が動かない。


 取り敢えず、上からの攻撃に備えて思念布の展開を試みる。


 身体は動かせず、魔法が扱えないが、この頭は動く。つまりは、思念布の操作は可能ということだ。


 だが、私は読みを外したようだった。


「俺ん勝ちだよ、お嬢」


「なっ…」


 地面が突然盛り上がり、そこから伸びてきた手が私の足を掴み転ばせた。


 受け身すら出来ない私は、背中から地面へと倒れてしまう。


「よっ…!」


 地面から勢いよく飛び出したレヴォルが、足元に転がる木剣をサッと手に持ち、私の喉元に軽くソレを這わせた。


「はい俺ん勝ち。もう少し頭を捻られれば、俺ん強さに対抗出来たかもな」


すご…」


 ふと、彼の両足を拘束していた筈の思念布を視た。


 視界内に映ったのは歪な形になった思念布だった。


 足に絡みついたソレを、無理やり力で引き離したということなのだろう。


「なんで革命…剣技が使えたの?木剣はこっちの足元に落ちてたのに」


「そりゃあ、手刀も剣技だからだな。俺ん手刀は魔法を切り飛ばせるんだ。さっきも、魔法の槍を手刀でへし折ってたんだぜ?そんで、地面掘って、影のフェイクで土投げて、お嬢の足元まで掘り進めた。…んで、勝った」


「よくそんなに頭が回るね」


「俺ん頭脳は馬鹿にならないからな」


 身体が動くようになってきた。


 体感30秒のスタン。


 そんなにあれば、遠距離タイプの人以外は仕留められるだろう。


 …………彼はヒメノ先生の天敵では?


「はい次俺!お嬢、スタンダップ!」「いや、休ませたげなって」「ナイスファイト!」「運動後は少し歩いた方が良いぞ」「なら、〝一番〟届けてもらえば丁度良くね?」「確かにそうだな」


 模擬戦が終わり、息を整えていると、騎士達がザワザワとし始めた。


 連戦は流石に堪えるが、どうやら模擬戦を申し込まれる訳ではなさそうだ。


「一番って何?」


 誰に訊くでもなく、騎士達へと声を掛けた。

 

 率先して答えてくれたのは、彼等の中でも一際年の若い青年だ。


「お嬢、一番っていうのは…えと、まず、俺達はロレルさんに貢ぎ物…贈り物…あ!プレゼントを定期的に持っていっているんですよ。それで、一から三までのナンバリングをつけてます。一がお菓子類、二が香水やらの嗜好品、三がアクセです。…で、今日は一番!お菓子を持ってこうかと考えてました」


「ふ~ん」


「良ければ、お嬢が選んでみますか?何だかんだで貰ってくれるし、三番も次の日の一日だけ付けてくれますしね」


「面白そう。やってみたい」


「なら、早速ロレルさんのお家にお菓子を持って行って、扉を5回ノックしてみてください。それが合図だって、あちら側も既に気付いているでしょうし」


「なるほど、行ってみる」


 お菓子類…厨房の棚にお気に入りのクッキーが入ってた筈…よし、行こう。


 今回の模擬戦に関する反省会は後にしよう。


  △ ▷ ▽ ◁ △


 ロレルのお家の扉を5回ノックした。


 私の手には様々なクッキーの入っている小袋が握られている。綺麗にラッピングも施されているが、ソレは騎士達の手によるものだ。


「…また来たのか…扉の前に置いておいてくれ」


「カラマイアです」


「お嬢!?」


 勢いよく扉を開き、ロレルが姿を現した。


「何でお嬢が…?」


「中入っていいですか?」


「…まぁ、別に良いが…」


「失礼します」


 室内へと足を踏み入れると、そこには何ともオシャレな空間が広がっていた。


 壁に掛けられている絵画だったり、棚の上に置かれている小さめの観葉植物だったり、客室と言い表したほうがしっくり来るような内装だ。


 入口を抜けてすぐのリビングへと案内を受けた私は、ロレルからおもてなしを受けている。


 ロレルが淹れてくれた紅茶を飲みながら、キッチンに居る彼を待つこと数分、鍋を両手に彼は来た。傍らには取り皿と箸がフヨフヨと浮いている。


「今はお昼時だろ?大したものはないが、良ければ食べて行くといい。無理強いはしないが…」


「食べます」


「そうか…不味かったらすまない」


「いただきます」


 それからは黙々と鍋を食べ進めた。


 そうして鍋の残りも少なくなった頃合いに、ロレルが口を開いた。


「…学校…と言っていたが、お嬢は学生なのか?」


「うん。テグルマニス学校に通ってる」


「…なに?テグルマニス…?」


「そう、テグルマニス学校。全寮制で、楽しい学校」


「テグルマニス………お嬢、今は確か…夏休みだったな?」


「うん、そうだよ」


「………私もソコへ向かってもよろしいか?」


「どうだろう…王様に確かめられれば良いんだけど…まぁ、あの人なら別に気にしないか。…休み期間が終わる数日前までには、荷物を纏めておいたほうがいいかも」


「感謝する」


「いえいえ。それと、ごちそうさまでした」


「早いな……では、片付けよう」


 空になった鍋を片手に、食器をそれぞれ浮かばせ始めるロレル。


 いったい何の魔法なのだろうか。


  △ ▷ ▽ ◁ △


「彼等に伝えといてくれないか?下着類…それも女物のやつを持ってくるのを止めてくれと。後日にソワソワと期待の目を向けてくるのを止めてくれと」


 ロレルのお家を後にするべく扉へ手を掛けた頃合い、とんでもない内容の話を訊かされた。


 確かに彼の容姿は中性的で可愛らしく映る。


 だが、ソレは駄目だろう。


 少し前の彼を知る私からすれば、本当に申し訳なくなる。


「厳重注意します」


「いや…そこまでせずとも、軽く言ってくれれば良いのだが…」


「駄目です」


「そ…そうか。ならば、模擬戦でボコボコにしといて欲しい。それだけで良い」


「ロレルさんがそれでいいなら、そうします」


「それでいいよお嬢」


「鍋美味しかったです。今度はロレルさんとも模擬戦させてください」


 私は扉へと向き直り、ロレルのお家を後にした。


  △ ▷ ▽ ◁ △


「さて、全勝と」


 修練場へと戻った私は、早速レヴォル以外の騎士達を圧倒的に捻じ伏せた。


「お嬢強すぎだろ…!」「その服硬すぎないか?お嬢の服が硬すぎる!」「いや、俺のときは柔らかかったぞ」「ってか、魔法エグいわ」「実質二対一…いや、あの服を含めれば三対一か?」「レヴォルってやっぱ強えな。普段はえぁ〜っとしてんのに」「な!えぁ〜…っとしてんのにな」


 えぁ〜ってなんだろう。


 どういう状態なのか想像出来そうで出来ない。


 取り敢えず、誰が犯人か分からないけど粛清完了。


「騎士団の皆、これからは私を介すか、公爵を介してロレルさんにプレゼントを送るようにしてください」


「は~い」「別に良いよ!」「了〜解!」「えぇ…」「どうしたクソジジイ?何か不満かよ?」「いや、気にすることはない」「は~い、俺視ました!こいつが洋服屋で女物の下着買ってたところ視ました!」「やば…ドグサレジジイじゃん。それ三番にしてたってことか?」


「あ!だから、お嬢とか公爵を介すようにってなったんじゃ?」「あ!おい待てドグサレジジイ!!逃げんな!」「そりゃ…!」「おし、ナイス転ばせ!」


 どうやら、犯人は捕まったようだ。


「どうしてそんな事したんだ?」「ロレルさんは可愛いけど、男だぜ?」「そっちの気が?」「可愛い子に可愛い物を渡して何が悪いんじゃー!」「ブツが悪いんだよ!」「少し攻めすぎた自覚はある!だが、後悔はしてないぞ!」「こいつ…執行するか」


「なぁ…」


 傍らからずっと静観していたレヴォルが彼等に対して言葉を連ね始めた。


「俺ん所で裁こうか?その…あ~…ドグソジジイ?を。元々気に入らなかったし、この機会に脱退させんべ。遠い農村で農家でもしてもらおう。異論は?」


「無いよー!皆を代表して言うぜ?無いよ!!」


「おし、じゃあなショタコンジジイ」


「よし、運べ運べー!!」「このまま王城まで引きずるぞー!」「騎士団の平均年齢が下がるね」「良いことじゃん」


 かくして、老齢の人は騎士達に連行されて行った。


 普段のニヤケっ面は何処へやら、レヴォルの表情は真顔だった。


 もしも彼の眼が隠れていなかったら、私はトラウマが出来ていたかもしれない。


 それほどまでにレヴォルの真顔は珍しいモノであり、怖いモノだ。


「……さてお嬢!」


 スッと普段のニヤケ顔に戻るレヴォル。


「騎士団はソロソロ訓練終わんだけど、お嬢はどうする?模擬戦もっとしたいなら俺が付き合うぜ」


「お風呂に入ろうかな。汗かいたし、ベタベタする」


「んじゃっ、俺はまた王城にでも行くか。ニギ忙しそうだし、手伝いすっかな…」


 修練場の出口に向かい歩きながら、彼は私に手を振った。


「今度は負けんなよ〜」


 修練場の外壁まで一息に跳び上がり、そのまま越えていく彼に、私は勝てる日が来るのだろうか?


 魔法が扱えないというハンデ。ソレが意味をなさない程に、彼は圧倒的な存在に映る。


 レヴォルのランクは何だろう?


  △ ▷ ▽ ◁ △


 夕食を食べ終わり、もう少しで寝に入るといった頃おい、私は屋敷に新しく設えられた露天風呂にて、一人ゆったりと入浴を楽しんでいる。


 身体が大きくなった分、洗うのも時間がかかる。


「そういえば…」


 身体が急に大きくなったというのに、問題なく生活が出来ているな。


 何処かに身体をぶつけたり、身体の大きさに慣れずに転んだりもしていない。


 むしろ、以前よりもしっくりくる。


「クロス家って、変な血混じってそう…」


 この世界でも〝唯一〟瞳が赤い血筋。


 過去の記録でも、クロス家以外に赤い瞳のモノは存在していないようだった。


 まぁ…今は唯一では無いのか。


 クロス家から生まれた血筋…コンクルード家。


 彼等もまた、赤い瞳の持ち主である。


「本当に他に居ないのかな…」


 …他の血族にクロス家やコンクルード家の血液を輸血したらどうなるのだろう?瞳に変化は現れるのだろうか?


 輸血とまではいかなくとも、血液を〝摂取〟することによりソレが赤くなる…とかあったりするのだろうか。


 そもそも…瞳が赤いから何だという話がある。何か特別な力が瞳に宿っていたりするのだろうか?だとすればどうやってソレを確認するのだろうか?


「後で書斎で調べ物でもしよう」


 そうすれば答えが見つかる可能性もある。


 本当にただ赤いだけだったら…それはそれでいいか。


 …先祖についてとかも知りたいな。


 ご先祖様も赤い瞳だったのかな?


 その情報があればいいけど…。


「望み薄だろうな」


 …そろそろ上がろう。


 考え事に時間を使いすぎた。


 少し頭がボーッとする。


 少しのぼせ気味の私は、壁に手を這わせながら露天風呂を後にした。


 次からは気をつける。


  △ ▷ ▽ ◁ △


 場所は変わり、クロス家の書斎。


 国内でも指折りの広さのこの書斎には、ない本を探すほうが難しい程、そして、あっても探すのが難しい程に本棚が沢山並んでいる。


 そのすべてに本が詰まっているお陰で、【特定】を用いてもどれがヒットしたのか理解しづらい。


 そこで何冊かそれらしい本を手に取った私は、自室へ戻るべく足を動かしていた。


 固有魔法で本を運び、扉へと自身の手を伸ばす。


「…テグルマニス…テグルマニス…」


 不意に、何処かで聴いたようなダミ声が私の耳に届いた。


 ロレルだ。


 何か探しているのだろうか?


 【特定】で手伝わせてもらおうかな。


 そう思い、声のする方向へと足を向けて歩き出す。さほど離れてはいないようで、彼の声はより鮮明に聴こえるようになっていく。


「私の…彼女の…」


 さて…どう声を掛けようか。


 このままだとどう話しかけても驚かせてしまうだろう。だが、ずっとこうして背後にいる訳にもいかない。


 …どうしよう…困った。


「…お嬢。先程から背後に居るのは解っている。本を探すのを手伝ってくれようとしているのだろう?それで、背後に来たはいいが、急に声を掛けては私を驚かせてしまいそうだと。心優しいお嬢のことだ…そう考えていたのではないか?」


 私を横目でチラリと見やりながら語ってみせるロレル。


 随分と的を得ているので、【さとり】の使用を疑ってしまいそうだ。


「うん…探し物なら、私の【特定】で見つけられるので、良ければお手伝いさせていただければと…」


「そうか…なら、頼めるだろうか?かなり抽象的なのだが…私が求めているのは〝テグルマニス〟という領地について記載が施されている本と…そうだな、ソコに建てられたという学校についての知識が得られる本を求める。…もっと具体的な方が良いだろうか?」


「いえ、それだけでも私の【特定】は使えます。…王様は違うようですが…」


 【特定】…68件もヒットした…。


 〈世界王未来視記〉…〈4代目ナフカード王・ 自叙伝〉…〈千年前の希望の子について〉…〈テグルマニスの領主・初代RT〉…〈テグルマニスの領主・2代目QK〉…。


「〈テグルマニス学校設立記録〉…これがいいかな?」


 改めてその本を【特定】をし、固有魔法を用いて自身の手に移した。


 流石に表紙は色褪せてはいるが、それ以外は特に問題はない。文字も綺麗で、どこも汚れていない。


「ソレは…〈テグルマニス学校設立記録〉…?そんなにピッタリな本が此処にはあるのだな」


「どうぞ」


「あぁ、感謝する。今度また何かご馳走させてほしい。ソレでこの恩は返させてもらいたい」


「是非お願いします。今日のお鍋…とても美味しかったので」


「それは何よりだ。無駄に料理の練習をしていて良かったと今では思えるな」


「………」


「さて…私はこのまま書斎でコレを読み切るつもりだが…お嬢は寝たほうが良いだろう。もうこんなに外は暗い。〝夜にしっかり寝ない子は、魔物に食べられてしまうぞ?〟」


 何処かで聴いたような言葉…いや、何かの本で読んだような言葉だ。


 確か…寝ない子供を寝かしつけるための言葉…だったはず。


 今は魔物なんて滅多に見掛けないが、昔はそこら中に蔓延っていたと訊く。


 睡眠不足の兵士が、ろくに身体を動かせず魔物に食べられてしまった事から来ている言葉だったような…そんな感じだった気がする。


 昔ならではの寝かしつけ方だ。


「なら、早く寝ます。そう言うロレルさんは魔物に食べられないんですか?」


「私は強いからな…流石に2代目よりは弱いが…アダムやコッホよりも魔法は強い。…あぁ…お嬢には伝わらないな。今の時代で例えるとすれば…そうだな…あ、ヴィルがまだ生きているな…封印されている間は寿命は減らないし。少なくとも、私はヴィルよりも魔法に長けている」


 アダム?…コッホ?…2代目は恐らく魔王の事だろう。


 ヴィルよりも魔法に長けている…?


 その人はランクSの筈だ。


 つまり…ロレルのランクもまたSなのだろうか?


 いや…ヒメノ先生の言葉によれば、相性次第では最低ランクのFが、最高ランクのSに勝利できるとのことだった。


 …まぁ、いずれにせよ…夏休み明けにソレは分かるだろう。


 何だかんだで彼もテグルマニス学校の学生になりそうだし。


 王様はそういうことをする人だ。


「おやすみお嬢」


「おやすみなさい」


 いくつか気になる本が見つかったし、また書斎に来よう。


 書斎の読書スペースで本を開くロレルを尻目に、私は書斎の扉へと手を伸ばした。


 …眼鏡似合ってたな…。


  △ ▷ ▽ ◁ △


「あ、お嬢様。おかえりなさいませ〜!」


 固有魔法で数冊の本を持ちながら、自身の手で自室の扉を開くと、先日と同様にモフモフのパジャマを着ているヒカリが、此方へ駆け寄り出迎えてくれた。


「その本、お嬢様の固有魔法で持ち上げているんですか?」


「うん。そうだよ」


「そうですか…」


 何やら考えるような素振りをするヒカリ。


 取り敢えず本を置いてしまおう。


 固有魔法の身体で、ローテーブルの上に本を一つ一つ置いた。


 今回持ってきた本は〈クロス家の血筋〉…〈コンクルード家の血とクロス家の血の違いについて〉…〈赤い瞳の起源〉…〈瞳の色で変わる魔法の質〉…〈瞳の色とその割合について〉の計5冊である。


 2冊ぐらい読んでから寝ようかな。


 比較的薄い〈瞳の色で変わる魔法の質〉と〈瞳の色とその割合について〉を読もう。


 残りの3冊はまた後日読ませてもらう。


 ソファーに腰を落ち着けて前者の本を開き、読み始めた。


「お嬢様、読書中すみません。お嬢様の固有魔法についてお訊きしたい事が出来ました」


「訊きたい事?」


 本を閉じてヒカリの方へと座ったまま向き直った。


「お嬢様のその固有魔法は、どの程度の重さまで持ち運ぶ事が可能なのかと思いまして…」


「……!」


 …確かにそうだ。


 今考えてみれば、私が持てない程に重たいモノを、固有魔法で普通に持ち上げて運んでいる。


 しかも…固有魔法を使用しているのに、普通に本体の私は〝視えている〟し〝動いている〟。


 あまりにも普通だったから気が付かなかった…!


「…その反応を見るに、お嬢様も気になってきたのではありませんか?…明日にも模擬戦の機会はありますよね?良ければ…〝試して〟みませんか!いつもぐ~たらな〝クロスフィード騎士団〟の騎士達で!」


「…そうだね。試してみたい」


「こういうのは、自分で気が付きにくいですからね。この気付きが、お嬢様のスキルアップに繋がったのなら幸いです!」


「ありがとうヒカリちゃん。おいで、ナデナデしてあげる」


「やったぁ〜!お願いします!」


 ヒカリは人間よりの獣人であるから、撫でるときに変な事をしているような気持ちになってくる。普通にお腹や頭を撫でているだけなのに。


 本を読むのは明日にしよう。


 今日はもう違う事に興味が移ってしまった。


「…あ!もう寝る時間です!もっと撫でてほしいですが…寝ましょうか…」


 部屋中の灯りを消して回ったヒカリはベッドの上に横になった。因みに、私は既にベッドに横になっている。


「おやすみなさいませ、お嬢様。明日は楽し…むぐぐ」


「おやすみヒカリちゃん」


 そうして私は眠りに就いた。

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