3人目 Ⅶ・ケミカ 糸
変態事件から日をまたぎ、窓から陽光が差し込んだ頃合い。ケミカはベッドから身を起こし、その日の授業の確認をして、早速予習を始めた。定期考査の前日ということもあり、気合も一入だ。
そこから1時間ほどが過ぎ、クァレオが起床し、リビングのソファーへと向かった。どうやらまだ眠そうで、ソファーの上でウトウトとしている。
前回の反省を活かし、リビングにて予習をしているケミカは、その眠そうなクァレオの姿をニコニコしながら見ている。
そこからさらに1時間程が経過し、予習を終えたケミカは、座したまま寝てしまったクァレオ起こした。
朝食を食べましょうと、ケミカはクァレオを食堂まで手を引いて連れて行く。
食堂に到着した後、注文をしようと料理長の下へ赴こうとしていたところに、ある男が喋りかけた。
「おや、おはようございます」
声を掛けてきたのは、ハルルという名前のキメラだ。その頭には角が生えており、クラス内では色々な人にその角を触らせて欲しいと、よく言われるらしい。そして、彼の瞳は特徴的で、瞳孔がひし形、要はダイヤの形をしている。因みに、その瞳孔の色は赤だ。
彼は今、ざる蕎麦を食べている。
「あら、随分と美味しそうね?」
「ええ、このざる蕎麦はオススメですよ。私の大好物です」
「なら、私もそれにしようかしら」
「ところで…その子は?もしかしてお子さんですか?」
「冗談はよして頂戴。少しだけ母性に目覚めはしたのだけれど、娘ではないわよ」
ケミカは、ウトウトしているクァレオを連れて料理長に朝食の注文をした。
「ざる蕎麦を2つお願いしたいわ」
「あいよ」
注文を終えたケミカは、クァレオをドリンクバーまで案内し、クラフトコーラを彼女に飲むように促した。
「これを飲めば、目が覚めると思うわよ」
「うん……」
そうして一口、喉にそれを流し込む。
「っ!?」
突然喉に訪れた炭酸にクァレオは驚き、その目を見開いた。そして、彼女はコップの中身に視線を向けた。
「まだあるんだこれ…」
そうボソリと呟き、もう一口喉に流し込んだ。
「目は覚めたかしら?」
「うん。感謝するよ。おかげで眠気が吹き飛んだ」
彼女はそう言い、ケミカに会釈をした。そして、クァレオはそれが普通だと言わんばかりに、ハルルの隣へと腰掛けた。
ハルルは少し戸惑いをを見せたが、すぐにそれを受け入れたようだ。まぁ、そういう人もいるかと、心の中で考えたようだ。
「おはよう、パパ」
「…パパ?」
「………あっ!まっ、間違えた!申し訳ない!似ていたもので、ついそう呼んでしまった」
クァレオは顔を赤くし、身振り手振りで弁明をする。誰が見ても、その焦る姿に心を癒されるだろう。
そして、ケミカはクァレオの隣に腰を落ち着かせる。その手にはクラフトコーラがコップいっぱいに注がれている。どうやら、相当気に入っているみたいだ。
「ところで、クラスBってどういったテストが出る予定なのかしら?」
ケミカがハルルに問いかけた。どうやら、他クラスの定期考査がどのようなものか気になるようだ。
「あ、そういえばありましたね」
「え、それって大丈夫なの?定期考査は明日よ?どういったものが定期考査として出ているのか分からないのだけれど、もっと焦ったほうがいいんじゃないかしら?」
「いえ、問題ありませんよ。クラスBの定期考査は、先生との一騎打ちにて、先生を満足させること、ですから」
「な、何よそれ…何だか楽しそうじゃないの…」
「ええ、私は明日が楽しみで仕方ありませんよ。出来るだけ早く、ランクを上げないといけませんので」
「……あ~、恋人と同じクラスになる為ね」
「ええ、勿論それもあります。ですが、私が辿り着きたいのはランクAよりももっと上、ランクSのその先です」
「ちょっ待て、ランクSのその先だって?」
突然、先程まで2人の間で大人しくしていたクァレオが口を挟んだ。気になることがあるようだ。
「ええ、この世界の管理でもしようかなと」
「……………そうか。なら、私に協力させてもらいたい」
「おお!ありがとうございます。まさか賛同する人がいるとは…………ところで、お名前は?」
「あぁ、そうか。まだ…だったな。私の名はクァレオ・ケネオル。そして………アクリア。私は恐らく、君を導く使命を持つものだ」
「ほう?導く使命を持つ?………では、アクリアさん。これからよろしくお願いしますね」
「ああ、元からそういう約束だ。よろしく頼む」
「あいよ、お待ちどう」
2人の下へ、ざる蕎麦が届けられた。お好みでと、山葵とネギも別の器で渡された。
早速2人は蕎麦を食べ始める。どうやら口に合ったようで、ケミカとクァレオは美味しそうに蕎麦を食している。
ケミカは2人の会話、主にクァレオの話した内容の意味を頭の中で考えている。だが、全くその答えに辿り着かないようで、難しい顔をしている。
そして、また違う名前が出たことにより、ケミカは再度悩む。『カルゼ』は精霊の姿の時の名、これはケミカが名付けた。クァレオ・ケネオル、その名前が彼女の本名である事は、すでに確認してある。では、『アクリア』とは?
「では、私はこれで失礼しますね。別の寮(屋敷B)に用があるので」
ハルルはせいろを返却した後、食堂を後にした。
「クァレオ、貴方はいったい…」
「ごちそうさま。ハルル、待ってくれ!私にも同行させてほしい」
クァレオは駆け足でせいろを返却し、ハルルを追いかけるようにして食堂を出ていった。その姿はまるで、外見相応の少女のようだった。
「……頭の中がグチャグチャだわ」
食堂内で、1人黙々と食べ進める。先日までは無かった、唐突な孤独感に彼女は寂しさを覚えた。真の孤独とは、1人でいることではなく、複数人の中で独りになることである。彼女はそれに気がついたのだ。
▲ ▶ ▼ ◀ ▲
あれから数時間が経過し、現在は正午だ。ケミカは既に昼食を食べ終えたようで、リュレと会話をしている。
「失礼しまーす!」
すると突然、教室の後ろの扉が開かれた。当然皆の視線はそこへと集中する。
「な、何だよ、皆してこっち見ないでくれないか?」
すると、率先して扉の方へと足を動かす人が現れる。クラスA内の、実質的なクラス長となっているバダル・N・ノウノという人物だ。
「クラスAにどのようなご要件でしょうか」
「あ、その…だな。ボクの定期考査の内容が、他クラスの生徒から固有魔法を共有してもらうというもので、誰かにそれを頼みに来たんだが、今は忙しかった…か?」
「なんと、そういうことでしたら、このバダルが助力させてもらいますが、如何なさいますか?」
「あ~っと、一応、皆がどういう固有魔法を扱えるのか、一通り知りたいんだけど…いいかな?ボクが持っている固有魔法と、噛み合うものがあるかもしれないしね」
「でしたら、このバダルが謹んで1枚の紙にまとめてまいりましょう。こちらの席にて少々お待ちください」
それからバダルは皆に呼びかけ、それぞれの名前と固有魔法を1枚の紙に書き出し、それを赤髪ロン毛に差し出した。
「皆の固有魔法を書きまとめてみました。是非、参考にしてもらえれば」
「おお、ありがとうございます。ふむふむ……」
書き出した内容はざっとこうだ、
●バダル 『固有 視線誘導』『固有 外装創造』
●リュレ『固有 魔力効率化』
●ヤクイ『固有 カイン召喚』
●カタバ『固有 停止』『固有 トレード』
●ケミカ『固有 鎌鼬』『固有 脱力』
●カイス『固有 臨界』
●ザバ 無し
「う~ん…そうだなぁ。この中なら、『固有 鎌鼬』かな」
固有魔法を書き終えてから、リュレと会話を再開していたケミカは、その言葉が耳に届いてから、彼に向き直り問いかけた。
「あら、どうして私なのかしら?」
「ボクの固有魔法と、うまく噛み合いそうだと思ったからだな。さて、どうだろうか?暇な時間に共有してもらいたいんだけど、何時なら都合いい?」
「そうねぇ…そういうことなら、今からでもいいかしら?今日の予定を考えると、1番暇なのはこの時間だけなのよ」
「えっ、今から?まぁ、いいか。じゃっ、早速お願いします」
「ええ、任せて頂戴」
そして、2人は中庭へと場を移した。野次馬も数人ついてきたが、ケミカは別に気にした様子もない。
「じゃあ、いくわよ?しっかりと見ててね」
「ああ」
ケミカは手のひらを低木へと真っ直ぐに向け、風系統の魔法を放った。
「ふっん!」
今回は精霊の手助けがないので、本当に無理矢理魔法を打ち出した。
「そして、『固有 鎌鼬』!」
打ち出した魔法が消えてしまう前に、固有魔法をそれに重ね掛けする。
「おお~!」
先程まで真四角に整えられた低木は、球状へと形を変えた。ケミカはもしかしたら、トリミングの才能があるのかもしれない。
「どうかしら?大体こんな感じなのだけれど…」
「凄いな!丸くなっているのは、固有魔法によるものではなくて、ケミカ本人の技術なんだろう?いやぁ、そう考えると、凄さが際立つな」
「そ、そんなに褒められるとは思ってなかったわ」
「では、正式に『契約』を求む」
「ええ、『契約』貴方はこの固有魔法を、勝手に他の人に共有しないと誓いなさい」
「ああ、もちろんだ。誓う!」
「『契約成立』ね。試してみて頂戴?」
「わかった」
彼は先程のケミカと同様に、低木に向かい手のひらをまっすぐと向ける。そして、風系統の魔法を放ち、すかさずそれを試した。
「『共有 鎌鼬』!」
すると、その風魔法が当たった低木は、まるで、素人がトリミングしたかのように、凸凹と不揃いな形になっていた。
「ありゃ、汚なくなっちゃった」
「最初はこんなもんよ」
すると、突然クラスBの教室の窓が割れて、外に向かい誰かが飛び出してきた。そしてその数瞬の後、もう1人誰かが同じ場所から飛び出してきた。例に漏れず、ケミカはビックリしたようで、その肩を震わせてしまったようだ。
「やっぱりな、此処にいると思ったぜ!」
「やめろ!本当についてこないでくれ!」
どうやら窓から飛び出してきたのは、先日に部屋の窓に張り付いていたという事もあり、未だその記憶に新しい変態と、今朝の一件から謎が多いクァレオの2名である。
「ラリ…反省してないな」
「あら、知り合いなのかしら」
「ああ、同居人だ。……ちょっと止めてきまーす」
「なら奇遇ね、たった今追われている子は、私の友人なの」
「おっと、それはごめんだな。同居人が迷惑を掛けてます」
「今は駄弁っている場面じゃないようね、何だか段々服がはだけきているわよ。あの…ラリっていう子」
「そうだな。それじゃっ、ボクが責任持って回収してきまーす」
「あら、そういうことなら私は此処から傍観しているわね」
「行ってきます」
「あ、今更なのだけれど、あなたの名前を教えてくれるかしら」
「ボクはラナク。剣術が大の得意なSuccubus Hunterの家系の者だ」
ラナクはそう言うと、片足に力を思い切り込めて、ラリの下へ一直線に跳躍してみせた。彼の足があった場所を見ると、すでに踏み固められているはずの地面が、その足の形に凹んでいた。
「ラリ!何やってんだコラァ!」
「ラナク!?ほ、ほら!あの子だ、昨日言ってた美少女!」
「ま、まじで美少女だ!」
ラナクそう言いながらも、ラリをしっかりと確保した。ラリは空を飛んで追いかけていた都合上、翼が服をビリビリにしており、辛うじてその胸の露出が守られている状態だ。
「あ、おい!もうちょっとでご馳走だったのに!」
「馬鹿野郎!そういうのは放課後にやれ!」
「放課後ならいいのか?」
「ああ許す!サキュバスとはそういう種族だ!但し……学校関係者には手を出すんじゃない!」
「え〜!」
お姫様抱っこ状態のラリは、ラナクの言い分に納得しきれないようで、ずっとごねている。
「あ、あの~…た、助かったよ。ありがとう」
「おお~、本当に美少女だな!ラリ、ごめんな。俺がもしインキュバスだったらヤッてると思うわ」
「だよな〜!分かってるぅ!」
そんな感じの言葉が返されるとは思っていなかったクァレオは2人を警戒し始めた。まさか助けてくれた人物が、そこの変態と波長が合うなんて思っていなかったのだ。
「ほら、戻るぞラリ。あの子は此処の生徒らしいから。ほら、見ろ。制服着てるし」
「ちぇ〜…俺はいつでもウェルカムだから!溜まったら来いよ!」
「だ、誰が行くか!」
「では!クラスAの皆!ありがとうございました!!」
そう言うと、2人はクラスCへと戻っていった。そして、1人残されたクァレオはいつの間にか目元がウルウルしている。不思議な事に、昨日や朝には感じられなかった年相応の子供感が、何故だか如実に伺える。
そしてクァレオは、心配な顔をして中庭に歩いてきたハルルに駆け寄った。
「ハルル〜!怖かったよぅ〜!」
「え、ちょっ、お、落ち着いてくださいアクリアさん、何だか様子が変ですよ」
突如として泣きついてきた美少女を窘めるようにして、ハルルは背中にまで腕を回して抱きついている彼女を、引き剥がすようにして肩をグイッと押した。
「え…クァレオってあんなに甘えん坊な子だったかしら」
すると、ついて来ていた野次馬の中から1人、心中穏やかではない少女が立ち上がった。
「ちょっとぉ?ハルルくぅ~ん?だぁれ、その可愛い子?」
リュレが眉をピクつかせて、ハルルの下へと距離を詰める。歩いているはずなのにとても速いのは、恐らく春流を左手に持っていることから、風の権能を使用中なのだろう。
「え!リュレさん!?違います!断じて、断じてそういうものではありません!!!」
「うぅ~…頭撫でてぇ」
クァレオがハルルの手を取り、その頭の上に置いた。ハルル視点から視れば、とても庇護欲を掻き立てられるような姿に違いあるまい。
「あっ、ちょっとぉ!僕のハルルくんだからぁ!」
リュレの表情の険しさが増した。
「リュレさん落ち着いてください!アクリアさん本当にどうしたんですか?具合でも悪いんですか?」
そうこうしているうちに、リュレはハルルの正面に到着した。傍から見ていると、痴話喧嘩でしかないそれは皆の興味を引いた。同学校、同クラスの生徒の痴話喧嘩が目に入るところで行われているとあれば、見ない選択肢は無いだろう、という考えを持つ人が多いようだ。そしてそれは3クラスの先生たちも然り、止めに入ることなく屋上から鑑賞中だ。その手に〝アルコール〟を持っている先生もおり、その光景をなかなかに愉しんでいるみたいだ。
「心配してくれるの?ハルルは優しいねぇ〜」
クァレオは頭に固定していたハルルの手を、自身の頬へと移した。これまたハルル視点が気になる構図だ。
「ちょっとぉ!僕のハルルくんだからぁ!」
リュレもクァレオに負けじと、ハルルのもう片方の腕に自身の腕を絡め、見せ付けるようにして抱きついた。再三にわたるが、ハルル視点がとっても気になる構図だ。
「ちょっ、リュレさんまで…ってアクリアさん、何か酔っ払ってないですか?」
「えぇ?酔っ払ってるって、私が?そう見えるの?」
クァレオはハルルにグイッと顔を近づけた。鼻と鼻が触れそうなくらい、その顔を近づいたせいで、ハルルは一瞬、キスをされると勘違いしてしまった程だ。
「どう?私、酔っ払ってるかな?」
「え、ええ、口からアルコールが香りますよ」
ハルルは近づいた美少女フェイスを離すように、クァレオの肩を掴み、またもグイッと引き剥がした。それと同時に、意識してか、はたまた無意識か、リュレの頭を自身の方へと抱き寄せた。この不意打ちにはリュレも赤面だ。ハルル視点(以下略)
「なぜアクリアさんが突然酔っ払っているのか、それは恐らく」
ハルルは突然、魔法で弓矢を創造し、屋上へ向かい構えた。そして、間髪を容れずに放たれたそれは、クラスBの担任が手に持っている酒瓶を撃ち抜いた。その距離は直線にして約25m。
「それですよね。先生」




