3人目 Ⅶ・ケミカ 起
入学から大体1ヶ月が経過した。
「そろそろ定期考査なのよね…」
誰に言うでもなく、部屋の中で1人ポツリと呟く。
クラスAに所属しているケミカ・N・セブルは悩んでいた。別に勉強が出来ない訳でもないし、実技が苦手な訳では無い。
では、何に悩んでいるのか?それは…
「あ~…可愛い彼氏欲しぃ〜…」
そう!色ボケしているのである。その男らしい見た目の割に、心は少女しているのだ。
「勇者について語り合えるような…そんな人いないかしら…」
彼女はケミカ。三度の飯より勇者が好きで、可愛い彼氏を求めるお年頃な女の子である。
クラスAの定期考査の内容は、記述・実技・先生からのお題。
彼女は今、先生からのお題で読書感想文を作成中なのである。彼女が読んだ本の名前は、〈空席のイブ〉という、詩が綴られてある本だ。
学者たちの見解でその本を説明すると、ある男が一人の女性に恋をしたが、男はその人に先立たれてしまった。というものだ。
本の内容はその人に向けた後悔と、どれだけ好きかを表した詩集となっている。
かなり昔からあるようで、学者たちは長い間、引き継ぎを繰り返し、その本を研究しているらしい。現時点では、この本はその男の日記だったのではないか、という説が有力となっている。
そして彼女は、今それを読んだおかげで恋愛脳になっている。ラブコメを読んで、自分も恋愛がしたくなるあの現象だ。
「……実際に彼氏がいる人に、聞いてみようかしら……彼氏のつくりかた」
ケミカと同じクラスに所属している、ある女子生徒は彼氏がいるとのことだ。ケミカはその人に彼氏のつくりかたを聞く予定らしい。
先生のお題を先に終わらせるべきだと思うが……彼女は今、恋愛脳になっている。そう、仕方ないことなのである。
勉強をするべきだとは思うが………少なくとも彼女にとっては、してもしなくても変わらないものだ。地頭が良いから、授業の1回で大体理解してしまう。それが、裏目に出たのだろう。
実技も言わずもがなであり、セブル侯爵家は特殊な騎士の家系ということも相まって、実のところ定期考査は余の裕なのだ。
順位を考えなければ、の話だが。
「彼氏が出来たら、何をしようかしら。キ、キスって何回デートを重ねてからなの?………明日それも聞けばいいわね」
恐らくそれを質問するのは、やめたほうがいいだろう。今一度考え直すべきである。人のプライバシーな部分は慎重にいくべき……だよね。多分、いや、慎重にいくべきなのだ!
「今日はもう遅いし、寝たほうがいいわね。考査までまだ2日あるし、余裕よね」
それでいいのかと思わないでもないが、彼女は部屋の灯りを消し、床についた。
▲ ▶ ▼ ◀ ▲
………zz…う~ん…あ…朝だ。
「今日の授業は確か…」
…彼女の朝は…早い。
…………毎朝、朝早くからその日の授業の確認をして、少しだけ予習をしてから登校するのが彼女の日課だ。その習慣のおかげか、はたまた地頭の良さからか、その日の授業の内容がスーッと頭に入るようだ。
「そろそろ登校しようかしら」
そして彼女は制服に着替え、荷物をまとめた。
「よし…よし…忘れ物なしね」
忘れ物がないかの確認をして、部屋をあとにした。
▲ ▶ ▼ ◀ ▲
「ケミカちゃん、おはよぉ〜!」
「あらリュレさん、今日は早いのね」
学校の教室で、1限目の準備をしているところに、リュレ・N・ノエという同クラスにおける才女が話しかけてきた。
普段はもう少し遅い登校なのだが、今日は早く来たようだ。
「うん…ちょっとねぇ…」
「どうしたの?何か悩み事があるのなら聴くわよ?」
「いやいや!全然そういうのじゃなくて…その…」
「あっ、もしかしてプライベートな事だったかしら?もしそうだとしたら、聴いてごめんなさいね」
「えっと、そうじゃなくて…」
すると、リュレの表情がへにゃっと緩んだ。
「ふへへぇ…ハルルくんが直接迎えに来てくれたんだぁ」
「あら、良かったじゃない。朝イチから恋人の顔が見れて」
「うん!ふふへぇ」
「……ねぇ」
「うん?どうしたの」
「彼氏って…そんなに良いものなの?」
昨晩からリュレに聞こうと思っていた事を、その本人に問いかける。この行動力と思い切りの良さは、彼女の長所だ。
「もしかして、好きな人ができたの?」
「いえ…そういうわけではないのだけれど。ただ、興味ができたの、彼氏というものに」
「おお~!恋人っていいよぉ〜!」
「それでなのだけれど、もう一ついいかしら?」
「なになにぃ〜?じゃんじゃん聞いちゃって」
「キスって、何回デートをしてからなのかしら?」
その瞬間、教室内の男子の視線が2人に集中した。内数名を除いて。
「えっ!え〜とぉ…その……秘密じゃぁだめかな?」
「あら、それは残念ね」
クラス内の男子共もこれには同意見だ。
「じゃあ、最後に一つだけいいかしら?」
「な、なに?」
すると今度は、リュレの耳に口を近づける。そして、ボソリと何かを聞いた。
「っ!?」
いったい何を聞いたのか。リュレはその質問の内容を聴いた途端に、林檎のようになってしまった。
………いったいナニを聞いたのか。正直なことを言うと、精霊の私にははっきりとその質問の内容が聴こえた。………けしからんということだけは伝えておこう。
「その…まだ…」
「あっ、そうなのね」
今見ているこの状況が、彼女の短所だと言えるだろう。
「そ、そういえば!3、4限目の授業は模擬戦があったよね。それで、ペアになってくれないかなぁ」
「あら奇遇ね。私も貴方に申し込む予定だったわ」
「そうなんだぁ、うわ~い!今から楽しみだよ」
今日の時間割は、1限目が経営学(応用)、2限目が魔法基礎、そして3、4限目は戦闘訓練。昼を挟み、5、6限目に史学といった内容だ。
一応、放課後には部活なるものがあるらしいが、ケミカはそれに興味が無いようで、よく街で1人ショッピングを楽しんでいる。
「皆、授業を始めるよー。席についてー」
スイ先生が点呼をとり、1限目の授業が始まった。彼の授業スタイルは生徒一人一人の正面に、あらかじめ用意した資料を映像として投影しながら進行する感じだ。おかげで、頭に入りやすいと評判となっている。
▲ ▶ ▼ ◀ ▲
1、2時限の授業が終わり、クラスAの生徒は中庭に集まっている。なぜなら3、4時限の戦闘訓練は外で行うからである。
「よーし、皆集まったね。それでは、ペアを作って準備運動をしてください。先生と組みたい人は起こしてくださいね。では、30分間各自で体を温めるように。よし、おやすみなさい」
…職務怠慢ではないのだろうか?休憩の時間の際にも、睡眠をしているのに、よくもまた眠れるものだ。
「よ~し!先ずは慣らしからいこぉ〜!」
「では、軽く剣を交えましょう?」
「よぅし!慣らしでも負けないよ」
それからリュレは、魔法で剣を創造した。わりとスタンダードな炎の魔法剣だ。
…いや、間違えた。あれはリュレの愛刀だ。【格納】によってズボンのポケットの中へしまわれていたそれは、炎のエフェクトがついていて、厨二心がくすぐられるデザインとなっている。確かその愛刀の名は…
「いくよ!『春流』!」
「あら、今日はそっちなのね」
「今日はそういう気分なんだよねぇ」
彼女は春流を左手で扱う。両利きだからできるのか、それとも、彼女の才能がそれを可能としているのか。どちらにせよ、すごいものはすごい。
「いくよ~!そぉ〜れぇ!」
リュレは左手に持ったそれを、下から上に振り上げるように動かした。その途端に、振り上げられた直線上に氷の柱が並び立った。
初見では対応が困難であろうそれは、振られた位置から数メートルばかりに攻撃が通る代物だ。
ケミカは普通に避けたけど、常人なら一発KOだろう。
「貴方って本当に凄いわ。でも、単純な近接戦闘なら私の方が1枚上手よ」
おっと、そろそろ精霊の出番だ。よし、行ってきまーす!
「精霊騎士の戦闘方法をよく見ておくといいわ。おいで『カルゼ』!このレイピアに宿ってちょうだい!」
「おお~!凄い!レイピアが光ったぁ〜!」
「驚くのはまだ早いわ。見てなさい」
誰もいない所にめがけて、レイピアを振るった。それと同時に、人間サイズの竜巻が発生し、振るわれた方向へと移動した。数秒後には、その竜巻は消えてなくなった。
「おお~…?」
どうやら、少し拍子抜けのようだ。それもそのはず、ただ単に風を起こすだけなのだから。だがしかし、ケミカの固有魔法なら、発生した竜巻にかなりのシナジーを与える事が可能だ。
「この精霊の能力に、私の『固有 鎌鼬』を掛け合わせる事で、とんでもないことが出来るわよ」
すると今度は、近辺に生えている木に向かいレイピアを振るった。今回は固有魔法を掛け合わせている。
「っ!ええぇ~!木が!」
竜巻が直撃した木は、ズタズタになり元の形を推測することが出来なくなっていた。
そう、もはやそれはシナジーどころの話ではないのだ。
「…さて、準備運動を始めましょうか。リュレさん」
「お、お手柔らかにねぇ?ケミカちゃん」
「あら、そんなに緊張しなくてもいいじゃない。貴方は私よりも強いのだから」
「いやいやいや!僕は強くないよぉ!」
「さて、どうかしらね」
そして、準備運動が始められた。
▲ ▶ ▼ ◀ ▲
剣と剣がぶつかり合う音が中庭に響く。
戦況は、外野から見ればリュレが圧倒している様に映るだろう。だが、本当に優勢なのはケミカの方である。
リュレが攻撃をするたびに氷の柱が並び立つせいで、ケミカの竜巻が見劣りしてしまう点が、皆の意識をそうさせるのだろう。
「劣勢だからぁ、ちょっと応用〜!」
すると、リュレは地面に炎のエフェクトが付いているくせして、一向に炎の出る気配のないその剣を突き立てた。
そして、次の瞬間には2人を包むように氷のドーム、要はカマクラが出来ていた。だが、それとは少し違う点を挙げるとすれば、天井が吹き抜けであることだ。
「あら、これはどういうものかしら?」
「このカマクラ内にいると、僕の繰り出す攻撃が防げないよぉ〜」
「なるほどね。なら、さっさと破壊したほうがいいわね」
彼女は氷壁に向かって、竜巻を繰り出した。……が、
「なっ、そんな」
「硬いでしょぉ?それ。結構苦労したんだよねぇ、ここまでの硬さにするの」
「…どうやら、この狭い空間でやるしかないみたいね」
「んじゃぁ、行くよ?ちゃんと避けてねぇ」
「望むところだわ!」
「360°、全方位に注意したほうがいいよぉ?」
「…?それはどういうとこかしら?………うっ!」
ケミカの背後の氷壁が、彼女めがけて凸の形となった。どうやら、このカマクラはリュレの意思により自由に操作できるらしい。
無防備な背中を不意に突かれたおかげか、かなりのダメージを受けたようだ。まさか壁が襲ってくるとは夢にも思っていなかった彼女である。
「ふ、ふ~ん?やってくれるじゃないの。なら、こっちもちょっと本気でやるわ!」
そう言うとケミカは、徐ろに右耳から剣を模したイヤリングを取った。どうやら、ただの装飾ではないらしい。
今装備していたレイピアは左耳に戻したようだ。いつの間にかイヤリングになっているそれは、レイピアだとは初見では分からないだろう。
「30%の力でいくわよ!」
「おお〜!イヤリングが剣の形になったぁ!」
「油断は禁物よ?【幻覚】!そして、『ウォーターショット』!」
剣先を相手に向けそう言い放つ。すると、間髪を容れずに、その剣の先から水の塊が撃ち放たれた。
…というのはリュレが見せられている嘘の情報だ。これが【幻覚】の恐ろしさだ。
「ふふん!水くらいなら、すぐに凍らせて……って熱ぅ!?」
「視覚に頼りすぎないことね」
「うぅ~…これはしてやられたよぉ」
リュレが喋り終わると同時に、氷の壁や、氷の床がケミカに襲いかかるが…
「あら?何処に攻撃しているのかしら?」
「あっ!そうかぁ、これがあったね」
「そうよ、【幻覚】はまだ継続中よ」
「いや、それじゃなくてぇ…これ!」
すると、リュレはもう一度地面に剣を突き立てた。
なんと、どうしたことか、カマクラが消えたかと思えば、リュレの体が宙に浮びはじめた。どうやらその剣は、氷以外にも風の属性を持っているようだ。
「空に逃げても、【幻覚】は無くならないわよ?」
「この高さでいいね。よぅし行くよ!『流麗』!」
またもや、【格納】でポケットにしまっていたその剣を右手に持ち、地面に振りかぶる素振りを空中にて行う。ちなみにこちらは、氷のエフェクト付きだ。
「………あ!リュレさん、まさか…」
「そぉれぇ!!」
投げられた流麗は見事に地面へと突き刺さった。そして、その剣を中心とした半径数メートルの距離に、範囲攻撃さながらに炎が敷かれた。
「わわわっ!ま、まいったわ!降参よ!だから早く止めて!」
ケミカがそう言うと、炎のカーペットは即座に消えた。そのすぐ後に、リュレが地上に降りて流麗を回収。そして、両手に構えた2本の剣を【格納】にてポケットにしまった。
「やっぱり、貴方はとことん才女ね…」
すると、不意にスイ先生が声がけを始めた。どうやら、30分が経過したようだ。
ケミカは、レイピアから剣に移動していた『カルゼ』を解放し、剣を右耳に戻した。
「は~い!皆そこまで!では、模擬戦を始めるよ〜!怪我をした人がいたら、先生に診せてくださいね。では、模擬戦スタート〜!」
スイ先生により、模擬戦の開始を伝えられた。だがしかし、既に本戦じみたことをしていた為、少なくともケミカには模擬戦のための体力は残っていなかった。
「リュレさん、模擬戦は少し休憩を挟んでからでもいいかしら?もう流石にヘトヘトだわ」
「うん!僕も少し疲れちゃったから、模擬戦は休憩してからしよっか」
「そうね、今のうちにでも戦略を考えようかしら…」
のんびりと地べたに座りながら、リュレと駄弁っていると、あるチビが話しかけてきた。
確か…この大した特徴の無い姿は、ザバ・N・ドゥという14歳の少年だ。何か特徴的な部分を挙げるとすれば、舌ピアスがたまにチラリと見えることくらいだろう。
「おいリュレ!暇ならオレと模擬戦しろよ!」
「え〜?どうしよっかなぁ〜」
「あら、丁度いいわ。それなら私と模擬戦しましょう?バンドゥ君」
「ああん?勝手にあだ名作ってんじゃねぇよ!誰がバンドゥだコラ」
「たった今初見殺しを思いついたのよ。それを試してみたいの、いいかしら?」
「っは!初見殺しだぁ?」
「あらぁ?怖いのかしら。なら、ヤクイ君にでも試してこようかしら。あの人なら、初見殺しを食らっても普通な顔して立っていそうだしね」
「何?オレがいつやらないって言ったよ?いいぜ、来いよ。どうせ大したこと無いんだろうけどな!」
煽り耐性のないバンドゥは、まんまと話に乗せられて、ケミカとの模擬戦を始めた。
どうやら、また出番が来そうだ。




