第8話『公安の巡査部長・別班の三等陸佐』
「特捜専対は新宿地下拠点から撤退しろ!」
直属上官たる赤坂正樹理事官から命令を受けた特捜専対は、アジトの階段を駆け上がる。
既にアジトの周りには私服自衛官がうろついている。そのため、警察車両であるマイクロバスを入り口に横付けして、特捜専対のメンバーをピックアップする手筈だ。
桜祐もまた、先陣切って階段を駆け上がる。が、
「どけ!」
「うわっ」
貝戸強巡査部長こと、大河内和夫三等陸佐が桜祐警部補に体当たりする。
祐の身体は君塚信一警部と乃木康信室長が受け止めた。
「貝戸め!」
貝戸は運転手を車外へ蹴り飛ばすと、エンジンをかけアクセル全開でマイクロバスを発進させた。
『状況は理解した、バラバラで逃げろ!』
赤坂理事官は改めて命令する。
既に、予備のマイクロバス2台が向かいつつあった。が。
衝撃!
陸上自衛隊の装甲車ともいうべき16式機動戦闘車がマイクロバスに体当たりしたではないか!
桜祐の意識は遠のいていった……
* *
『速報です。陸上自衛隊が対テロ訓練を実施しています』
テレビ画面、ニュース映像では自衛隊車両が市街地で黒煙を上げていた。
今ごろ報道には官邸筋、CIAから圧力がかかって、公安警察と自衛隊の白熱の抗争も、単なる対テロ訓練としか報道されない。
黒部新造内閣改造大臣は執務室に関係閣僚を集めて問いただした。
「対テロ訓練? 聞いていませんが?」
須田義仁内閣官房長官は汗をぬぐう。
「抜き打ちで実施いたしました」
黒部はため息をついた。
「困りますね、そういったことは首相の私を通していただかないと」
黒部総理大臣のもっともな意見に、畠山正晴法務大臣も頷く。
同時に畠山は、特捜専対の拠点が対テロ訓練の名目でA27号陸上自衛隊部隊に襲撃されたことを悟った。
「いいじゃありませんか」
そう言ったのは環境大臣の米泉統一郎だ。
「今回の対テロ訓練は米軍肝入りのものです。むげにはできません」
畠山正晴は険しい表情となる。
「(須田官房長官に米泉環境大臣、どちらも横浜、横須賀が選挙区で米軍の密接な関わりがある。A27号の最高幹部か?)」
* *
バケツいっぱいの水が桜祐の顔面に叩きつけられた。
「起きろ!」
「!」
閉じ込められたのは薄暗い部屋。ズボンまで脱がされ下着一枚だ。
「(そうだ、あのあと拉致されて……)」
目の前に立っていたのは、短髪ながら洒落た髪型の髭面の陸上自衛隊警務隊一等陸佐。
「お前は警務隊の中野衛だな!? なぜ裏切った!」
「私だけじゃないぞ」
カツカツとブーツの足音が聞こえる。その方を見ると暗くて顔が良く見えないが……
「え!?」
顔があらわとなる。
警視庁公安部自衛隊監視班の大河内和夫巡査部長は、陸上自衛隊別班三等陸佐の階級を持っていた。
「大河内巡査部長!?」
「俺は──別班だ」
「なぜ僕を拉致した!」
「法務大臣の息子を拉致すれば脅して特捜専対、公安警察の捜査活動を中断させられるからな」
もはや大河内巡査部長は階級が上の桜祐警部補に敬語など用いない。
* *
小野田公現警察庁長官から極秘裏に事態を知らされた畠山正晴法務大臣は、息子がA27号の警務隊部隊に拉致されたと聞き、急遽アポ無しで首相官邸を訪れた。
「須田官房長官、黒部総理大臣と面談させていただきたい!」
須田は嗤った。
「総理はご多忙ですが?」