第9話『黒部首相の調停・トマホーク発射命令!』
クーデターグループA27号の虜囚となった実の息子、公安警察桜祐警部補を政治的働きかけで救出するべく、畠山正晴法務大臣は首相官邸の5階に訪れていた。
黒部新造内閣総理大臣と直談判するためだ。畠山正晴は警視監を最終階級としてキャリア警察官僚を退官したプロフェッショナルであるが、一人息子のことではそれは例外であった。
だが須田義仁内閣官房長官が先程から、アポはあるのか、総理は多忙だと並べるばかりで、一向に総理大臣に取次ぐ気配がない。
「どうしましたか?」
「黒部総理」
にっちもさっちもいかないその状況は総理大臣自身の手により破られた。
「畠山大臣、私の執務室で伺いましょう、須田長官、席を外してもらえますか?」
* *
執務室で向かい合う黒部新造と畠山正晴。黒部は瞑目し、渋そうな顔をしている。
「(あの時……)」
畠山は回想する。
オンライン会議で警察庁警備局長稲田大成警視監に言われた内容を思い出していた。
『畠山大臣に探っていただきたいことがあります。黒部新造内閣総理大臣のA27号事案への関与の有無です』
畠山大臣の回想は口を開いた黒部総理大臣その人によって遮られた。
「新宿の対テロ訓練とやら、あれは特捜専対拘束作戦のカムフラージュです」
「やはり……」
「その過程でご子息が自衛隊警務隊に捕らわれたと。さぞお辛いでしょう」
黒部は姿勢を正した。
「ここは事を荒立てずに私が取りなしましょう。桜祐警部補と大河内巡査部長の身柄交換も含めて」
「ありがとうございます総理」
畠山大臣は顔を伏せた。
「しかしながら総理、ひとつだけお聞かせください」
畠山は顔を伏せたまま、鋭い視線だけを黒部に向けた。
「総理ご自身は、クーデター勢力なのですか?」
途端に黒部は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「アメリカ合衆国の支配、これは日本の真の独立を願う政治家がひとしく背負う重圧です」
黒部は直接は言及しなかったものの、その答えはクーデター勢力からの圧力があったことを容易に想像させた。
「(総理も苦しいお立場で苦悩されてこられたのだな)」
畠山は腰を上げようとする。
「失礼します」
「お待ちを」
「?」
黒部総理大臣はUSBメモリを畠山法務大臣に手渡した。
「総理大臣としてこれまで調べてきた国会議員のスキャンダルのデータです」
「!」
「誰が私の後釜に座ろうと、刺し違えることはできる。私はこの日本を、アメリカなどに売らせない!」
* *
黒部新造内閣総理大臣は自ら動いた。
A27号に対しては、秘密捜査チーム特捜専対を活動凍結させることで、納得させる。
そして自衛隊別班であることが判明した大河内和夫巡査部長を公安警察から自衛隊別班に移籍させることを容認する代わりに、捕らわれた桜祐警部補の身柄は返してもらう。
内閣総理大臣黒部新造と警察庁長官小野田公現の協議は成功した。
小野田公現は警察庁長官という身分ゆえ実質的に公安警察とクーデター勢力の二重スパイ、橋渡し役である。
内閣総理大臣の意向は国家公安委員会、警察庁、防衛省を通して陸上自衛隊東部方面警務隊長に伝えられた。
官邸の意向だ、桜祐警部補は解放だ、と。
警務隊長中野衛は、桜祐を引き取りに来る警察車両が到着する間際、祐に詰め寄った。
「大臣の息子だから助けてもらえたんだぞ」
「ふん、負け惜しみを!」
傷だらけの桜祐は気丈にも吐き捨てた。
その時だった。
ドアがガシャと開き、女性の声がする。
「祐君!」
千代田春警部補は泣きながら桜祐を抱きしめた。
「よかった……!」
「信じていましたよ」
* *
警察側がA27号グループと呼ぶクーデター勢力を、アメリカ合衆国側はヤタガラス作戦部隊と呼ぶ。
そのアメリカはヤタガラス作戦を前倒しすることとした。
『イージス艦コンゴウに巡航ミサイルを撃たせ、日米核密約をつまびらかにし、長距離兵器配備と核シェアリングを閣議決定した首相の責任問題とするのだ!』
アメリカ合衆国は東京湾航行中のミサイル護衛艦こんごうのシステムをジャックした。
異変はすぐさま艦長に伝えられたが、遅かった。
ミサイル発射装置の蓋が開き、噴射煙が噴きあがる。
『こんごうミサイル発射!』
『発射コード、在日米軍からです!』