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花子さん返り咲く!  作者: 獅子虎龍
8/20

七 願いを叶える花子さん

 それから三日後のことである。

 ぼくが土曜日の自由参加な部活動に来て、向日葵先輩とホラーな話で盛り上がった後、図書館に寄って南村先生によるうっざい求婚をかわし、それからやっと図書館脇のトイレへ入ると、花子さんが「ついさっき来たぞ」と声をかけてきた。

 授業のない土曜日とはいえ、ぼくみたいに部活動や図書館に来ている奴はいる。だがいまここに他の生徒はいないので、ぼくは安心して口を開いた。

「やっぱり平日は避けたか。どこ?」

「視聴覚室の隣だ。閉じ込めてある」

「……女子トイレ、だよなあ」

「お前が到着したら鍵を開ける。いまは半狂乱で扉を叩いているぞ、あいつ」

「え、どれぐらい時間が経った?」

「かれこれ二時間は閉じ込めている」

「ごめん、のんびりしすぎた」

 図書館に寄る必要なかったな。向日葵先輩とのトークを削っても良かったぐらいだ。しかし思ったより反応が早かったな。SNSで罠を仕掛けたのが効いたらしい。

 急いで視聴覚室隣のトイレへ行き、男子トイレに向かって「来たぞ」と声をかけ、女子トイレの前で待った。すぐに、ばたん! と個室の扉の開いたらしい音がして、足音。そして。

 女子トイレの扉が開く。ぼくは両手を広げ、人影が逃げるのを防ぐ。

「はい待った」

「っ!」

「沖田未桜先輩――じゃ、ないですよね。筑波恭二先輩」

「……あ」

 長い黒髪に、女子ものの制服。そしてストッキング。まあ、幽霊と一緒だ。

 初めから疑っていなければ、見逃すぐらい女子生徒にしか見えなかった。

 それに筑波恭二――沖田未桜先輩と喧嘩をしたという彼氏は、肩幅があまりなくて線が細く、声も高くて、本当に女子みたいだったから。

「変質者扱いはしませんよ。誰にも言いません。ただ、話を聞かせてください」

「……君、誰?」

「一年生ですよ。田中陽水といいます」

 トイレの花子さんの友達です、とうそぶいた。


「結局どういうことだったんだ? 田中」

「どうもこうも、沖田未桜先輩の幽霊もお化けも、最初からこの高校にはいなかったんだよ。花子さんが返事をしちゃった相手っていうのは、生きた人間――筑波恭二先輩だ」

「ほおん……?」

 まさかご本人を見た上でもまだよくわかっていないのか、とぼくはため息をついた。

 土曜日も夕方を過ぎると本当にひと気がない。なんなら校舎内にはぼくと花子さんしかいないんじゃないかというぐらい、静まりかえっている。

 ただし筑波恭二。彼は着替えをしたら戻ってくる手筈だ。

「女装だよ。筑波先輩は女装して女子トイレに入り、みずからを沖田未桜と名乗ったんだ」

「なんで?」

「男子が女子トイレに入れないからだろ」

「入れるぞ。田中も入った」

「入ったっつーか強制テレポートだったが……見つかったら困るだろ。社会的に死ぬ。それに固定観念というのかな。やっぱり女子トイレに男子が入るのって通常のことじゃないよ。逆もしかりだがな。筑波先輩も普通に入ることはやっぱりできなかった。それで女装だろ。もし見つかってもとりあえず逃げることができる」

「ふむ。でも何で女子トイレに入ったんだ?」

「花子さんに願い事があったからだよ」

「いや男子トイレでも私、会えるんだけど」

「そんなこと霊感がない人にはわからないよ。それに筑波先輩は花子さんに会えるという情報を、SNSからじゃないと受け取れなかった」

「えすえぬえす。いんたーねっとを利用した社交場。でばいすがあればどこからでも接続可能」

「そうそう。そもそも高校に来ていない先輩には、トイレの花子さんにまつわる情報や噂なんて、そこからしか入ってこない。だから今日もぼくの書き込みに反応できた」

「なんだっけ」

「花子さんから『わかった』というメッセージを受け取った者はまたトイレに来い、って投稿したんだよ。あれを読んだら、きっともう一度あの姿になって――偽の沖田未桜になって現れると思ったんだ」

「あれから他にも何人か来たぞ。願い事を叶えろと騒ぐ連中が」

「……血文字メッセージ、返していないのに?」

「うん」

「まあ、あれかな……都合よく考えた奴らかな」

「下手なことはしないほうがいいと思って無視した。乱暴に扉をばんばん叩くし」

「それはともかく、筑波先輩も人がいない時間帯を狙おうとした結果、土曜日になるまで待ったんだろう。それでまんまと現れたところを花子さんが閉じ込めたと」

「そうしろと田中が言った」

「怖い目に遭わせろとは言ってねえよ……勝手に水が流れた、しかも血だった、とか言っていたぞ」

「サービス」

「要らねえサービスだな……」

「でも何で?」

「何が?」

「わざわざ女装までして、仲直りさせてくれなんて。だって沖田未桜は、もう」

 そうだ。

 沖田未桜は自殺をして、この世にいない。この世にいないから、仲直りはできない。

 動機だけが、ぼくにも完全にはわからなかった。

「ん……来たか」

 音がしたのでぼくは個室から出て、トイレに入って来た人物を見る。案の定、化粧も落とし、ウィッグを外して、男子の制服を着た筑波恭二先輩だ。

 小顔で肌も繊細で、痩せ型。念入りな女装をされたら本当に女子だと思える。

「君は……俺を脅迫、する気か?」

 いぶかしげな、敵意剥き出しの視線だ。

 脅迫するという発想はなかった。というか言いふらしても信じられないだろうに。証拠写真でもあるなら別だが。

 あまり強い態度を取られたり嘘で巻かれたりするなら、それも手だったかもな。

 だが筑波先輩はちゃんと男子トイレへやって来た。話をする気もあるようだ。

「いいえ。ただ、あなたに血文字メッセージを返しちゃいましたからね。花子さんが」

「なんでそれを知って……そもそも、なんで俺をもう一度ここに呼び戻したんだ?」

 確かに女装姿でも良かったんだが、それだと今度は男子トイレに入りにくいだろう。花子さんに説明しなくてはいけなかったし、その間に着替えてきてもらっただけだ。

「知りたいことがあったことと、行かなきゃいけない場所があったからです」

「……知りたいことって?」

「なんで先輩、沖田未桜先輩だと名乗ったんですか? そもそも、どうして仲直りなんて花子さんにお願いしたんです。あなたのその動機がいまいちわからないんですよね」

 おおよそは推測ができても、正解は目の前の人物のほうがよほどわかっているのだ。

 どうして死者と仲直りだなんて、頼んだんだろうか。

 おどおどとした態度が、いくらか収まってくる。女装して女子トイレに入ったことを脅迫されるのだと思い込んでいたせいで怖かったのだろうか。筑波先輩は息をつき、壁にもたれかかりながらぽつぽつと語る。花子さんにもきっとこれぐらいのトーンで頼み事をしたんだろうが、本当に女子の声だと思えばそう聞こえなくもない声音だった。

「未桜とは、喧嘩別れだった。あいつが俺のことをからかって、俺はそれを……案外、嫌いじゃなかったのに、その……あの日は強く、反発、しちゃって。イライラしていた。だからきつい言い方して……言葉を間違えたんだなって、思って……謝ろうと思ったんだよ。でも未桜はその日の夜に……俺のせいで、もう……」

 自室で、自殺をした。

「後悔していたんですね」

「うん……未桜はさ、俺がこういう感じだから、女装すると本当に女に見えるって、それを気に入っていたみたいで、でも俺、なんかそれって男に見られていないみたいで嫌だったから……未桜にだけは、そう見られていたくなかった……だからあいつに、うるせえ、いつもそんな……女の格好が似合うのにとか、女装してみたらとか言って、俺が嫌がっているのわかんねえのかよって……無神経、って……そしたら次の日、部屋で、首を吊って死んだって……」

 聞いてみれば最後の自殺という一点だけが飛び抜けているけれど、あとは普通に生活をしていれば普通にあり得る話だ。親しい者と喋っていて、たまたま癇に障ったときがあって、それをきつい言葉で返して――ただのディスコミュニケーションだ。

「ただ、謝りたかったんだ……俺は……」

「そしたらSNSになんでも願いを叶えてくれるトイレの花子さんの情報があった。しかも自分の通っている高校に」

「そう。だから俺、できるだけ人の少ない時間帯にやって来て、ごめんって伝えてほしいって言おうとしたんだけど、それで……焦ったんだ」

 なるほど。計画なんてそもそもなかったのか。

 午後の授業中、できるだけ人の少なくなった時間を選んで登校した筑波恭二は、本当に直前まで思い至らなかったのだ。鏡でも見れば一発で思い出せそうなことだったのに。

「こんな男の格好で女子トイレに出入りするのは、無理だ。いくら人目がなくても」

「ええ。女子トイレに男子の格好で入出するのは抵抗があったでしょう」

「む。いや田中なんかこの間、普通に男子の制服のまま女子トイレに立てこもったぞ」

 黙っていろ元凶。

 ぼくは花子さんを無視しながら言葉を返した。

「それで演劇部の衣裳部屋ですか」

「ああ、そうだ。あそこには化粧道具もあったし、女子の服があったからね。俺、演劇部なんだよ。未桜が女装をしきりに勧めてきたのも、そういう機会があって……部内の男子が全員で女装してエキストラをしたことがあったからでさ。そのとき以来なんだ。未桜が妙に女装のこと言い出して、からかうっていうか……よく言っていたよ。恭ちゃんがこの女の役、やればいいのにって。女子より美人だとかって。でも俺は木工作業が好きでさ、大道具担当だったし、それに恥ずかしかったし……馬鹿だよな。女装することが恥ずかしかったんじゃなくて、未桜に男扱いされていないのかよって不安になるのが嫌だっただけなのに」

 筑波先輩は自嘲するように笑った。

 演劇部の衣装部屋は向日葵先輩でも知っているぐらい有名だったからたまたま知っていたのかと思ったが、そもそも演劇部だったのか。ならOBOGの制服が残っていることは容易に知れる。化粧道具までは知らなかったが、この外見ならウィッグさえあればバレないだろう。

 そして女装して、視聴覚室隣のトイレまで来て、儀式にのっとり。

「トイレの花子さんに願いをするときも、性別を偽ったんですね」

「あーっ! そうか!」

 やっと事情が呑み込めたのか、花子さんがぼくにしか聞こえない声で喚く。

「だからお前、用を足さなかったんだな! 私に男ってバレたくなくて! もーっ! 私がどれだけお前のおしっこ見たかったと思っているんだ!」

 マジ黙れ変態。

「先輩が性別を偽ったのなら、身分も偽る必要がありますよね。それで咄嗟に出たのが」

「未桜の、名前だった……謝罪を伝えるっていう目的はもう見失っていた。未桜として、恋人と喧嘩したのを、仲直りしたいと……願望がこぼれ出た途端、血文字が壁に突然出てきて、俺、本当にびっくりしたんだ……」

 なあ、と筑波先輩は泳いだ目でぼくに問う。

「本当、に……いるのかな、トイレの花子さん……」

「……いますよ。だから先輩に『わかった』と返事をしたし、ぼくが首を突っ込むハメになったんです」

「おい田中。この件は私だけじゃないだろ。お前がそもそもなんだ、えしゅえにゅえしゅで嘘をついたのが原因じゃないか」

 噛むなよ。アルファベット慣れしていなくても噛むなよ。笑いそうになるだろ。

「君は、何なんだ? まさか本当にトイレの花子さんを知っているとか……」

「そうだぞ、田中は返り咲き隊の一員だ」

「ぼくは――ただの霊感体質ですよ。ただし口外法度です」

 花子さんがげしげしと「返り咲き隊じゃないか返り咲き隊だと言え言わぬか田中ぁ」と蹴りつけてくるのをさくっと無視し、ぼくはあっけにとられたような、でもどこか納得した様子の筑波先輩を促して外へと出る。

 スマートフォンを取り出し、耳に当てた。やっぱり人がいるところだとこうじゃなきゃ落ち着いて幽霊やお化けと話ができない。

「じゃあ花子さん、行ってくるね」

「ん? え、うえ、どこ、に?」

「花子さんは願いを叶えるお化けなんだから」

 願いを叶えに行くんだよ。

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