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花子さん返り咲く!  作者: 獅子虎龍
7/20

六 幽霊を探す花子さん

「え、幽霊……?」

 翌日、昼休みにぼくは被服室のそばのトイレまで来て花子さんに報告をした。流石に沖田未桜はもうこの世にいないという報告はぼくのみならず花子さんにも驚愕の事実だったらしい。

 目を見開き、心なし血色のない顔で花子さんはぼくにしがみつき。

「幽霊、怖いよ田中ぁ……」

「鏡見ろよ、怪談界の自称アイドル」

 いつもなら「自称とはなんだーっ!」とか突っかかってくる花子さんなのだが、どうやら沖田未桜の幽霊と遭遇したのではと思ったせいで随分と元気がない。なんで怖がりなんだよ。お前、お化けだろ。

 などと言えば「怖いもんは怖いんだよぉ」とか返してくる……くっそう、顔立ちは本当に可愛いんだよなあ、こいつ。

 さっきからしがみつかれているせいでなんかドキドキするもん。

 つってもこの手の怪談、ぼくなんか日常茶飯事なので共感できない。

 道を訊かれたから教えたのに、教えた道など少しも寄らずにずっとついてくる老婆が何者かと思ったら鏡に映っていなかった、とか。

 バスで綺麗なお姉さんの隣の席しか空いてなくて、まごついていたら手招きされたので照れながら向かうと、そのお姉さんは下半身がなくて骨と内臓がはみ出していた、とか。

 スーパーの店員にチャーハンの素がどこにあるか尋ねたら上機嫌で連れていってくれたのだが、棚をすり抜けて「こちらになります!」と案内されたとか。

 まあ、当然ながらいずれも幽霊なわけだが。

「だが、流石に沖田未桜がお化け仲間……というか幽霊だったら私も気付くと思うんだけどなあ。ここ、私以外のお化けも幽霊も本当にずっといないし。ずっと一人で寂しいし。田中ずっと留年してほしい」

「不穏な願いはやめろ。しかしいまさら結界に綻びがある……わけないんだよなあ」

 お化けや幽霊の類が外からこの高校に入る隙はない。それは校門を出たらすぐにぼくに近付く白ハゲの変態こと犬ェ門が「ンもう! 今日もどこからも入れなかった! 陽水きゅん成分が足りなくて犬ェ門もう限界! 抱かせて!」とか言い出すから絶対だ。あの露出狂に見つけられない以上、偶然どこかから入り込んだという可能性は著しく低い。

 となると、彼女はこの敷地内で発生した幽霊、あるいはお化けということになるが。

「南村先生によると、自殺したのは自宅らしいんだよ。幽霊って線は考えにくいな」

「そうだな、無理だろうな。外で死んだ人間の霊は結界を超えられない。たとえこの高校にどれだけの思いが染みついていたとしても」

「守護霊の類ですらいないんだよな、ここ」

 守護霊。すなわち生者につかず離れず見守ってくれている、善良なタイプが多い霊だ。

 だがこの高校の場合、それさえ見ない。代わりに結界の外で、自分の子孫なり縁のある生者を待つ死者の群れはよく見る。あれらが守護霊なのだろう。

 そのど真ん中でぼくの保護者ツラする犬ェ門が色々と尋ね回ったらしいのだが、やはり結界で阻まれてしまうのだという。校内にいる子孫らの様子が見えなくて気が気でない、という霊もいるようだが、突破は不可能だ。

「花子さん、その沖田未桜先輩の幽霊、どこか変だったとかなかったの?」

「むー。いやまあ、すっごく真剣そうだったな、って感じかなあ。おふざけとか冗談半分の雰囲気じゃなかった。真剣さで言えばナンバーワンだろうな。だから願いを聞きたくなって……それで、最後に悲鳴をあげて出ていったのが変だったか」

「それはお前の血文字のせいだろうが」

 花子さんから見てもおかしな点はなく。

 それでいて幽霊と気付かれることのなかった沖田未桜。

 幽霊にしろお化けにしろ、もしも校内にいるとするのなら。そうだな。

 放課後からローラー作戦といこうか。


「学校探検か。いいよ、もう五月も半ばだけどな」

「だから向日葵ひまわり先輩にしか頼めないんですよ」

「いやいや何月だろうと頼ってくれよ後輩」

 二年B組、天堂てんどう向日葵。

 ボーイッシュなほどのショートヘアと凹凸の少ないすらりとしたスレンダー体型。背丈がもう十センチあれば確実にモデルを目指したほうがいい。姉御肌で勝ち気な整った顔立ちも、身内びいきかもしれないが芸能人に引けを取らない気がする。

 うちの高校には贅沢にも屋内プールが設置されており、体育の選択授業でも水泳があるほどだ。年頃なので女子はあまり参加しないが、反面、水泳部となると男子がほとんどいない。

 顧問がスケベ男子に厳しいので残らない、というのが最大の原因だが。

 いずれにせよ授業は男子、部活は女子に比率が偏っているのが現状だ。

 さておき、ぼくは単純に「浮遊霊に足を引っ張られることのない最高の水泳環境でやっと泳げるんだ」という一点で水泳部に入ったので、顧問のスケベ心センサーにも引っかからず、部内では珍しい男子としてそれなりに可愛がってもらえている。

 特にこの向日葵先輩は、ぼくと相性が良かった。

 水泳部所属の彼女は大会に出られるほど優秀でありながら問題児でもある。水泳に関しては真面目で面倒見も良くて好記録を持ついい先輩なのだが。

 ホラーが異様に好きなのだ。

 ホラー映画、ネットの怖い話、お化けの類が、本当に。

 そういうわけでプライベートでのお付き合いができるのが部内でぼくしかいない。ぼくならば怖い話なぞいくらでも聞いていられるし、何か怪談のネタがないかと言われたら実体験を話せばいい。そんな付き合いをしているうちに四月中にはすっかり仲良くなり、実は大型連休中に一度だけお化け屋敷のアトラクションへ遊びに行くというデートもどきもしていた。

 ただ本当にこの人、生活が水泳とホラーしかないからな。

 メッセージが来たときはホラーイベントの情報かネット怪談のURL、最近はぼくの持ちネタが多いことに気付いて怪談のおねだりばかりが用件だ。なんなら水泳部の大事な連絡を忘れられたことさえある。

 オカルト娘という大きなマイナスを含んだ、一応ながらスポーツ系の陽キャラ女子の先輩をぼくは頼っていた。

 ……生活から幽霊がいなくなった分、女難の相が出ていないか、ぼく。いやこんなことタカ姉に言ったら大爆笑で「そうやって勘違いして玉砕して砕け散ってボロボロになって強くなれ」とか言われるのが目に見えている。絶対に言わないでおこう。

「この高校ってさ、変な配置のせいで最初嫌だったよなー。移動教室で先輩方の教室の前を通るの、ちょっと変だろ? 私なんか三年生の廊下、いまだに速足だわ」

「でも怖い先輩ってあんまりいませんよね」

「いないわけじゃないよ。だからまあ、そういう人とは関わらないように気をつけな」

「なんでこんな配置なんですかね。理科室が三年棟にあったり、音楽室が二年棟にあったり。一年棟なんか図書館あるんですけど」

「あー、あれ違うんだよ。元々は一年生と二年生、同じ棟だったの。でも世界的なウィルス蔓延で過密がダメって時期があったじゃん? あれで図書館のほうに一年生を回して、余ったところを音楽室にしたんだっけかな。んで、そのときも在校生に感染者が出たから、なんか色々と教室の配置こねくり回したらしいよ。陽水、まだ一年生だから知らないだろうが教室の形、みんなバラバラだからね。一時期、一年の隣に三年のクラスとか当たり前だったとか。いまは落ち着いているけど、元通りにならず変な配置のままってわけ」

「へえ……」

「ああ、あと校舎がでかいのもなんだっけ。先生から前に聞いたな。えーとね、二十年ぐらい前かな? 合併の話が当時あって、生徒数が増大する見込みがあったんだって。それで校舎をかなり大きくつくったんだけれど、結局その合併話がなくなったみたい。ほら、プールもめっちゃいい屋内施設じゃん。あれも合併するならっていう理由があったみたいで。そうでもなきゃ、あんなでかいプールできないよ」

 よくその段階になって合併がおじゃんになったな、とは思ったが、やむなしの事情もあったのかもしれない。どのみち二十年も前ならぼくはまだ生まれてもいない。

 花子さん……は、トイレの外の話はわからないもんな。尋ねても知らないだろう。

 犬ェ門はぼくと地元が一緒で、中学校のときの引っ越しに際してこっちに移動したし、煎餅のおじさんも流れ者、タカ姉も都会にいたけど田舎がいいってこちらに来たそうな。

「それにしてもかなり詳しいんですね、向日葵先輩」

「入学してすぐに七不思議を探し回ったのにさ、先生から建物が新しいからそんなものは一個もない、って断定されちゃったからね。それで色々。あーあー、いないかなー。べとべとさんとか赤マントとかてけてけとかトイレの花子さんとか口裂け女とか」

 こういうときにすっと出てくるほどメジャーだったんだな、トイレの花子さん。ぼくじゃなくて向日葵先輩に霊視能力があったら良か――ない、な。

 あんな、授業中ずっと顔の真横で白ブリーフをぷるんぷるん振られるような生活、ぼくだけじゃなく他の人に体験してほしいとは願えない。いくらホラーが好きでも。四六時中幽霊にまとわりつかれて、お札でベッドを武装するまでまともに眠れないような生活は送らせたくない。

 お世話になっている向日葵先輩の笑顔を曇らせる願い事など、できない。

「あっちって美術室ですか?」

「あ、田中はA組だっけ? まだ美術室、行ったことないか。あれも元々普通教室だったのを改造したんだって話で、それ聞くとやっぱ狭いなって思う」

 カリキュラムの関係で、A組はまだ美術の授業を受けていない。秋に技術の授業と入れ替えになるらしい。

 そんなわけで未踏の地、三年の教室を抜けたところにある美術室へ向かうさなか、ぼくは神経を張り巡らせて尖らせる。

 どこかにいないか。幽霊、ひょっとしてお化け。生者に紛れ込んだ、異物。

 見た目だけでは間違えてしまうというのは、あくまで不意をつかれた場合のみの話だ。後になってみれば匂いが違う。死臭じみた香りがする。しばらく使っていないエアコンのダクトの匂いに、池を思わせる生臭い水の匂い、ときに血の匂いを混ぜたような独特の香りがあるし、腐臭系統は相当わかりやすい。

 匂いに限らず、気配で察知できることもあるぐらいだ。

 どこかにいる。その前提さえあれば、九十九パーセントの精度を叩き出せる自信がぼくにはある。会話を続けながら、その目や鼻はひたすら幽霊を探した。

 隣では向日葵先輩が絶えず雑談を振ってくれている。本当に面倒見のいい先輩だ。ホラーさえ絡まなければ。


「美術室がここでー、えーと進路相談関係のある職員棟もよくわかんないだろ」

「視聴覚室の女子トイレに花子さん出るって噂なのに全然なんにもないんだよなー。ガセネタだったのかな? ねえ?」

「そうそう、玄関棟の隅っこの部屋は入るなよ。演劇部なんだ。部室棟だけじゃ衣装が置けないからって、特別に置いてある衣裳部屋でな、服の山だけど、うかつに入ると入部させられるぞ。私はOBOGの制服回収の時期だったから、それ持ってきただけですって言って逃げた」

「音楽室の隣の部屋、知っている? 物置部屋……社会の先生が教材置いてんのかな? なんだけどさ、いい感じで幽霊が出そうなのになーんにも噂がなくってさ。物の隙間とかに子供の幽霊が潜んでいないかなとかいっつも思うんだけどね」

「あと屋上に通じる通路って各棟にあるんだけどさ、職員棟のがもう、いい感じ! 災害時用の段ボール製トイレとか非常食とかが置いてあるせいで狭いんだけど、ちょうどそれがさ、上から首の折れた男子高校生の幽霊とかがうめき声とか出しながら下りてきてほしい感じなの! 田中ちょっと一度上から歩いてみて。そう、首がくっと曲げて。もっとゆっくり! ゾンビ意識で!」


 等々。

 本当にあちこち学校案内、というか学校の中でも薄暗くて幽霊が出そうな場所ばかり最終的には教えてもらえて、人の多い場所も無人の場所も教えてもらって、途中でふざけて校内デートなどと他の水泳部の先輩にからかわれるほど校内を練り歩き。

 それでも。そのどこにも。

 沖田未桜の幽霊は、いなかった。


「見てみろ田中! 私はやっぱり天才だ!」

 放課後。被服室そばのトイレ、その男子トイレの個室の中は惨憺たる有様だった。

 まず匂い。完全に鉄錆の、血の匂いだ。

 そして一目でわかる。暗くて赤い。壁と天井にべったりと、血がぶちまけられている。

 その中央に鎮座する花子さんは笑顔を浮かべており、不吉な存在らしさを発揮していた。正直これまで見たどれよりもお化けらしいシチュエーションだ。

 ただなあ。童顔で「ほれ見ろほれ見ろ」とばかりの満足げな顔だけは和む。

「どうしたの、これ」

「絵だ」

「……絵か」

 ペンキをぶちまけた前衛芸術を思い出す。こんなに生臭くはないだろうが。

「これでわかるだろう」

「……何が?」

「だから沖田未桜の顔が」

「……どうして?」

 ん? と小首をかしげる花子さんだが、いやごめん。話が全然繋がらない。

「この前衛芸術と沖田先輩と、何か関係が? 美術部がらみだとか、そういう新情報?」

「ぜんえーげーじつ……ん?」

 ぽかあんとして、むっと眉根を寄せ、むむむむむ、と唸って数秒、百面相はぼくをにらみつけてきた。

「田中。お前、ひょっとして私の描いた沖田未桜の肖像画を、下手だと言っているのか?」

「肖像画ッ……?」

 言葉を失う。いやいや、待てこの個室を埋め尽くす血の塊の、この……どの? え、どの部分……部分とかいう問題かな? え、どこが顔なんだ? 点が三つあれば人間の脳は人の顔だと錯覚するとかいうシミュラクラ現象は有名だが、花子さんの言う肖像画にはそんな余地さえない。どことどこを繋げば顔になるんだ?

 脳汁を絞り出すような集中力でできる限り顔の像を結ぼうとするのだが、もうそうしているだけで花子さんの顔がどんどんと険しくなっていく。

「田中」

「いや、うん。大丈夫大丈夫。ここが顔だろ?」

「そこは背景に描いた犬だ馬鹿田中ぁ!」

 肖像画の背景に犬がいるの、なんでだよ。

 ぼかぼかと胸や腹を殴られる。痛くはないがどうすればいいのかわからない。

「だってわかんねえんだよ。ちょっと解説しろ解説!」

「解説しなくたってわかるだろ! ここが目だろ! ここが鼻で! ここが……え? これ何だ?」

「ぼくが知るか!」

 とりあえず花子さん画伯に血の掃除をさせ、ぼくはローラー作戦の失敗を告げる。花子さんは唇を尖らせながら、むー、と唸る。

「夜中ならどうだ? 生きている人間がいないから人に紛れることもないし、生者の気配に邪魔されることもない。トイレにさえ逃げ込んでくれれば私が警備員とかから逃がしてやるし。そうだ、外トイレは鍵がないから忍び込みやすいだろう? あそこに来てくれたら特別に田中を校内のトイレへテレポートさせてやるぞ」

「流石に深夜はな。親の目を盗むのも面倒くさいし、成果も怪しいしなあ」

「むむむむむ……」

「で、だ。花子さんや」

「む。どうした?」

「おびき出すよ。沖田未桜……たぶん、そうだと思うから」

「……お?」

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