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花子さん返り咲く!  作者: 獅子虎龍
4/20

三 花子さんのあかうんと

「つーかあんだけ力があるんだから返り咲くの簡単だろ。片っ端から脅かせてやれば、勝手にお化け屋敷みたいな騒ぎになる」

「やだ。除霊される。ほどほどにしておかねばならんのだが、調整が難しい」

 花子さんと会うのは一週間ぶりだった。

 ファーストキスとやらの一件以降、気まずかったのでなるべく友達連れでしかトイレへと行っていなかったのだが、今日の昼休み、うっかりトイレで一人になってしまったときに花子さんに呼び出しを食らったのだ。今日の放課後こそ来い、と。

 喧嘩した件についてはもう忘れていたらしいので応じてやった。

 それにこの一週間、花子さんについて幽霊たちに尋ねてみて、そうそう無視するわけにはいかないんじゃないかな、という判断をしたところでもあったのだ。

 ――ンもっ、やっぱり陽水きゅんってば浮気していた! でも許しちゃう、犬ェ門は心の広い幽霊だから……んー、でもやっぱり全国クラスのお化け、トイレの花子さんだけのことはあるなーっていう感じ。普通に怖がっていた人、噂していた人が滅茶苦茶いるからこそ神通力も強力なんじゃないかなって思うのん。やっぱりお化けは恐怖の質と量って説は当たっているのかな……はあ……犬ェ門もサイコキネシスの一つぐらい使いたい……陽水きゅんのことを引き寄せてぇ、ハグしてチューして、いやんもう陽水きゅんってば!

 二度ぶん殴った。

 あいつに超能力とか持たれたらぼく、精神が死ぬかあいつを殺すかすると思う。

 一緒にいた煎餅のおじさんにも相談したが、こちらは警戒しているようだった。

 ――トイレの花子さんっていやあ、有名だよ。スマホで調べたか? 小学生向けの怪談だったからさ、だいたい最後には殺されて終わる荒唐無稽な話ばっかりでな。お前、殺されるなよ? こっちの仲間入りしたら数珠が持てねえんだから、犬ェ門にやられたい放題だぞ。

 地獄である。何がなんでも死ねない。死んだら即成仏したい。

 タカ姉とも別の機会に会ったので話した。

 ――へー、トイレの花子さんかあ。ま、お化けってだけでちょっと有害っぽいもんね。あー、前にほら、天狗に拉致られたじゃん、あんた。あんな感じでお化けはなあ。生きた人間の恐怖心や語り継がれる怪談さえあればほぼ永遠に実在できるし、あんたみたいな霊感体質は遭遇しやすいし。そんな強力なお化けなら気を付けないと……あれ? でもいまは悪いこともしていないんだっけ? 返り咲きたい、とかほざいているんだから。

 ついでにちゃんと三者からお化けについて話を聞いた。

 お化けの発生は、やはり人の恐怖心が条件だと思われるそうな。

 例を挙げると、ひとりかくれんぼ、という降霊術がある。

 一般的に幽霊を呼び出すように思われるが、半々ぐらいでお化けを生む儀式でもある。

 条件としては一人暮らしの部屋や、留守番している家の中なんかでおこなう。

 特別な手順でぬいぐるみを包丁で刺し、自分は塩水を持って隠れる。すると扉の開く音がするとか、人の声のようなものが聞こえるなど異常な事態が発生するのだという。最後にぬいぐるみを探し出して(そもそも最初の位置から動いている時点でおかしな話だ)塩水をぶっかけると儀式は終わるというのだが、このとき恐怖心で何かしらのお化けをつくり出しているパターンが多いらしい。

 タカ姉は以前、ちょうどやっている奴がいたからちょっと脅かしてやれないかと家の中に侵入したら、てくてくとリアルで動き回るぬいぐるみと遭遇し「あ、これもうお化けになってる。やっば。帰ろ」と逃げたそうだ。

 つまり儀式をおこなっている人間の恐怖がお化けを生み、ぬいぐるみを歩かせたのだ。

 とはいえ、ただ恐怖心だけで発生できるのかというと不明らしい。恐怖を覚えた人間側の素質もあるようだし、個人に適正がなくても大勢の人間が信じると発生するパターンもあるという。

 いずれにせよ、百パーセントの再現もできる問題ではない。

 条件を構成する要素が多すぎる。そのどれがお化け発生の原因か特定できないのが現状で、あいまいなのも仕方がないのだ。

 お化け自体、見える人がそう多くなく、研究しようにも対象が少なく、そしてお化け本人に尋ねても「よくわかんないけどいま実在していてお前と喋っているのだけは確か」という程度の意識で存在しているわけで。

 似た存在の幽霊三人からも「わかんないけどたぶんこんなん」以上の意見がなかった。

 ただお化けの厄介な点は、霊感体質でなくてもわかるぐらいの異常が発生することだ。一例として挙げると、幽霊は一部の人間にしか作用できないが、お化けは物にも触れる。

 霊感がない人間の背中を押そうとしても、犬ェ門にそれはできない。すり抜けてしまう。ぼくの場合は霊感があるのでバランスを崩してつんのめってしまうし、犬ェ門がお尻を撫で回してきたら感触でわかるので即座にぶん殴るが、たいていの人は瞬間的に霊感があったりなかったり不安定なので、確実に触れられるということはないらしい。

 お化けは違う。

 背中を押されたら、霊感などなくても物理的に体が動く。お化けが押そうと意識していたのなら、絶対に押される。

 他にも扉を開けるという行為は犬ェ門にできない。あいつはすり抜けてくる。花子さんはすり抜けもできるだろうが、本人の意思で開けることもできる。

 実際にぼくは天狗に誘拐された経験もあったし、花子さんにはテレポートを食らった。これは幽霊には流石にできない。できる幽霊がいたとしたらかなりの特例だ。

 結論として。

 相手がただの幽霊ではなくお化けならば、下手に機嫌を損ねるべきではない。それこそ下手したら命を取られる恐れさえある、というわけだ。

 仕方がないのでぼくはそのまま、花子さんとの交流を続けることにした。長い三年間、どうしたってトイレには行くので脅迫されては断れない。

 そんな特に望んではない第二回花子さん返り咲き隊会議において。

 ぼくの「自分で怖がらせろ」案は花子さんに辛くも却下された。

「除霊されるって……されたことあるの?」

「ある。みんな一気に根絶やしにされた」

「みんな?」

「当時の学校の怪談がみんなだ。こっくりさんもてけてけも口裂け女も二宮金次郎も、他の浮遊霊みたいなのも、みぃんな変な霊能力者にぶっ飛ばされて消滅した」

 なお幽霊を成仏させるのでもお化けを消滅させるのでも「除霊」とぼくらは呼ぶ。

 昔ちょっと会った霊能力者は「霊は除霊、お化けは退治」とも言っていたが、ぼく周辺ではひっくるめて「除霊」である。

 花子さんの話ぶりからすると、たぶん敷地内にいた幽霊もお化けもまとめて除霊してしまったのだろう、その霊能力者は。

「そりゃいつぐらいの話だ?」

「平成……十年ぐらいかな」

「せめて生まれた後ぐらいの話なら良かったんだけどな」

「おいおいおいおい何を若者ぶってやがるんだ田中こるぁ。まるで私がオバサンみたいだろぉぐわぁ、んんん?」

 げしげしげし、と口で言いながらぼくのお腹を殴ってくる。やめろこら。

 でもそうか。学校丸ごと除霊されたことがある、っていうんなら。

「花子さんだけどうして残ったのかね」

「日頃のおこないだろ。中庭のまだあの石、残っているんだよな」

「石? 校歌が彫ってある石碑あるけど、あれ?」

「そう。なんかあれに触ってむにゃむにゃと唱えて除霊しやがった。その後でここ建て直ししたんだけれど、あの石まだ残ってやがんの」

 ぶすー、と口で言ってふて腐れる花子さんをよそに、ぼくはふと、この数珠をくれた尼僧の言葉を思い出す。

 ――陽ちゃん、除霊ってのは修練が必要だ。ケースバイケースで色んなアイテムを使うけれど、どっちみち詩経や祝詞を唱えるなり刻むなりしないといけないし、修練も勉強も要る。その程度の数珠じゃ除霊なんてとてもできないね。精々グーパンチが届くぐらいだよ。

「……受け売りなんだけどさ、除霊ってそんなに簡単にできるもんじゃないんだよな。手間もかかるし術者の修練も要る。ぼくの場合、自分について来させてお寺や神社にあとはお願いっていうパターンしかできないんだけど」

「お、おお? やるか? しゅっしゅっ」

 花子さんはファイティングポーズを取ってぼくをにらむ。いや除霊しないって。

 そもそもこのトイレから出られないんだろ、花子さんは。

「この広い敷地内を簡単に除霊したなんて、ちょっと信じられないなーって話だよ」

「よっぽどの腕利きなんだろうな! そんな奴から生き延びたとは花子さんは流石だな!」

 自画自賛娘はさておいて。

「その石、煎餅のおじさん……知り合いの幽霊にでも見せたらどんなもんかわかりそうだけれど、みんな敷地内に入ってこられないからな。どうやって発動するタイプなんだろ」

「やめろよぉ、そんな怖いの知らなくていいじゃないかよぉ」

 ねっ、ねっ、と言いながら媚びを売るようにしがみついてくる花子さんだが、お前が一応悪いお化けじゃないって判断しているだけで、本当はどうなのかはわからないんだよ。

 セーフティ的に知ってはおきたい。ただ、どうにかできるほどぼくも修練とかしていないんだよな。南無阿弥陀仏とかしか知らないし。ぼくじゃあたぶん効果もないし。

 本当にこれまで寺社頼みでやってきたからな。除霊関係は。

「とにかく! そういう連中に目をつけられないよう、返り咲き隊の活動方針は基本、こっそり、ひっそり、私が脅かすのは必要なときだけ、ということになる。主には田中の働き次第だ」

「具体的に何をやれってんだ」

「だから全校朝会をジャックしてだなー」

「無理言うんじゃねえ」

「……無理か?」

「無理。つーかそれこそ派手すぎるわ」

「人のふぁ、ふぁふぁ、ふぁ、ファーストキッス! ……を、だな。う、奪って、おいて」

「ファーストキスぐらいためらわずに言えんのか」

「破廉恥田中めぇ!」

 鳩尾に右ストレートが当たる。あっはっは、痛ェじゃねえかこのアマ。

「おい何構えてんだよ田中ぁ! 数珠パンツはそれダメだ! 卑怯だぞぉ!」

「パンチな」

 ちっ、被害者ぶりやがって。

 ただ正直この辺りで争っているとどちらもいたずらに傷付くだけなので、とりあえず引いておくことにした。まあ腹は痛いけどさ。美少女のパンチだし、少しは大目に見るか。

「っていうかさ、ぼくが知らなかっただけで花子さんわりと有名みたいじゃん」

 スマホを操作する。

 あれからもちょくちょく調べたが、ネット上には確かに花子さんの話も残っていたし、膨大な数の書籍も出ていた。ただ大体が古い話や思い出話、あるいは二十世紀の発刊であるようだし、やはり同世代という感じはしない。

 あとあんまり高校生の花子さんというのはいないらしい。みんな小学生ばかりだ。

 それぐらいの違和感や齟齬はあったが、花子さんが有名なのは確かなようだった。

 その活躍ぶりを検索エンジンの結果で見せてやると、花子さんは微妙な顔をする。

「田中、前も見せてくれたし、他のみんなも持っているその、かまぼこの板みたいなやつだがな」

「かまぼこの板じゃねーよスマホだスマホ。お前はお婆ちゃんか」

 いや今日日お婆ちゃんでもかまぼこの板とか言わねえわ。

 年寄り扱いに露骨な怒りの表情を浮かべた花子さんは、鼻息荒く怒鳴ってきた。

「誰がお婆ちゃんだ! 永遠の美少女花子さんだぞ!」

「わかったわかった。小さいパソコンだ」

「『ぱそこん』って何だ?」

「……お前、何で喩えたらスマホがわかるんだ……?」

 結局それから、ぼくは三十分ぐらいかけて文明の利器について説明することになった。それはもう大変で、そもそも花子さんはインターネットもろくすっぽ知らないし、電話ぐらいならわかってもそれを持ち運ぶことがもうちゃんちゃらおかしい、みたいな態度であった。

 固定電話しか知らない世代ってどんだけジェネレーションギャップあるんだか。

 で、ようやくおおまかには理解してくれたので。

 その間にふと思いついた作戦を披露してみる。

「花子さんのアカウントをつくろうかと思います」

「あかうんと。ねっと上の身分証明書みたいなもん」

「うん、そう」

「私のあかうんとをつくることは簡単。お手軽。さくさくできる」

 壊れたロボットのようについさっき覚えたばかりの単語とその説明を淡々と口にする花子さんは新手の玩具みたいで面白かったのだが、とりあえず話を進めた。

 あと知らない単語を復唱するときだけ空中の一点を見つめるその顔が無機質で少し怖い。

「まあ実際のところ花子さんはスマホの難しい操作はよくわからないみたいだから、書き込むのはぼくがやるけれど、台詞とかそういうのを考えてまとめておいて」

「……夢は世界征服! とかそういう台詞でいいのか?」

「もうちょいお化けっぽいのでお願いしたい。呪い殺すぞとか」

「呪わないもん」

 そうだな。呪うよりタチ悪かったな。女子トイレテレポートとか。

「何にしても今後、花子さんのことはSNSで盛り上げていくことにするから」

「いや普通に全校集会をジャックとかでいいんだけど……」

「普通じゃねえんだよ全校集会ジャックは」

 平成って何、そんなの日常茶飯事だったの。二十世紀の日本はまだ秩序が出来上がっていなかったの。

「田中、平成をバカにし過ぎだぞ。週に一度しかなかったし後半はほとんどなかったわ」

「週に一度あればバカにされるんだよ」

 全校集会ってそもそもが週一回ぐらいの頻度じゃないの? イコール毎回だったんじゃないの? その時期そんなにやんちゃな奴らが多かったの?

 ともあれ、これで一応ながら花子さんへの義理立てというか、ちょっとした交流は保てるはずだったのだが。

 このアカウントが、面倒な事態を引き起こしてしまった。

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