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花子さん返り咲く!  作者: 獅子虎龍
16/20

一五 先輩の告白

「え……本物の、トイレの太郎さん?」

「ええ、本物のお化けです。先生たちと警察には不審者で通しましたけれど。見たまま言ったので嘘はついていませんが」

 トイレの太郎さんから逃げ、職員室で警察から簡単に事情を尋ねられた翌日、高校は再び一日ぶり、もとい半日ぶりの休校となり。

 向日葵先輩に連絡を取ったぼくは天童家にお呼ばれという運びになった。

 ちなみに家に入る前、昨夜強引に連絡先を交換させられた南村先生から「ねえあなた。そこはどなたのお宅かしら。実家じゃないわよね」という妻気取りの悪質メッセージが届いたが無視した。

 GPSはどこの設定で切れるんだ、スマホ。教えてくれ。

 この間は家の前までだったが、天堂邸はやっぱり広くて綺麗な豪邸だった。

 よく掃除された階段をのぼってすぐそばの部屋に案内されたが、どうやらそこが向日葵先輩の自室らしい。オカルト書籍やホラー映画のDVDで埋め尽くされた本棚と、ノートパソコンの置かれたローテーブル。そしてベッドという、広いことには広いが、それ以外はわりと標準的な高校生の部屋だった。

 とか思っていると、心を読んだかのように騒ぐ声が背後で聞こえる。

「いや陽水、隣の部屋丸ごとウォークインクローゼットだぞ。いや広いって。こないだのデートのときも思ったけどブランドの服ばっか! てかさっきダイニングもチラ見したけど、いたの母親じゃないって、あれメイドさんだって! いやメイド服じゃないけどね。お手伝いさんっていうの? 近所の高級スーパーから宅配で野菜とかお肉、届いていたし! 他の部屋ちょっとまだ見ていないけど、ここマジもんの金持ちだぞ陽水!」

 今日はライダースジャケットにジーンズというカッコいい出で立ちのタカ姉が騒いでいるので、やっぱ標準的な部屋というのは撤回しよう。なおタカ姉はボディーガード、及びぼくが女子の部屋で悪さをしないか監視のために来ており、家探しは本人の趣味である。ぼく関係ない。

 あとやっぱり『怪談語りトゥルネソル』の配信映像の背景とまったく同じ光景がノートパソコンの前辺りに広がっていた。

「向日葵先輩の実験って、つまりアレですよね? 怪談を聞いた人、そのお化けを信じている人が多ければお化けが本当に現れるんじゃないかっていう」

「うん、そう。花子さんから聞いた? 『怪談語りトゥルネソル』。でも本当にトイレの太郎さんが出現したっていうなら……やっぱり、堂島さんの事件って」

「それはわかんないですけどね。あの段階でいたんなら花子さんも気付いたでしょうし。まるで昨日ようやく出現したみたいって感じで……まー、花子さんの言葉を丸のみできるかっていうと微妙ですけど」

 というか、そうだ。花子さんも心配ではある。

 トイレ内ならば万能なのだし問題はなさそうだけれど。

 でもあれから会いに行けていないのだ。顔を見ないと安心できないな。

 ……ところでタカ姉がいないんだけれど。家探しに行ったか、あの幽霊。

「でも向日葵先輩。ビキニはダメです」

「……え、見た?」

「ええ。三日前の夜、堂島先輩の事件が起こっていたちょうどそのころ配信していたやつ」

『怪談語りトゥルネソル』のチャンネルをスマホに出して見せると、あちゃあ、と向日葵先輩は冗談めかすように自分の額をぺしりと叩いた。

「露出度高い? まずかった?」

「さあ……でもそのせいでずいぶん、盛り上がったみたいで」

 現役JKの際どいビキニ姿と絡められた怪談話は、スケベなコメントや真面目な怪談考察、そもそもお化けの肯定派も否定派も合わさってちょっとした騒ぎになっていた。いわゆる炎上状態だ。心無いコメントや荒らし目的のものも散見する。

 ……『加工しまくりで顔出せないブス』とか言っている奴、向日葵先輩の顔を見たら腰抜かすだろうな。美人だぞ、ぼくの先輩は。こいつ天罰下ればいいのに。

 似た心境なのだろうか。向日葵先輩の守護霊は相変わらず扇で顔を隠したまま、ノートパソコンを指先でぐりぐりと攻撃していた。ぼくやタカ姉に気付いてもいないのではないか。別にいいけど。

 昨日、ぼくがトイレの太郎さんに遭遇したときには騒ぎは下火だったようだ。それでもチャンネル登録している人数以上の閲覧数となっており、お化けが出現するのもやむなしかも、という状態になっていると犬ェ門、煎餅のおじさん、タカ姉もさっきここへ来る前に判定してくれた。

「そうだよ。トイレの太郎さん、出現させることできないかなーっていう実験。確かに私、やっていた。トイレの花子さんが本当にいるんだって田中に教えてもらえたし、その花子さんも私相手ならって交信してくれるようになったし、お化けに関してちょっとした講座も受けることができたから。血文字めっちゃ良かった」

「実験をおこなった理由って、単なる興味本位ですか?」

「うん。そうだよ」

「ビキニ姿で閲覧数を稼ぎまくったのも?」

「やな言い方するなあ。そうだけど」

「ダウト、って言ったら教えてくれます?」

 しばらく、沈黙する。

 んー、と向日葵先輩が唸り出すまでの十秒間、ぼくはただ待った。ただ目を逸らさなかった。向日葵先輩のほうが、逃げるように視線を逸らす。

「田中は、何か気付いているの?」

「……変じゃないですか。だって」

 笑ってくれ。気にしすぎだよと。勘違いだよと。笑い飛ばしてほしい。

「なんで堂島先輩は、向日葵先輩が男子トイレにいた一瞬を写真撮影できたんですか?」

 向日葵先輩は答えなかった。

「普通、ただトイレに入っただけで向日葵先輩と鉢合わせしても、スマホなんか出してカメラアプリを起動している間に逃げられるでしょ。タイミングが悪かったとか、スマホをたまたま出していたとか、そういう偶然ないとは言わないですけれど、なんかあまりに不自然ですよ」

 向日葵先輩はベッドに寝転んだ。聞いているのか、いないのか。

 まだ詰問しようかと思った途端、ねえ、と向日葵先輩が小さい声を発した。

「堂島さんってさ、私に結構、粘着しているんだよね。元々はバスケ部だったんだけど、私が入学したときにわざわざ水泳部に転部したぐらいでさ。まあ当然、涼夏ちゃんにしばき倒されて退部させられたんだけど」

「去年、そんな感じだったんですか」

「頭脳プレーだったよ。なかなか先生の前で尻尾を出さない堂島さんにわざと制限を解除して、その途端にあいつ私のバスタオル奪って『返してほしければ付き合えよ』みたいなことやり出してね。水着同士で密着してきてすっごい気持ち悪かった。そこばっちり見られたから即アウト。ま、私って見た通りちょっとお金持ちだからさ。モテはするんだけど、ああいうのもいて」

 モテる理由は可愛い顔と気さくな性格もだろ、とは思ったが一応黙っておいた。

「モテる理由は可愛い顔と気さくな性格とスレンダーボディだろ、ぐらい言ってよ」

「言いにくいですよ、最後のは特に」

 あはは、と乾いた笑いを浮かべながら向日葵先輩は顔を覆う。

「襲われかけたのも、この間のが最初じゃなくってね。まあ流石にあいつも人目があるとまずいんだろうね。私も一人にならないようにして、それでしばらく仕掛けてこなかったから」

「……忘れていたんですか」

「うん。ぶっちゃけ最近、あいつのことなんかなんの脅威とも思っていなかった。いざとなれば逃げられるし、とか。最低限の警戒で済ませていた。で、見事に罠にはまったね」

 罠、か。

 そうだろうなと思う。

「もう三日前ですか。あの日、ぼくがもぎ取った堂島先輩のスマホの中にあった撮影写真を削除して、ついでに酒飲み自撮り写真も奪って――それから?」

「……SNSアプリがあったから、開いた。あいつのアカウントを、見た」

 そうだよな。あれは。

 トイレの花子さんへの当てつけでも、イタズラでもない。

 向日葵先輩ならば食いつくと知って仕掛けた、堂島先輩の罠だったんだ。

「あいつがSNSの、『トイレの太郎さん』だった」

 トイレの太郎さんが願いを叶えてくれる――そうは言っても男子トイレに入ってくるような女子はほとんどいないだろう。ただ一人、オカルトマニアで、そのためなら常識さえ踏破するような向日葵先輩を除いては。

「じゃあ悶着の後でぼくと電話したときには、もうそれ、知っていたんですか。全然、怖がっているようには思えませんでしたけど」

「めっちゃ怖かったよ!」

 怒鳴られた。そうか。怖かったんだ。

 怖がっている風には、見えなかっただけで。

「田中わかる? 私そんだけひょろい田中でもこのまま襲われたら絶対勝てないんだよ! その田中より絶対に強いじゃんあのゴリラ! それがさ! 私のこと、女子がいちゃいけない男子トイレに来るよう仕向けて! 実際来たら写真撮って、欲求不満の淫乱呼ばわりして、写真と一緒に言いふらすぞって脅して! あいつマジ本っ当……人の好きなもので罠を張って、最っ悪……」

 そんだけひょろくても一応、男子なのでそこそこ頑丈な田中にはわかりませんが。

「つまり堂島先輩は、あんな風に噂を流せば怖い話が大好きな向日葵先輩がきっとひと気のない時間に男子トイレに向かうだろうと思って、ああいうアカウントを作ったと。それで向日葵先輩が男子トイレにいる場面を撮影すれば脅せると思って、少なくとも後ろ暗いんだから強引なことをしても反発しないだろうと、そういう卑劣な考えで」

 成功率は低いかもしれない。でもたぶん、部室に連れ込もうとした状況を考えると。

 そこで確かな脅迫材料を手に入れる気だったんだろう。裸の写真とか。謝罪動画とかいうのもあるのかな。人間の悪意なんて果てがなくて、ぼくには思いつけないけれど。

 そこに至るまでの数十分、向日葵先輩から正常な思考能力を奪い、脅す気だった。

 その悪意。粘着質の執着心。たぶん性欲。何もかもが、向日葵先輩に尖ったナイフのように向けられたのだ。

「そう……それがわかって、私は叫びそうなぐらいだったよ。あんなゴリラ、自分が偽ったトイレの太郎さんにでも殺されちまえばいいと思った。これで本当に閲覧する人、怪談を知る人が増えたらトイレの太郎さんが現れないかと思って、あの日は炎上覚悟で肌さらしてまで配信して……まさか本当にトイレの太郎さんが現れるなんて、思って、なかった、けど……でもこれまでだって実験もしていたし……でも、怪我……刺されたってのは……そんなことまで、願ったわけじゃないのに……」

 声が震える。泣いているんだろうなと思う。

 色んな感情がぶつかっているのだろうなと、ひょろくても男子なりに考えてみた。

 堂島先輩に襲われた苦痛も、その堂島先輩が卑劣な罠で狙い撃ちをしてきた執念に対する恐怖も、好きなものを道具にされた屈辱も、うかうか罠にはまった情けなさも、死んじまえばいいと思うほどの憎悪も、その憎悪で過激な配信をした後ろめたさも、本当に一人の人間を大怪我させたのではないかという後悔も。

 思いついたのだけれど。

 思いついただけで。

 いくら想像してみたところで、ぼくは天童向日葵じゃないから、心底からの理解は絶対にできなかった。

 ただ同じ部屋で、ただずっと、一緒にいただけだった。なんの言葉もないまま。

 いつの間にか戻ってきていたタカ姉も、ぼくの隣であぐらをかいていただけで何も言わなかった。何も言わないでくれていた。

 それでも重たい時間は、一応、過ぎてはいってくれるのだろう。居眠りでもしそうなぐらいの長い時間の後で、ねえ、という声が聞こえた。

「田中……まだいる?」

「いますよ」

「いま、何時?」

「もう……一時半ですね。腹へりました」

「なんかつくってもらおうか。佐々ささきさん、うちのお手伝いさんね、洋食めっちゃ得意」

「花子さんがね」

 少しだけ空気が硬くなってから、うん、と向日葵先輩が間を空けてうなずいた。

「花子さんがぼくに、部室棟へ行けって言ってくれてね。それでぼく、あのときすぐに向日葵先輩のところに行けました。花子さんがいなかったら、いくらなんでも間に合わなかったです」

「……うん」

「幽霊やお化けのことは、嫌いにならなくていいですよ。男は嫌いになってもいいですから」

「……男が嫌いになっても、田中のことは嫌いにならないよ」

「ぼくもいま南村先生に夫婦になった前提のうざいメールめっちゃもらっていますけど、女の人も向日葵先輩も嫌いにならないです」

「私も流石にそれと並べられたくないなあ」

 それでようやく、向日葵先輩は笑った。

 笑って、そして。

 一緒に、やたらと上手いパスタを、やたらと豪華なダイニングで並んで食べた。

 一口分だけ別の皿に盛り、タカ姉に供えて。

「うん、美味しい。こういう影膳をしてくれるっていう真心が何より美味しいんだよね。たぶん食べても本当に美味しいけど。私この家の子供になろうかなー」

 それは向日葵先輩に迷惑だからやめてくれ。

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