一一 先輩とデート
『私も花子さんに願いを叶えてもらえました! 直接願った通りじゃないですけれど、幽霊の見える目が手に入ってすごい嬉しいです。今度、街中の幽霊探索してみようかと思います!』
「よし、これで花子さんも喜ぶね。返り咲き隊だっけ? ちゃんと報告してよ」
「……これ幽霊の見える目ってひょっとしてぼくのことですか?」
「ふふん。結果オーライ」
「目だけ扱いかよ、まあいいけど……ああ、あと幽霊探索、今日じゃないんですか? 今度?」
「SNS上で真っ正直にスケジュールを晒すような真似、乙女はしないのだよ」
ふふふん、と上機嫌な向日葵先輩である。
今日は休日なので私服であり、持ち前のスレンダーな体型を見せつけるようなミニサイズの服を着ている。そのせいで丈やらなんやらぎりぎりである。へそが見えそう。
「前にデートしたときはちょっと肌寒かったからな」
「ああ、大型連休のお化け屋敷ですか。デートって認識だったんですね」
「お化け屋敷に行って飯を食ってホラー映画を見て肝試しに行く。これが定番デートコース。思えばあのときも田中には幽霊やお化けがいっぱい見えていたのか」
いっぱいというか。
いまもぼくと向日葵先輩の間に体を突っ込んで「ンもう陽水きゅんってば浮気浮気! もぉ犬ェ門もたまには怒っちゃうゾ! ぷんぷん!」とかやっている白いハゲたおっさんだけで吐きそうなぐらいお腹いっぱいだよ。
背後で大爆笑しているアジアンテイストの衣装を着たタカ姉が清涼剤だ。長い黒髪をくくっており、小中学生のときは直視しにくかった豊満な胸部をたゆんたゆん揺らしながら捧腹絶倒している姿は、かつて出会った大人っぽいお姉さんそのままである。
「犬ェ門すっごい! 軟体生物みたいになっているんだけど! 陽水大丈夫? メンタル削れてない? まだ正気保っている? あははははははは!」
笑い声うっさいよ、タカ姉。
あと犬ェ門。お前、どさくさ紛れで股間に触った回数分、後でぶっ飛ばすからな。
「で、向日葵先輩。今日もお化け屋敷ですか?」
「前回どうだった? いっぱいいた? 脅かし役じゃなくて、本物」
「いないこともないですけど……冷静に『あ、そこにいますよ』とか言えないですね。何せほら、右側から脅かし役の人が頑張ってくれているのに、左下に転がっている生首の幽霊とか見ているの、なんか悪いじゃないですか」
「地味に気ぃ遣ってんだな……じゃあ幽霊のいっぱいいるところ、オススメないの?」
「比較的ぼくにも向日葵先輩にも無害となると」
ぼくはスマホを耳に当てる。あらかじめ、これをやっている間は近くにいる幽霊と話しているときだと向日葵先輩には伝えてある。
これ以上ないほど近くにいる犬ェ門も合図とわかり、サムズアップしてきた。
「大丈夫だよ陽水きゅん。ちゃーんと下調べしておいたから、陽水きゅんのお望み通りの安全な心霊スポット、探しておいたきゅん」
「へー。どこ?」
「弓絣ショッピングモールでしょ? デート兼ねてんならあそこが一番治安いいし」
答えてくれたのはタカ姉だった。
弓絣ショッピングモールは黄昏高校から歩いて十分ぐらいの場所にあるアーケード街だ。規模も大きく、休日ならなかなかの人出になるだろうが、その分、幽霊も多い。
屋根がついているので天気に左右されないし、自動車も入ってこないし、自転車で通り抜けるのも一応禁止なので(まあまあいるけど)ゆっくり歩くのにはわりといい。暇になったらゲームセンターでも本屋でもあるし、疲れたらパン屋も喫茶店もあるし、お腹がすいたら中華も洋食もある。
「弓絣? あんな明るいとこ、幽霊いるんだ」
「どこでもそこら中にいますが、あそこにいる霊はわりと善良というか、悪さをしないので」
「へー。やっぱり廃墟とかはダメ? 悪霊多いの?」
「ええ、多いです多いです。そういうところ生きている人間と一緒です」
というわけで二人|(間に邪魔な変態、後ろから恋バナ大好き女子大生幽霊もいるが)して向かうと、案の定、賑わっていた。登山口が近くにあるため、登山家らしい装いの観光客も多く見える。
「まず人が多いと守護霊も多いです」
「え、私にもいるの?」
「ええ、高校の敷地内には結界のせいで入ってこられないから知りませんでしたけど、いまなら見えますね。あんまり邪魔しないでくれるので助かります」
「どんなの? 野武士とか? 剣豪とか?」
「なんでそう武闘派ばかり……十二単の女の人ですよ。扇で顔を隠していて、そうですね、高貴な人だった印象です」
簡単な霊視ぐらいならできるが、生きた人間と同じで、あんまりじろじろと見られたくない幽霊もいるし、守護霊は守護している人以外に興味もないので口数も少ない。コミュニケーション不全になる場合も少なくないので理由がなければ追及しない。
「犬ェ門はちゃんと陽水きゅんを守ってあげるし口数も多いもん!」
「お前は守護霊じゃねえだろ」
「ねえねえ、ああいう場所にもやっぱり幽霊、いる?」
向日葵先輩が指さしたのはとんかつ屋とラーメン屋の間に挟まれた細い路地である。ダクトや換気口もあり、陰気に加えて熱っぽいところである。
勘がいいな。確かにそこには浮遊霊がいた。
「子供が三人ぐらいいますね。うーん、あ、迷子か」
「迷子?」
「たまにいるんですよ。葬儀もちゃんとやってもらったんですけれど、ついついお寺の外に出ちゃって、そのまま成仏できない子供。大人だとどこかで自覚をしてお寺に戻るんですけど、子供はやっぱりわからないのか、さまよいますね。タカ姉、いい?」
「はいはーい、引率していくね。じゃあ陽水さ、お寺めぐりもしてくれる?」
「どことどこ?」
「たぶん天元蝶寺と……犬ェ門わかる? あっちの男の子」
「陽水きゅんに鼻筋の似ている子だね。舞墨寺でお葬式したんじゃないカナ?」
「後ろからついて行くし説明もしておくから、陽水はデート楽しんでていいよ」
タカ姉が背中を押してくれたので、ぼくは向日葵先輩に声をかけて歩き出す。
「後ろ、いるんだ」
「ええ。後でお寺に回ります。門の前までならいいんですけど、中になるとタカ姉とか犬ェ門とか、まだ成仏したくない幽霊は面倒見られないので。そこからはぼくが担当します」
「タカ姉さんっていうのが、女の人? 美人でしょ? 絶対に美人だ」
「美人ですよ。子供の幽霊も安心してついてきていますね。犬ェ門は怖がられているのか避けられていますけど」
「ふんっ、いいもん! 犬ェ門には陽水きゅんがいるもん!」
「犬ェ門さんも後ろにいるの?」
そういうことにしておいた。
ぼくと向日葵先輩の間に体を捻じ込んで「違うもんっ、犬ェ門はいっつも陽水きゅんの心に棲んで体も繋がるパートナーなんだもんっ!」と喚いています、とはぼくが言いたくない。口が腐る。
「田中、なんか正義の味方みたいだな」
「まあ、無害な幽霊なら」
「しかしその子供の霊たちってさ、見た目どんな感じ? 目玉が取れているとか、右腕が折れているとか、そういう外見しているの?」
「……全員五体満足で、ぱっと見なら覇気がないだけで生きている人間みたいです」
「あー、あはは。ごめんね。怖い話好きだからつい……そうだねえ。怪我していないのが一番だよねえ、幽霊も」
……でも全員、死臭がすごいのよ。うん。そこはどうにもならなかったらしい。
別に服につくわけじゃないし、少しの間ならいいけどね。
そんな感じで幽霊ツアーをしながらデートを続け、夕方にはすっかり先輩はほくほく顔になっていた。一日中、お化けだの幽霊だのの話をしながら歩いているのがよっぽど楽しかったのだろう。もちろん夕方には二軒のお寺も巡り、子供たちは仏様に託してくる。
最後は霊園に行きたいとのたまっていた向日葵先輩に「日暮れの霊園はまずい、っていうか縁者でもないのに墓に行く段階でちょっとよろしくない」と言いくるめ、それだけは阻止した。後ろの守護霊まで髪をぶんぶんと振り乱す勢いで賛成していたぐらいだ。
いくら数珠パンチがあっても、わざわざ怖い幽霊ばかりがいる場所に行く必要もない。
そういう理屈でどうにか帰ってもらった楽しい楽しいデートの数日後――問題が起きた。