十 知る者が増える花子さん
「――そうか。田中は霊感体質だったにもかかわらず、幽霊が大好きな私に話してくれない薄情者だったということか」
「後半やめてくださいよ。本当に騙す気だったらわざわざ体験談なんか話すわけないじゃないですか」
「まあ確かにな。友達の話とか、友達の友達の話、みたいな言い方して誤魔化していたけど、田中が話してくれた怪談、あれ全部お前の実体験なんだもんな」
「そうですそうです」
「それに霊感体質なんて知られるとイロモノ扱いされると」
「はい」
「でももう私ら高校生だぜ? 幽霊が見えますとか言っても、そんな扱いされないだろ」
「ホラー好きってだけで浮いている向日葵先輩に言われると説得力がないんですけれど」
「え、浮いてんの私」
自覚はないようだった。
開かれたところで会話をしたくない、というぼくのリクエストもあってか、向日葵先輩は意気揚々と視聴覚室隣の男子トイレに入っていき、そこの個室で話そう、と言い出した。
……この人、普通に男子トイレに入るけれど、ダメだからな。
筑波先輩の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらい遠慮がない。いや、普通はもうちょっと抵抗心があるはずなのだが、この人はどうやら常識がない。
とはいえ一応「他の人に絶対に見られないように入るからさ!」と親指を立てて笑うので、多少は他人に見られることは避けたがっているようだ。
さっきほど密着状態でも際どい格好でもないまま、ぼくらは同じ個室へ入る。まだぼくの表情にうっすらと場所への不満が滲み出ていたのか、向日葵先輩は苦笑した。
「だって花子さん、トイレじゃないと会えないんでしょ? ここが一番じゃん」
「まあ、そうですけど」
「それに私、太郎さん探しているんだよ。じゃなきゃ流石に男子トイレに入らないって」
「誰ですか」
「トイレの太郎さん。有名だろ!」
びしいっ! と親指を立ててくれるところ悪いのだが、ぼくは知らない。別に見えるというだけで詳しいわけではないのだ。事実、花子さんのことは知らなかったし。
「トイレの太郎さんはな、花子さんみたいにトイレに出るお化けだ」
「はあ。出て、それで?」
「願いを叶えてくれる」
「マジですか」
やべえ、花子さんパクリじゃん、と思った矢先だった。
「真似された!」
「あ、花子さん」
「え、ご登場? どこどこ?」
向日葵先輩がきょろきょろとしているが、花子さん本人は便器のフタの上に仁王立ちである。なんでそんなところに、と思ったのだが、いつもなら向日葵先輩が立っている辺りに出現できるのに、今日はスペース的な余裕がないからだろう。
ていうか三人だと流石にぎゅうぎゅう詰めだな。
「田中、その太郎さんなんてのは私のパチモンみたいなやつなんだ!」
「パチモンとか言ってますけど」
「んー、まあ、パチモンっていうか……花子さんが一世を風靡したぐらいのときに出現したお化けっぽいなっていうのは私も思う」
ほら見ろ! と花子さんがふんぞり返る。今日あんまり暴れるな。ちょうど僕の顔の前ぐらいでスカートがひらひら動いて、ちょっとなんか心臓に悪い。
「だからこれもまあ、後追いなんだろうなーって。ほら」
向日葵先輩がスマホの画面を見せてくれる。そこにはてっきり都市伝説まとめサイトみたいなものがあるのだろうと思ったのだが、意外にもSNSの画面で。
トイレの太郎さん、という名前のアカウントだった。
自己紹介文は『黄昏高校の男子トイレで願いを叶えて差し上げます』と書いてある。ぼくらみたいにどこのトイレ、とまでは書いていないようだ。投稿されたメッセージも自己紹介以上のものではなく、何やら自分のことを書いた怪談が付与されている程度だ。
それによると太郎さんは、かつていじめを苦に高校のトイレで自殺をした男子生徒であるらしく、高校を呪っているのだという……え、呪ってんのに願いを叶えるの?
「私もそれがツッコミ所でな。正直そういう怪しいところがかえって花子さん人気に劣るんだろうなと思っていたところ」
「そうだろう、そうだろう。私は本物だ」
本物だがトイレの中でしか真価を発揮できない花子さんがうんうんとうなずく。
「花子さんには全然、願いを叶えてもらえないし」
向日葵先輩の一言で、えらく図に乗っていた花子さんがぴしりと動きを止める。
「あー、実際のところ実現不可能なのは結構、難しくて。彼氏が欲しいとかお金が欲しいとかそういうのは無理なんですよね」
「え、いやいやそんなこと願っていないよ」
「じゃあ何を願ったんです?」
向日葵先輩は自分の目を指さす。あっかんべーでもされるのかと思ったが。
「欲しいんだよ。幽霊の見える目が」
「……なんで?」
「幽霊に会いたいからさ。あ、耳でもいいけど。でも目のほうがやっぱ情報量も違うしね」
「まあ霊感発現なんてそうはできないでしょうね、ぼくも事故の結果みたいなもんですし。ていうか何なら、いまぼくが見ている花子さんが幻覚、なんてこともあり得……待てこら花子さん、なんだその構えは。やめろ」
「幻覚ではないと知らしめるため女子トイレに飛ばしてやろうかと」
「やめろ」
「おい田中、私を無視して花子さんと面白そうなこと話すなよお」
ぐりぐりぐりぐりと胸を向日葵先輩の指で抉られる。何故か花子さんも同じことをする。やめろこら。二人がかりで。
「霊感体質ってのは、ちょっと花子さんにお願いしても無理かもですね。その太郎さんでもほぼ無理でしょうし」
「うーん、太郎さんも無理か」
「誰かが面白そうだと思ってイタズラでアカウントをつくったんでしょ。でも実際のところこの高校って結界が張ってあって、他の幽霊やお化けは入れないんですよ」
「え?」
目をまん丸くした向日葵先輩を見て、そういや知らなかったのか、とぼくも遅まきながら説明をする。どうやらこれまでかなり本気であちこちに幽霊がいないか探し回っていたようで、向日葵先輩はぼくの両肩を掴んでがっくんがっくん揺らしながら「そういうことは私が入学したときに言えよなあ田中ぁぁぁぁぁぁ!」と怒られた。あなたが入学したときならぼくは中学生なんですけどね、先輩。
あとなんでお前も一緒にがっくんがっくん揺らすんだ、花子さん。