部屋から消えたニート①
いつからだろうか人の目が怖くなったのは、汚いお金に気づいてしまってからだっけ。
何かをするたびに他人の評価を気になってしまうのは、お金を手に入れる方法が汚いと気づいた時だっけ。
大したことはないと慰められ、立ち上がるけど挫かれる。何度やっても挫かれて挙げ句の果てには扉を閉じてしまった。それはそんな汚いもので自分が成り立っていると気づいたからだっけ。
色々な言い訳はあったけど、現実から逃げた。
捨てれないはずの物も沢山あったはずだけど、意外にも簡単に捨てることはできたし、捨てしまえばそこまで気にならない。毎日は決して楽しくはないけれど現実と向き合う苦痛よりは耐えることはできた。
そんな時間が長くなり、始めの頃にあった罪悪感も消えて今では埃っぽい部屋の中で光が示してくれる世界にぷかぷかと空気を抜いて浮かんでいる。
そして、俺は部屋から消えてしまった。
ーーー
平日の昼頃を走る電車は予想よりも簡素だった。そして、隣に座る綺麗な女性は今日も漆黒の黒、要所に白が少々といったゴスロリファッションをしていた。
「小林さんは善弥さんの親戚と聞いたんですけど、どう言った経緯で善弥さんと一緒に?」
「瀬良さんの方が年上などで呼び捨てで構いませんよ」
「わかった」
瀬良は向かいに映る凪を見て質問の答えを求めた。
「去年の今頃、父と母が何者かに殺されました」
瀬良はピクリと体が跳ね背筋が伸びたが凪の方を見ることはない。
「どのように殺されたのか、また殺されたのかもわからないと警察は言っていました」
「不審死とか?」
「そうです。母はなぜか、心臓を手に持っていたそうです」
「それって」
「身体に傷はないのに臓器が抜かれていた事件と原理は同じみたいですね。抜かれたのは心臓だけですけど」
あの時、善弥さんが解剖を依頼したそうだが心臓以外抜けている臓器がないことは解剖前に身体の重さでわかっていたそうだ。しかし、本当に心臓が抜けているのかだけを確認した。もちろん心臓はなくすぐに遺体は閉じたそうだ。その行為自体が異例なことと善弥さんから聞いていたが心臓を持って亡くなっていること自体がこの世では聞くことがないだろう。
「そう」
瀬良は凪の話が自分にとって有益ではないと判断しスマホをいじり始めた。
今日の仕事に関して、二人は事前に善弥から情報を貰っている為、目的の駅、「名古駅」に着くまでの会話は既に途切れ、湧き出ることもなかった。
アナウンスがあると列車が止まる前に瀬良は立ち上がり。それに釣られ凪も立ち上がる。
二人が下車した名古市は藍地県の県庁所在地であり、全国から人が集まる場所となっている。その為、駅は活気にあふれイベントも毎週末に予定されている。
「依頼者とはダイヤモンド時計でしたよね」
「そう。さっさとクリアして帰る」
瀬良さんは善弥さんの前ではとても猫を被っている。会って2日だがこうも人間の態度は変わるものなのかと感心さえしてしまう。逆に瀬良さんの本心を知ることができるのは良いのかもしれない。
「黒いスーツを着た女性を探せば良いと言ってもこんなにも人がいたら探しようも…」
ダイヤモンド時計は名古市のシンボルであり集合場所として選ばれることが多い。名古市民からしたらダイヤモンド集合でここに来れる人が殆どだと言われている。その影響により依頼者を見つけることが困難となってしまう。
「お待たせして申し訳ございません。私、私情源之助の付きのもの美希と申します」
騒がしい喧騒の中から凛とした声が聞こえ振り向くとパンツスーツの女性がこちらに会釈した。
「始めまして、今回依頼を受けました未解決屋の小枝凪と申します」
「同じく未解決屋から来ました瀬良由花と申します」
美希は凪を見てホッとしていたが、由花の姿を見た途端眉を顰める。
誰だって奇抜な服を着た人と一緒に行動を共にするのは少し抵抗してしまうだろう。自分が相手と同じような格好をしてれば良いが、私情さんは、すらっとしてシルエットがしっかりと浮き上がるスーツを着ていた。
「では、ご案内いたします」
私情さんを見失わぬよう溢れかえる人の間を縫って歩いた。動きずらい服を着ていた瀬良さんが逸れたのでは無いかとあたりを見回すと自分より私情さんの近くにいた為、その身軽さに驚いてしまった。厚底の靴は意外と歩きやすいのでは、という疑問を有名なスポーツブランドのスニーカーを履く自分に投げかけた。
私情さんに付いていき誰もが高いと思える黒塗りの車に瀬良さんと乗り込んだ。
初老の運転手は姿勢が正しく思っていた通り白の手袋をしていた。
「本当はお二人のご自宅までお迎えを考えていたのですが、旦那様の事情により伺えず申し訳ございません」
ここでいう旦那さまが今回の依頼主にあたる、小町大吾である。
「本日は夕食までの時間で解決をお願いしていると伺っておりますがよろしいでしょうか」
ルームミラーから私情さんの目線を感じ頷いて答えた。瀬良さんに関してはどうでもよさそうに窓から見えるブレる街を見ていた。
「内容に関して一つ質問いいですか?」
「かまいません」
私情はルームミラー越しに頷いた。
「今回の依頼は小町知事の息子さん、小町亮太さんの居場所を見つけるということですが、亮太さんに接触するなどは含まれているのでしょうか」
「旦那様によると見つけるだけでいいそうです。確実な場所の特定ができましたら私たちが向かうこととなっております」
「わかりました」
それ以降車内に会話はなく、呼吸の音さえ響きそうな空間のいずらさを誰かに伝えたかった。
どれほどの移動距離かはわからないが、時間は15分ほど経ったところで車が止まった。
車が止まるとすぐに私情さんと初老の運転手が後部座席のドアを開けた。
促されるまま車を降りると大きく立派な家が視界を埋め尽くした。
車はすぐに走りだしどこかへ行ってしまった。
「ここから先、2階の旦那様書斎、お隣の奥様の書斎、以外は自由に行動していただいて構いません。亮太さんのお部屋はお二人の書斎の向かい側です。それではおもてなしも碌にできませんがよろしくお願いします」