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第2話 未解決屋


善弥ぜんやさん早く起きてください」


 昼下がりの少し空気が澄んだ春。汚いはずの埃が光に照らされ星屑となり、ゆらゆらと部屋の中に落ちていった。

 蛍光灯が切られ部屋には太陽の光しか入っていない。その光は細くなり机を指している。


「あぁ、もう昼が終わったのか」


 大きなあくびをしながら、机に突っ伏してた善弥さんがにゅるっと体を起こした。机の上には本が所狭しと並べられており一冊ぽどんっと床に落ちる。


「もう終わりましたよ」


 この人は平日なのにいつも寝ている。いや、それが悪いとかではない。自営業を営んでいるのだからいつ寝ようが本人の勝手なのだろうが、この人はいつも寝ているのだ。3月にお世話になり始めてずっと。


「高校の入学式は早く終わるんだな」


「いや、もうお昼食べ終わりましたよ」


 直前に入れたコーヒーを善弥さんに出し隣にあるソファーに座る。普段はお客さん用なのだがここに座っているお客さん、依頼者を見たことがなかった。


「え、なに食ったの」


 善弥さんがコーヒーを啜りながらこちらに目を向けた。目はいつも眠たげで大きく開いていない。身長は羨ましいくらい高い。190センチはあるだろうか。足の長さも腹立たしい。ぐうたらなのに立って寝癖を整えたら街で女性に声をかけられるあだろう。


「棚にあったカップラーメンです」


「お前」


 その声は聞いたことないどすんっと心臓を殴られる怒声だった。声を張り上げないからさらに恐ろしい。


「な、なんですか」


 恐る恐る善弥さんが怒った理由を聞いてみた。もしも、何か不備があったのならすぐに謝り機嫌を直してもらわなくてはならない。ここを出されたら行くあてがないのだ。


「お前が食べたのは濃厚コッテリ旨辛麻屋ラーメンじゃないだろうな」


「あーどうでしたかね」


 冷や汗が止まらない。生まれてから15年こんなにも焦ったことはない。俺が食べたのは『濃厚コッテリ旨辛麻屋ラーメン』だ。確かにいつものカップ麺よりは美味しかった。今度コンビニで会ったら買おう。っと思うくらいに美味しかった。


「食べました…」


「なんて」なぎの小さな声が聞こえなかったのか善弥が聞き返した。


「その、濃厚コッテリ旨辛麻屋ラーメンを食べました」


 机に積まれた本が何冊飛んでくるだろうか。それともペンケースに刺さっているハサミか…


「今日のところは兄さんに免じて許してやる」


 その言葉にほっとし不自然に上がった肩を落とす。


「でも」再び怒気を含んだ声に肩が上がる。


「濃厚コッテリ旨辛麻屋ラーメンを見つけた時には人を殺してでも買ってこい」


「はい」行きすぎた言葉に小さく頷くしか許される返事はなかった。


「まぁいい、他に何か残っていたか?」


 その言葉に対してすぐに反応し棚に何が入っていたを思い出す。


「きつねうどん、天ぷらそば、醤油ラーメンがあったと思います」


 あっさりしている食べ物しか残っていない事に焦りを感じていたが、杞憂だった。


「醤油ラーメン作っといてくれ」善弥は凪に命令し廊下に出てトイレに入った。


 先ほどコーヒーを淹れる際にポットにはお湯を注ぎ足していたので棚の中から醤油ラーメンを取り出し粉末になっているスープの素を入れる。他の人がやっているかはわからないが、粉が隅々まで行くように蓋を閉め左右に揺する。善弥には無駄だと言われるが、一手間を加えると美味しくなると思っている。


 お湯が跳ねるのを警戒して器を持ち上げお湯を注いでいく。善弥さんは洗い物などを丁寧にしない為、ポットは少し汚れているが一ヶ月で気にならなくなってしまった。


 立ち上る湯気の中に醤油の香りが混ざり先ほどラーメンを食べたのだが、夕食のご飯について考えを巡らせた。


 スマートフォンでセットしておいたタイマーがなり止めると扉が開き善弥が机の周りを片付け始めていた。

 本人は片付けと言っているが、机に広がった資料や本を端に寄せご飯を食べるスペースを開けただけだ。


「胡椒はどうします」


「大丈夫」


 胡椒をお盆に乗せようと思ったが、元に戻し割り箸とお茶を乗せ善弥さんの机においた。テレビをつけて真剣な眼差しを向けているが大したニュースはやっておらず直ぐにつまらなそうに音量を下げた。


「高校は大丈夫そうか?」


 善弥さんも心配をするのかと少し驚いた所でツッコミが入った。


「一応凪の親になったんだ。心配ぐらいする」


 善弥さんの穏やかな性格もあり環境の変化には慣れたが、心配をしていると直接言われるとなぜだか内側からストンっと地に足がついた感じがした。


「特に変わりはなかったですね。勉強も遅れているとは思っていませんから」


「頼もしいことで」善弥は醤油ラーメンを周りの資料を気にせず勢いよくすすった。


「気にせず部活とかやっていいからな」


「気とかは使っていないですよ。事務所の掃除とかしたらお小遣いが貰えるなら部活よりも優先しますよ」


「そうですか」善弥は興味なさそうにお茶に口をつけた。


 本当の意味で気を使っていないわけではない。ただ、拾ってくれた善弥さんには感謝しかないのだ。だから、力にはなりたいと思っている。


「そうだ。今日の17時に面接する子が来るから準備しておいてくれ」


 初耳だった。

 仕事も少ないのにバイトを募集していたことも、今日面接に来ることも一切聞いていなかった。


「予定があるなら先に伝えてくれませんか? 準備に困ります」


 掃除もしなくてはいけないし、お茶菓子だって...必要なのか?

 未解決屋は俺以外のバイトを雇ったことはないらしい。俺は両親が亡くなり流れでバイトをしているようなものだ。

 未解決屋は未解決の案件を解決することで依頼者からお金をもらう。大きいことや小さいことまで解決する。実質何でも屋であり探偵的な側面もあるらしい。善弥さんは前に、浮気相手と別れたいという依頼も受けていた。


「わるいわるい」善弥はそのまま靴を履き事務所の外へと足を向けた。


「こんなバイトに募集するってことは探偵でも目指しているのだろうか」凪はポツリと言葉を漏らし流し台の掃除から始めた。

次回投稿は明日、19時を予定しております。

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