第1話 親が何者かに殺された
自分の家族は普通と呼べる家族だと思っていた。
夫婦仲も悪くなく、たまに寝室から聞こえる言い合いも、自分の目の前では絶対にしない夫婦だった。
だから、そんな二人が不条理に殺されるとこなど見たくなかった。もっと親孝行をしたかった。苦しんで死んでほしくなかった。
中学二年生の春、新学期が始まり所属しているサッカー部では年度はじめの決起集会が行われた。今年は県大会に行こうとか。練習試合では意味のある試合をしようとか。三年生の今年にかける熱量は去年と変わらず高かった。
決起集会が思いのほか長引いでしまい日は落ち街灯が照らし始めていた。
自分も二年生になりベンチ入りの可能性が出始め、不安と期待が入り混じっていた。
春の匂いはどうしても不安にさせられる。新しい風と、変化を促す花吹雪。学校にも慣れて後輩もいて先輩もいる。修学旅行だって二年生にはある。そんな楽しみな一年なのだが、来年には部活も最後だし受験だって待っている。どこに当てればいいかわからない気持ちは春をさらに顕著にさせていた。
ゆっくりと心地い空気を堪能しているのだが、なんだか胸騒ぎがする。今乗っている電車が脱線して道を無くしてしまうのではないか。列車の中で誰かが刃物で刺されてしまうのではないか。そんな非現実的なことが起きそうで辺りを見渡していた。
駅から自分の家まで歩く際もどこか不安で横切る猫や羽を広げるカラスにどきりと心臓が強く鼓動した。
「ただいま」
小さいけど両親が大事にしている一軒家につきドアを開けると二人がリビングでコーヒーを飲んでいた。二人が好きな少し高めのクッキーがあり、二人が期限がいいことを察する。
「おかえり、遅かったのね」
「少し長引いた」
玄関か近くの階段を上がり、部屋着に着替えリビングに向かう。夕食まで時間はある為、部屋で落ち着いていてもいいのだが新学期のため今後の予定も二人に伝えなければならない。
「やめて」
その金切り声を聞いたことはなかったが、母さんのものだとわかる。声に反射し階段を全速力で降りていく。階段の幅が狭いため、飛び降りることも考えたが手すりを掴み確実に降りていった。
「どうしたの」その声が母さんに届いているかもわからず視界が真っ暗になった。
近くでは何か話し声が聞こえる。父さんと母さんの声。それと誰だろうか、話しているのはわかるけど性別や内容を理解できない。
内容を聞くよりもまずここから出なくてはならない。そんな考えが頭の中を占領しているが一向に出れる気配がない。
自分は膝を胸につくほど折り曲げ縮こまっている。光が届かない暗闇にいること。会話は届くとこにいること。家の中にいるのは間違いないのだから声でも出して助けて貰えばいいのではないか。
「―――…」
声が出ない。
口を大きく開けて埃っぽい空気を限界まで吸い込み大声を出す。
しかし、声が出ない。吸った埃を吐き出そうと咳をしても音にならない。咳はできている。声は出ている感覚があるのに音にならない。
足を伸ばそうにも手を伸ばそうにも動かない。空間の中に完全に拘束されていた。
尿も便もでた。いつしか会話も聞こえなくなり、時間の感覚も無くなった。自分の排泄のせいで眠ることも難しく、体も限界に達していた。
このまま死ぬなんてごめんだ。そんなことを考えることさえも難しくなり意識がなくなった。
目が覚めると不愉快な匂いも空腹感も無くなっており死んだと思った。あっけない死だと思い涙を拭おうと手を上げようとするが感覚が無くなっている。やはり死後は肉体さえも無くなってしまうのだと痛感した。
「大丈夫です助かります、先生呼んできますね」
その声は自分が生きてきた中で一番綺麗な声だったかもしれない。
「頭部異常なし、身体も異常は見られないね」
メガネを掛け白衣に身を包んだ若い医者は看護師にゆっくりと伝えながらキーボードを叩いた。看護師はバインダーから紙を外し部屋を出ていった。
「記憶の確認をしたいんだけどいいかな」
「はい」
「名前は」
「小枝凪」
「年齢は」
「14歳」
「学校は」
「私立河西中学校」
「住所は...」
途切れなく質問が続いっていき全てに応えることができた。最後に医者が好きな女性のタイプを質問したときには戸惑い、笑われた。でも、そんな軽口かどこか心地よく安心できた。自分はまだ死んでいないのだと。
体は重く動くのにも強く意識をしなくてはならないが、しっかりと機能していると実感がもてた。
「少し辛い話になるけどいいかな」
先生は質問内容と回答を打ち込み終えると寝ている自分の方に目を向けた。
その辛い質問には何処か心当たりがあった。おそらく先生が言う言葉を自分はもう肌感覚でわかっている。
「凪くんのお父さんとお母さんは亡くなってしまいました」
「そうですか」
何も言えなかった。
頭の中では沢山の言葉が湧き上がり縦横無尽に巡ってまとまらない。
「はい」医者は顔を下げたが再びこちらを向いた。
「今後なのですが明日、凪くんの親代わりになる方がいらします」
先生の話が頭に入ってこない。
親が死んで今後自分はどうするのだろうか。学校はどうしよう。部活はどうしよう。周りには同情されるのだろうか。かわいそうと思われてしまうのだろうか。
「聞いてますか?」
「すみません」
先生に悲しそうな目を向けられるとなんだかこちらまで悲しくなってしまう。
「一度に沢山のことは難しいですよね。とりあえず、未解善弥さんが今後親代わりになりますので覚えておいてください」
「はい」話の内容は覚えていないが反射的に首を縦に振っていた。
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