26話。天女。
今回は神秘の森と呼ばれる森に来ている。この場所には美しい歌声を持つ天女達が住んでいるらしい。ミミックだと良いな。
森を一通り歩いてみるが、特に何もなかった。最深部まで行ってみよう。こんな所まで普通の人は立ち入らないだろうな。
「あっ!ひ、人か………驚いた。」
かなり深くまで歩いていると、ガサガサと音を立てて茂みから一人の男が現れた。僕をみて驚く。重装備をしているので、長く篭っているようだ。
無視して足早に先を進んでいくと、より一層緑が濃く透明度の高い小川が現れた。飲み水として最適だろう。
「はぁっ、はぁっ……あっ、あの。すこし、よろしいでしょうか?」
無視していたのに、必死に後をつけてきた男が声をかけてくる。よろしくない。
「恋人を探していまして。一緒に冒険に来たのですが、はぐれてしまったんです。どこかで見かけませんでしたか?」
男が懐から一枚の写真を見せてきた。皺がより、折り目が複数ついてボロボロだ。僕は首を振り、これ以上関わり合いたくないと手を振って歩みを進める。
川沿いを上流に向かい歩いていき、程よい湿度で陽当たりの良い場所を探す。今までの経験から、寄生する種類のミミックはこの手の場所を好む。滝の流れる音がするので向かってみると。
『〜〜〜♪』
叩きつける水音の中に高音の歌声が聞こえる。上からだ。僕は足場を探して滝壺を一気に駆け上がった。
『〜〜〜♪』
『〜〜〜♪』
複数の歌声が響いている。僕は歌声の方へ進んでいくと、大きなつる性の花木が一本生えていた。薄紫の花が無数に垂れ下がり周囲を彩っている。
近寄ると、木の根本に蓋を大きく開いた巨大なミミックがいた。木だと思っていたけれど、触手が硬質化しているのか。この花だと思っていたのも味蕾の役割をしているようで、空気で匂いを感じて歌声を出させているみたいだね。
『〜〜〜♪』
ミミックの周囲を歩いて確認すると、根本付近に合計で17名の女性がツタに絡まっている。近づいても大丈夫だろうか。触手に触れないように気をつけながら女性達の側に行く。
穏やかな笑顔の女性達は、鳩尾から下が無い。ミミックの体液で固められて同化されている。血管や神経も繋がっているようだ。
不思議と全員の肌がピンと張って瑞々しい。見た感じで生存可能温度はあるようだ。外界との接点を遮断するためか、眼球と鼓膜は完全除去されている。
女性達は間近で見ても年齢不詳だ。艶やかに長く垂れ下がる髪の毛で、ここで何年生かされているのかは少しは予想がつくけど。100歳を超えているのもいるかもしれない。
養分を分け与えられ、痛みも苦しみもなく。刺激物を与えられて美しい歌声を出す。
思考や感情を奪われ、ただ穏やかに歌う彼女達は天女と呼ばれるに相応しいのかもしれない。
「これだけお世話をしているなんて。君は寂しがりやなのかな?」
大きく蓋を開けるミミックに問うが、返事はない。僕は彼女達に一礼してその場を去った。
「すみません、先程の方。」
森の出口に着く頃。同じ男が写真を片手に僕に声をかけてきた。
「あれから何か見かけませんでしたか?」
僕は首を左右に振り、男の隣を通り過ぎようとした。すると、カサリと何かが僕の鞄から落ちる。いつのまにミミックの触手の一部がひっついていた。紫色の味蕾は吸盤の役割もあるみたいだね。
男は落ちた触手のカケラを見て、頭を抱えて叫んだ。恋人の名前を叫び、何度も謝罪を述べる。どうやらミミックを見つけ、ちょっかいをかけようとしたら襲いかかってきたので恋人を囮に突き飛ばして逃げたらしい。
先程までどこか違う世界を見ていた男は、今は現実を見ている。
長年日に焼け草臥れた姿の彼は、助けに戻って見たのだろう。そして記憶から消去し、何度も何度も自分の望む恋人の姿を探し求め。見つけては忘れるのだろう。
これからも、ずっと。
「さて、次はどんなミミックに出会えるかな。」
僕はミミックの触手を拾い上げ薬包紙に包んで鞄にしまい、森を後にした。




