23話。やっぱりね。中編
「これは予想以上だね。驚きだよ。」
思わず感想が口から溢れた。元執事は殆ど音を立てずに、次々と手下共を地面に横たえるように静かに置いていく。食べ終えた串を相手の首元に刺しているので、あの辺りに人間の急所があるのだろう。
血も出ないなんて、後でやり方を教えてもらおう。僕も草むらから出る。
「てめっ!………ぐぅぇ。」
「ほら、お静かに。」
近くの手下達が大声をあげようとした。僕は人差し指と中指を相手の両目の目頭に差し込み、グッと奥に入れて前頭葉を掻き回す。直ぐに大人しくなった。13人に処置を施した頃、庭で騒ぎ立てる者は誰もいなくなった。
「やりますねぇ。ここは片付きましたので、上に参りましょう。」
息も切らさず元執事は笑顔で階段を指差す。この屋敷の構造を把握しているようなので、僕は付き従うまでだ。
一番上の階の最奥の扉に4人のガタイの良い男が警護に立っていた。元執事は団子を食べ終わった串を素早く投げつけ、男達の体が地面に音を立てて倒れる前に素早く駆けつけ支える。
僕は他の部屋で隠れて機会を伺っていた残りを処置する。彼の動きは見ていて面白い。
「しまった、串が全て折れてしまいました。肉厚すぎですよ。私好みではありますが。
残るはここだけ……ごめんくださいませ。こちらの主人は貴方様で宜しかったでしょうか?」
鍵の掛かった大きな扉を、元執事はドアノブを不規則にガチャガチャと弄っただけですんなり開けた。
扉の先には、腕に覚えのありそうな5人の男女が全身黄金色を身に纏った男を取り囲んでいた。黄金の剣、鞭、斧、銃、槍。どれもダイヤモンドが余すとこなく散りばめられている。無駄に重いだろうに。武器というより宝飾品だね。
「何だお前たち。俺が誰か知っていての無礼か?」
「ええ存じております。殿下を返していただきましょう。」
元執事の言葉に彼等は鼻で笑った。『三下相手を倒していい気になるなよ』などと台詞を吐く前に、元執事が素早く近づき手刀を繰り出す。一息の間に警護の5人はドサリと地面に崩れ落ちた。
「ひっ、ひいいいいいっ!?」
「さて。殿下はどちらでしょうか?お答えいただけないと、小指から一本ずつ折ります。」
笑顔を崩さず、元執事は首謀者の左手小指を第二関節から綺麗に折った。この具合だと綺麗にくっつくだろう。上手いな。
「次は薬指にしますか?小指が宜しいでしょうか?」
首謀者が隣の部屋に殿下が居ると吐くと、左頬を引っ叩かれ気を失った。元執事が隣の部屋に続く扉を開けると、こそには。小さな小部屋にポツンと一つのベッドが置かれているだけ。
「やっぱり人間はいないね。」
人間の気配がしなかったけれど、目視で確認してもいない。騙されたか。
「ああ、殿下。こんなに怯えて………。大丈夫です、貴方様のお父様に依頼されて助けに参りました。」
元執事はベッドに寝そべっている変わった生き物の前に跪く。まさか、これが?
「…わぐぅ。」
「はい。肖像画を一目見て、心奪われましてこうして助けに来た次第です。実物の方が遥かにお美しいですね。」
体長1メートル程、赤茶色の長毛、胸に白い半月の模様のあるクマのような、ぼってりとした生き物。本当にこれが殿下?雄なのか雌なのか判別がつかない。
「わぐわぐぅ。」
「私、殿下以上にお美しい方に出会った事はございません。どうか、これからはあなた様にお仕えさせていただけませんでしょうか?」
「…わぐぅ。」
「ありがとうございます。我が命に代えて誠心誠意お仕え致します。どうぞ、貴重な品です。殿下に仕える証としてお受け取り下さい。」
元執事は懐から一つの箱を取り出した。やっぱりだ。変な気配はしていたが、ミミックを隠し持っていたのか。
「本来ならこれを貴方に渡そうと思っていたのですが、大変申し訳ない。ですが、このミミックは特別な手入れが必要なので、貴方の旅に連れて行くのは難しいでしょう。」
あ、僕忘れられてなかったんだ。
「そのミミックはどういった代物なんだい?」
「それはですね……。」
僕の背後で倒れていた首謀者の男が起き上がる。護衛の持っていた銃を手に取り、僕ではなく元執事を狙う。
まあ、この距離なら彼は容易に避けられるだろう。そう思っていたのに。殿下の執事となった彼は、銃の破発砲音と共に胸から血しぶきが飛び散る。
「わぐぅ〜〜〜〜〜!!」
「私とした事が……油断、してしまいました、ね。」
フラフラと執事は胸を押さえてよろめき、側の開いた窓枠に手を置くと、そのまま倒れ込むように外に消えた。
僕は首謀者の男に素早く近づき、奴のモノ2つを在らん限りの力で握りつぶし、窓から身を乗り出して下をみる。そこは断崖絶壁で、遠くに波が幾重に押し寄せていた。死体は見当たらない。流されたようだ。
「わ、わぐう。」
茶色の生物が僕の袖の裾を引っ張る。そうだ、この生物を依頼主に戻さないと。彼の受けた依頼を果たしたい。
ボテボテと歩く生物が僕の手を握ってくる。肉球と柔らかい毛の温もりに、僕は気がついたら優しく握り返していた。
そのまま僕達は屋敷を後にする。彼は絶対に避けられた筈なのに。何故避けなかった。わからない。
そして、この胸に渦巻く感情がわからない。勝手に着いてきた人間。たった2日しか関わっていないのに。『寂しい』感情が側にいる。




