21話。眠る。
松の木が無数に植樹され、馬車が行き来できるよう幅広く整備された道を歩いている。
勝手に後ろから着いてきている元執事が、これは亡くなった主人の祖父が開拓民を大勢連れてきて3年で作り上げた物だと解説している。
「5歳で奉公人として屋敷で働いていたのですが。実はこの年まで遠出をした経験が無く。大旦那様や旦那様は、私に外を知られたくなかったようです。
まぁ、そうは言っても卓上仕事を全て一任されるようになってからは、書類上ではありますが外の知識は得られましたから。貴方様のお役には立てます。」
「一ついいかい?」
「ええ。一つとは言わず何でも聞いて下さい。好みの方や私の技術についてなら、ひと月は語れますよ。」
「僕がミミックの研究をしているのは、役所で聞いていたんだよね。どんな目的があって僕について来ているんだい?」
「それはですね。貴方様以上のイケメンはそういないので、側で愛でているだけです。あと、私の身も守って貰おうかなと。」
ニコリと笑う元執事。先程撒こうとしたが、ピッタリと背後についてこれる体力を持っている。もし襲われたとしても、その足ならどんな生き物からも十分に逃げ切れるだろうに。
そうこうしている内にも歩みは進み、あっという間に隣街に到着した。
「これは、一部の限られた者にしか知られていない極秘の話なのですけどね。そこの庄屋に『夢見箱』と呼ばれる箱があるんです。何でも、枕元に置いて寝れば望む夢をみられるそうなんです。」
「それは実に面白い話だね。でも、伝手がないからどうやって交渉しようかな。」
「そこで私の出番です。ごめんくださいませ。」
元執事がスタスタと歩いて行き、庄屋の前で掃除をしている奉公人に声を掛けた。何か話して奉公人が家に入って行き暫くすると、奉公人が戻ってきて中に案内される。
元執事、使えるな。僕は先を進む元執事の小さな背中を追いかけた。
「いやぁ〜、まさかあの男が亡くなるとはねぇ。ふっふっ…おっと失礼。」
畳張りの客室で待っていると、かなり大柄な肉体を引き摺るように庄屋の主人が現れた。かなりご機嫌なようだ。
「いえ。いち早くお知らせしたかったので、こうしてお伺いしたのです。」
「君もあんな男に長年仕えて、気苦労も多かったろうに。どうかね?ワシの元で働かんか?待遇は前の倍……いや、3倍は出そう。休みもな。悪い話しではなかろう?」
「暫くは休養をとりたく。折角の申し出を無下にして、大変申し出ございません。」
「それも良かろうて。何かあればワシの名前を出しや。
さて、本題の『夢見箱』だが。本当に試したいんか?」
庄屋の主人は無造作に床の間に置かれた箱を指さし、僕をチラリと見てきた。
硯箱のような大きさで、一見すると道具入れにしか見えない。盗人が来ても無価値として手は出されない形状だ。
「僕は長年ミミックの研究をしておりまして。こちらの『夢見箱』に興味があるんです。」
「このミミックは特殊な匂いを発して、自在に夢を見させてくれるんや。
やり方はミミックに食べ物を与えて、どんな夢を見たいか言うて枕元に置いて寝るだけや。」
「なる程。恐ろしい代物ですね。」
「お前さん、ようわかっとるなぁ。……だから暗殺用としているわけや。望めば相手に覚める事のない永遠の夢をみさせられる。どうする?この話を聞いても試してみたいか?」
「はい。お願いします。」
「では、私もご一緒しますね。」
元執事が笑顔を僕に向けてくる。庄屋の主人は慌てた。
「いやぁ〜。万が一君に何かあったらワシが困る。」
「私には彼がいますので大丈夫です。」
「まぁ、君なら大丈夫やろうが……この茶菓子を食べさせてあげてな。ワシが見守ってるから、安心して体験してみてや。」
庄屋の主人は懐から落雁を取り出して、僕に渡してきた。菓子を受け取りミミックに近寄ると、パカリと蓋を開けてくる。
ミミックの中身をチラリと見ると、黄色味がかった液体の内容物が見えた。アレが催眠薬なんだろう。欲しいな。
落雁を中に入れて側に横になると、元執事も隣に寝てきた。本当に共に寝る気らしい。
「静かな夢をみさせて欲しい。」
「私はイケメンで助平な人に襲われたいですね。ああ、複数人だったらなおよしです。ベッドとはいわず野外なんてのも…海辺とか、洞窟なんて……あと…」
聞きたくもない元執事の発言と共に、僕の意思は暗闇へ落ちていった。
ーーー
「『……』きみに贈る、名前だ。『……』を守れた事を、誇りに思うよ。」
悪い夢を見ている。起きたいのに自力で起きられない。これだけ深い眠りにつくのは数十年ぶりだろうか。あの時も悪夢だった。
終わらない苦痛。死が唯一の救いと思わせる日常。温かな赤に染まるのは、慣れてしまった。
叫んでも声は出ない。生者はいない。屍の山にポツンと僕だけが残された。僕に背負わせないでくれ。静寂が僕を襲う。
「………いい寝顔ですねぇ。少し味見でも……ああ、おはようございます。」
唐突に声がして、現実に一気に引き戻される。重たかった瞼を開くと元執事が僕の眼前にいた。彼に距離感という概念は無いのだろうか。近すぎる。
「……一応君に助けられたみたいだね。」
元執事を退かして起き上がる。あんな悪夢を見ていたのに、不思議と体は休まっていた。時計を確認すれば15分しか経っていない。
「何のことですか?いや〜それにしても良い夢だったなぁ。」
元執事はさわやかに笑い、側に置かれたミミックにお礼の落雁を与えた。
「なんや悪い夢をみとったようやなぁ。お前さんの望みとは別に、潜在意識に働きかけて悪夢が繋がったんやろな。
人間色々あるが。ま、生きてりゃなんとかなる。また遊びにおいで。」
屋敷から出る時。庄屋の主人は元執事に、旅の資金にと多めの金を渡した。そして僕にも。
「若いうちは旅をしておけ。年寄りになると、思うように動けなくなるからなぁ。」
豪快に笑いながら腹をさする様子に、僕は腹黒だなと思いつつも会釈をして金を受け取った。2人で並んで歩いているが、元執事は始終ご機嫌だ。夢の内容は絶対に聞かないでおこう。
「素晴らしかったですね。」
「……そうかもね。」
忘れてはいないけれど、あの人の表情をまた見れた。そう思うと、あの夢見箱ミミックは宝箱といえるね。
「というか。まだ着いてくるのかい?」
「ええ。次のミミック探しに参りましょう。」




