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16話。旅の宿。



すっかり日も暮れた山。星も木々に隠れた山道を歩いていると、遠くにポツリと灯りが見える。地図を確認するが、あの辺りに建物がある表記はない。

気になり向かってみると、山の谷間にポツリと一軒の小さな家が建っている。軒先に『宿泊有り〼』という看板が架かっている。


泥と藁で練られた土壁、茅葺き屋根。昔ながらの造り。この雰囲気、なんて素敵な宿なんだろう。泊まらせてくれるだろうか。


玄関の引き戸をトントンと叩くと暫くしてから返事があり、モンペ姿の女性が出てきた。


「あら、旅人さん?」


「はい。今から素泊まりで泊まらせていただく事は可能でしょうか?」


「勿論です。どうぞ、お疲れでしょう。入って下さい。」


優しい笑顔で招かれて、僕は嬉しさで舞い上がるのを抑えきれず宿に入った。

中も昔ながらの造りで、女将に案内され土間で靴を脱ぎ、木造りの廊下を歩き奥の部屋に案内される。

客室の襖を開けると、木造りを基調とした畳の小上がりに大きめの机だけの和室が広がっていた。大人6人は寝れそうだ。


「………この香り。」


「あら、何かお気に召しませんでしたか?」


女将がピクリと眉を動かした。あえてお香で誤魔化しているようなので、言及しない方が良さそうだ。


「いえ。大変気に入りました。」


「それは良かったです。そうだ、布団を持ってこないと。

すみませんお客さん。私一人で切り盛りしているもんで。少しお時間掛かるので、ゆっくりしていらして下さい。」


「はい。」


襖を閉めて、女将が廊を歩いて行った。服の袖をたくし上げ、ズボンの裾を膝上まで捲り上げ、準備をする。


「これで良し。」


僕の準備を見計らったかのように、部屋がグニャリと歪んでいく。襖も、畳も机も壁も全てが歪み色を変え、次第に赤くひだ状の胃袋のような形状になった。


襖のあった辺りに近づき手で触ってみると、切れ目のような所がある。割れ目を人差し指でするりとなぞってみると、そこから無色透明の消化液がドボドボと溢れてきた。壁面を伝い床に溜まっていき、膝上位までたまる。


「あったかいねぇ。」


腰に下げた鞄から試験管を取り出して、消化液を回収する。そのあとは膝まで溜まった消化液を足でかき混ぜてみたり、肉壁をもぎゅもぎゅと踏んだり、壁に手を当ててどこまで沈むか試したり。1時間程楽しんでいると、消化液が次第に量を減らしていく。

消化液が減ると同時に床や壁がグニョグニョと変化していき、液体が無くなった頃には先程見た和室に変化していた。


こんなに巨大なミミックに入るのは初めで、とても楽しかった。女将に感謝を伝えたい。襖を開けようとしたら、女将が開けてきた。布団を持っていない。


「きひひひぃ。いい感じに溶かされたかね……ぎやぁあああっ!!!??」


女将が後ろに転びそうになるので、手を伸ばして腰を支えた。僕は嬉しさを全面に出して、感謝を述べる。


「ああ、女将さん。こんな部屋は初めてです。実に素晴らしい。」


「……あわわわわ……。」

 

女将の顔が青白くなり、全身をガタガタと震わせている。体調が悪いのかな?


「布団を運ぶの手伝いますよ。」


「えぇ!?泊まるの?」

 

「当たり前じゃないですか。」


「ほぁああ!!?」


女将の表情がコロコロと変わる。まさか、体調が悪いからと泊まらせないつもりか?


「確かに、こんな夜分に押しかけたのは申し訳ないです。ですので、自分の事は自分でするので泊まらせて下さい。」


「いや、ですが……」


「布団は無くても良いですから。」


僕は女将にずいっと近寄り、熱意を込めてじっと見つめる。女将は更に顔色悪くなった。


「いっ、あっ、わっ、かりました。」


「!!…ありがとうございますっ!では、おやすみなさい。」


僕は女将の気が変わる前に、部屋から追い出して襖を閉める。そして部屋に向かって語りかける。


「ねぇ、今度はもっと濃厚な液を出してくれないかい?」


部屋はしんと静まり返っている。僕は襖の割れを優しく指でなぞる。


「先程の、本当に凄かったよ。僕こんなの初めてだ。もう一度味合わせてくれないかい?」


割れ目に指を何度も往復させて、その気にさせようと頑張ってみる。


「まさか、僕を溶かせなくて落ち込んでいるのかい?………おや、少し残っているのが染み出しているね。」


この指にまとわりついた液体は、どんな味なんだろう。とても気になったので舌を這わせて味わってみた。

強酸の中に旨みの効いた塩味、後に追いかけてくる深い甘みが全体を纏めていて。まろやかな舌触りが癖になる。普通の人間なら溶けてるな。


「………これ濃度を薄くしたら、万人受けする味だね。凄く美味しい。もう少し味合わせて………あれ。」


襖がパカリと開いて、床がボヨンと跳ねて僕は廊下に放り出さてしまった。背後でピシャリと襖が閉じられる。

しまった。余りにも嬉しくて、調子に乗りすぎてしまったようだ。


「恥ずかしがり屋さんだったんだね。ごめんね。今回はこれで満足しておくけど、次はもっと沢山楽しもうね。」


襖がカタカタと小刻みに震えている。きっと期待しているのだろう。心が通じ合えて嬉しい。


女将はどうしただろう。気配を探ると、土間にいるようだ。向かうと、台所であの液体を煮ている。茶碗を用意しているので飲むのだろう。声を掛けると飛び上がった。


「なっなっ、でしょっ!?」


「あの部屋に泊まれなくなってしまいまして。仕方がないので、このまま先を行きます。お支払いをしたいのですが。」


「宿泊されていないので結構ですっ!」


「そういう訳にはいきません。また泊まりに来たいので、払わせて下さい。」


「ひえっ!……ほ、本当に勘弁して下さい。この通りです。」


女将は土下座をしてきた。困らせているようなので、ここは僕が引き下がろう。


「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます。……あの部屋、あんなに照れるなんて。本当に可愛いですね。では、また。」


「ええっ!?」


僕は丁寧に頭を下げて宿を後にする。空を見上げれば、少しばかり群青色に染まってきている。今日も良い朝を迎えられそうだ。


「さて、次はどんなミミックに出会えるかな。」

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