ヒロイン、呼び出される
「な、何なさるの?!」
「あら失礼。手が滑ってしまいましたの。申し訳ございません、でも、弁償すればよろしいのでしょう?」
今あんたがやった事と同じだよ?と私は笑ってない目のまま笑う。
可愛らしい雰囲気を纏っていてもアリスティアの顔立ちはおそろしく整っているので、凄むと迫力がある。
本人は無自覚だが。
自分で自分が怒ってる時の顔を観察するのは不可能だから仕方ない。
そこへ、
「そこまで!」
ギルバートを従えたアルフレッドが割って入る。
「これは何の騒ぎだ?」
近くにいた生徒からひと通り事情を聞くと、
「腹が立つのはわかるが、今のは良くないぞメイデン嬢」
「まあ!仕掛けてきた側のやり口には(今まで何度かあったのに)全く気が付かないでいらっしゃったのに、随分と都合の良い目をお持ちですのね?さすがはクレイグ候のご子息」
ギルバートはクレイグ侯爵家の子息だ。
銀髪に黒い瞳の如何にも騎士然とした見た目だがこいつは私が嫌いである(たぶん)。
故に、今の台詞は意訳すると「騎士を名乗るならもうちょっと見る目を養えこの節穴」だ。
「なっ…!」
「よせギルバート。本来なら罰則を与えるべき所だが、ここは互いに弁償というところでおさめよう」
というアルフレッドの言葉にホッとする令嬢たちだが、
「それで、君達の謝罪は済んだのか?」
と続いたのでロール達は固まった。
「メイデン嬢が謝罪したのは今見ていた。君達は彼女に謝罪したか?」
「それは__、」
件の令嬢は縋るようにアルフレッドをみつめるが、彼の態度が軟化する事はなかった。
「謝罪するつもりがないのか?という事はやはり“わざとやった“と認める事になるが」
「も、申し訳ありません!」
「謝るのは僕にじゃない、彼女にだ」
令嬢たちは慌てて私に向き直り、
「申し訳ありませんでした…」
と不承ぶしょう頭を下げた。
「不本意だ」という感情むき出しで。
「__……」
それを見て気付いた事がある。
(あの王太子、(この連中に比べると)ちゃんと本気で謝罪してたんだな?あの悪役令嬢達も)と。
放課後、役員だけが出入り出来る一室でギルバートがアルフレッドに噛み付いていた。
「殿下!いくらなんでも甘すぎます!あれでは示しがー…」
「誰に対してだ?」
「両方です。仕掛けた側も問題ですが騒ぎを大きくしたのはメイデン嬢で__」
「__だから、"騒ぎを大きくしないよう嫌がらせに黙って耐えろ"とあの娘に言うのか?__城で知らんふりしてた時のように?」
「っ!それは、」
ギルバートは痛いところを突かれて黙る。
「勘違いするな、ここは王立ではあっても王城じゃない。生徒が平等に学ぶべき学園だ。僕達が権力を振りかざす場所じゃないんだよ?」
この学園は実力主義で魔力持ちの為の学園だ。
勿論貴族が多いがそれは"入学試験前に貴族子弟の方が優秀な家庭教師に付いて学ぶ時間がたっぷりあるから"に他ならない。
平民にだって魔力持ちはいるし、学園内にも少数ながら通っている。
「ねえ?ギルバート。あの娘はなんでわざわざあの時相手の持ち物を叩き落としたと思う?」
「? 頭にきたからでしょう」
「違うよ。わからないか?あれは挑発だ。もしあの時彼女が何もせず僕らの到着を待ってたらどうなったと思う」
「?!」
「連中の悪質な嫌がらせが明らかになり、彼女はただの被害者。連中には生徒会から罰を与え彼女には今後こういう目に合わない為にも生徒会入りを勧める事だって出来た__そう思わないか?」
「! まさか殿下はあの令嬢がそこまで読んでいた、と?あり得ません!まだ社交界にも出ていない、いち令嬢がそこまで読んで行動を起こすなどっ!」
「そうかな?あんな真似をしなくても、奴らの罪は明白だった。あのままもっときつい罰にする事だってできた。なのにわざわざ自分に同じ罪状を作ってお互い弁償だけで済むように落としどころを作ったんだ。まるで奴らの罪を軽くしてやった上に自分の評価が下がるような真似をなんでして見せた?彼女がそんな短慮な令嬢ではないって事は城での件でわかってるよね?」
「それは、言われてみれば確かにそうですが……そこまで読んでいたというのは考えすぎでは?彼女は殿下がたとは違うのですよ?」
「だといいけどね」
もし読んだ上での行動なら答えは単純だ。
自分の学園での評価などどうでもいいと思っている。若しくは学園を辞める理由を探している。
あれだけ学園への入学を拒んでいたのだ、“生徒会から罰則を受けた“なんて学園から出て行く絶好の口実になる とでも思っているのではなかろうか?
さっきの場面、証拠を突きつけたあと涙のひとつでもみせれば効果は抜群だったはず__あの可憐な見掛けで、周囲の同情を引いて味方につけるくらい難無く出来るだろうにやらなかった。
どころかあの姿はむしろその真逆、"正論で論破"__それが彼女のやり方なのではなかろうか?
少なくとも、男の影で守ってもらうヒロイン気質には見えない。
「殿下?」
「……そもそも彼女はただの被害者だからね。もうあんな真似をしでかさないようあの選民意識丸出しな連中をきつく見張るしかない」
この学園は王立とはいえ実力主義だ。
上位貴族も下位貴族も、平民も、誰もが平等に学ぶ場だ。
あからさまに差別的な行動を取る者は生徒会で取り締まるべきなのだ。
彼女は自分でやってしまうが。
それでいて味方を作ろうとはしない。
この疑問の答えは実に単純で、「いつでも学園を後腐れなく去れるようにしとくため」であり、アルフレッドの推測はあながち間違ってはいない。
「とりあえず入学しても出会いイベントそのものの発生はなかったからゲームは開始してない、よね?」
(むしろこの感じでは破綻してるかも?)
そうに違いないと思いたいが"ゲームの強制力"や"ゲーム補正"とやらはどこまで影響力を持つものなのだろうか、前世の記憶があってもこればかりは知りようがない。
出会いイベントを回避していても、もし何か別のイベントが発動してしまえばそれこそ、そこでゲームが開始してしまうかもしれない。
とりあえずイベントが発生しそうな場所には近づかない事と、私はあらゆる魔法アイテムを持ち込み彼等との接触を避けた。
瞳に常に遠見の魔法(*文字通り近づいてくる相手を通常よりずっと早く認識出来る)を発動させ、相手の視界に入る前に回避行動を取る。
その為に学園内の地理を徹底的に頭に叩き込んだ。
相手を回避しつつ最短ルートで目的地に着くために、そして目的地に到着しても早目に席には着かない。
先生の到着より数秒前に教室に入り、終わって出ていく先生の後に付くように、たまに先生に質問のある素ぶりをくっ付けたりもして速攻で出る。
心配だったマナーレッスンだったがそもそも私語厳禁であるし、生徒数が少ない分先生の目も届くか個人的に話しかけられる事はない。
逆に中級だと(敵の)数が多い為かえって面倒だったろう、何しろ彼女達は徒党を組んで私を目の敵にしている。
引き換え、ミリディアナとカミラは取り巻きを連れていない。
本来、悪役令嬢(あの人そもそも悪役っぽくないけど)って取り巻きぞろぞろ連れてるもんじゃなかったっけ?
そして、私が起こした騒ぎは一部の人間には胸のすくものだったらしく、周囲の態度が変わった。
まず、いつも一人で行動する私に声を掛けてくる人がいた。
「はじめましてメイデン様。私はジュリア・バーネット。ジュリアと呼んで頂戴。お昼ご一緒にどうかしら?」
いきなりたたみかけてくるご令嬢に一瞬固まったが、会話するのは初めてでも知ってはいる。
赤い真っ直ぐな髪は肩口で切り揃えられ、金茶色の瞳が印象的で同じ年というには大人っぽすぎる美人はバーネット侯爵家のご令嬢だ。
マナー教室のクラスメイトでもある。
しかも「名前で呼んで?」は学園では友達付き合いしましょう?と同義だ。
家格だけで言えばカミラと同格、違うところといえば婚約者がいないことと、彼女の家はどちらかといえば新興貴族であるということだ。
「……では私の事はアリスと。喜んで。ジュリア」
貴族は代々続く血統を重んじる家と、商才や新しい魔法の発見・開発など実力で爵位を得た新興貴族とに別れる。
因みにアリスティアのメイデン男爵家は古くから続く古参貴族だ。
体面を重んじる貴族であるから、表向きは互いに友好な関係を保っている。
だが、どうしても相容れない部分、我慢しきれない輩が湧いて出るのは仕方ない。まだ学生の身であるなら尚更一方に偏りやすく、新興貴族と古参貴族は選民貴族《的》同じくしても共に行動しようとはしない__そんな風潮を、私は蹴飛ばしてしまったらしい。
「今日はどこでお昼にする?アリス」
「ん〜(今日奴らがどこでお昼にするかまだ情報来ないから)とりあえず買いに行こう?道すがら決める〜」
「いいけど、そのパターンばっかりね貴女って」
「ジュリアが行きたいとこあるなら合わせるよ〜」
ひとりでいなければ攻略対象にエンカウントしたとしても、イベントは発生しないだろうから。
基本は避けるけど。
「私は別にないから良いけれどね」
と返すジュリアとのやり取りも大分恒例になりつつある。
溜息をつきながら結局いつも私に合わせてくれるジュリアは女神だ、お姉さまと呼びたい。
最初こそ互いに遠慮がちだったが話してみるとジュリアはとても頭の回転が早く気持ちの良い人だったので、一緒に行動するようになるのにそう時間はかからなかった。
実際のとこ、元々合わない相手に合わせるよりはぼっちの方がマシ、という考えの私には単独行動は別に苦ではなかった。
だが、流石に彼等を避け続けながら緊張し通しの行動に疲れてきてもいた。
あの使者のおかげで実家からは「いつでも好きな時に帰ってきて良い」と言われているのでその点気楽ではあったが。
今の私は、誰かの好感を得ようとか欠片も思っていないし、近づきたいとも話したいとも思わなかった。
だが少し、いや正直、友達と二人でこの中庭でランチとか放課後一緒に図書館とかお茶とか、に憧れがなかったワケではない。
ジュリアは元々妃ねらいでも下位の者を見下すタイプでもなかったし、一緒に授業を受けていても合理的で理知的なタイプに見えたので「気が合うかも?」と思ってはいたのだが、あの"犯人はあなた達ですね"をやらかした後、ジュリアに声をかけられた。
そしてジュリアのような高位貴族が筆頭に立ったせいもあるのだろう、私に声をかけて来る人が増えた。
主に新興貴族、商家の子、それに平民の子たち……は、やはり何かしら嫌な目には大小問わず遭っていて、だが今期の生徒会は高位貴族ばかり(あれ、これ私のせい?)な為言い出す事も出来ず。
そういった生徒たちにとって私は希望の光(いやこの呼び方はやめてほしいけど、マジで)だったらしい。
お昼は基本ジュリアとだが寮での朝食や移動教室、放課後などに色々な人に声をかけられ同行するようになった。
人の輪が彼等を遮ってくれるのと、何より友人と過ごす事で見える景色が変わった。
ひとりでは怖くて近づけなかったイベント発生場所にも、友人と一緒なら近付けるようになり、行動範囲も広がり、楽しい日々を過ごした__生徒会からの勧誘は、相変わらずあったけど。
中でも、
「メイデン嬢、お昼一緒にどお?」
と会う度にデフォルト笑顔で訊いてくるアルフレッド王子は、
「ご機嫌よう殿下。生憎約束がありますので」
「たまには別の人間と食べても良いと思うけどな〜じゃ、また今度ね」
断ると風のように去っていくが、また翌日には変わらずやってくる。
断られるのがわかっているなら何故声をかけるのだろう、不明である。
「不味いな」
「着々とヒロインの派閥が形成されつつあるわね……」
そう、あの件以来何かしら高位貴族とトラブルのあった生徒はアリスティアに泣き付くようになってしまい、本来なら"貴賎なく平等な場を保つ"為の生徒会執行部はヒロイン、いやアリスティア・メイデン一派に吊るしあげられて(自業自得はむなしく追い返されるだけだが)陳情という泣き言を言いにくる高位貴族用サロンみたいになってきている。
因みにそれらの担当はアレックスだ。
元々彼は成績は良いし幼い頃からの友人ではあるが、どうにも自分より下とみた相手は見下す傾向があるうえ(城での一件が一層それを増長させたのも否めないが)、アリスティアに対しても何をやらかすかわかったものでないため彼女には極力近づかないように、と通達して別行動させている。
尤もあちらがこれだけ完璧に避けている事を踏まえれば、無用な心配かもしれない。
二年生役員にも「この現状はよろしくない」と眉を顰められており、「早急に何とかするように」とのお達しが出ている。
アリスティア《ヒロイン》が生徒会に入ってくれない以上、それに近い貴族や商家の子弟などを指名したが結果は芳しくない。
別にアリスティア本人は何もしてないし言っていない。
ただ「自分も同じような嫌がらせを受けている」と相談してきた相手に保険魔法をかけておくように勧めたり、上手くかけられない相手には魔法石(一回こっきりの小さな物だが)を分けたり、しょっちゅう待ち伏せして嫌味を言ってくる集団がいて教室移動が怖い、と言う生徒とは「暫く集団で行動してみては?」と数日間一緒に行動した挙げ句そのウザい集団のリーダーを論破したり__していたら「なんか増えた?」みたいな感じである。
この現状に生徒会も静観していたわけではなく、間も無く学内の至るところに《投書箱》なるものが設置された。
曰く学園内で我慢出来ない事、おかしいと思う部分など貴賎なく意見して欲しい、という趣旨だが要するに、
「嫌がらせをしている相手の名前と内容だけでも、被害の報告だけでも、生徒会への非難でも構わない。自分の名前は無記名で好きに書いて入れて良い」
とお墨付きを与えたのだ。
これにより生徒会への投書という名の通報が増え、その情報を辿って片っ端からやらかしている生徒達を確認、追求しペナルティを与え一気に収束した。
生徒の中には「アリスティア様が被害を受けていた時は知らないフリだったのに、アリスティア様の真似をして人気取りをするなんて」という声もあがったが、「誰がやろうと結果無くなるならそれに越した事はないんじゃない?」と当のアリスティアは気にしておらず、「むしろ楽になっていいじゃん?」くらいに思っていたので彼らもそれ以上騒ぐ事はなかった。
だが、アリスティアの影響力が学園内で増しているのは明らかだった。
騒ぎが収束してもアリスティアの周りから人は減らず、いつも誰かしらと一緒にいる彼女に明確に避けられる事はなくなったものの、人の壁に遮られ生徒会はろくに声をかける事が出来なかった。
実際のところ、アリスティアはちょっと感心していた。
ああいった嫌がらせが学園内で横行していると知るや迅速に収拾を計った手際もだが、
「この学園の寮は自分の事は自分でやるのがモットーだ」
と言っていた王太子。
そんなことを言ったところで寮内に同年の使用人を一緒に入学させるのが可能という(ひとりじゃ何も出来ない)、貴族子弟の為の特例枠という有名無実なシステムがあり(もちろん魔力持ちが必須条件だが)また身分が高い程危険な目に遭う率も高いためガードの意味もあり、王太子や王子は「絶対にこの特例を使って誰か連れて来るに違いない」と思っていたのだが。
王太子にも、ギルバートは本人が脳筋、じゃない武人であるため不要としてもアルフレッド、カミラ、そして悪役令嬢であるミリディアナにも付いていない。
これは意外だった。
もちろん学園内は何重にも防護結界が張られていて、そう易々と侵入されないとはいえ、
「自分の事は自分でちゃんとやるんだ?あの人たち」
(その分取り巻きを顎でこき使ってるのかと思ったけど、そんな様子もないし)
と。
実はここの王室、学園入学にあたり"その制度を使わない"のが伝統と化していて王族は入学前に最低限の事は出来るようにレクチャーを受けている。
勿論学園内に不穏な動きなどがあればこの限りではないが、「皆自分でやっているのだから当然である」との言葉が代々伝えられているという事実をこの時の私は知る由もない。
学園内が落ち着きを取り戻し、前期も終わりに近付いた頃、私宛に一通の手紙が届いた。
開けて読んで見ると、
『貴女様を見込んでご相談したい事がございます。誰にも話すことが出来ず、私はとても苦しんでおります。貴女だけにお話したいと思い、こうして恥を凌んでお手紙を差し上げた次第です。○日の○時頃、○○○に来て下さい。私を助けると思って、必ずひとりで、誰にも知らせずにお越し下さい。私の思いを知って欲しいのです
。お待ちしております。』
と書いてあった。当然、差出人の名前はない。
「………誘拐予告かしら?」
読みようによってはどうとでも取れる内容だが、書き手の心情がなんていうかブレブレだ。
下手に出てるようで、全然出ていない。
助けて欲しいと言いながら、「貴女などに相談したくはないけど見込んであげた」と言わんばかり。
おまけに「誰にも言わずひとりで」と指定してきた場所は昼でも人が滅多に近づかないエリア。
これを罠と呼ばずして何という。
まあ、切羽詰まって助けて欲しい、というのが全く感じられないわけではないし単に語彙がおかしくて文章が下手なだけで本当に人に言えない悩みがある人、という可能性がゼロというワケではない。
あったとしても、0.00一%くらいだけど。
そう思いつつジュリアに見せてみると、
「なぁに?これ。誘拐予告?」
(あ、私と同じ反応(笑))
「やっぱりそう思うよね?」
因みに手紙には誰にも知らせず来いとはあるが、この手紙自体を誰にも見せるなとは書かれていない。
というか、そもそもこれを私宛に出したって封を切った時、周りに誰もいないとは限らないわけで。
「貴女、まさか行く気じゃないでしょうね?」
「うん。それなんだけど……」
と私の考えを話すとジュリアは笑って、「それは良い考えね」と賛成してくれた。
「__て事なんだけど、どう対処すべきだと思う?」
一年生用の生徒会執務室で議題に挙がってたのはその手紙の件である。
アリスティアはその手紙に「こういう手紙が届いてどう対応すべきか困惑しております」と自分の名前入りで添えて投書箱に入れたのだ。
「その手紙の主はメイデン嬢で間違いないのか?他人が騙った可能性は?」
「見た限りじゃこれはメイデン嬢の直筆だと思う。入学前に送った品物に対して返してきた手紙と筆跡が同じだよ。で、問題はこの巫山戯た呼び出し文なんだけど」
ぴら、とアルフレッドが皆の眼前に広げる。
「……どこといって特徴のある筆跡ではないな」
「自分にも見覚えがありません」
「何なのこの文?いかにも危害を加えますって予告してるみたいじゃない」
「でも、これ 書いたの多分女性よね?」
「何でそう思うんだ?ミリィ」
内容を見た限りでは性別は不明だ。
男でも女でも"私"は使うし読みようによっては「愛の告白をしたい」と取れなくもない。
「何となく、ですが……この手紙には好意が全く感じられませんし、文章も、性別がわからない様に言葉を選んだつもりでも、出てしまっているのです__女性特有の上から目線が」
公爵令嬢として育ち、女性同士の社交場の駆け引きに慣れたミリディアナの見解は説得力があり、
「私もそう思う。彼女に嫌がらせしてた連中がいかにもが書きそうな文だと思うわ」
とカミラも賛成したので、
「なら、そういう方向で作戦を立てようか」
とアルフレッドが纏めた。
そうして迎えた手紙にあった呼び出しの日、アルフレッド達は三手に別れてその場所を指定時刻より早く見張っていた。
だが、普段は昼間ですら人気のない場所であるのに今日はやけに生徒がうろうろしていた。
別に怪しい動きをしている訳ではなく、たまたま雑談していたらこんな場所まで来てしまったと気付いて引き返したり、落とし物を探しての事だったり、女同士の内緒話(主に好きな人云々の)為だったりと、些細な偶然なのだが気を張ってるこちらとしては落ち着かない事この上ない。
しかし、手紙にあった○時頃(そもそも呼び出すのに○時頃ってどうなんだ)を過ぎた頃、ひとりの男子生徒がその場所に立ち竦んでいた。
そわそわと落ち着かない様子で。周りをキョロキョロしたり、それでいて下を向いてぶつぶつ呟いたりと、何が目的かわからないが何というか……ひと言で言ってしまえば放課後人気のない場所で好きな女の子に告白しようとしている男子そのものというか。
「「っ?!」」
「「まさかーー」」
「「あ、あれで告白のつもりーー?!」」
小声ながら三手に分かれた場所それぞれ突っ込んだ六人だった。
やがて、念のためにと見張りを続ける彼らの前で三十分ほど経った頃、ぽつんと肩を落として立ち尽くす彼の元に友人らしき男子生徒が近付いてきて声を掛けた。
「気が済んだか?」
「うん。どうやら振られちゃったみたいだ」
というやり取りを遠目で声だけ拾った彼らは、
「来なくて当たり前だろ。馬鹿じゃないのか?」
と呟くアルフレッドの横で、
「どれだけ迂闊な女生徒でも来ないと思うが……?」
と呟くアレックス。
「振ったとか振られた以前の問題だと思うが」
と呆れる王太子の横で、
「え?嘘、まさか読み違えた?」
と見当違いな発言をするミリディアナ。
「あの呼び出しかたでは来なくて当たり前だろう」
と呆れるギルバートより頭ひとつ下で、
「__あ、あんたアホなの?!」
と突っ込むカミラだった。
驚愕する彼らと時を同じくして(ただし離れた場所で)アリスティアも「マジか…」と呟いていた。
尤も、アリスティアは彼らとはずっと離れた場所から遠見を使って見ていたに過ぎないので、声までは殆ど拾えない。だが見ただけでも大体の事は察した。
「元々高嶺の花だったんだ、思いを伝えて玉砕したならすっきりしたろう?」
「いや、伝えられてないんだ__彼女、来なかったんだよ」
「来なかったぁ?!そりゃ酷ぇな。あの令嬢は俺たち平民だって見下したりしないと思ってたのに」
「「「「「「ー?ー」」」」」」
話の方向性がおかしい。
一番先に気が付いたのはアルフレッドだった。
「殿下?」動きを止めたアルフレッドに不思議そうに語りかけるアレックスには答えずに兄達に合図を送り、集まった面子に「メイデン嬢が今どこにいるか探した方がいい」と呟いた。
「?どういう事だ」
訝るアッシュバルトに、
「あの男子生徒が出した手紙と、彼女が受け取った手紙は違うものにすり替えられた可能性が高い。ならば、それをすり替えた奴の目的は?」
この言葉に全員がはっとなる。
「アレックスは念のためあの二人の名前と所属寮を聞いてからメイデン嬢がもう寮に戻ってるか確認して。
結果は伝魔法で報告を。ミリィとカミラは生徒会室で待機、僕は図書室のある方から生徒会室のある中央に向かって探して行くから兄上は東棟から、ギルは西棟から頼む」
当の本人はマジか、と呟いた後で見るのをやめて、帰路についていた。
あの場所が見やすい位置まで行っていたのでここから寮までは結構遠い。
(あれが普通の呼び出しだったとは、到底思えないのだけど。周囲に生徒会以外、誰もいなかったし)
授業を終えてから大分経つ校内は既に薄暗く、人も殆ど残っていない。
王太子御一行もじきに帰るだろうし、帰る方向が違うのでエンカウントもないだろうと遠見は発動をやめていた。
__それが、仇になった。
階段を降り切ったところで、背後から伸びてきた手に口元を押さえ込まれ、暗がりに引きずりこまれた。
本当に一瞬だった。
アルフレッドの見ている前で、彼女が廊下の暗がりで横から伸びてきた手に引きずりこまれ、姿が見えなくなった。
その場面が目には入ったものの、彼女とアルフレッドのいる場所にはまだ棟一つ分の距離がある。
「メイデン嬢!」
声と共にアルフレッドは走った。
「自分のことは自分でしましょう」的な伝統を残したのは言わずもがな、セイラです(笑)。
"伝魔法"は一般的な生活魔法ですがただの伝言レベルから宛名の本人にしか絶対伝わらない物まで多種多様に別れる為一率で"伝魔法"という表現にしています。