ヒロイン、カルチャーショックを味わう
「身の安全は保証する」と言われても。
(この人、王太子一味の人間だよね?私の味方じゃないよね?そもそもこの二人だってヒロインとはタイプが違うけど美少女だし)
大きな明るい茶色の瞳に濃茶の髪が肩口でふわっと広がる印象のカミラは、ぱっと見可愛いらしい(中身は多分ちょっと違うけど)小動物系、対する深い紺色の瞳に金茶の髪をゴージャスに伸ばしたミリディアナは憂いを帯びた美女という感じだ。
(並ぶともう余計壮観……身分だって高いし婚約者のスペックも高いの__よね?今さっき足を踏まれていた気もするけど。身分も血筋も成績も良くて、魔力もそれなりに高いこの人たちが男爵令嬢に劣等感なんか持つかな?)
私は二人をみつめる。
「__て、口で言っても真実かわからないものね、だから、これ」
とカミラから石の付いたペンダントを渡される。
私が持っているタイプと同じものだが、私の持物よりずっと高価な石が使われている。
値段だけじゃなく、石に込められた魔力も桁外れに強い一品だ。
「………」
「効果は保証するわ」
それはわかるが……、
「こんな高価なもの、お借りする訳には参りません」
「貸すわけじゃないわよ、消耗品だし。貴女が宮で働かせられた分の給金だと思えばいいわ。実際のところ驚いたわ」
「何がです?」
「貴女がやらされてた仕事量。あれだけこなすって普通、やろうとしても出来ないわよ?」
「はぁ……」
ムカつく言い方で“やれ“と言われたから意地になって片っ端からやってただけなのだが。
そもそもこれは褒めてるのかそれとも“やっぱり庶民派なのね“と馬鹿にされてるのかわからない。
「褒めてるのよ、もちろん。凄いわあなた」
淡々と言われる言葉にはあまり感情は感じられないが、回転が早い人なのはわかる。
「では、お言葉に甘えてお借りします」
「あげるって言ってるじゃない」
「このタイプの魔法石は使いきったら砕けるので使っちゃったら返せませんが使う必要がなかったらお返しします」
「……わかった」
ぴん、と場の空気が張り詰めたが、
「行きましょう」
頷いて私は二人に続いて執務室に向かった。
室内に入ると昨夜と同じ面子が待っていた。
まあ仕方ない。
反論は相手の言い分を聞いてから、でないとただの口喧嘩だって言うもんね?
私が促されて腰かけたソファのデスクを挟んだ対面に男性三人、カミラ様とミリディアナ様はどちらにも座らず、デスクの端に立って見守る態勢(?)のようだ。
「まず、その……」と言い淀む王太子に「報告がある」とギルバートが割って入った。
(やっぱりこいつ私に敵意あるようにしか見えないんだけど?)
「まず、あの宮は調べたところ多くの問題が発覚した。賄賂のやり取りで仕事や部屋の割り当てに不公平があった事、それによりサボタージュが常習化していた者がいた事、……また数名ではあるが庭園を行き来している若い女性を暗がりに引き摺り込んで悪さを働いていた者がいた事が判明した」
そう、あの宮は王城内でありながらこの王太子達が住むような宮とは違う。
王子や妃はそれぞれに宮を持つがあの宮は比較的"離れ"にあたりとくに高位の者は住んでいない。
優秀な者ほど王族の側近く仕えるのは当然で、離れのあの宮はいわば、"二軍の集まり"、いや"吹き溜まり"と化していたのだ。
「ここしばらく若い娘がすぐに辞めてしまう率が高く、王城の女官長も気にしていたのだが、、」
同じ女官長でも高位の方の出入りが滅多にない離れの宮と国王の住まう王城の女官長では天と地ほどの差がある。
中には"女官長"て役職自体がない宮もあるが基本、宮ごとにいるもので当然その中のトップは王城仕えの女官長である。
「原因はあの宮の女官長のお気に入りへの過度な贔屓と、そうでないものへの差別」
差別じゃなくって虐めでしょ?
「若しくは、」
ここで言い淀んだギルバートに、
「婦女暴行の被害に遭われたものの(あなた方上司が能無しなので)訴える事も出来ず泣く泣く実家にお戻りになった方たち、ですよね?」
被せて代わりに言ってあげた。
「「「「「………」」」」」
静寂が満ちるが、私の知ったことではない。
このことが今まで露見しなかったのは上(つまりこの人たち)が無関心だったからだ。
わかっているかわからないが、咳払いしてギルバートが続ける。
「女官長はその資格なしとして停職処分、ほか数名解雇、加害者と思われる兵士を捕縛し今尋問中だ。被害に遭って辞めたと思われる者数名に関しては補償金を支払う形で今進めている」
(ふうん?)
私の件で漸く重い腰をあげて調べたところいかに今まで人件費をムダ遣いしてたか、被害に遭って泣き寝入りしていた被害者がそれなりにいるという事実に気が付いた、と。
(遅くね?いや、遅いよね?
「そうですか」
良かったですね、遅いけど。
言葉を切ったギルバートは私が何か言うのを待ってるみたいだけど、特に言いたいことはない(遅くね?とはさすがに言えない)。
“何か言う事があるだろう“というギルバートの瞳に
“勘違いです。“
と心中で返したあと、首を傾げて「私にはここの人事なんて(今さら)どうでもいい事ですけれど、被害に遭われた方々には喜ばしい事ですわね。傷付けられた痛みをなかった事には出来ないですけど、少なくとも上の方が責任を取ると言ってくださったのですもの」
下のやった事は上の責任だ。
だが例え責任をとったとしても、なかった事には出来ない。
暗にそう言われて王太子が眉間に皺を寄せる。
彼女の一件からあの宮の腐敗具合が露呈した為きちんと調査をし、罰が必要な者には与え、被害者にもちゃんと対応する。
その上で彼女に謝罪し“引き続き城ここに留まって学園に入学を“と続けようとした王太子はまたもぐっと詰まる。
足元の腐敗に気付かなかったのは王城側の失態だ。
腐った場所に預けたのは王太子の意思だ。
私は出て行く際自分の境遇を訴えたがそれについて「何かしてくれ」などと言った覚えはない。
「ここにいても得るものなさそうなんで出ていきますね」
と言っただけだ。
結果、足元の膿が出せて良かったのはそっちで私じゃない。
その辺勘違いするな、“君の為にやったのに“みたいな言い方やめろ。
そう思って無言で睨み付ける私に王太子は固まったまま動かない。
「え〜と、メイデン嬢?」
「なんでしょうアルフレッド王子殿下」
「カミラの部屋では、良く眠れた?」
「__そうですね。こんな信用できない場所で眠れるわけがない と思ったのですけど、昼間の無理が祟ったようで迂闊にもしっかり眠ってしまいましたわ」
満面の笑みで返せば、目の前のチャラ王子のニコニコ仮面も若干固くなった。
が、
「うん、ごめんね?今回の件はこちらに全面的に非がある。君が出て行きたくなったのも、戻りたがらなかった訳もわかる。でも今度は良ければカミラ嬢の隣の部屋なんてどう?」
「__は?」
「他にも条件があるなら聞くよ?あ 他の令嬢がたはもう実家に帰したから」
(いやガチにどうでもいいですソレ)
「えぇと、君の勉強遅らせちゃった分の特別講師の手配も、何なら侍女も付けるし」
「何も」
私は放っとくと勝手に話を続けそうなチャラ王子を黙らせるべく口を開く。
「何も?」
「はい。何もいりませんので、私を早く家に帰して下さい」
ヒロインたる少女はにこにこと笑みを浮かべてはいるのだが、そして口調も大変可愛いらしいのだが、背後にブリザードが見えたのは多分自分だけではないだろう、と攻略対象たちは思う。
やがて、王太子が呆然と言う。
「ここまで__やっても、ダメなのか?」
We are the Blutas!
じゃないジーザス!!
鉄槌が無理ならせめて通訳を!
翻訳こんにゃくはどこだっ!
いや、落ち着け私。
コイツらとはそもそも脳の作りが違うのよ。
「生粋の王宮育ちの方って……」
言葉が通じないのですね?
と最後まで言いはしなかったが、この人たちこそ全寮制の学園に入学なんかして大丈夫なのか?こっから出ない方が良くない??
と心底心中で突っ込んだアリスティアだった。
それでも早く終わらせたくて、
「そもそも私を連れ戻した意味を伺ってませんが?」
「察しの悪い娘だ」
発した言葉はギルバートの嫌味で返され、ぴきっと作り笑いにヒビがはいる。
"わかっていても敢えて言わない"のと"察しが悪い"のは別だ。
「まあ。あれだけ何度も今のような嫌味を私に言いに日参してらしたにも関わらずあの宮の異常に気付かなかった方の台詞にしては随分ご立派ですこと」
本当に、見た目だけはね。
「……っ……!」
虚をつかれたようにおし黙るギルバートに掛ける言葉を探すが、
(“暖簾に腕押し“でも“糠に釘“でもなくて__あれだ、“馬鹿は死ななきゃ治らない“?)
「何と言うか、もう」
(いっぺん死んで記憶持ち転生してからやり直して下さい。できないなら消えて下さい)
浮かぶのは罵詈雑言に近い言葉ばかり。
(どれもダメっぽいな……)
うーん、とここで思案してしまったアリスティアにアルフレッドがここぞ とばかりに声を掛けてくる。
「えぇと、でもほら、一旦家に帰ってからまた城に戻って来るんでもいいんだしさ?君出て行く時すっごい上機嫌だったし?」
当たり前だろう、こんな扱い受けて喜ぶ女の子はいない。
いたら何かの病気だ。
「家に帰れると思いましたから」
(邪魔した本人が何を宣うの?)
「王都にはまだ見てないものも沢山あるでしょ?」
いやそれ以前に私、城以外あの宿の街しか知らないし。
「そもそも何も見てません。見る暇があったとお思いですか?」
「__なかったね、ごめん。だから、今から入学の間だけでも」
「入学は辞退したはずですが?」
「辞退は取り消しておいた」
(__はい?)
王太子の言葉にすぅ、と頭が冷える。
コイツ、
今、
何つった?
「学長に話をつけた。君は入学予定者のままだ」
「何故そんな、」
勝手な事を。
「メイデン嬢、まだわからんのか。王太子殿下は其方に共に学園で学ぼうと言って下さっているのだそれを」
「馬車を頼んでおいたのに"私に馬車は貸さず追い返せ"と部下に指示した方は黙って下さい!」
「!あれは……!」と続けそうになって慌てて口をつぐむ。
「"一緒に学園で学ぼう"と言われるのが名誉なこと?それが貴方がたの基準なのですね?だから馬車がないならと仕方なく女官長のところに行けば"王太子殿下から部屋で待つようにと言付かっている"と言われ、部屋に戻ってみたら"ここはもう自分の部屋なんだからあんたなんか知らない、いい気味、野宿でもすれば?"とたたき出すような真似をしておきながら平然とそんな台詞が吐ける__成る程?納得ですわ」
口調だけは柔らかいが耐えない笑みの向こうに見えるのはやはり吹き荒れるブリザード。
言われた内容の辛辣さも相まって「ぐf、」とアルフレッドが奇妙な声をあげ、ギルバートは冷や汗をダラダラ流し、王太子に至ってはまるで目の前の令嬢がメデューサででもあるかのように固まっている。
「…………」(ダメだ、こりゃ)
黙って見ていたカミラは頭を抱え、ミリィはそんなカミラにしがみ付いていた。
正直ここまで見識の違いが強いと面倒すぎるが少なくとも、
・この人たちは私を殺したいわけではない(それならとっくに始末されてるはず)。
・私には利用価値がある(魔法使いの数と質の高さが国の価値基準に大いに貢献しているこの世界で魔力の強い魔法使いを国外には出したくないはず。ヒロイン設定の私の魔力は当然高いから)。
と分析したアリスティアは(なら、多少キレても大丈夫よね?__たぶん。よし、このまま論破しよう)という結論に行きついた。
「そんなに我々が信用出来ないか?」
「そもそも信用を欲しがる意味がわかりません。城仕えの方全員に他の令嬢がたは"お預かりした本物の令嬢だから"丁重に扱え、 私の事は"綺麗なのをはなにかけて躾のなってない娘"だから厳しく接しろ、でしたっけ?そんな差別を付けられた時点で歓迎されてないのは馬鹿でもわかります」
「っいや、それは」
「では何故そんな中に私を混ぜて呼ばれたのでしょう?」
「君は王都での生活には不慣れだろうし、この城でひと通りの事を学んでから入学すれば良いと思ったからだ」
「で、私がこの二カ月間させられていた事の中に入学してから役に立つ事が何かあったでしょうか?」
「………」
「ないよね〜あはは……」
乾いた笑いに返す声はない。
非難めいた視線がそれを発したアルフレッドに集まる。
その視線に平然と耐える神経も凄いが笑って流そうと言う根性も凄い。
「ですので、私のような者が学園に入学するなど身の程知らずだと思い知らせる為に呼んだのだろうと判断したのですが」
「そう言われると言い訳のしようもないが、これだけは言っておく。その判断は間違いだ」
こちらとしては、ヒロインであるが故に容姿に恵まれていて魔力も強く、家も裕福。
弱みがあるとすれば、“男爵家の庶子である“という点くらいの彼女に、調子づかれては困ると思ったのだ。
学園入学前に、少しだけ釘を刺して謙虚になってもらってから。
それから共に学園に入学すれば良いものと思っていた。
それだけだったのだ。
馬鹿の考え休むに似たり、と言うか、まあ、"弱みといったら血筋くらい"とか言った時点で既にアリスティア的にはアウトなのだが。
そして彼女に初めて会った時にあまりに美しい少女だったので、「成程。並ぶもののない令嬢であるミリディアナが負けるかもしれないと危惧するのも無理はない」
そう思って厳しく接する事に決めた。
厳しいのと冷たいは似ているようでその実全く違うものなのだが。
計算違いだったのは、家来たちがまるで見当違いの方向にその命令を受け取った事と、
これも上が率先して手本を見せてるからだと自覚していないからタチが悪いのだが。
予想外に彼女が辛抱強く耐えていた事、
この時点で自分達の知識と全く違っている人物だと気付ければ良かったのだが。
そして予想以上に足元が腐っていた事に気付かなかった自分達の失態だ。
自分の失態を自覚出来るだけマシだがだったらそれを「粛正したのは君のため」なんて空気感出さなきゃいいのに。
出自と育った環境が違いすぎた。
何とか話を繰り出そうと婚約者に目線を移すがミリィは首を激しく横に振り、カミラはお手上げポーズだ。
当然だ。どんなゲームの攻略法にも"ヒロインが始まる前にゲームから離脱した場合元の位置に戻す方法"なんて載っていない。
うぅむと唸る一行に頭を抱えたいのはこっちである。
これではいつまでたっても茶番が終わらない。
「その考え方が嫌なんです」
出来れば自分で悟ってほしい所だが、出来るわけがないのだ。生粋の王宮育ちに。
「自分達は身分が高いから、側に侍るだけで幸せだろう?喜べと言わんばかりの態度とか」
身分低い女の子がお城に来て喜ぶのは"お姫様扱い"されて嬉しいからだ。
「相手の意思を無視して勝手に行動しておいてやってやったぞ喜べ、みたいなところとか」
行儀見習いに来いと誘い出された上に"タダで使える小間使い扱い"されて喜ぶ令嬢がほんとにいると思ってるのか?
「アルフレッド殿下」
「……はい」
神妙な顔で頷くアルフレッドだが、
「殿下はここには絶対来たくないと動かない私に業をにやして勝手に抱き上げて運ぼうとしましたよね?」
「__はい」
この言葉で、更に深く下を向くことになった。
更に、
「もし私がもっと身分の高いご令嬢だったら貴方は同じ事をしましたか?」
という質問に、
「っ!それは」
と絶句した。
「城へは行かないと断固拒否する女性を勝手に抱き上げて連れ帰ったり、さらには部下に勝手にその女性の部屋に入って荷物を取って来いと命じますか?」
((((絶対やらない))))
室内にいる誰もがそう思った。
「やらないですよね?__普通は」
そんな真似、何とか娘を妃にねじ込もうとしてる高位貴族の令嬢にやったら妃にする宣言したと取られてもおかしくない。
「っあれは!確かに強引だったけど、君立ってるのもつらそうでっ、だから……」
立たなきゃいけなかったのはコイツらが来たからだ。
「面白い事を仰いますね。予告なしに女性の泊まってる宿まで押しかけてドアを叩きながら大声で呼ぶなんてただの迷惑行為です。その上相手の意思確認どころか声掛けひとつなく持ち上げて馬車まで運ぶ__これのどこが物扱いでないと?物扱いはしてないと殿下はあの時仰っていましたが、そうは思えません。私をきちんと意思ある人間と捉えていたのなら少なくともあんな真似はしないはず__いえ、出来ないはずですわ。だってそれは拉致ですもの」
「………!」
「あなた方が平気で出来るのは、私という人格を認めていないか、それが許されて当たり前だと、自分達より格下の相手だからやっても許されるのだと認識してるから。実に王族やそれに次ぐ高位の貴族らしい考え方ですわ」
それ自体は周りの人間にも責任がある事ではあるが。
「学園に貴方がたより身分の高い方はいらっしゃらないでしょう。でも私よりも身分の高い方は大勢いる。もし、このお城の縮図が学園の縮図でもあるなら私にそんな真似をしても構わないと考える方が沢山いる事になる。そんな場所に敢えて身を置きたくないと思うのはおかしい事でしょうか?」
((((__おかしくない))))
彼女の言う事は正論だ。
というか、アルフレッドが実際どうやって彼女を連れ帰ったか、同行したギルバート以外はこの時まで知らなかった。
カミラは「しまった」という顔になり、王太子は考えが追いつかず固まった。
尤も、これに関しては彼らばかりの責任とも言えない。
王族、若しくはそれに近い高い身分に生まれて育ってきた人間には経験しようがないし思いもつかない事だからだ。
だが、当の私からすれば実害ありの大問題だ。
チッ、とカミラが小さく舌打ちする。
(失念してた)
相手の機嫌を取るなら高価な物を送るか、有利な取引を持ちかければ良いと思ってる王太子とひたすらそれに従う忠犬、それに女の子大好きではあるが基本寄って来る相手を拒まないだけで自分からアクションなんか起こした事のないチワワ__なまじ容姿と身分に恵まれただけに、こいつらには怒りマックスの女の子のご機嫌の取り方なんてわからないのだ。
だが、ここで「はいさようなら」と退く訳にも行かない。
「わかった。城が嫌なら無理にとは言わない。だから、お詫びだけさせてちょうだい。貴女をタダ働きさせた分はサボってた女官達から差し引いて貴女に払う。その他の失態については、王太子殿下が個人資産から補償と見舞い金を兼ねて支払うって事でどうかしら?その上で、これはこちらからの"お願い"よ。命令も強制もしないわ。学園に入学だけして欲しいの」
「は?」
うっかり素が出てしまった。
「結果的には貴女の入学準備が遅れたのはこちらの責任だし、そのせいで学園に入るはずだった優秀な生徒が減るなんて許されない事だわ。遅れた分の支度金でも家庭教師でも、いくらでも請求してちょうだい。良ければ時々遊びに来てくれると嬉しいわ。これは私とミリィからの個人的な誘いだからこれに関しても強制はしない。代わりといっては難だけど城の図書館を卒業までいつでも好きに使えるように通行証をプレゼントするわ。貴女専用の」
残り少ない情報として"ヒロインは大の本好き"というのがあった。
(図書館へ行く度に用事を言いつけられて開く間もなかったのなら__何より、さっさとこの茶番を終わらせたいのなら)
祈るように発した提案に、
「わかりました。お言葉に甘えます。もう失礼してよろしいでしょうか?」
(よし!乗ってくれた!)
心の中でガッツポーズを決めたカミラだった。
アリスティアが「では、これをお返しします。ありがとうございました」とペンダントをはずしてカミラに手渡し、執務室を後にした。
漸く解放された私は廊下を丁寧に案内されながら思案する。
入学をここまで強制してくる(形だけはお願いだが、了承しないと帰してくれそうになかったので強制と変わらない)とは思わなかったが悪くない落としどころではあった。
入学するだけなら別にいい。
一緒に卒業する約束はしてないし、途中で留学しようが転校しようが、それこそ放校処分になろうが__こちらの知った事ではないしあちらだってそうだろう。
ひとつだけわかっている事は、本来なら入学式にあるはずの攻略対象との"出会いイベント"は絶対発生しないという事だ。
とっくに出会ってしまってる以上"出会いイベント"は発生しようがない。
そうなると、もはや始まるのかさえ怪しい。
そうして、似たような思考に走りつつも互いに肝心な部分だけは隠したままなのでわかり合う事もないまま、彼らは学園生活を始めることになる。