第三章 6 ヒロイン、旅立つ
「この子の傷は治しました。あなた方はじめ魔法実験をしていた魔法使いやこの国の人々は謝罪すべきでしょう。風竜は古くから人間の友、それを害するなどあってはならないことです。“知らなかった““わからなかった“では済まされません。無知な子供ではないのですから」
そう断ずるアリスティアにサーギスの王族たちはぎりりと敵のような目を向けるが、アリスティアはもちろんレジェンディア側も意に介さないし魔法を解くこともない。
今魔法を解いて彼らにひと言でも喋らせようものなら事態がさらに悪化するだろうことは容易に想像がついたからだ。
今でも充分最悪ではあるが。
「で、肝心の私がどうしたいかですが、私は一切この国を助けることは致しません。助けるに値しないので」
このひと言にサーギスの王族たちは「意味がわからない」とという顔をしたが、突如部屋に響いた声にそれどころではなくなった。
『いやぁ、想像以上だね!美しい娘だとの報告は聞いていたがまさかあそこまでとはね__惜しいな』
それは先程の自分達のやりとり。
顔色を悪くさせるサーギスの王族に構わず流れる声は続く。
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「ふふ。エレンお兄様、食指が動いたんじゃない?」
そう言ったのは子供っぽさを全面利用してアルフレッドにアピールしていたカナリアで、下賎なやりとりは続く。
「ああアルフレッドの許嫁じゃなかったらな」
「あら、貴方そんな事気にする子だった?」
「酷いなあ姉上、俺はわざわざ決まった相手に手ぇ出したりしないよ?__まぁ時々例外はあるけど」
「以前貴族同士の縁談を壊しかけたろう、自重しろ」
「あれは相手が身分を隠してカジノになんか来てたからだよ。最初からどこの誰かわかってたらちょっかいなんか出さなかったってば」
「お兄様だって隠して行ってたんでしょ?」
「俺は婚約者もいない独り身だからいーの」
これはアリスティアが風の記憶を流しているにすぎず、さほど難しい魔法ではないがイアン達はなんとか声を出そうと必死に身を捩っている。
が、次に流れた「確かに天使みたいに美しい令嬢だったけど、アルフレッドに食い荒らされた後じゃ興醒めだよ。処女ならともかく」という言葉に室内が凍りついた。
「まだ婚約してそう経っていないでしょう?」
「でももう王城に住んでるじゃないか、一緒に住んでるのにあのアルフレッドが手を出していないなんて事……」
から
「どこの王子様だって男の本能っていうのは等しくある」
「生まれた時から深窓の令嬢だったならともかく彼女は庶子だ」
「あの胸に顔を埋めてみたい男は多いでしょうね」
「あの幼なげな顔に不釣り合いな胸の出っ張り具合。男を知らない体とは思えない、男好きのする体だわ」
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ここまできっちり流れた後、室内は酸素濃度の低い深海のような静けさだった。
「と・言うわけで私は今後一切この国やこことお友達やってる国とのお付き合いは遠慮させていただきます」
「うん、絶交だけでなく国を挙げての抗議と国交断絶まできっちりしておくから早く帰ってきて?ティア」
「それについてはお約束できかねます」
「メイデン嬢!今回のことは私に責任がある!だから__」
「王太子殿下だけではありません。こんなのを友人として紹介した全員の連帯責任ですわ」
「ごめんなさいアリス!」
「すまなかったメイデン嬢!」
「謝る言葉も見つからないわ、ごめんアリス」
諸手をあげてミリディアナ、ギルバート、カミラが続くが引き止めるのが無理だとはわかっているらしい。
(実際そういう約束だし?)
「もうこの国にいたくないのでこのままこの子の母竜を探す旅に出ようと思います。よろしいですよね?__殿下?」
殿下呼びになってることでひしひしとアリスティアの怒りを感じ取るアルフレッドの背中を嫌な汗が伝う。
求婚に対し、「嫌です」とあっさり返された時の事を思い出す。
「え、えぇと、ダメとは言わないけど、旅の準備とかは?大丈夫?」
「必要なものは現地調達しますので問題ありません」
「で でもほら、メイデン領にも連絡しないと!」
「もうしました。ジュリアにも」
この世界にはLI⚪︎Eより早い“伝聞魔法“と言うものがあるのだ。
「王宮や各地にも連絡しないと!?」
「王宮には殿下たちがしてください。各地への連絡は必要ありません、未確定ですから」
「いや、直近の行き先くらいはさ!!」
「だから未定なんですってば。のんびりこの子に乗ってドラゴンの気配を空から探す旅なので」
戦闘機より早いドラゴンに乗ってのんびりもへったくれもないが、アリスティアが譲る気配は全くない。
どころか、
「ああそうそう、先ほどの風魔法で流した音声ですけど、範囲を限定していなかったので城内全体に響いたと思います。風の向くまま自然に消えるまで流しっぱなしになってるので城下やもしかしたら人の少ない僻地まで流れて行くかもしれませんわね?__私の知ったことではないですけど」
天気の話でもするかのように言っているが、本来王子たちが閉じた空間からは音声ですら漏れるはずがない。あっさり破られているのは他でもない、アリスティアの魔力の方が上だからだ。
「国中__いやもしかしたら隣国まで流れているかもしれない」
とアルフレッド達は心中で頭を抱える。
尤も、
「どうしたら愛しい婚約者のご機嫌が治るか」
と
「これは事後の処理が大変そうだ。母上やバーネット嬢が聞いたらさぞお怒りだろうな」
と思う先は全く違うが。
「では、あとは高貴なお生まれ同士でご自由に」
と踵を返して飛び去るアリスティアに、
「ティーア!週に一度、いや一ヶ月に一度でいいから連絡して?!」
とアルフレッドが悲鳴のように叫ぶも返ってきたのは、
「__半年に一度なら善処します」
という温度のない声だった。
「は、半年……」
とほほとバルコニーにもたれかかるアルフレッドだったが、次の瞬間「カイル!」と叫んでいた。
それに応えたのは“伝聞魔法“を通じて「もう追ってる」と言うカイルの声だった。
カイルは魔法を使えないが魔法を込めたアイテムを使えばこうしてやりとりはできる。
「振り切られるなよ、絶対」
「問題ない。あっちも俺を振り切るほどの速度では飛んでいない」
獣人のカイルは神速レベルの脚力を持つが空飛ぶドラゴン相手となると未知数__というより不利だ。
空には地上と違って障害物がない。なのに引き離されていないということはおそらく風竜に乗った(場合によっては聖竜も呼べる)アリスティアが護衛であるカイルを振り切ろうとまでは思っていないということ。
(最悪、よりはマシか……)
尤もそのカイルも表向き雇い主はアルフレッドだが、本人が心の主人と定めているのはアリスティアだ。アリスティアが嫌がる報告ならばしてこない可能性が高い。
が、カイル以外ここに竜の背に乗って移動するアリスティアを追える者はいないし、(アルフレッドが指名した護衛騎士ではあっても)アリスティアもカイルには気を許している。
だからこそ追ってこられても気にしないのだろう。
完全な拒絶でないだけマシだが、これは本気で分が悪い。
「とりあえず、」
すくっと立ち上がったアルフレッドが「歯ぁ食いしばれ!」とお決まりの台詞をいう事もなくエレンの顔面を思い切りぶん殴った。
エレンは大きな音と共に壁に吹き飛んだが、止める者もエレンに駆け寄って助け起こす者もいなかった。
ここまで年内に更新したかったのですが出来ずに年があけてしまいました。
本年もよろしくお願いしますm(__)m
ヒロイン、旅立ちました(笑)。
ここから世界が広がる…予定。うん、倒れなければ( ̄∀ ̄)?