王室のお友達案件 3?
事前情報でこの国には王子が三人、王女が二人いると聞いた。
上は二十五から下は十二歳まで。
もしや妃が沢山いる国なのかと思ったが、最初の王妃が第一王子と王女を産んで亡くなり、下の三人は二人目の王妃の子なのだそうだ。
驚いた事に先代王妃と現王妃は姉妹で、その事から王妃も自分の産んだ子と先妻の子の区別を付けることなく、兄弟仲もいたって良好らしい。
血みどろの後継者争いが起こらないのは喜ばしい事だが、あの手紙の感じからして年齢相応の王族らしさからはやや剥離しているような印象を受けた。
そう感じていた自分の感覚に間違いはなかったと、数時間後与えられたサーギスの一室でアリスティアは溜め息を吐いていた。
王城に通されてすぐの広間で、王子王女たち五人から歓迎の言葉を受け、初対面のアリスティアは全員からの挨拶を受けた。
「初めまして。アルフレッドの婚約者どの。この国の第一王子のイアンだ。今回は急にこんな所まで呼び立ててしまってすまない」
言ってる言葉と表情が合ってない。
「良く来てくださったわ、ローズ侯爵令嬢。この国は初めてでしょう?楽しんで行ってね」
という第一王女・ウルスラの口元はにこやかだが目が笑っていない。
「流石アルフレッドのお眼鏡に適っただけあって本当に美しい姫君だね。第二王子のエレンだ、よろしく」
という一見爽やかだがどこか退廃的な雰囲気が隠せない王子は明らかにこちらを値踏みしている。
「遠い所をようこそ、聖竜の姫君。第三王子のオリオンです」
この王子だけは無邪気で裏がないように見える。
が、アルフレッドがキツい目で睨んでいる所を見るとそうでもないのだろう。
「……はじめまして。第二王女のカナリアです。お会いできて光栄ですわ、ローズ侯爵家のご令嬢」
とちっとも光栄そうでない第二王女は、
「お久しぶりですミリディアナお義姉さま、アルフレッドさま!お越しをお待ちしておりました」
と先程までの仏頂面を一転、弾けるような笑顔をアルフレッドにだけ向けた。
(わ、わかりやすい……!)
アリスティアはそう心中で呟き、軽い苦笑いで流した。
「あれ、なんなんだろうなぁ…__けど、」
(そういえば会ったばっかの攻略対象もあんな感じだったっけ)
そう考えれば、以前は似たタイプだったのだろうと言えなくもない。
そもそも今の彼らは“アリスティア“という存在に人格矯正されたようなものだからだ、本人に自覚はないが。
そしてアリスティアと聖竜の距離感はアルフレッド達しか知らない。
伝説の聖王妃と違い、アリスティアは祝福や加護を得ているわけではなく、茶飲み友達なだけだ。
だがその事は公には知らされていないし、知っているアルフレッド達からしてもあの聖竜の背に気軽に乗れるとか、巣にいつでも遊びに来て宝石よりも希少価値の高い花を好きに摘んでいって構わないなどと言われる人間はアリスティアだけだ。
アリスティアの不興を買うことは聖竜の怒りを買うことと同義であるから、レジェンディアの王族ですら迂闊な真似はできない。
その事を知らない人間が自分を侮るのは構わないが、今の自分はアルフレッド王子のパートナー及びドラゴン騎士団を率いる次期総帥として来ているのだ。
「なのに、あの態度……」
(うーん、わからん)
幼馴染云々を抜きにしてもレジェンディアは大国なのだ。
このサーギスという国も決して小さくはないが、現状レジェンディア以上の大国は存在しない。
喧嘩を売って勝てる相手ではない。
現状レジェンディア以上に魔法使いを擁する国はないし、
「ドラゴンの件で助けを求めてるって、言ってたよね……?」
あの様子から察するにただの口実のように見えるが。
「ま、いっか」
寝転がっていたベッドから起き上がったアリスティアは魔法を発動した。
「いやぁ、想像以上だね!美しい娘だとの報告は聞いていたがまさかあそこまでとはね__惜しいな」
そう呟くエレン王子の顔は薄い笑みを浮かべているのだが纏う雰囲気が仄暗く、気味の悪さを感じさせる。
(うわ。きも……)
風魔法でしっかりばっちりこの場面を覗き見ているアリスティアはぞわりと寒気を覚える。
「ふふ。エレンお兄様、食指が動いたんじゃない?」
そう言ったのは先程純粋さを存分にアピールしていたカナリア第二王女だ。
子供らしい笑顔を引っ込めて一転ませた表情と口調だがこちらが素なのだろう。
「ああアルフレッドの許嫁じゃなかったらな」
「あら、貴方そんな事気にする子だった?」
「酷いなあ姉上、俺はわざわざ決まった相手に手ぇ出したりしないよ?__まぁ時々例外はあるけど」
(つまり相手がいようが気にしないって事じゃない!)
「以前貴族同士の縁談を壊しかけたろう、自重しろ」
「あれは相手が身分を隠してカジノになんか来てたからだよ。最初からどこの誰かわかってたらちょっかいなんか出さなかったってば」
「お兄様だって隠して行ってたんでしょ?」
「俺は婚約者もいない独り身だからいーの」
「んなわけあるか」
アリスティアの突っ込みはもはや心中でなく小さな呟きとなって声に出ているが、この部屋には自分しかいないので問題ない。
婚約者同士とはいえ、アルフレッドと部屋は別だ。
もちろんカミラとギルバートも。
「確かに天使みたいに美しい令嬢だったけど、アルフレッドに食い荒らされた後じゃ興醒めだよ。処女ならともかく」
(はっ?!)
「まだ婚約してそう経っていないでしょう?」
ウルスラの疑問にエレンははん、と鼻で笑う。
「でももう王城に住んでるじゃないか、一緒に住んでるのにあのアルフレッドが手を出していないなんて事あるもんか」
「アルフレッド様はお兄様たちとは違うわ!」
「良い子だねカナリア、どこの王子様だって男の本能っていうのは等しくあるんだよ」
ぽんぽんと末っ子の頭を撫でて遇らうエレン王子を咎める者はいない。
どころか、
「彼女、そんな風には見えないけど……」
と呟くオリオンに、
「甘いぞオリオン、生まれた時から深窓の令嬢だったならともかく彼女は庶子だ。庶子で美しい娘というのが一番男を操る術に長けているんだ。現に彼女の父親のメイデン男爵は娘を王子に差し出した事で短期間に伯爵、侯爵という異例の措置を受けている」
「……!それは、そうなのかもしれないけど。でもドラゴン討伐の褒賞としてでしょう?」
「表向きはね。第二王子とはいえ王子妃が男爵令嬢では外聞がよくないもの、まさか“あのアルフレッドが“と思ったけど納得だわ。あの胸に顔を埋めてみたい男は多いでしょうね」
「む、胸?!」
「そうよカナリア。貴女も見たでしょう?あの幼なげな顔に不釣り合いな胸の出っ張り具合。男を知らない体とは思えない、男好きのする体だわ」
ここにきて王子だけでなく王女にまでセクハラ下ネタの餌にされるとは思わず、また父まで侮辱された事にアリスティアは怒りを覚え、小さく覗き見ている場所に魔法を送った。
突然の窓からの突風に近くにあった花瓶や茶器が落下して飛び散り、ドレスや顔にそれらを浴びた王族たちが悲鳴をあげたことに、ほんの少しだけアリスティアは溜飲を下げたが、「今夜の歓迎レセプションパーティーとやらは欠席しよう」と決心した。