王室のお友達案件 2
アリスティア達六人は馬車に揺られていた。
「あとどれくらい?」
「馬や随行している騎士たちにあと一回は休憩が必要だ。あと六〜七時間といったところか、何事もなければな」
「うえぇ〜勘弁してよあと七時間も馬車に揺られてろって?ったく、だから空から行けば良かったのに」
「空馬車では私達しか行けないだろう」
この世界には地上を走る馬車の他に空馬車というものがある。
魔法使いを御者としてその魔法使いが使役する使い魔に引かせる馬車で、空では当たり前だが建物等を避ける必要がないので当然地上よりずっと早い。
自身を浮かせることの出来る魔法使いは大勢いるが、それなりの時間人を乗せて飛行するのは容易いことではない。
ましてそれを引く馬力のある魔法生物もそうそういない。
殆どの魔法使いが空を飛ぶ能力のある生物に強化魔法を施して使っているのが現状で、さらに万が一空の上で何かあってはならないので空馬車の規制は厳しく、資格試験をパスしてからも実績と信用を積み重ね、王室からの依頼を受けられる空の御者は僅かだ。
だがその確かな保証のある空の御者も四人を一台に乗せて運ぶのが精一杯で、基本使用するのは国王夫妻や王子たちくらいなので問題はない__なかったはず、なのだが。
「空馬車の話なんてしてないよ。あれって物見遊山用でしょ?ただ移動するなら移動魔法陣の方がずっと早いんだから。“形式上騎士団を率いてきて欲しい“なんて向こうの我が儘なんだし」
「……外交の一環だ」
「わかってるよそんなこと。対外的な理由だけでティアにここまでさせんなって言ってんの」
「わ、私、皆でお出掛けしたいです……!」
というミリディアナのひと言でこの“お出かけ“が決まった。
学生時代、アリスティアと彼等に交流らしい交流はなかった。前世の記憶云々を含め腹を割って話して和解したのは卒業が近い頃であったし、アリスティアがアルフレッドの手を取ったのは卒業式のパーティーでの事だった(その前のプロポーズはあっさり断られていた)から。
ヒロインとその攻略対象者なのだから本来なら共に過ごす様々なイベントがあったはずなのだが、アリスティアはその殆どを回避していた。
前世においてかなりのヘビープレイヤーであったミリディアナはその殆どを目にする事なく卒業を迎えてしまったことが無念でならないらしい。
まあ、悪役令嬢ポジであるミリディアナの前でそれらのイベントが成立してしまうのはよろしくないのだが。
と いうより、むしろそういった展開にならなかった原因はミリディアナ本人の行いにあるのだが、今更それを突っ込む人はいなかった。
唯一サーギスの王族と面識のないアリスティアは当初「じゃあ皆さまいってらっしゃいませ」と見送ろうとしたが、
「大丈夫よ、サーギスの王族は皆大らかだし私たちと同じように接して問題ないわ!グループ旅行、いえ修学旅行だと思って行けばいいわ!」
確かに卒業したと言ってもアリスティアまだ十六、結婚したばかりのミリディアナだって十七になったばかりという年齢なので修学旅行でもおかしくはない。
おまけに外国。
この国から出たことが殆どない(というか聖竜の背に乗って眺めたことしかない)アリスティアが、「ちょっと面白そう、かも?」と思ったのとミリディアナの熱意に負けて「じゃあ皆で行こうか」となった次第で六人乗りの馬車に揺られている。
王家の持ち馬車の中でも一番の豪華さと広さを兼ね備え、六人(しかもうち三人がドレス姿)がゆったり坐って移動できるという代物だが“王家の威厳を示す物“という側面がふんだんに外装に施されているためスピードは普通の馬車より遅く、さらには馬に跨ったドラゴン騎士団が馬車の前後を挟んで隊列を組んでいる為完全な見せ物だった。
馬車の窓はカーテンが閉められている為中にいる間人目を気にする必要はないが、時々開ける必要が出てくる。
馬車の周囲に人が集まってしまった時とか通過ポイントにあたる場所の領主が挨拶に来てしまった場合などがそれだ。
こんな隊列が通るのだから通達をしておかねば混乱を招くし「接待は不要」と通達していたにも関わらず「どうぞひと休みしていかれませ」と領主一同が待ちかねていたりする。
アリスティアは「どこが修学旅行なんだ」とため息を吐き、
こうなる予想ができていたアルフレッドは、
「領主の相手は兄上たちに任せるよ、ギルバートは兄上たちの護衛について。カミラはそのお目付け役。僕とティアは辺りを散歩でもして待ってるから」
とアリスティアの手を取った。
「お前、何を勝手に……!」
「王太子夫妻にお会いできれば向こうだって不満はないでしょ、何か文句ある?」
「…っ……」
「お待ち下さい殿下!せめて護衛を!」
「カイルだけ連れてくから平気だよ」
アリスティアの専任騎士であるカイルも当然この一行に加わっている。__姿は見えないが。
危険な時や来て欲しい時には呼ぶより前に側に来てくれるのでアリスティアはあまり気にしていない。
アリスティアが気にしていないならばとアルフレッドもとやかく言うことなく、
「だから俺とティアとカイルだけ先行するって言ったのに」
とぼやいた。
聖竜の背はほいほい借りて良いものではないが、アリスティアの使い魔猫ノエルも大型になればアリスティアとアルフレッドを乗せてサーギスまで駆け抜けるのに一時間も掛からない。
そしてカイルはそのノエルと自力で並走__というかぶっちゃけノエルより速い上に戦闘力も高いので、他の護衛騎士を必要とする場面は皆無と言っていい。
「いくらドラゴン騎士団はティアの直轄だって言ってもティアが挨拶してまわる義務なんてないでしょ?勘違いしないでよアッシュ、ティアは次期総帥の座なんて望んでないしこの茶番に付き合ってるのはあくまでティアの優しさからであってそれに胡座をかいたら国ごと捨てられるからね?」
「……すまん。その通りだ。悪かった」
こんな場面を挟みつつではあったがアリスティアとミリディアナ、カミラはおしゃべりな女子学生の一面を発揮してそれなりに会話も弾んだので重苦しい雰囲気になることなく一行はサーギスに到着した。
サーギスの城門を潜ると、アルフレッドがカーテンの隙間から外の様子を臨む。
それを合図に馬車の両側にいた騎士団が少し離れ、馬車の窓の視界が開けた。
不穏な様子がないのを確認すると、
「ほら、ティア、見てごらん?」
とアルフレッドがアリスティアの手を取って窓の前に促す。
外に目をやったアリスティアは初めて見る景色に「うわぁ……!」と感嘆の声を上げた。
(外国だぁ……!)
レジェンディアが前世で言う西洋の御伽の国ならこちらはトルコのようとでも言おうか、初めて見る異国情緒溢れる街並みにアリスティアは瞳を輝かせる。
その年齢よりやや幼さを感じさせるアリスティアにアルフレッドは愛おしさが募って知らず笑みを浮かべる。
(連れて来るのは時期尚早かと思ったけど、良かった)
今までのアリスティアは砂糖菓子のような外見に反して警戒心が強く、こんな砕けて笑ったりはしゃいだりといった姿を見せてくれたことはなかった。
あの時は必死に伸ばしても取ってくれなかった手を今は躊躇いなく取ってくれる。
その事が堪らなく嬉しかった。
だが、城下を抜けて一帯を塀で囲った王城内に入った途端、景色が一変した。
城門を抜けただけでは王の住む居城までは遠いのが当たり前であるし、王城は要塞も兼ねるから強固な塀に囲まれていてもおかしくはない。
だが、建造物の趣きは城下と同じはずで、庭園の隅々まで完璧に整えられているのに先程までの感動は感じられない。纏う雰囲気が違いすぎるのだ。
その答えは直ぐに知れた。
至る所に“これでもか“と言わんばかりに兵士が配置されている。
「随分物々しいですね……」
アリスティアが呟くと、
「国賓を招くのに何かあっては不味いからだろう、ドラゴンの事も充分に警戒しているというアピールにもなるしな」
「そりゃそうだろうけど……これじゃ歓迎っていうより警戒が必要な相手招いてるみたいじゃない?」
「イアン達が私たちの訪問を警戒する必要はないだろう」
「その通りだけど、何だかなぁ……」
双子の王子の会話から察するに今回手紙を寄越したのはイアンという王子らしい。