結婚式と婚約式
マメ知識…現在の国王夫妻でセイラとレオンの直系なのは王妃の方で、国王は傍系貴族でした。王妃と結婚することで現在の地位を得ました。なので王妃の方が強いです、色々と。
次いで父である国王を呼びつけたアルフレッドは、
「よくも俺が反対するのに構わずティアをあのクズルカスと引き合わせてくれやがりましたね?彼女が奴に穢されてたらどうするつもりだったんです?彼女は二度と心を開かず聖竜と共にこの国を滅ぼしにきたかもしれないんですよ?何度も助けられておきながら父上には恥も良心もないのですか?いっそ親子の縁切ります?」
口元だけ笑って追い詰めるアルフレッドの纏う空気はどこまでも冷たく、容赦がなかった。
結果、国王は「二度とアリスティア本人とアルフレッドの許可なしに彼女の行動に干渉しません、出来ません」という旨の誓約書にサインさせられた__破ったら恐ろしい呪いにかかるという魔法契約付きで。
さらに「あ、ついでにこれにもサインお願い」
と差し出された書類には、
「メイデン伯爵をメイデン侯爵へ陞爵とする。そしてナルジアより接収した鉱山の一つを領地として与える」
という内容が書かれていた。
記されていた鉱山は豊富なダイヤモンド原石が多く採れる採掘地だ。
「こ、これは……!」
メイデン家に巨大な利益をもたらす鉱山をあっさり与える内容に国王は驚愕するが、
「ティアと義父上への慰謝料です、もちろん許可してくれますよね?ただでさえ義父どのは王家にティアを嫁がせるのに難色を示してるんですから、ね?」
ね?の部分でこてんと首を傾げる仕草は少年じみているのに目付きが肉食獣のソレで、草食獣になった気分を存分に(望んではいないが)味わった国王は慄きで小動物のようにふるふるしながらサインを強要された。というか、した。
「あ〜これでやっと堂々とティアの手が取れる!」
ただ単なる執務処理が終わった とばかりに伸びをする弟を心底頼もしくも、恐ろしく感じたアッシュバルトは
「……いくらなんでもあそこまでやらないぞ、私は」
ミリディアナが被害者であったとしても、実の父親しかも国王に約束破ったら女性に欲情する度激痛が疾るが勃つ事はなく一生不能になる、なんてまだ年若い国王には酷すぎるだろう呪いはかけない、多分。
「破らなければなんでもないでしょ?俺は平気だよ?ティア以外に欲情したら不能になるって言われたってさ」
誰を傷つける事になっても、何を壊すことになっても。
一番に守ると決めたものだけは、アリスティアの存在だけは。
「だから譲歩も手加減もしないよ、俺は」
三年前の、あの時にそう決めたから。
弟の決意の表情を見てとったアッシュバルトは前々からの考えを口にした。
「__いっそお前とメイデン嬢が王太子とその妃として立ったらどうだ」
「え 何言ってんのアッシュ?」
「そのままだ。お前、王太子指名の時期にわざと私が擁立される様仕組んだろう」
「!それは__、」
「以降、お前は軽薄な振りを続けた。全てが演技でない事はわかっているが無理を全くしていなかったといえばそうでもない、屈託のない笑みで相手から情報を引き出しここぞという時に使う、何も考えていないようで実は一番先の先まで見通している。お前のそんな優秀さを頼もしくも羨ましくも思っていた。だが同時に心配でもあった、〝お前の本心はどこにあるのだろう〟と」
「……アッシュ……」
「お前が浮かべる笑みは使い分けてはいたが大概が偽物だった。勿論私やミリィ、カミラと他愛もない雑談を交わしてる時なんかは本物の笑みを浮かべることもあったが、私達が結婚してそんな機会も失われた時お前のそんな顔を見られる日は来るのだろうか、とな__まあ、杞憂だったが」
一瞬虚をつかれた顔をしたアルフレッドだったがすぐに立ち直り、
「ほんとにね。だからいつも眉間に皺寄っちゃうんだよ兄上は」
と切り返した。
「言ってろ。で、どうする?」
「何が?」
「さっきも言ったろう、メイデン嬢と結婚すると同時に王太子を名乗ったらどうだ?お前の実力と聖竜の乙女の称号を持つ義妹どのなら文句はあがるまい」
「はぁ?ヤだよそんなの!!そもそもティアがそんなのやりたがるワケないし俺だって御免だよっ!」
「……それが本音か。」
「!あ、いや、違__わないか」
「全く……、そこは嘘でも違うと言っておけ。ならば仕方ない、もう一つの案で行くか」
「……もう一つ?」
「ああ。結婚式を共に挙げよう」
「はあぁっ?!ヤだよそんなのっ!」
「はぁっ…?!嫌ですよそんなのっ!」
翌日アルフレッドから話を聞かされたアリスティアは昨夜の自分と同じ反応だった__拒否の反応だというのにアルフレッドはあゝやっぱりなと嬉しく感じてしまう。
「まあ、幾つか理由があって、」
宥めるようにアルフレッドが言うには今後もルカスは極端な例だとしても、似たような真似を仕掛けて来る連中が後を絶たないだろう事は想像がつくし先日聖竜が白昼飛び回ったことでアリスティアに何かあった事は流布しなくても広く知れ渡った為、各国への牽制にはなったがレジェンディアの国民的には
「王室は聖竜の乙女を守れなかったのか?」
「王子の婚約者にしておきながら粗略に扱っているのではないか」
との疑念の声が一部から上がり始めたそうだ__実際クズルカスを城に入れてしまったこちらの失態ではあるのだが。
「それからもう一つ、これが最大の理由なんだけど_…」
先日のギルバートの決意を受けてミリディアナが、
「そもそもの元凶である自分も殿下の傍を退くべきなのではないだろうか」
と考え始めてしまったのだそうだ。それに焦ったアッシュバルトが式の予定を早めようとしているのだとか。
「……馬鹿ップル……」
呆れてアリスティアは呟く。
「確かにね。__けど、きっかけなんてなんだっていい。俺の答えは君の気持ち一つだよ?」
「レッド……」
アルフレッドは恭しくアリスティアの手を取り、片膝をついて跪いた。あの夜のバルコニーと同じように。
「ティア、いやアリスティア・メイデン__今すぐでなくていい、兄上たちの式が終わって君の心が落ち着いて、色々なゴタゴタが片付いたら、私と結婚していただけますか?」
その日の夜、国王はいきなり私室にやってきたアッシュバルトに、
「結婚式を二月後に挙げる事にしたので各国への手配を頼みます。結婚式の準備は私達と母上でやりますので陛下は当日出席して下さるだけで結構ですよ、予算だけ出して下されば。__あゝあとアルフレッドとメイデン嬢の婚約披露も一緒に行うのでその分もきっちりと。彼女にも最上級のメルクを誂えられるよう手配して下さいねなる早で」
と良い笑みで言われ脳が処理しきれず、泡を吹いて倒れた。
これには又聞いたアルフレッドが爆笑した。
「あっはっは……!俺ならともかくアッシュにやられたらびっくりするだろうな、ソレ」
涙目になりながら笑い、
「でも、良くわかったね?俺がティアにメルクのドレスを着せたがってるって」
「……そんなの当たり前だろう」
メルクは他でもない、賢王レオンがセイラ妃殿下に着せる為にルートを開拓したといっても過言ではない。生涯理想的な夫婦であり続けた二人にあやかり、特に決まりというわけではないが以降、王室の結婚式といえばメルクというのが定着していた。
王太子以外の結婚式でもそれは変わらないが今回はちょっと事情が違う。
王太子の結婚式に弟王子とその婚約者が参列するならば王太子夫妻のみがメルクを着用し、第二王子とそのパートナーは兄夫婦に一歩引く形でメルクを避けるのが常識だ。
おまけに各国の代表が集まる大国の王太子の結婚式。
そこでアリスティアを目立たせたくはないが、
「また攫ってでもものにしたい連中を黙らせるには絶好の場だぞ?」
との兄の言に迷い、
「そもそもその間にまた何かあって逃げられてしまうかもしれんぞ」と付け足されて、結婚式こそ固辞したものの、“派手にお披露目“はやることにした。
アリスティアは自分のものだと、各国に見せつけるために。
「白は結婚式にとっておきたいから_…エメラルドグリーンにしようかな?」
メルクを王太子妃と同じ場で着せることに関しては反発があるかも知れないからアルフレッドは事前に“処理“するつもりだったが杞憂だった。因みにアッシュバルトの根回しも。
そもそもレジェンディアの民が「セイラ妃殿下の後継にあたる“聖竜の乙女”にメルクを着せるのは当然」と思っていたし、メルクの製造元も早々に見本生地を大量に送って寄越し、御用達デザイナーが「聖竜の姫様の採寸に参りました、最優先で仕立てさせていただきます!」と呼ぶより前に乗り込んできたからだ。
二月後、レジェンディアではここ数十年で類を見ない豪華さで王太子の結婚式と第二王子の婚約式が執り行われた。
世界中の王族が祝いに駆けつけ、競って祝いの品々を贈った。
殆どの招待客が王太子にも、第二王子にも同じように贈ったのに対し、あからさまに王太子夫妻にだけ豪華な物を贈り第二王子夫妻に格下の贈り物をした招待客は周囲からも王太子夫妻からも、ついでに国王夫妻からも白い目を向けられ、徐々に他国から距離を置かれる事になる。
メルク……異国の生地だが当の生産国でも非常に人気も稀少性も高く輸出制限のかかった代物で、セイラが在校時にはまだどこの国とも取引されておらず、見本すら見た事がない人が殆どだったが、セイラに着せたい一心でレオンが彼の国に赴き話を纏めた。さらさらとして軽いがその分夜会服として着こなすには上級な身のこなしが必要。また仕上げ段階で不純物が混じってしまい完全に白い部分が少ないため様々なカラーに染めたものが一般流通しており、真っ白なウエディングドレスは希少な最高級品。