ヒロインと悪役令嬢の女子会擬き
カミラがアリスティアを案内して部屋に戻ると、全員が寄ってきて質問攻めが始まる。
「どういうつもりなの?カミラ」
「何か策があるのか?」
「休ませた方がいいとは言ったけど、あれで機嫌が直る保証ってあんの?」
「はいはーい、質問は順番にね?アルフの言う通りまともに話が出来る状態じゃないっていうかしても無駄?今のあの子は疑心暗鬼の塊で、私達を完全に敵だとみなしてて、疲れきってる。だから、休んで間を開けた方がまだまし」
「それはわかるけど〜」
「何もカミラの部屋に泊めなくても」
「ミリィが嫌なら私は別の部屋に泊まるからいいでしょ?」
「違うわ!そんなんじゃない、なんでわざわざカミラの部屋に?」
「あの子に少しでも信用してもらうためよ。本人も言ってたでしょう?“この城に自分が安眠出来る要素なんか一つもない“って。私の部屋なら少なくとも暗がりに女性を引きずりこまれる心配も無礼なメイドが押し入って用事を言いつけたりされる事もないでしょ?あと一応、寝込みを襲われる心配も」
と小さく肩を竦めるカミラに、
「彼女がそこまで警戒していると?」
王太子が訝しむように眉を顰めた。
「してても不思議じゃないでしょ?私達は彼女を不当に扱って城から追い出すような真似をしておきながら、自分から出て行くと言い出した彼女が馬車を使えないように妨害までしといて、それでも自分の足でやっと故郷に近付いた所を無理矢理連れ戻したのよ?警戒しない要素がどこにあんのよ?」
と言われて全員が押し黙る。
「ここまでこじれたら美味しい食べ物でお腹をいっぱいにしてふかふかのベッドで寝かせて、たっぷり休んでから美味しいお茶とお菓子でお腹いっぱいになったところでご機嫌取るのが一番マシなんだけど、あいにくここにはないものね」
「ないって何が?」
ミリディアナが不思議そうな顔になる。
「全部よ!気付かなかった?彼女、ここで出されたお茶や菓子に一切手を付けなかったでしょ?部屋に持って行かせるのも断った。口にしたのは、井戸に寄って自分で汲んだ水だけ。毒か睡眠薬でも入れかねないと思われてるのよ」
「まさか……そこまで」
俄かに信じがたい顔のアッシュバルトにカミラは畳み掛ける。
「あるわよ。だって私達は結託して彼女を城に呼んでおきながら、部下に命じてまともに睡眠も取れないくらいこき使った上、危うく夜の中庭を盛り場だと思ってる馬鹿どもに襲われても構わない状況に放り込んだと思われてるんだもの」
「そんな事はしていない!」
アッシュバルトが心外と言わんばかりに怒鳴るがカミラは動じない。
「結果そうなったってことよ、命じていようといまいと彼女には同じ事だわ__て、事で本来なら打ち解けるはずの"一緒に食事イベント"は不成立。顔も見たくないんじゃない?」
言いながらカミラが胸の前ででっかい×バツを作る。
「はい、ダメー!」と言わんばかりに。
そんな婚約者を流石に諌めようとしたギルバートだが、ひと睨みされただけで立ち竦んでしまい、王太子は苦虫を噛み潰した顔で顎に手を当てたまま黙りこくった。いくら侯爵令嬢でギルバートの婚約者であっても無礼すぎる態度だが、この五人だけの時はこれが通常運転なのだ。
あのヒロインについての秘密もこの五人だけが共有している。
アレックスは何も知らないのでこの場にはいない。
そんな黙ってしまった面子の中、必然話す相手はアルフレッドになる。
「だから僕たちが用意した客室もダメ、か」
「そういうこと。部屋の者達にはくれぐれも刺激しないように言っといたわ。これで一晩休んで少しは納まってくれるといいんだけど、問題は話し相手」
「?どーゆーこと?僕たちと話すために引き留めたんだよね?」
「アンタねー、いやアンタだけじゃなくって全員だけど、彼女が話しててご機嫌になる相手がこの中にいると思う?」
「「「「…………」」」」
「ゼロよ!ゼロ!好感度グラフが目に見えたら全員間違いなくマイナスだわ!前世の私だったらハードごとぶん投げてたわ!攻略対象がこんなヘボ揃いな乙女ゲーム!」
嘆くカミラに言い返す者はいない。
アレックスがいても言い返せなかっただろう。
何しろ彼も攻略対象の一人で、それでいて幼い頃からミリディアナに憧れているが王太子の婚約者に必要以上に近付く事も出来ず、悶々としているのがまるわかりだったので「ミリディアナに対抗しようとしている令嬢がいる」とひと言吹きこんだだけだったのだが__直情バカ、いや実直すぎるが故にヒロインに対する嫌味大魔王と化してしまった。
彼女のいない場所でも「男爵令嬢ごときが」「生まれも育ちも卑しい娘が城にあがるなんて」と言いたい放題だった為、ミリディアナ本人にもドン引きされた頭の弱、いやもとい可哀想な彼はここにいたら余計ヒロインを怒らせそうなので実家に戻されている。
「てワケでせめてもの妥協案。明日の朝食は女子会をする」
「「「「「__は????」」」」」
とはなるものの、こういう時いつも中心になるのはカミラで、幼い頃から役割分担が決まってる彼ら的にはとくに反対意見は出なかった。
出せないとも言う。
「カミラがそう言うって事は考えがあると思っていいんだね?」
「まあね。とにかく、貴方たち男性は駄目。明日は私とミリィだけが彼女と一緒に朝食をとるわ。アンタ達は、それが終わるまでに納得する成果を出しなさい」
執務室でされていた会話をアリスティアは知る由もないが、確かに疲れてはいた。
それに、さすがは侯爵令嬢の部屋付き侍女、とても丁寧に世話をしてくれたので少しだけ肩の力が抜けた。
お茶は夜食はやっぱり断ったが。
井戸から汲んだ水と荷物に入れていた日持ちする菓子、それだけを流し込んでどうにか空腹を凌いだものの、「やはりこのまま眠って大丈夫か」 という思いがよぎる。
確かに、この部屋は侯爵令嬢の部屋なのだからならず者の心配はない。
だが、私がここに泊まっている事を知ってる人が何もしてこない保証はないし、逆に侯爵令嬢本人と間違えて襲われたり……いや、襲われるだけでなく暗殺されたり?むしろあの連中のことだからそれを知っていて敢えて私に身代わりを__いや、そもそもこの部屋に泊めること事態が罠の可能性は?
等々、疑心暗鬼の塊と化した思考はひたすらとんでもない方向へと広がっていく。
が、同時に眠気も襲ってくる。
実際アルフレッドの言う通り結構無理して歩いたし、本来ならとっくに寝ている時間なのだから無理もない。
いずれにしろ、これでは結局寝落ちしてしまう。
少し迷った末、アリスティアは自分の周りに結界を張った。
微弱な魔法で、魔法使いには易々と突破されてしまう程度の守護魔法だが、許可なく自分に触れようとすれば一瞬だが静電気のようにパシッと反発する。
それを感じれば自分は目が覚める、はずだ。
疲労度を考えれば起きない可能性も高いし、反発力も微微たるものだ。
相手がそれでびびって帰ってくれればいいが、そうはいかない可能性も高い。
それでも一瞬でも躊躇ってくれれば隙が出来る。
実際、これのお陰で何度か暗がりに引きずり込まれそうな時難を逃れた。
この石に込められた魔力もそろそろ尽きる頃だから朝まで保つかどうか賭けだが、今の自分に出来るのはここまでだ。
そう割り切って、私は眠りについた。
そして良く眠った翌朝起きてすぐ、
「お目覚めになられましたか?お茶をお持ち致しましょうか」
と極めて丁寧に尋ねられ、「成る程、これが本物の王宮仕えの侍女か」と思いつつ、
「いえ、結構です」
と断りを入れる。
「ではもう少しお休みになられますか?それとも朝食になさいますか?」
「………」
えぇと。
これなんて答えれば良いんだろう?
この城で出された物を口にする気にはならないが、あの連中と話はしなければならないだろう。
空腹を我慢は出来るがお腹が鳴ったりするのはダメな気がする。
まだ寝たいと言えば寝かせてはくれそうな雰囲気ではあるが、希望を聞いてくれるのであれば寧ろ、
「あの__自分で作らせてはもらえませんか?」
これが一番マシな気がする。
「えぇと、お嬢様は、何か特別なアレルギーでも?」
「?いいえ」
単にこの城で出された物を口にしたくないだけです。
「シュタイン公爵令嬢とカミラ様が是非朝食をご一緒に、と仰っておられるのですが」
(__は?)
いきなりなんだそのワードは。
「カミラ様が、是非ご一緒に朝食をと」
いやそれは聞いたけど。
ベッド借りたお礼も言わなきゃだし。
何もされてないみたいだし?
けど、悪役令嬢とあのギルバートの婚約者と食事?悪い冗談としか思えない。
が、今の訊き方だとその二人が朝食を取らずに私待ちをしているみたいに聞こえる。
まさか……?
(ちょっと待って、今何時?)
「あの、今って……」
「朝食には少々遅いですがお気になさらず。お嬢様はお疲れなので絶対にお休みの邪魔をしないよう言いつかっております」
「すぐに支度致します!」
条件反射で言い、私は動き出した。
外を見れば日は結構高い。
(嘘でしょ、私はどれくらいあの二人を待たせたの?)
思惑はわからないが、ここはどうしようもない。
「ご令嬢がすぐに支度致します、と」
侍女の報告に満足そうに頷いたカミラが、
「いい?打ち合わせ通りにね」
と囁き、やや青白い顔のミリィが何か決心したようにこくり、と頷いた。
「お待たせして申し訳ありません」
扉から入って視界にはいった途端、アリスティアは完璧な淑女の礼を取る。
「いいえ、気にしないで。無理を言ったのはこちらなのだから」
カミラが言いながら隣に目をやるとやはり親友の顔は青ざめていた。
若干不安になりつつアリスティアがが席についたのを確認して、
「さ、始めましょう。面倒な事は考えなくていいわ」
「は、は、い……?」
アリスティアはわけがわからず調子が狂う。
カミラ・カルディ侯爵令嬢というキャラは例のゲームに登場しないからだ。
ゲームでは"他の攻略対象にも婚約者がいる"程度の情報に触れるだけで王太子の婚約者である悪役令嬢以外、名前付きのキャラは出てこない。
だが、昨夜のやり取りを見る限りギルバートとこの人ではどう見ても主導権を握ってるのは彼女の方だ。
(でも、あれを見た上でギルバートに言い寄ろうなんて人いるのかしら?)
私なら絶対やらない、なんて考えているうちに侍女さんがティーポットからカップにお茶を注ぎ始める。
「__?__」
私はその様子に違和感を覚える。
こういった席では目の前にあらかじめ用意されたカップに注いで廻るのが普通だ。だが、侍女はワゴンに載せた盆の上で三つのカップに均等に注いでいる。濃さがきっちり均等になるように、順に注いでいるのはわかるのだが__、(これってもしかして)と見ているとやがて侍女が盆を差し出し、
「どうぞ、お好きなものを」
と言われて、
「あの……?」
当然面喰らう。
「好きなのを取って?貴女はお客様なのだから」
(これってやっぱり)
カミラを見、再び目の前の侍女を見る。
どうぞ、と差し出す仕草のままにこにこしている。
「ありがとうございます。いただきます」
私はカップの一つを取った。
そのまま侍女はミリィ、カミラと順に回ってカップを取らせた。
「では、始めましょう」
全員がカップを手にしたところでミリディアナが言い、皆同時に紅茶に口をつけた。
奇妙な気分だった。
それでも、久しぶりに感じる紅茶の暖かさに私はほぅ、と息を吐いた。
今まで食事を味わう余裕なんか一切なかったからだ。
「じゃ、早速頂くわね!これにしようっと」
カミラが目の前のパンが盛られた皿から一つ手に取る。
因みに食べる物の方も、個別に分けられてはいない。
目の前のテーブルには数種類のパンに、スコーン、サラダ、果物、ついでに焼菓子までが沢山盛られた皿がずらっと並べられ"好きなのを取れ"と言わんばかりの__いわゆるビュッフェ形式だ。
立食パーティーでもないのに、この形。
さらには手にしたパンの半分を皿に乗せ、手の中の半分を食べたカミラ様は、
「ん。美味しい、バターと香辛料が良い感じに効いてるわ。食べてみて?」
と千切った半分が乗った皿を差し出した。
「……ありがとうございます。頂きます」
私が皿を受け取ると続いてミリディアナ様が、
「このスコーンも美味しいわ。紅茶の茶葉が生地に練り込んであるの。味見してみて?」
と同じく皿を寄越した。
「………」
やっぱり。
もしかしなくてもこれって。
「わざわざ (毒味を)ありがとうございます」
と私が皿を受け取ると、にっこり微笑まれた。
通じた、らしい。
「ふふ。たくさん食べてね?昨夜からまともに食事していないでしょう?」
堅苦しいのはこれで終わり、と砕けた雰囲気を崩さず次のパンに取り掛かるカミラ様と、そんなカミラ様に呆れたような瞳を向けるミリディアナ様。
私はといえば"この城で出された物を口にしたくない"ことをここまで明確に悟られていた事に驚く。
けれど、空腹なところに紅茶だけ流し込まれた胃は放っておくと鳴り出しそうだったし、せっかく目の前で毒味までしてくれたのだから食事に専念する事にした。
デザートまで口にしたところで徐に口を開く。
「お訊きしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「何故こんな事を?」
「あなたと話してみたかったから。 あとはうーんと……友達になりたいから?は、飛びすぎよね。まず歩み寄るところから始めるべきだと思ったからってところかしら?」
それで毒味か。豪胆なご令嬢である。
と心中突っ込んだところにミリディアナ様の声が割って入る。
「ごめんなさい…」
「はい?」
「ごめんなさい!貴女があんな離れの宮に入れられたのは私のせいなの。貴女が、あまりに綺麗だったから!それで、王太子殿下は貴女を好きになってしまうかもしれない、なんて不安を私が殿下に知らせてしまったから……!」
(へ?えぇと、今なんて?)
「この私が貴女みたいな下賤な小娘に劣るはずないでしょう!?」
がデフォルトの悪役令嬢が絶対言っちゃいけないセリフ言いませんでした?
いや、それを言ったら、
「あんな高貴な身分の方に想いを寄せてしまうなんて畏れ多い!」
なんて可愛らしさ、私にもないわけだが。
私の脳内パニックをよそに悪役令嬢ことミリディアナ様が言うには、
「他の見習いの令嬢は王宮にそこそこ近い宮で優雅に(?)行儀見習い生活をしていたが、私だけ徒歩圏内ギリギリの離れの宮に一室を与え、滅多に王子や自分達に会わないように仕向けたのは王太子だが、その原因はあの執務室に挨拶に訪れた時の貴女が余りに美しかったから王太子殿下は心変わりしてしまうのじゃないか、と自分が言ったせい」
だと言いたいらしい。
「…………」
確かに、あんな離れの宮の一室をあてがわれたからこそ、盛り場と化した庭園を横切らなければならない回数が増えた。
扱いは小間使いなのに、食事をする場所(昼と夜のみ)だけが他の見習い令嬢がたと一緒だったので遠いしバカにされるしで最悪だった。
朝だって、他の令嬢がたは部屋で取っていたのに私は離れの宮で他の小間使いと一緒で、後片付けまで任されて。
食事を楽しむ余裕なんかなかった。ただ流し込むだけだった。
あれ全部、そんな理由で?
知らず、顔が険しくなる。
「ほんとうに、ごめんなさい……!」
目の前の公爵令嬢が平謝りする。
「………」
「私も、貴女に謝らなければいけないわ」
「カルディ侯爵令嬢?」
「これは王太子殿下とミリィの問題だからって、委せろという王太子が何をするつもりか、何をしてたか知ってたのに黙ってた。知っていて止めなかった。だから、ごめんなさい」
「………」
どう返せばいいのかわからない。
そもそも根底がおかしい。
最初に“一目惚れした“からとかならまだわかる。
それなら身分高い方を誑かした娘を懲らしめるいう大義名分がたつからだ。
だが、王太子は私には最初から好意どころか敵意?嫌悪感?みたいなのさえ漂ってるし、他の男性も大差ない。
__遠ざける必要、あった?そもそも好感を持ったならやらない仕打ちで、最初から好意なんてひとかけらもない私にだから平気でやらかしてる気がするんだけど。
そんな私の心中を察したかのように、
「あとの疑問は直接この後話をする彼らに訊くといいわ。貴女の身の安全は保障する。だから、好きに言って構わない」
それが出来たら、苦労しない。