騎士の誇りと王子のホコリ叩き
どうか__、私に命がけで貴女を守る許可を」
そう言って騎士の礼を取るギルバートにアリスティアは困惑する。
「あの……?クレイグ様が守るのはカミラ様や殿下なのでは?」
遠慮がちに確認するも、
「いいえ、心を捧げる相手と忠誠を捧げる相手は違います。カミラの事は勿論一人の女性として大切に想っておりますが、それは一人の男としてであって騎士としてではありません。“騎士としての忠誠は最期まで国と共にあれ “と育てられてきました。国を救い、王子妃となられる方を守るのが騎士たる私の務め。どうか私を、」
「はいそこまで。騎士としての決意はわかるけどギルバートはドラゴン騎士団の団長として就任予定でしょ」
アルフレッドが手をあげて制す。
「ですが殿下、それでは私の償…っぶっ!」
ギルバートの顔面にクッションがヒットする。投げたのはもちろんカミラである。
「カミラっ!」
「良い加減黙りなさい!罪悪感が拭えないのも、贖罪をしたいのも全部あんたの都合でしょう?!当人が欲しがってもいないものを押し付けて酔うんじゃないわよこの馬鹿!!」
「馬鹿はないだろう、大体、」
珍しく反論しようと口を開くギルバートに、
「はーいそこまで、痴話喧嘩は各自の部屋でやって。ギルバート?心意気は買うけど何も護衛に任命されなきゃ守れないわけじゃないでしょ?ティアはここにいるんだし、それこそ数がいなきゃいけない事態になった時すぐに人員を動かせる人間が必要だよ、昨日君が駆けつけてくれた時みたいにね?スピード勝負の単独任務ならカイルに、騎士団として出動時にはギルに動いてもらう。それが最善だと思うけど?」
「それは……、」
スピードについて言われれば反論の余地はない。
「まぁ、ティアがお前のその重〜い忠誠心を敢えて欲しいっていうなら別だけど?」
ちら、とアリスティアに視線で促す。
「いえ、結構です!」
アリスティアは全力で首を横にぶんぶん振っていりませんとアピールする。
「だ・そうだよ?もう良いねギルバート?」
「……御意」
「そう肩を落とさなくてもティアは別に君を嫌ってるわけでも、まして恨んでもいないよ、でなきゃ僕の婚約者になんてならないし、そもそも昨年最初の火竜が出現した時点でこの国滅んでただろうし?」
「!それは、確かにそうですが、」
「それにドラゴン騎士団はセイラ妃殿下の直轄で作られた組織だ、ティアが王子妃になったら彼女直轄にするつもりだから近くで仕えることにはなるんじゃない?」
(へ?)
「そうだな、それが自然だ」
あっさりアッシュバルトも同意するが、
(いやいや、待って?)
「ドラゴン騎士団は元々セイラ妃殿下が嫁いで来られるのと同時に、妃殿下の兄君であるリュート殿が初代団長として対ドラゴンに関するあらゆる事態に備えて作られた組織だ、ドラゴンが姿を消してから本来の活動から外れて近衛のような存在になっていたが、こうしてドラゴンが復活した以上本来の活動に戻るべきだろう」
いや、趣旨はわかるけど私対ドラゴンのエキスパートじゃないんですが。
騎士の訓練なんてしてないし。
「君に騎士の訓練を指南しろというわけではない、対ドラゴンのマニュアルは引き継がれているからな。実戦経験が君と違って足りないから不安かもしれないが、いざという時君の一存で動かせる組織があった方が便利だろう?」
「……はい?」
実戦経験?私戦争に行ったこともなければ特殊訓練を積んだ覚えもないんですが?
「……念のため言っとくけど、ドラゴンを雷撃一発で仕留めたり、地割れに引き摺り落としたり出来るの、君だけだからね?」
アルフレッドに若干呆れたように言われ、その場にいたアリスティア以外全員が力強く頷き、
「……__……」
確かに以前のドラゴン騒ぎで“伝説の聖王妃“の聖遺物とも呼べる扇子を受け継いだアリスティアは振るうとあまりに思い通りにしかもパワーが上乗せして放たれる魔法が楽しくてジャヴァウォッキーの背から魔法を乱発した。
水柱を出現させてそれに巻き込んだり、芭蕉扇のような風を起こせる事に気付いてからはドラゴン同士をぶつけて落としてみたり__確かに他の人間がやっている所はみたことがない(セイラ妃殿下ならやりそうだけど)。
アリスティアは口をへの字にして黙った。
それに苦笑しつつ、漸く納得したらしいギルバートにアルフレッドは内心で息をつく。
アリスティアの護衛長にカイルを任命する__これについては別邸で話がついていた。
あの後部屋から出たアルフレッドに、カイルは臣下の礼をとってみせたのだ。
「どういう風の吹き回し?」
「あんたの言う危険の意味がわかった。それに、あんたの采配も見事だった__お姫様を助けられた」
「それで?」
「俺を彼女の護衛に任命してほしい」
「それだけでいいの?」
「どういう意味だ?」
「今回の救出での君の功績を鑑みるに、もっと貪欲になってもいいと思うけど?」
「いや、助けることは出来たが元凶を引き寄せたのも俺だ。俺にそんな資格はない」
「元凶の始末は済んだ。気にする必要はないよ、子は親を選べない」
「ああ。あんたが自由にしてくれた。だからー…」
__あんたの次でいい、俺に彼女を護る許可をくれ。
そう言って頭を下げたカイルの本気をアルフレッドは感じとっていた。
拒否したところでこいつは勝手にアリスティアを守るだろうが、アリスティアを共に守るという点に基づいてカイルほど頼もしい奴もいない。
だから、アルフレッドは肯いた。
以降、アルフレッドとカイルは共闘することになる__何事もアリスティアが気付かぬうちに始末をつける為に。
「ティアもそれでいいよね?」
「……はい、でも」
祖国のことはほんとに良いのだろうかとカイルの表情を窺うと、
「生物学上だけとはいえ父がすまなかった」
と頭を下げられた。
「いえ、カイルのせいじゃない事はわかってます!」
「いや、元はと言えば俺がこの国に来たせいだ。あんたには幸せになってほしい」
「!」
「あんたにとっては災難だったろうけどこの国に来てあんたに会えて良かった。……酷い目に合わせて、悪かった」
深く頭を下げるカイルの気持ちに居合わせた面子は皆気がついたがかける言葉が見つからないでいた__勿論アリスティアも。
その場を解散し、ジュリアはカイルの件を含め「色々蚊帳の外感が半端無い」と今夜もアリスティアと夜通し語りあかす宣言をしてアリスティアの腕をがっしと掴んで真っ先に引き上げた__のを苦笑いで見送ったアルフレッドは、
「さーて、あとは父上とナディル準公主かな?」
とどす黒い笑みで伸びをした。
「後始末をちゃんとしとかないと、ティアが安心してお嫁に来れないからねぇ?」
「申し訳ありませんでした」
呼び出しに応じたライオスはアルフレッドの顔をみるなり深く頭を下げた。この場にいるのはアルフレッド、アッシュバルト、ライオス、カイルの四人である。
「ねぇ、どこまでが計算だったの?」
代表してアルフレッドが問う。
「我が国は、ナディルは__彼女の留学先候補でした」
「あゝなるほど……」
アリスティアは卒業と共に国を出てギルドの冒険者になるつもりだった。
あちこちの国の情報を集めて候補を絞っていたことをアルフレッドは知っている__本人は隠していたみたいだが。
「私も彼女を我が国にお迎えできればと思っていました。王家に関わりのない、強い魔力の使い手であるという彼女の情報は、我が国にも伝わっていましたから。なのに彼女は聖竜を呼び出し、加護を授かり、更には卒業を目前に王子殿下あなたと婚約されてしまった。私は〝何故レジェンディアだけに〟と思いました。セイラ妃殿下と言い、メイデン嬢といい何故聖竜はレジェンディアにしか加護を授けないのでしょう?レジェンディアは充分に発展している、他国の保護など必要としていない、我が国のように弱小国家ではない!なのに……!」
「で?ティアが婚約と同時に留学の話もナシになったから恨んでたの?それで酷い目に遭えばいいと思った?」
「そこまでは……!」
「けど、実際ティアはルカスのクズ野郎に陵辱されそうになったんだけど?__あんたの企みともいえない企み、いやただの劣等感による癇癪かな?カイルが協力してくれなければ危なかったよ」
「カイルが……そう、か」
がっくりとうなだれたライオスはポツポツと話し出した。
何かを企んでいた訳ではないが、セイラ妃が天に召されてからも栄華を極め続けるレジェンディアに思うところがあったのも確かで、いつまでも大国の庇護に頼るのでなく自国を強くしたかった。
それには他国からどんどん優秀な人材を迎え入れ重用する事が近道だと思っていた。
そこへアリスティア・メイデンという存在が現れたものの、あっさりと(実際にはあっさりでもないが)王家に囲いこまれてしまった事にどうしようもない焦燥を感じたこと……等々だ。
「だが、彼女なら君に良い影響を齎してくれるのではないかと思ったのも本当だよカイル」
「その件については感謝してる、この国へ置いて行ってくれたことにも。__けど、お姫様の件に関しては、お前を許せない」
「……すまない」
「まぁどこまで計算だったか知らないけど君をもう友とは呼べないよ、ナディル準公主ライオス、貴公には向こう十年レジェンディアへの入国を禁ずる。商人達の出入りは制限しないけど関税は引き上げさせてもらう。あとナディルにもナルジア王国へ優秀な人材を数人派遣して傀儡のルカスの見張りと国の統治を手伝ってもらう、ルカスが天命を迎えるまでね」
「っ…!承知、いえ、かしこまりした」
「お前、いくらなんでもそれは_…」
アッシュバルトが間に入ろうとするが、
「別に宣戦布告したっていいんだよ?”ナディルは同盟を裏切りました、敵です“って各国に触れを出したっていい、表立っての悪意でないだけで結果を見れば立派な反逆行為だ。これでも譲歩してるんだけど?」
「っ……!」
「兄上だってこれがミリディアナ様だったら激昂してるでしょ?」
「それは、」
__ないとは言えない。
アッシュバルトは返す言葉を失くし、口を噤んだ。
「まあ、いきなり交流を一切立ったら確執がバレるから、君の結婚式に兄上たちが出るのには反対しないよ__けど僕とティアの結婚式には来ないでね?」
「……御意」
ライオスは深く頭を下げた。