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聖竜、降臨

アッシュバルトも弟と同じ方向に目をやり息を呑んだ。


ドオォーーン…!


という音と共に真っ白で巨大な竜が目の前、アリスティアからは真後ろ__に降り立った。

潰れた馬車を足場にして。

いかに頑丈な素材であろうと、馬車が耐えられる筈もなく先程まで裂けた馬車だったものはぺしゃんこになって地面と同化した。

突然の巨大竜の出現にナルジア王国の面々は恐怖のあまり歯をカチカチさせていたが、一度その姿を目にしているレジェンディアの兵はかろうじて平静を保っていた__内面はガクブルであろう事は想像に難くないが。

因みに馬車ごと潰される寸前ギルバートの手によって引っ張り出されて礫死を免れていたルカスも自国の兵同様、口もきけないでいた。

「……なんで助けた」

動揺が全く窺えない声でカイルが問えば、

「助けたわけではない、正当に裁くためだ__こんな死に方はこいつには上等すぎる」

問われたギルバートもその手でキュッと殺りたそうな目でルカスを拘束していく。


殺伐とした空気の中「“ジャヴァウォッキー“」とアリスティアの声が白い竜の名__相変わらず周囲には“音”にしか聞こえない__を呼ぶ。

『唯一我の背に乗る事を許した娘が力を爆発させた気配がするから来てみれば__何があった?魔獣が出ているわけでもなさそうだが』

「えー…と、私が眠らされて知らない国に連れて行かれそうになったので、抵抗してました」

周りが知った顔ばかりになって落ち着きを取り戻したアリスティアが実に端的に事実を述べた。

『そこの王子と婚約したのではなかったか?』

言外に何故そんな事態になった?と訊ねる聖竜に対しアルフレッドが手をあげ、

「発言のお許しを頂けますか?聖竜様」

『許そう』

「今回の事はそこのナルジア国の王ルカスという人物が一方的にアリスティアを見初めて計画をたて、王宮から彼女を拉致しここまで連れ去ったからです。運良く間に合いましたが、聖竜様の友たる彼女をむざむざ連れ去られてしまった事、誠に申し訳ございません」

と頭を下げた。

他のレジェンディアの民もそれに倣う。

『ふむ、なるほど?』

キロ、と聖竜がルカスに目を遣ると、

「ひっ!」

と縛られて地面に転がされたルカスがみっともない声をあげる。

『ナルジア……?聞いた事がないが、どこの国だ?』

「セイラ妃殿下がご存命の頃にはまだなかった国です、建国されてからまだ五十年に満たない新興国です」

アッシュバルトがすかさず答え成る程、だから聖竜の事も「眉唾だ」とか言い張っちゃえるのか……と頷くアリスティアと、

『成る程、のう……』

と首を傾げる聖竜の仕草が大きさは違えどそっくりで、見ている側は薄ら寒さを覚えるが当人達は気付いてもいない。

「こいつら、彼女を嘘つき呼ばわりしていました。他でもないあなたの事で」

『何だと?』

「ひぃいっ…!」

ルカスの下の地面に水が広がるのを見て、

「情けない。かりにも王を名乗るんならもう少しましな態度を取れないのか」

心底嫌そうに言うカイルに心から同情する。

「__全くだね、こんな醜態をいつまでも聖竜様に晒していいわけがない、でしょ?ティア」

「え?ええ」

アルフレッドの有無を言わせない笑みに思わず頷くと、

「君もこんな馬車に閉じ込められて窮屈だったよね?」

いや、中は馬車にしてはだだっ広い方だったが、それにしても。

アリスティアは先ほどから一人の人物が気になって仕方なかった。

昨日までは確かになかったはずのぴこぴこ動く耳とゆらゆらと揺れる尻尾__、

(何アレ可愛い)

「どうかな?聖竜の翼を借りて空を散歩しながら帰ったら?でもってノエルは貸しといてもらえる?ちょっと罪人の数が多いからノエルの爪を借りられると有難いんだけど」

それに気を取られていたのでアルフレッドの提案に「えっ……」(猫の手じゃなくて爪?)と素で返しつつ心中で突っ込んでしまうがクク、と背後のジャヴァウォッキーが喉を鳴らすのを聞いて向き直ると、ジャヴァウォッキーが真っ直ぐアルフレッドを見つめていた。


アルフレッドの喉がごくり と動くのがわかった。

『“此処は委せろ”ということか……』

アルフレッドは聖竜から目を離さずに頷き返す。

一拍間をおき、

『全く、アレの子孫じゃな。良いだろう、元よりヒト同士の諍いは我らの知らぬところ、好きにせよ。アリス、乗るが良い』

「城にバーネット嬢が来てる。心配してるだろうから、早く無事な姿を見せてあげて、他の皆にも」

「は、はい…!」

(そうだ、ジュリアと約束してたんだった!)

と一旦カイル(の猫耳)のことは後回しにすることにして、シャラン、と降りてきた手綱に触れると一瞬で聖竜の背に跨る。

「ノエル、このままレッド達に協力してあげてくれる?」

「にゃー」

とアリスティアの腕から飛び降りたノエルは再び巨大な姿になってゴロゴロと喉を鳴らす。

「ありがとう」

とアリスティアは巨猫を平気で撫でているが周囲からすれば巨大な生き物に舌舐め擦りされている音に聞こえて震え上がった。


バサ、と翼を広げながら、

『そういえばコレはなんじゃ?上からみたところ何やら異様に光っていたから足場にちょうど良いと思ったのだが、存外脆かったのう?』

と不思議がる聖竜に、

「ろくな足場にもならず申し訳ありません、そこのルカス王の持ち物でして。奴は中身がない癖に無駄にピカピカ飾らせるのが好きなんですよ」

『左様か。悪趣味な男じゃな』

「ええ、本当に。海の向こうの国ですが聖竜様の翼なら文字通りひと飛びでしょうから、帰り際の散歩ついでに足場になるか試していかれてはいかがでしょう」

アルフレッドはにこにこと異様にご機嫌だが、ナルジア王国の面々は息絶え絶えだった。

帰る頃には(無事帰れるかどうかも最早疑問だが)国の建造物が軒並み踏み潰されてるかもしれないのだ__本当の試練はこれからだが。

空高く上がっていく聖竜を見上げアッシュバルトは十字を切りたい気分だった。義妹どの(アリスティア)には見せられないし言うつもりもないが、怒り全開モードの弟アルフレッドほど恐ろしいものはないのだ。






空高く上がった聖竜の姿が見えなくなると、

「あはっドラゴンさえ一撃で仕留める我が婚約者の雷撃くらって馬車一台で済んで良かったねぇ?アンタら」

口調は軽薄だし口元は間違いなく笑っているのだが、目が笑っていないどころか瞳孔が開いている。怪しいクスリをやっているワケではない、弟は本気で怒るとこうなるのだ。滅多になる事はないが今後義妹どのに危険が迫る度にこうなるとしたら__、アッシュバルトは自分で自分の想像にゾッとして急いで思考を切り換えた。

「アルフレッド、今更だがマヌエル伯は今回のことでヤツと共謀していた。余罪も多くありそうだ」

「ホントに今さらだね、斬った首だけ持ち帰ればって言いたいとこだけど公の場での証人も必要か。必要な場で必要な証言だけするよう躾けておいて、こいつらの躾は俺がやる」

「わかった。行くぞ、ギルバート。カイル、アルフレッドの手伝いを頼む」

「!…ああ」

「ちょーどここの近くにマヌエルの別邸があったっけ、とりあえずそこ行こっか、あまり森を血で汚しちゃ不味いしね」

「馬はいるが馬車はないぞ、どうやって運ぶ?」

「運ぶ必要なんかないでしょ」

「は?」

「必要な情報だけ聞き出したら首魁として晒す奴だけ引き摺っていけばいい。後は(ここ)に置いてく。君何人までなら引き摺っていけそう?」

先程巨大なドラゴンと普通に会話していた娘も怖ろしかったが自国では忌み子、キメラと恐れられていたカイルの正体を知っていてこんな風に接しているアルフレッドの方が最早恐ろしく、ナルジアの面々は最早恐慌状態に陥っていたがそんな事に頓着してくれる相手ではない。

「やってみた事がないからなんとも言えないが…、引きずっていけばいいのか?」

カイルが真面目に問えば、

「もちろん罪人だし?首以外に縄掛けて引っ張ってってくれればいいよ?擦り傷はいくら付けてもいいけど意識不明にならない程度にね?お付きの兵全部は面倒だから王さまと側近とお付きの魔法使いとあとは隊長だけ連れてこっか、残りは(気が向いたら)連絡して引き取りに来てもらうってことで」

「ならなんでノエル(コイツ)を残したんだ?お姫様と一緒に帰してもよかったんじゃないのか?」

「ギルバート達先発隊はノエルに乗ってきたんだから帰りも乗せてもらわないとアシが足りないでしょ?それに」

「それに?」

「帰りもお前に背負われるなんてまっぴらだ」

「……ふぅん?」

「お前なんかずれてるって言われない?」

「言われたことはないな」

「っ、マジで?」

「そもそも他人との会話自体少ないからな」

「あっ、そ……」

そんな軽口が行き交う中、獣が闊歩する広大な森に置いて行かれると聞いてナルジアの兵達は震えあがり助けを乞うが「王さまの馬鹿な所業を諌めなかった時点で有罪でしょ何言ってんの?」

とひと言で切って捨てられた。




以降、ナルジア王国は地図から消える事はなかったが豊富な宝石の採掘地を含め国土が縮小した。国土の一部を慰謝料としてレジェンディアが接収したからだ。

聖竜の姫を拐った罪人としてナルジアの当時の国王ルカスは男性としての機能と片足の腱を切られ、顔半分を焼かれた為終生仮面を付けて過ごしたので「片足を引き摺った仮面の色欲王」として後世に語られる事となる。

側近は「レジェンディア及び聖竜とその友たる姫に多大な侮辱を働いた色欲の側近」としてレジェンディアで処刑され、魔法使いデッドリーは同じく「その魔力を正しき事に使わずただただ色欲の王の子飼いとして多くの者を苦しめ自らも色欲に溺れた罪人」として死体をナルジアの城外へ晒された。

白いドラゴンが”魔嫌の森“に昼間に降り立つ所はかなり離れた場所からも確認出来た為この結末に疑問を持つ民はいなかった。

後に記される記述は少ないし事実この通りであるのだがここに到る経路について知る者は少ない。

当時の国王ルカスがあらゆる痛覚を一ヶ月に渡って繰り返されながら正気を失う前にその都度回復魔法で正気を保たれ絶叫して過ごしそれが元で喉をやられ声も出せず、かといって魔法誓約によって死ぬ事も周囲に助けを求める事も許されず政治の殆どはレジェンディアから派遣された代官が担っておりルカス自身はただただ指定された場所にサインするか必要な式典にたまに参加するだけの傀儡の王であった事やデッドリーはあらゆる危険魔法の実験体として繰り返し使用された後の死体であること等々…、はあの場にいた者しか知る事はなく、勿論アリスティアも知る事はなかった。


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