ヒロインは呪文を唱える
直し切れていませんが、書籍化部分はここまでです。
「謝罪は要らない。でも、感謝してくれたら嬉しい」
「?ありがとうございます。助けていただいて、」
正式な礼を取ろうとするアリスティアに「正式に礼しろって言ってるわけじゃないよ」
アルフレッドは苦笑しながら言う。
じゃあ何だと意味がわからず知らずしかめっ面になるアリスティアに、
「お願いを、きいてほしい」
命令でも、何かの強制力でもなく。
自らの意思で。
「僕の、手を取って?」
アルフレッドは手を差し出した。
*・゜゜・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゜・*♦︎
__で、どうしてこうなる?
私がアルフレッドにエスコートされて会場に足を踏み入れると、騒めいていた会場がぴた と静まり、次いでぅわ、ともおぉ、ともつかない歓声が沸き起こった。
「アルフレッド殿下にアリスティア様…!」
「な、なんであ、あの、アリスティア、様、が殿下と?!」
「アルフレッド殿下素敵…!」
「アリスティア様 なんてお美しい…」
「お2人とも、なんてお似合い…」
「あのドレス素晴らしいわね…殿下が贈られたのかしら?」
概ね好意的だが一部妬みや値踏みが混じっている。
まあ、想定通りの反応だ。
何て事はない、あのアルフレッドの〝お願い〟とは、
「今はまだパーティーの真っ最中だ。本来なら始まってる筈のヴィオラ先生の演奏披露も始まらない上僕やアレックス、ギルバートも会場にいない事に皆がざわつき出してるとこだ。国王夫妻もお出ましになってる頃合いなのに予定の演目も、ファーストダンスはアレックスとユリアナが広間の中央で一曲踊ったあとそのまま1年生達のダンスタイムに入る筈なのにアレックスもいない。ーーこのままじゃ騒ぎになる」
「ですが、今夜は1年生の為のパーティーで…」
だからこそ、ユリアナ姫の相手を(渋々ながら)アレックスが務める事になっていた筈だ。
「〝1年生在籍時家庭の事情等でパーティーに出席出来なかった2年生は出席する資格がある〟て校則は知ってるよね?」
「!!」
「君がそのドレスで僕と登場すれば会場の視線はこっちに集まるし僕たちがそのまま中央で一曲踊れば周りもあゝそういう事かって何事もなく踊り始めると思うんだよね。そう思わない?」
「…一曲、踊ればよろしいんですね?」
その後 すぐに解放してくれますよね?
「あ 言い忘れてたけどそのドレス母上の見立てだから。踊り終わったら目の前行って良く見せてあげて?」
「〜〜っ!」
「で、その後王宮行って善後策話し合う事になると思うからよろしく」
(この腹黒王子…!)
そう心中で歯噛みしながらもぎこちなく微笑む様は可愛いらしくも初々しくも見る者には映り、
「そういえば昨年、アリスティア様は父男爵様のご病気でパーティーに出ておられなかったですものね」
「そういえば…そうでしたわ。ですからこのパーティーにアルフレッド殿下自らが手を引いて来られたのですね流石ですわ」
「アレックス様は急用でお出ましになれなくなったとか…」
ちらり、と豪華ではあるが初々しい体型にはいささか背伸びし過ぎでは?と言いたくなるようなドレスで待ちぼうけをくわされた隣国の皇女様を見遣ればギリギリと歯軋りが聞こえてきそうな顔で会場の視線を総浚いしている2人を睨み付けている。
そんな様子を清々した様子で見遣り、
「ま、仕方ない事ですわね」
「アレックス様もあまり乗り気ではありませんでしたもの」
と周りはあっさりユリアナの存在を意識から追いやった。
いくら身分が高くとも、元々人望がなければこんなものなのだ。
そのうち2人が踊り出すとわぁ…!という感嘆の声やほぅ、という吐息が広間を満たす。
アルフレッドは当然だが、そのパートナーを務めるアリスティアもまたデビュタントとは思えない可憐で見事なステップを披露したのだ。
それはもう初心者のステップではない。
ふわふわした生地が広間の床に花を咲かせる様に軽やかに舞い、アルフレッドはそれを余裕をもって受け流しつつ、時には危なげなくしかも軽やかに自分の腕に受け止めて。
楽団が熱を入れて演奏したのか途切れることなく1曲どころか3曲続けたので2人はこれでもかと息の合ったダンスを見せつけてしまい、3曲目が終わると同時に大喝采が沸き起こり、2人に惜しみ無い称賛と拍手が送られた。
それをひと通り受けてから仕草ひとつで制し、
「遅くなってすまなかった。ヴィオラ先生が体調を崩して倒れてしまい、アレックスとギルバートがそれに付き添って王城に行ってしまったのでね」
「そうだったのですか…」生徒達が合点がいった、と口々に頷き合う。
「ヴィオラ先生の演奏には及ばないだろうが今宵始めてパートナーの手を取る者達への華向けくらいにはなったと思う。これ以降は無礼講だ。寮の垣根など無視して思う存分楽しんでくれ。ーそして来年度入学してくる君達の後輩に同じように、ーーいや、それ以上に楽しい一夜となるよう尽力してくれるものと信じている。ーー音楽を!」
アルフレッドの合図に楽団が演奏を再開し、1年生達が少しずつ広間の中央に出てきて踊り出す。最初ぎこちなかったそれは、曲が進むにつれスムーズな流れに乗っていく。見事な手腕である。
そんな様を壇上で見ていた国王夫妻とその傍らに立つ王太子とミリディアナは半ば感心し、半ば呆れてその様子を見遣っていた。
そうしてやがてダンスを終えた2人が国王夫妻の前に膝を折る。
「ーー報告は聞いているわ。災難でしたねメイデン嬢」
「お言葉、痛みいります。ですが自分の油断が招いたこと。アルフレッドで、…王子様の機転により事なきを得た次第、心より感謝しています」
「まあ ーー貴女がそう思ってくれているなら良いのだけどね。あんなのを学園教師として迎え入れちゃったこっちとしては耳が痛いのよねぇ__さ、顔を上げて?真っ直ぐ立って見せて頂戴。あぁ〜〜やっぱり可愛いわあ♡」
アリスティアは一瞬硬直したものの、
「あ こ このドレスは王妃殿下のお見立てだとかっ…?申し訳ありません、私のような身分の者が、このような…」
「あら〜?何言ってるの?それ、元々貴女用にデザインして作らせたのよ?」
「はっ?」
「アッシュがキメラに襲われた時のお礼、メイデン領にはそれなりに優遇措置やら見舞いやら送ったけど貴女個人にはなかったでしょう?だからせめて夏用のドレスくらい贈ろうと思ってたのよ」
「は…ぁ、でもこのドレスは私が着るにはいささかー…」
「気にいらなかったの?」
「いいえ。とても素敵です」
単に高価過ぎてビビってるだけです。
「じゃあ、踊りにくかった?」
「いえ、素材が軽くてとても踊りやすかったです」
「ではパートナーが不足だったのかしら?」
…もはや遊ばれている気がする。
「…滅相もございません」
「なら!なんの問題もないわね?まあ、貴女のサイズにピッタリ合わせてあるから返品しようがないんだけど♪じゃあまた後でね〜」
楽しそうに言って王妃殿下は退出していった。
それを見送り、ジュリアには簡単な説明と謝罪をしてあとは予定通り2年生の役員はパーティーのサポートに着いた。因みに時間が押してるし人手もないから と私の着替えは却下された。
その後1時間程してパーティーもお開きになり、皆三々五々帰路に着き始めた頃(この場合そのまま馬車で実家に帰る生徒と一旦寮に戻る生徒とに分かれるが殆どはそのまま自宅へと戻るパターンだ)、私達もそれを見届けて漸く今日のお勤めは終わりーーーの筈だったのだが。
突如としてドゴォ…ン!という音と共に強い振動が建物全体を揺るがせた。
「なっ…!?」咄嗟に横にいたアリスティアを庇いながらアルフレッドが目を走らせる。この後王城に行くのはいつもの面子+アリスティアだったのでジュリアは不承不承ながら寮に戻っていて、今はギルバートが王家の馬車を近くまで誘導しに行っているところだったのだがー…
「殿下がた、お逃げ下さい!」走って戻ってきた忠実な番犬は切羽詰まってそう叫んだ。
「落ち着け。何があった?」
「__は!前方、礼拝堂の屋根の上にドラゴンの頭が出現致しました」
ぽく、ぽく、ぽく…………と前世でいうところのお坊さんの木魚が6回くらいの間があって「ドラゴンだと…?」漸く王太子が声を発した。
無理もない。
ドラゴンは古いにしえのこの地には沢山いたらしいが現在は影も形もない。
滅ぼされたのか封印されたのか、その辺曖昧だがここ100年程は目撃情報すらない、いわば伝説の生き物だった。
それが、いきなり現れた?いや、確かにあのドコッて音の前に地面が震えた気がするし今も微かに脈うってる気がするけど__だとすると。
(封印が解けたってこと?)
とか考えてるうちに、
「幸い生徒の殆どは帰宅済みの筈だ!残っている生徒教師にドラゴンが視認されないよう目くらましの結界を張れ!礼拝堂の周りに誰1人近付けるな!」
「更にそのドラゴンの周り最小限でいい。1番強固な結界で覆って。礼拝堂に近い建物にいる人たちから順に避難を。くれぐれも、パニックを起こさせないように」
王子たちが的確な指示を出している。
邪魔にはなりたくないがこんな嵩張るドレス姿では素早く動けない。どうしたものか、と迷う私に王太子から信じられない問いがかかる。
「何か良い考えはあるか?メイデン嬢」
はい?
周りを見れば皆が私を何やら思い詰めた目で見ている。
「あ、あの…?」わけがわからない私に「まあ無理にとは言わないよ。僕達王族が治めるべき問題だしね」言いながらアルフレッドが剣を手に礼拝堂に向かって行く。
「まあ、その通りだな」王太子が続く。
「お供します殿下がた。アレックス、レディ達を頼むぞ」ギルバートも騎士の顔になり、王太子に続いた。
「皆さま方、安全な場所までお連れしま、すっ?!」
言い終わる前に更に大きな地響き、いうかもはや地震だと思ったところで目に入ったのは。
先程まで頭だけだった竜が、今や全身を礼拝堂の外に引っ張り出し、屋根の上に鎮座している姿だった。
「あれが__〝大いなる災厄〟」
ミリディアナが言い、
「確かにでっかいわね」カミラが同意する。そんな会話の間にも、アリスティアから視線は外れない。
剣を構えつつ、
「うわー…これ絶対火ィ吹くやつだよね?」嘯くアルフレッドに、
「だろうな。…結局間に合わなかったか」自嘲気味の王太子に、
「殿下がたは最初の攻撃だけしたらお逃げ下さい。足止めだけなら自分1人でもっ……!」
「「バカ言うな」」1人で、いや数人がかりでだってどうにかなるような代物じゃない。増援がすぐ来る筈とはいえここ100年はドラゴンと目見る事などなかった国だ。
ドラゴンを前にしてまともに動けるものが何人いるのか?歴戦の騎士や冒険者だってこんなのとの実戦経験などないはずだ__勿論自分達も。
*・゜゜*:.。..。.:*・':.。..。.:*・゜゜・*⭐︎
本来なら〝伝説の乙女〟の力を借りて収めるはずだった事態。
だが自分達は失敗した。
初めての出会いにも、その後の彼女への接しかたも。
初手で間違えた自分達は伝説の乙女の信頼は得られなかった。
そうして、彼女から見限られて入学辞退と辞去を申し出られて漸く馬鹿な自分たちの目が覚めた。
いや、謝罪は受け取ってもらえても、他の贈り物も、生徒会で共にと言う申し出も受けてもらえなかった自分達はやはり信頼には値し得なかったのだろう。
だから、友人にさえなれなかったのだ。
「今更…だな」例え友人になった所で助けようなどと、思ってくれたかどうか。
考えが甘過ぎた。
剣を握る手は、小刻みに震えていた。
*・゜゜・*:.。..。.:*・・*:.。.:*・゜゜・*♦︎
「…せっかく約束取り付けたのになぁ…」
初めて見た時、可愛い子だと思った。こんな子にわざわざ冷たくあたらなけばいけないと思うと気が重かった。
だから、それはアレックスとギルバートに任せて自分はたまさか顔を出すに留め、際限なく雑用させられている彼女を手伝った。
__やりすぎじゃないのか?
そうは思ったがあの時は何しろ義姉上の精神状態がやばかったし兄のこの作戦が1番上策と思えたから反対はしなかった。
だが、どう見ても予測と違う。改めるべきではないのか?
そんな考えが顔に出ていたから苦虫を噛み潰したような顔で手伝う自分は、やはり彼女には嫌々手伝ってるようにしか見えなかったのだろう。
「さっき、伝えておけば良かったかなあ…」
きっと本気にされないだろうけど。
そうあくまで軽い調子で続ける手元は震えてはいなかったが、顔はその口調とは真逆の何とも評しがたい冷気を纏わせていた。
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まだ何も挽回出来ていない。カミラは、ミリディアナ様やメイデン嬢は。
無事安全な所に逃げおおせただろうか。
「まだ何も、お伝えしていないのに」
まともな謝罪ひとつ。
そう言って剣の柄をなぞる彼はどこか悲壮な覚悟を湛えてドラゴンを凝視していた。
そして当の〝ヒロイン〟アリスティアは礼拝堂からは離れてはいるものの見通しの良い校舎の屋上にいた。
どのみち馬車は使えないのだし、ドラゴンの攻撃範囲もわからない。
いざとなったら建物の影に潜むしかない上いつその建物ごと踏み潰されてしまうかわからないのだから屋上の物影から覗きながら逃げても一緒だとアレックスがカミラ達に押し切られた結果である。
もちろん3人の邪魔になってはいけないから見られないように注意はしている。3人の保護を任されたアレックスはしきりに"伝魔法"で何やらやり取りしている。きっとこちらの状況を伝えているのだろう。3人はドラゴンを中心に三手に分かれ、結界を張り動きを止めようとしているらしい。
「薄い隔壁で身を守ってるようなものだわ」
「カミラ様?」
「あの結界。もちろん既に幾重にも結界は張られているけれど、おそらくドラゴンに効果は薄い。だからあの3人がより近くで強固な結界を張って何とか抑えこめてはいるけど、」
「厚さが足りない分、効果は薄い?」
「ええ、おそらく。あの3人は国内屈指の魔力の持ち主だから、あの結界で閉じ込めておくだけなら暫く保つでしょうけど」
アリスティアは再び彼らの方へ目を移す。
彼らは一様に剣を地面に突き刺して何か唱えている。
「剣を地面に刺して結界の維持に集中しているから、攻撃が出来ない……?」
「ええ」
「でもー…」
彼等は結界の外側にいるのだ。結界が破られないなら剣の後ろにいる彼等は無事なのでは?
「剣の柄を握っているでしょう?ドラゴンがどう判断するかわからないけどあの手が1箇所でも離れたらアウトなのよ」
カミラの補足に、
「つまり、柄を握る手を狙って攻撃されたら終わり__ですか?」
「そういう事。しかも体内魔力最大限に注いでる形だから、いつまで保つか…」常とは違うカミラの緊張した様子に私の背筋も伸びる。
王宮からの増援がすぐ来る筈だけれど。
間に合うのか?いや、それ以前に来たとしても対抗出来るのか?
ドラゴンは未知の生き物だ。勿論過去に多大な被害をもたらす生物として記録に残っているのだから退治方法は伝わっている。だが、実行出来る人間となると。
カミラとミリディアナも同じ思いだったのだろう、2人してアリスティアを見つめる。
何かを願うように、祈るように__まるで助けを請うように。
籠められた視線の意味に気付かないアリスティアは一瞬あの魔法の事が頭をよぎったがそもそもあれはまだ完全ではないし、この場面で役に立つほどのものなのかもわからない。
魔獣で試した事すらないのだ。
私が戸惑い気味の視線を返すと、
「よしましょう、ミリィ」
「…そうね」
2人は揃って項垂れた。
自分達は間違った。間違ったから彼女と友人にすらなれなかった。
彼女は別に友人を作り、仲間を得て学園内で生き生きと輝き始めた。
自分たちとは違う場所で。
責めるべきではない。そんな資格は自分達にはない。
(だけど、ギル、無事でいて……!)
(殿下、どうか、無事で…!)
その祈りに逆の力で答えたようにドラゴンがのっそりと立ち上がり、目の前の木立に火を吹いた。
「っ…!」
結構な距離があるのにここまで来る熱風に慌ててアレックスが水魔法で周りを守る。
礼拝堂の片側だけが丸裸になり、その向こうに立ってるのは__アルフレッドだった。
剣の柄を握る手はそのままだが、手袋からは白い煙が上がっている。王族の手袋は魔法耐性の素材で作られている筈だが、耐えきれていないのだ。
「っ!」
私は歯噛みする。助けてくれた御礼を、まだし終わっていないのに。
「「アルフ!」」
「殿下!」
再度くらったらもう終わりだろう事が容易に予測がついてなりふり構わず声を上げる彼等の傍らで、
「__らしく、ないですねぇ」
と呟くアリスティアに注意を払う余裕は彼等にはなかった。
傲慢で、攻撃的で、自己中心的で。
いつだって自信過剰で自意識過剰なあの人たちが守り一辺倒だなんて、らしくなさすぎて笑ってしまう。
だが、大人びてはいてもまだ少年とさえいえる彼らが必死に婚約者たち(プラス私というおまけがいるが)を、学園を、ひいては国を、必死に守ろうとしている様は尊敬に値するものだ。
ひとつの決意を固めて足下を見るとそこには件の黒猫ノエルが何だか意味ありげにこちらを見上げていて、アリスティアは得たり、と笑ってその場にしゃがみこんだ。
いつの間にかしゃがみ込んで猫と会話している姿に三人は一様に訝しむ目線を送るが、
「…ね…出来る?…そう、うん…」
途切れ途切れに風に乗って届く声は何を言っているのかわからない。そもそも相手は猫である。
だが、最後に言ったひと言だけは、はっきりと耳に届いた。
「防御だけじゃ、ダメだよね?勝ちたいのなら__、攻撃しないと」
誰もが耳を疑う中、彼女の足元にいた黒猫は巨大化し、その背に乗った彼女はひとっ飛びにドラゴンの方に向かって行った。
これに度肝を抜かれたのは当の王太子達だ。
「なっー…?!」
「メイデン嬢?!」
「へぇーその猫、そんな力秘めてたんだ?」
先の2人と違い飄々とした感じを崩さないアルフレッドに少しだけ安堵する。
「えぇ、まぁ。フルパワーで攻撃する力は残ってますか?アルフレッド様」
「「っ?!」」
「とーぜんでしょ?そこまでヤワじゃないよ」
口調はいつもと変わらないがその顔色は悪い。
アリスティアはノエルに乗ったままアルフレッドに近づくと、焼けた手に自らの手を重ねた。
瞬間、重なった手元が光り、アルフレッドの手の傷が綺麗に拭い去られる。
「おー凄い。しかも体力回復のおまけ付き?んで?次の指示は?」
「御三方一斉にフルパワーでやつに攻撃を放って下さい」
「「はぁ?!」」
「議論してる暇はないですよ、次(の炎)を吐きそうです」
そう指示されてわけがわからないながらも3人が同時に攻撃を放つのと同時にアリスティアも手を掲げて叫んだ。
「相乗効果等倍増幅!!」
その声に呼応するように、3人の攻撃はアリスティアの手によって膨れ上がり、凄まじい一撃をドラゴンにくらわせた。
「なっ…」
「相乗効果魔法だと?!」
「…さーすがアリスちゃん」
側近や兄の驚愕には構わずにアルフレッドはひたすら感心する。
攻撃はドラゴンの首に直撃し、赤黒い焼け焦げを作った。
「効いた…?!」ギルバートが喜色半分、疑惑半分の体で叫ぶ。
「いや、効いてはいるが…」王太子が唸る。
「まだ動けそうだよね?一応今は止まってるけど。ショックで茫然としてる感じ?」
「………」
私はじっとドラゴンの傷口を見つめる。再生する様子はない__という事は。
「ドラゴンも、火力さえあれば焼けるみたいですね?」
「へ???」といった顔を晒す3人を無視して、
「もう1度同じ場所に撃っていただけますか?」
「…勝算があるのか」
王太子の問いに、
「はい」
まあ、いいとこ五分ですが、とは言わぬが花なのでそこは黙ったままで頷いた。
「「「…わかった」」」
3人が渾身の一撃を放つ瞬間、アリスティアはもう1度、いや一部違う呪文を唱える。
「相乗効果無制限増幅!条件追加!あのドラゴンを消し炭にするまで!!」
「なっーー…?」
「バカなー!無茶だ!」
リ・ライト・オブ ・リミテッドは文字通り放たれた術の効力を倍にする補助魔法だ。
対してリ・ライト・オブ・アン・リミテッドは質は前者と同じ魔法だが、限界リミットが存在しない。
相乗効果∞倍増とは、放たれた術の効力を無制限で肥大化させる。それこそ、使い手の魔力も体力も生命力さえ尽きるまで際限なく。
しかも、彼女は追加条件まで呪文に付与した。〝あのドラゴンを消し炭にするまで〟と。
自分達が1人倒れても、2人倒れて1人になっても、彼女は必要な魔力を供給し続ける__最悪己の寿命が尽きるまで。
信じられないと口々に叫ぶ兄やギルバートと違い、
「…あーんな華奢な身体でこんな術行使しちゃうとか。命知らずすぎっしょ!」
アルフレッドは自分の護符にしていた首飾りを引きちぎり、手元の剣に巻き付けた。この首飾りには様々な魔法が付与されている。それを剣に吸わせるのだ。
さらにその上から「身体強化、魔獣浄化、攻撃力最大出力…」ぶつぶつと唱えるアルフレッドに合点がいったのか2人も同じように手にした剣に更なる魔力を注ぎ込みはじめた。
彼女が倒れてしまっては意味がない。自分達も尽きるまで出し尽くす。
そんな思いが届いたのか、パァ、と強烈な光が辺りに満ちたのち、ドラゴンの姿は光に溶け込むように消えた。
文字通り、消滅したのだ。消し炭になるまで焼かれて。
「はっ…んっとに、やりやがった…はは」
足元に突き立てた剣に前屈みに寄りかかりながら言うアルフレッド。
放心したようにその場にへたり込むギルバート。
「__これが君の…」余力を僅かに残しているのか問おうとする王太子に被せるように、
「大丈夫?アリスちゃん」
同じくその場に座り込んでしまっていた私にアルフレッドが手を差し出す。
「はい……」
流石に反動がでかすぎて跳ね除ける気力は残ってない。しかもまだドレス姿のままだ。元の大きさに戻ったノエルが膝に乗ってきたのを、感謝をこめて優しく撫でた。
アレックスとカミラ、ミリディアナが急いで近寄って来るのが見えるが同時に複数のドカドカした足音も近付いて来るのがわかる。
援軍が漸く到着したらしい。
その足音を聞いた一瞬後、アルフレッドが自身のマントを外し、さっとアリスティアをドレスごと覆う。
「えっ…」
「ごめん、ちょっとだけ我慢して?今の魔法発動者が君だってバレない方が色々いいと思うから」
それは確かにそうなので抗議する事は諦めた。
「で?」
「城での非公式な御前会議で、あのドラゴンは王子始め王国の騎士団により速やかに殲滅、私は既に城に向かってたって事でまとまった」
「けど、実際ドラゴンを倒したのは貴女」
「〝手伝った〟のよ。私は攻撃魔法であんな出力は出せない。増幅しただけだってば」
「相乗効果等倍増幅って魔法大国と呼ばれる我が国でも超希少って事は知ってるわよね?」
「うん」
「で・その更に上をいく相乗効果無制限増幅って既に失われたとさえ言われてた伝説級レベルよね?」
「それは大げさじゃない?」
「大げさじゃないっ!」
と怒鳴るジュリアが指し示す先には封筒の山。
正しくは招待状の山だ。
あれから私は「是非このまま城に滞在を」と言われるのを振り切って我が家に戻って来た。外出するには必ず王宮に報告の上護衛を付ける事を条件に。
あのドレスはあんな事があった割(?)には傷んでなかったので即刻返却したかったのだが「返却不可」と却下された。気に入らないなら更にもう2〜3着作らせるとか言い出したのでありがたく受け取って帰ってきた。
お父様が城に来ていなかったら押し切られてたかもしれない。
私がリ ライト オブ リミテッドを発動させた事はあの場にいた人間だけに伏せられた。
学内が混乱しないように張っていた結界が功を奏し魔法の発動はおろかドラゴンの姿さえ皆 目にしてはいなかった(もちろん結界発動前に目にした人はそれなりにいたが避難後無事退治されたときき安堵しただけだった)。
ので、後始末を到着した騎士団に任せ私達は引き上げた。私としてはそのまま男爵家に帰りたかったがそうさせてはもらえなかった。
まあ、当たり前だけど。
リライトオブリミテッドは卒業するまで、ていうかギルドに入るまで隠しとくつもりだったんだけどなぁ。
しかも成り行きであれ以外方法がなかったといえリライトオブアンリミテッドを発動出来る事まで知られちゃったし。
しかも、あんな約束までさせられちゃったし。折角誰にも内緒で特訓してたのに。
そう、あの変態教師が作っていた異次元空間。
細部は違えどあれと似たようなものを私も学内に構築し秘密特訓に使っていた。
自分が知らず似たような空間に連れ込まれてしまうとは不覚の極みである。
まあ、眠っていたので全く記憶にないのだが。
助けてくれたアルフレッドによると間一髪のところだった、もう少し遅れていたら傷物にされていたかもしれない。
という言葉には流石に青くなった。因みにぱっと見誰も気付かないあの空間に気付いたのはノエルが鳴いて呼んだから、らしい。
魔力の使い方が今いちわかっていなかったノエルはあの時覚醒したのだ。私を守るため、というより知らない魔力に触れたせいだろうが、どちらにしろあのタイミングで覚醒して力を貸してくれて助かった。
あの後すぐに元の大きさに戻ったノエルだが現状そのままミセス・ナタリーのペットのままである。
卒業と同時に私が引き取る予定だ。
そう、卒業だ。
「しっかし凄い数ねー」
封筒の山の一通を手にし ごちるジュリアに、
「先にお父様が選定なさってくれているからここにあるのは学友やお断りするにも私が直筆でしないといけないものだけの筈なんだけど…」
それにしたって多い。
しかも話から察するにこの倍は下らない数来ているという事だ。縁談(これはメイデン男爵が完全ストップさせている筈だが)だって降るように来ているだろう。
「めんどくさいなあ…いる?」
「いらないってば。大体何であんな(アルフレッドと派手な)登場になったの? 目をつけられて当然じゃない」
「…ごめん」
色々な意味で。
「謝って欲しい訳じゃないわよ、理由を聞かせてって言ってるの」
そう、その為にわざわざジュリアの方から我が家に出向いてきてもらったのだ。
「うん。だから、その…ごめん」
「だから何がどうなってごめんなのよ?それとも何?私には話せないってー…」
「じゃなくて」
「じゃないなら何よ?」
あの時、アルフレッドが助けた礼に欲しいと望んだもの。
それは、自分とこれからパーティーに出ることと(これは既に果たし済みだ)、私を名前でアリスと呼ぶ許可と自分を殿下と呼ばないこと。
それから、もう一つ。
自分達と共にこの学園を卒業すること、だったのだ。
何しろ自分はうっかり昏睡状態のところを拉致誘拐から救われたばかりだったのだ。
傍から見れば決して無理難題ではないこの願いに頷かないわけには行かなかった。
そして、自分とジュリアが夏期休暇中に詰める予定だった計画も水泡と帰した。
「だから、ごめん」
はぁーっとジュリアが息を吐く。
そんなに怒らせてしまったかと焦る私に「ああそういう事…いいわよ別に」
「いいの?!」
当然だ。当人わかってないみたいだがジュリアはアリスティアと一緒にいる為なら転校も留学も厭わないがアリスティアが学園から動かないのならばそれはそれで構やしないのである。
「私は貴女の親友を辞めるつもりはないって言ったでしょ?場所は関係ないわ。それより、ヴィオラ先生がよりによって誘拐犯とはね…」
ジュリアもアルフレッドと同じくあの男がアリスティアを見る瞳に何ともいえない厭らしさを感じた事があった。
だから、気にしてはいたのだ。だと言うのに自分と別れた直後アリスはあの男にでくわし眠らされ、しかも助けたのがアルフレッド。
コレもまた(ジュリアにとっては)要注意人物の1人だ。
しかもこの件により2人の距離が縮まってしまった。
ジュリア・バーネット、一生の不覚である。
(まあ、向こうもこれをダシに婚約とか言ってこないだけましかしらね?)
ドラゴンの出現により後手になったがあのオルフェレウス・ヴィオラはとんでもない色魔だった。
身元が確かで教師の資格も才覚もあり、加えてあの容姿に優雅な物腰。故に今まで誰も気付かなかったのだ。あの男の正体に。
最初、調書に違和感を持ったのはアルフレッドだった。
「……?…」
これは、偶然か?あの男が渡り歩いてきた学園には必ず1人か2人、体調不良により学園を辞している生徒がいる。
しかも、全員女生徒だった。
疑問に思い共通点を探ればそれはあっさり表面化した。
全員が見事な金髪の、学内でも評判の美少女ばかりだったのだ。
これが偶然だと?__あり得ない。
さらに詳しく調査していくと皆、〝空白の時間〟がある事がわかった。
数時間行方不明になり、あっさり発見される。
外傷はとくになく、いつ眠ったのかどうしていたのか全く記憶にない。
だから表立った騒ぎにはならなかった。
勿論眠っている間にあらぬ事をされているのだから身体に違和感や不調を訴える生徒もおり、それにより自分がいつのまにか傷物にされている事に気付いたのかそれとも単に体調が思わしくないからだけだったのか……追求は出来ないが少なくとも数名は自分に何があったのか気付いた。
気付いてそして自殺未遂さえした生徒もいた。
犯人が全くわからないのをいい事に、あの男はあまつさえ優しくその生徒を慰める役までかって出ていたのだ。虫酸が走る。
そうして誰にも疑われず、自分の魅力と魔力に耽溺した男は油断しきっていた。
自分が作った異空間を看破する事など誰にも出来はすまいと高をくくっていたのだ。
彼には誤算だったろう。
自分は獲物にも周囲にも信頼されていると言う絶対の自信、強い魔力、素晴らしく魅惑的な顔と声。
それらが全く通じない相手がいたこと、それが魔法大国と呼ばれる国の王族だったこと、そして獲物を巣に引き入れる際の小道具に魔力持ちの猫ノエルを選んでしまった事。
結果、自慢の異空間は突破され、獲物は取り返され、自分は捕縛され、ついでにノエルは覚醒した。魔獣として。
それでも他国の王家の血筋である自分を極刑には出来ないだろうと高を括っていたようだが
「あ〜念のため言っとくけど、お前の父親には許可取ったから。罪状見せたら速攻で〝我が国とこの者は一切関係なき故煮るなり焼くなり好きにして結構〟だとさ」
「バカな…!」
秀麗な顔に醜悪さを貼り付けた男にアルフレッドは「バカはてめーだ。ラクに死ねると思うなよ?」とだけ告げ、一切振り返る事はしなかった。
「しかし、参ったな…リライトオブ(以下略)ですら希少中の希少なのにリライトオブアン(以下略)まで使えるとは…」
「〝伝説の乙女〟とは良く言ったものですね」
いっそ王家の養女に来てくれないだろうか。
唸る王太子に得たり、と頷くギルバートのその横で、
「まさかあのオルフェ様が…婦女暴行の現行犯だなんて…」
とショックを受けるミリディアナには事の詳細は話していない。
女性にはデリケートな話題だからだ。そのまた横で発言を控えるカミラは薄々察しているのだろうが、それを除けば概ねいつもの風景である。
そんな中、
「彼女が伝説の乙女に違いない事はわかったよね?で、今後についてなんだけど__………にするよ」
と立ち上がって宣言するアルフレッドに、
「本気なのか?」と目を剥く兄。
「やだなあアッシュ。僕がそんな笑えない冗談言うと思う?本気だよ。そこまでしなきゃ、アリスティアは手に入らない」
不敵さを湛えているのにどこか清々した表情で、アルフレッドは宣言した。