ヒロイン、危機一髪
ちょっと15Rが入ります。
直し切れていない部分申し訳ありませんm(_ _)m
そうしてやってきた終業式。
私とジュリアは裏方なので当日始まるまでが逆に忙しく始まってしまえば暇になる。
「ふー…終わったわね」
ジュリアが伸びをしながら言い、
「パーティー自体は始まったばかりだけれどね」
私が苦笑しながら返す。
彼らはみな表方なので今日は、というか私達の出番はもう終わりだ。現に今日はもう帰省して構わないと言われている。
実際役員やその他諸々の手伝いや補講がある一部を除いて殆どの二年生は帰省済みであり、寮はがらんとしている。私は寮に戻って愛猫をモフってから帰省しようと思っている。
ジュリアとは夏期休暇中に会うので取り立てて挨拶するでもなくじゃあ、またね。と言って別れた。
別れて寮へ向かい始めてすぐ黒猫を抱えたヴィオラ先生に出会した。
「え ヴィオラ先生、その猫こもしかしてー…」
「そう。君の寮ハウスの寮監のペットですよ。ミセス・ナタリーが探すのを手伝っていたんです」
苦笑しながら黒猫を抱き抱える美男子イケメン、絵になるなぁ…この人なら絶対描くより描かれるモデル方が向いてる気がする。
そんな事を思いながら、「私、ちょうど寮に戻ってノエルに会ってから帰ろうと思っていたんです。よろしければ私がミセス・ナタリーのところに、」
「おや、眠ってしまったようだ」
被せるように言われて見ると、本当に先生の腕の中でノエルがうとうと と微睡んでいる。
珍しいな。飼い猫ペットになっても警戒心はそれなりに強い猫こなのに。
「良かったらこの猫こが起きるまでお茶でも如何ですか、メイデン嬢」
「ですがー…先生は本日のパーティーで演奏を披露される事になっていらしたのではー…」
「ええ。これから行くところなんですが緊張して喉が乾いてしまって…私の出番は時間的にもまだ余裕がありますし。それまでこの猫ちゃんに付き合ってもらおうと思っていたんです」
「まあ…」
「少しでいいんです、付き合ってもらえませんか?」
「そう、ですか…そういう事でしたら」
ノエルも連れ帰らなければならない事だし。
ヴィオラ先生はそのまま美術室へ向かい、カフェテリアに向かうのかと思っていた私は怪訝な顔になる。
それを見越したように「ちょうど今絵の仕上げをしていて、明日までは私の貸し切りにしてもらっているんです。皆今夜か明日には帰省してしまうでしょう?どなたかに感想を聞きたかったのです」
「まあー…私でよろしいのですか?」
私は別に美術とか得意科目じゃない。それ以前に美術の担当教師だってこの学園にはいるのだしー…
「専門にしている方になんて益々聞けませんよ。私の専門はあくまで音楽、絵は趣味…というか娯楽ですからね。下手の横好きというやつです」
「そう、なの ですか…」
「それで、美術室を出て一番先に会った誰かに感想を聞こうと思ったら猫を探しているミセス・ナタリーに遭遇して、その猫を探す手伝いをして漸く猫を見つけたところ君に遭遇したというわけです」
なるほど。
そういう事情なら頷ける。
「…そういう事でしたら」
私は頷き、先生の後に続いて美術室に入った。
だが、
「?」
美術室の中には何もなかった。
いや、正しくは元々美術室にあるべきものは正しく棚に納まっており、きちんと掃除されている状態だった。今日が前期の終わりなのだから当然といえば当然なのだが、要するに使われた形跡がないという事だ。先生は絵を描いていたと言わなかったか?
「大きいカンバスなので準備室を使わせてもらっています。こちらでは生徒の授業の邪魔になりますから」
ノエルを私に預け、お茶を淹れながら先生が言う。
「…ーあぁ…」
言われてみればそうだ。生徒が普段授業で出入りする場所になど大きさの問題がなくても置いてはおかないだろう。ただの趣味ならば尚更。
「さ、どうぞ。座って下さい。ここのお茶も捨てたものではありませんよ?差し入れで色々頂くので」湯気の立つカップをソーサーごと手にして立つ姿すら絵になる音楽講師は笑う。
それはそうだろうな…絶大な人気を誇るヴィオラ先生の事だ、差し入れも引きもきらないに違いない。
「…ありがとうございます。すみません、お手伝いもせずに」
私は椅子に掛けてノエルを膝に乗せたままという状態なので、先生は目の前の机にそれを置いてくれた。
「私が誘ったのだから当然ですよ、くつろいで下さい…この紅茶はリラックス効果があるんです。良い香りがするでしょう?」
言われて紅茶に口を付けると甘い薔薇の香りが広がる。
「ー 本当に。とても良い香りがしますね。ローズティーなのはわかるんですが…」
ここまで薔薇の香りが強いものは珍しい。かと言って香りが強すぎて飲みづらいというわけでもなく、すぅ、と身体に暖かさが浸み込んでくるようだ。
リラックス効果があるというのは確からしい。
「あの、この紅茶はどちらの?」
「私の元いた国のものなんです。知り合いが送ってきてくれたものなんですよ。この国では珍しいでしょう?」
成る程。馴染みがない筈だ。
「その国というのは、どちらの?」
以前いた国の話は幾つか聞いたが茶話会皆勤賞というわけではないから聞いた事のない国なのだろう。
「…私が生まれた国ところですよ。あまり良い思い出はありませんがー…」
先生の言葉が、急に遠くなった。
あ れ …?
身体に力が入らない…?
カシャン、と持っていたカップが手から落ちる。
なのに、膝の上のノエルが目覚めない。
いけない、ノエルが落ちないようにしないと__手を延ばそうとするのに、動かない。
それに、ノエルは飼い猫になったとはいえ元々警戒心の強い猫だ。知らない人の腕の中でなんか眠らないし、寝ていても近くで大きな音がすれば飛び起きる。
ノエル、なんで起きないの…?
「ノ…、…?」そう発しようとした言葉は声にならず。
私が机に突っ伏すと何故かはっきりとしたヴィオラ先生の声が耳に響く。
いつもとは全く違う、声と口調。
「ふふ…アルフレッドあの王子がやたら絡んでくるので心配していたのですが、良かった。貴女が私の誘いを受けてくれて」
そう、先生が言ったのが耳に入ってはきたけれど。
身体が、瞼が、とても重くて、重すぎてー…私の視界はゆらゆらと点滅するばかりで。
どういう意味ですか、と訊く事が出来なくて。
私の身体は言う事をきかず、瞼が閉じた。
薄れてゆく意識の中、先生の腕の中で眠っていたノエルの寝顔に感じた違和感が何なのか、わからないまま私は深い眠りに落ちた。
ことん、とアリスティアが眠りに付くと
「おやすみ黄金の姫君。そしてようこそ 私の世界へ」
そう、美形の音楽講師は呟いた。
完全に意識の落ちたアリスティアを用意していた場所に運び、邪魔が入らぬよう幾重にも魔術結界を施して。
オルフェレウスは〝自分が彼女の為に用意した場所〟にアリスティアが納まっているのを見て何とも蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ああ…素晴らしい。貴女は最高の芸術品ですよ。アリスティア・メイデン」
そう呟いて、目の前の少女に手を伸ばした。
普段の優しげな仮面をかなぐり捨てたオルフェレウスはアリスティアの髪をひとすくい手に取って口付けると続いて頰、顎、首すじへと順に手と口付けを落としていく。
やがて手が胸元に触れると躊躇なく制服に手をかけ胸元を覗かせると首すじに赤い痕を付け、そのまま首から胸へと舌を這わせ始めた。
ぴちゃ、ぴちゃ と殊更ゆっくり響く音がいかにも味わっているのを感じさせ淫猥さを増大させる。
「ああ…思った通り素晴らしい味ですね君の肌は…それにこの甘く芳しい香りーー私を誘っているのですか?」
髪に顔を埋めるようにしながら両手は少女の乳房を包み込み、さわさわと撫で始める。
「ふふ…初めて会った時よりさらに大きくなって…まるで触って欲しいとおねだりしているようですね。しかもほら、触れるとこんな弾力で跳ね返してきてー…いけない子ですね」
そう言って服の上からとはいえ無遠慮に撫で回し胸の感触を楽しむさまはどう見ても欲望にまみれ滾る雄そのもの だというのに、紡ぐ台詞が妙に冷静なのがかえって不気味だ。
やがて男は少女の靴と靴下を脱がせ裸足にすると、一旦離れて僅かに乱れた髪、印を付けた首元、僅かに乱した制服から覗く胸元から爪先まで舐めるように視線を這わせ満足そうに、
「ああ…本当に君はまさに。芸術品ですね。これから君を穢す事が出来るかと思うと天にも昇る心地です」
そう言って今度は少女の片方の足首を持ち上げ爪先から徐々に舌を這わせ始めた。そのまま足首、脛、膝から更に上、スカートの中へと躊躇いなく手と舌とを這わせていく。
ちろりと覗く舌が蛇のようだ。
舌を這わせる音に、時折肌を吸い上げる音が混じる。室内に響く音はどんどん遠慮がなくなっていく。
やがて少女の足の間から顔をあげた男は
再度少女の顔を両手で包みこむようにすると
「誓いのキスをしましょう。ーーこれで貴女は私のものー…そう、私は貴女の美しさの僕です。私が貴女に飽きるまでは」
本当に誠実そうに、慈しむように。
優しい声音で紡がれる言葉は残酷だった。
「ふふ。ーー目覚めた時君の純潔が既に散らされていると知ったら、君はどんな顔をするのだろうね?」
そう、少女の下腹部に視線を落とす男の顔は美しかったが醜悪だった。
男の顔が少女に触れるか 触れないかまで近付いた刹那__、
「させるかよ、ンなこと」
__声と共に、首に剣先が突き付けられた。
*・゜゜・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゜・*
時間は少し遡り、一時間ほど前。
寮に戻ったジュリアがアリスティアに"伝魔法"を送ったところ〝受取相手不在〟になった。
アリスティアが襲撃されてから過保護になっていたジュリアは部屋に着いた時に〝着いたよ〟って必ず報告して!と言ったところ〝過保護すぎる〟と一蹴されたのだがその時のジュリアが余りにも真剣だった為〝それでジュリアの気が済むなら〟と折れてくれ、受け取ったジュリアが〝わかった、おやすみ〟と返して1日が終わる。それは2人の日課になっていた。
が、
今日はそれがなく 気になったジュリアから〝アリス?戻ってないの?何かあった?〟と何度か送りさらには時間差をつけて〝アリス?何でもいいから返事して!〟と何度送っても返信はなかった。
不安になったジュリアが南寮の寮監に"伝魔法"で確認したところアリスはやはり寮に戻っていなかった。
ならばまだ学舎のどこかにいる事になる。
嫌な感じがして自分の住まう東寮の寮監にも報告し、念のためパーティー会場に行ってみようとしたところアルフレッドとギルバートの2人に出会した。
ジュリアは開口一番「アリスがいないんです!ご存知ありませんか?!」と叫ぶように尋ねた。
「…どういうこと?」冷静に返すアルフレッドに事の次第を説明し、ひと言付け加えた。
「それと、ヴィオラ先生はもう会場入りされていますか?」
「いやーー」と口籠るアルフレッドには何か閃く事があったらしい。不快げに眉根を寄せたところに
「ギリギリまで仕上げたいから と出番の直前まで会場にはいらっしゃらない、と伺っていますが」とギルバートが付け足した途端、2人の顔色が変わった。
「「!!」」
嫌な予感がする。
そうジュリアの顔にも出ていたのだろう、アルフレッドは即座に反応し「僕とギルとアレクで彼女を探す。バーネット嬢は僕らの代わりにパーティーでの表のフォローを頼む。アッシュ達には僕から"伝魔法"で伝えておく」
「っ…わかりました!お願いします」
一瞬逡巡したジュリアだったが、ここは自分ひとりで動くより得策だと判断したらしい。大人しく引き下がってパーティー会場へと向かった。
そうしてジュリアと別れた後、
「オルフェレウスあの男がいそうなのは音楽室、教員室、絵も描いているとか言ったな…?なら美術室もか」
「殿下?何故ヴィオラ先生の居場所なのです?メイデン嬢を探すのでは?」
「ー 同じ場所にいる可能性が高いからだ。見つければわかる」
ギルバートの疑問に感情無く答えるアルフレッドはいつになく余裕がなさそうだった。それに気付いたギルバートは以降口を噤んだ。
「ギルは音楽室に向かえ。僕は教員室に行って訊いてみる」同じようにアレックスに美術室に向かうよう"伝魔法"で指示し三手に別れた。10分とかからずに2人からは「音楽室、人の気配はありません」
「美術室、誰もいません」という報告が入りアルフレッドは舌打ちする。
「ギル、ひとつききたいんだが__」
「そうか。わかった。お前も美術室に向かえ。それと…」
やはり、あの男が演奏する筈だった楽器は音楽室に置かれたままだという。
と いう事はー…
ギルバートへの指示を終えるとアルフレッドは再度今しがたオルフェレウスの不在を確認した教師陣に向き直り、
「度々すみません、先生がた。もう1つお訊きしたいんですがー…」
その答えを聞き、確信したアルフレッドは美術室へと向かう。
既にギルバートも到着しており、アレックスはその横で困惑気味に立ち竦している。
「殿下、先程報告した通り美術室にはー…」
「ああ別にお前の報告を疑ってるわけじゃないよ。俺は正面からいく。アレックスは教室の後ろの出入り口、ギルは準備室側からー 魔法の痕跡がないか辿れ__僅かな残滓も見逃すな」
「「!っはっ!!」」
そういう事かと納得すれば2人の動きは早い。
アルフレッドは注意深く、抜刀したまま魔法の痕跡を探りつつ歩を進めていく。
室内は綺麗に掃除されており、人がいた形跡もない。
「………」現在魔法が発動されているなら発動元を、何か魔法が使われた痕跡があるならその元を辿って。どんなに上手く消した所で、魔力の残滓は残る。そしてアルフレッドは幼少の頃よりそれを感じ取るのに長けていた。
そのはずなのだがーー…
「…?…」
(魔力の気配がない…?)それが全くない事に違和感を覚えアルフレッドは立ち竦む。
そこへ反対側の入り口から辿ってきたアレックス、準備室から繋がる扉を通ってきたギルバートも合流する。
「殿下、準備室には何も」
「こちらもです。魔力を使った痕跡は一切…」
この2人もアルフレッド程ではないが魔力の痕跡を辿るくらいは軽くこなせる使い手だ。
「ー 妙だと思わないか?」
「「は?」」
「ここは魔法学園だ。皆、日常的に魔力を使う。多少の魔力残滓はあって然るべきじゃないか?」
「っ確かにー…」
言われてギルバートも気付く。今日は終業式だけだが、普段は様々な生徒や教師が使っている筈である。
「ですが、美術の授業に魔法を使う事はあまりないですし、使われた魔法がごく微小なものなら」
感知出来なくて当然、
とアレックスは言いたいらしい。
「最後の授業のあとは念入りに清掃して閉めきる。常ならな。ここは夏期休暇中使われない筈だから。だが、開いていただろう?」
アルフレッドの疑問に2人もはっとなる。
「そういえば、音楽室も開いていました。ヴィオラ先生が調律に使うから とー…」
「そう、そしてここも。〝ヴィオラ先生が絵の仕上げをしたい〟と言って開けさせていたそうだ ーー妙じゃないか?」
「確かに。楽器の調律と絵画は一緒には出来ませんし、ヴィオラ先生はパーティーで自分の出番ぎりぎりまでは音楽室に居ると言っておられた」
アレックスも不審げに眉を顰める。
「それに、さっき職員室で確認してきたんだが誰もオルフェレウスの描きかけの絵を見た事はないそうだ ーー本人が〝自分はプロではないので人に見せられるようなものではない〟とか言ってたそうだがな。それにしたって描いてる所を多少目撃されるくらい、あっても良さそうなものじゃないか?ーー本当に描いていたならな」
若しくは、職員寮の自室のみで描いていた可能性もある。それなら目撃されていなくてもおかしくはない。おかしくはないが、なら何故美術室を開けておく必要があった?
ーー奴は美術室に用があった、若しくは美術室で他人に見られてはいけない何かをする必要があった。
ーーそこから導き出される結論は。
今現在行っているのだ、その人に知られては憚られる何かを。
義姉からの情報だけではわからない。否、わかったとしても全て鵜呑みにするのは危険だ。
だから、アルフレッドは調査させた。オルフェレウスあの男の生きた形跡を。
生国の事は義姉が知っていたのでそこからどのように他国へ流れ、生活し、この国へやってきたのか。概ね義姉のいう通りではあったが中に1つ、看過出来ない情報があった。
そして、行方不明になったアリスティア。
その2つを合わせて最悪の想像に行き着いたアルフレッドは歯噛みする。
「くそっ…!」バン、と拳を壁に叩きつけた時、微かに耳に届いたのは小さな猫の鳴き声だった。
*・゜゜・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:。. .。:*・゜゜・*
オルフェレウスに薬で眠らされていたノエルが目覚め、空間の狭間にカリカリと爪を立て、声をあげていたのでアルフレッド達は辿り着く事が出来たのだ。
この変態が〝マイワールド〟と呼ぶ超次元空間へと。
普通に魔力を辿るだけでは見付けようがない魔法空間。何故ならそれは、昨日今日でなくもっとずっと前から形成されていた空間であったからだ。
この学園内には元々結界が多い。
そして、生徒も教師も〝元々張ってある魔法〟はそういうものなのだと思い込み、あっても気にしないし踏み込もうともしない。
その特性を、この男は利用したのだ。〝ここには何か張られているが何か理由があるのだろう〟と誰も気にしなかった。しかもその境目は準備室の奥に据え置かれたデスクと壁の間。気にする人など皆無だった。
オルフェレウスも誰にも気付かれない絶対の自信があったのだろう、背後にも全く気を配っていなかった。目の前の少女の肌にひたすら夢中だったのだ。
いきなり喉元に突き付けられた刃にいつもの余裕をかなぐり捨てた男の態度は予想通りなものだった。
「馬鹿なっ、!あの入り口を見付けただとっ?!」
「魔法大国の王子を舐めんなよ?」
オルフェレウスが後ずさった分、剣の切っ尖も奴の首筋を追って押し付ける。
本当のところ、結構苦心したわけだが、そんなもの。
(__おくびにも出すものか)
「ばーか。魔法大国の王子たるものコレくらい看破出来なくて務まるかよ?」
余裕たっぷりにアルフレッドは嘯く。
が、オルフェレウスも立ち直りは早かった。
「生憎私は芸術を堪能するのを邪魔されるのが大嫌いでね」
「芸術じゃなくて婦女暴行だろーが、現行犯」
言うが早いか斬りこもうとしたアルフレッドの目の前でオルフェレウスの手に剣が現れる。
「ッチッ!」
ここは奴の形成する空間の中だ。それくらい出来てもおかしくない。
アルフレッドが舌打ちすると同時にオルフェレウスは手にした剣をふりかざしてきた。
オルフェレウスの剣筋は意外にも正確で早かった。
アルフレッドももちろん負けてはいないが奴は手の剣を弾いてもすぐ別の剣が手に現れる。
厄介だ。
「ふふ…私の邪魔をした罪は重いですよ?アルフレッド殿下」
「てめーこそ、王城の足元でふざけた真似してくれやがって!その余裕ぶったツラ、2度と出来ねぇようにしてやる!」
「若いですねぇ、王子といえど所詮子供だ」整った造作は少しも崩れてはいないのに にやりと歪められた口元はその整った造作では補えないほど醜悪だった。
「こんなテで睡姦かますのが大人だとでもいう気かっ、このコンプレックス野郎!」
「何だと?」
ピクリ、とその額に筋がはしる。
「てめぇは王族の落とし胤で、母親譲りの美貌を父親はじめ周囲に絶賛されはしても王位継承権は認められなかった。なぁ、納得出来なかったろ?ガキの頃からモテてモテてモテまくって、年増から幼女まで自分に媚びて擦り寄って来るのが当たり前で、何でも卒なくこなしてしかも兄弟の誰よりも美しいのにお飾りの公位だけは与えられたが王位継承権は認められず、寄って来るのは自分より劣る者ばかり。おまけに王家とは縁もゆかりもない侯爵家の娘と縁組させられそうになった。自分はもっと高みにいる筈なのに、本当なら王子として大国の姫さえ娶れる立場なのに。何故、自分は選べない、選ばれない?そう思ってたんだろ?教えてやろうか、その理由を」
「黙れぇっ!」
「てめぇは自惚れが強くて自分の容姿に絶対の自信を持ってて、自分の容姿に惹かれて来る奴らを心底軽蔑してるクセに称賛されなきゃ逆ギレして、穢して堕とさなきゃ気が済まない低俗思考の持ち主だからだよっ!」
「っ巫山戯るな!私はそんな低俗思考の持ち主ではない!」
「だったら何で薬で眠らせて犯そうなんて発想になんだよ自信があんなら普通に口説けばいーだけだろうがっ?」
「ふん。だからガキだと言うんだ。私は彼女達を無垢なまま〝保存〟してやろうとしただけだ」
「…〝保存〟だと?」
「そうだ。彼女達は芸術品だ。男の感触など知らないままで良いのだ。何も知らないまま、私に愛され だが 愛された事すら気付かないままー…ぐぇっ?!」
高説が途中でヒキガエルの潰れたような声になったのはアルフレッドの足が腹部にめり込んだからだ。因みにこの会話の間も2人は早い太刀筋で斬り合っていた__器用な事に。
「単なる悪趣味をさも高尚な言葉にすり替えんな。反吐が出る」
アルフレッドは腹にめり込ませた足にさらに力を加える。
「違うっ!私はー…ぐぇ」
「黙れっつってんだろーが。大体、誤魔化しきれてねぇんだよ、てめーは」
「何だと?」
「いっっくらその整った紳士ヅラでごまかしてもなぁ、見てればわかるんだよ普段からその目の奥に薄汚い欲望がちらついてんのがなっ!」
「なっー…何故だっ?私は彼女達を愛しただけだー…っ」
「だったら正面突破を目指すべきだったな。彼女は、(俺たちが見てきた)アリスティア・メイデンはっ!そういうのが1番嫌いなんだよ!一年も見てきてわからなかったのよ?」
それは自分達にも言える事だったが今はどうでも良い。アルフレッドの足がぐりぐりとめり込むのでオルフェレウスは悶絶したまま応じる言葉を吐けずにいる。
「〜〜っ!」
それでも絶え絶えに口内でぶつぶつと呪いの言葉を吐いてはいたがアルフレッドは無視した。
そこへ、
「殿下、騎士団到着しました」
「魔法師団、結界の除去を完了しました」
ギルバートとアレックスの登場と報告にアルフレッドの足下で足掻いていたオルフェレウスの動きが止まる。
「まさか…」
「お前みたいな用意周到な毒蜘蛛の巣に1人で来るわけないだろ?ーー拘束しろ」
そう言ってアルフレッドはアリスティアの方へ足を向ける。つられてそちらに目をやった2人も言葉を失った。
「成る程、風景画、ね…これに彼女を加えると完成なわけだ」感情を押し殺した声で言い、アルフレッドは自身のマントでアリスティアの身体を覆う。
胸元をはだけ(させられ)たアリスティアが座らせられていたのは巨大なカンバスの前だった。広大な森の中光が差し込み、足下には可憐な野草が咲き乱れ差し込む光は中心にいる少女に祝福を注いでいるかのようだった。だが、その少女だけは生身であり、その風景に溶け込むように計算されつくしたポーズで座らせられていたのだ。
絵自体は素晴らしい出来なのに生身の少女を絵の一部にするというおぞましい演出に、見ていた側は怖気おぞけが立った。
ギルバートとアレックスもおぞましい者を見る視線で、オルフェレウスを呼び出した兵と共に引っ立てていった。
気付いた時、私は保健室のベッドの上だった。
「…?…」
わかったのはそれだけ。
何故私はここにいるのか…?
「気が付かれましたか」
えっ…
見た事のない見た感じいかにも高位の方付きの女官が私に語りかける。
次いで「ああ目が覚めたのねメイデン嬢」とカーテンの中に入ってきたのは保険医の先生だ。
「あの、私…?」
「んー…とりあえず診察させてもらうわね。顔色はちょっと悪いけど体温は正常、脈は異常なし。薬の後遺症も見られない、と。流石宮廷魔導師呼びつけてあらゆる回復魔法ヒーリング施しただけあるわね〜」うんうん。
と感心する保険医の先生。わたしには訳がわからない。
「それでー…貴女はどこまで覚えているのか訊いても良いかしら?」
「は、はい。ヴィオラ先生にお茶に誘われてーー淹れて頂いたお茶を飲んで暫くしたら段々…そういえば先生の腕の中のノエルが全然起きなくて変だと思って先生に尋ねようと…ーあれ?」そこから先の記憶がない。
「貴女、眠り薬を飲まされていたのよ」保険医が真剣な顔で言う。
「…え」
けど、あのお茶は先生が淹れてくれたもので、でも、そういえば私は意識を失う瞬間ノエルの眠り方が変だと感じてーー?
「まさか、ヴィオラ先生が、私に薬を?そんなー…」
一体、何の為に。
「男が女性を薬で昏倒させて自分だけの異空間に連れ込む目的なんて1つでしょ」アルフレッドの声がカーテンの向こうから聞こえた。声色から察するにかなり不機嫌だ。
「アルフレッド殿下が貴女を異空間に連れ込んだオルフェレウス・ヴィオラを捕縛して助け出して下さったのよ」
ヴィオラ先生が?
私を異空間に連れ込んだ?
「じゃあ、やっぱり…」(ノエルのあの眠りはー…)
「やっぱりって何?!」
アルフレッドが思わずカーテンの中に入ってきてしまう。「殿下!」思わず窘めようとする保険医を振り切ってアルフレッドは私に詰め寄る。
「君は知ってたのか?あの男の企みを?知ってて野放しにしただけでなくあの男に勧められるまま眠り薬の入った茶を飲みその身を捧げたのか?!」
「っ!そんなわけないでしょう!私はヴィオラ先生がそんな企みをしてたなんて一切気が付いていませんでした!」
「じゃあ今のやっぱりというのは何だ?!」
「ノエルの事です!」
「はっ…?」
ノエルだと?あの猫の?
「ノエルは魔力も強く、人への警戒心も強い筈なのにヴィオラ先生の腕の中で随分良く眠っていたから…それが、変だとは思いましたけどミセス・ナタリーが探しているというなら早く連れて帰らなきゃって。でもあの子は目覚めた時に無意識に魔力を振り撒いてしまう事があるから私が連れ帰った方が良いだろうって…でもヴィオラ先生がこの猫が起きるまでお茶でもどうですかってー…」
その後のアリスティアの説明も含め合点がいったアルフレッドは「…そう。わかった。奴の後始末はこちらでつける。君は早く準備して」言い置いて出て行くのと同時に「はい。承りました」と入ってきたのは先程付いていてくれた女官と、何故かその後ろに3人のメイドがいた。
「先ずは湯浴みからですね」言いながらさっさと私を浴室へ引っ張っていく。この学園の保健室は思わぬアクシデントで身体や衣服を汚ししまった生徒の為に浴室やランドリールームまであるのだ。
いや、それ以前に。
「あ、あの、湯浴みって?!」
わけがわからず叫ぶように訊くと仕切りの向こうのアルフレッドにも聞こえたらしく、
「あー…だって君の制服あの変態にべたべた触られてたし?気持ち悪いだろうから女官に持ってこさせた寝間着に着替えさせてたんだけど、体調もう良いんでしょ?なら着替えなきゃね?あ 因みに着替えさせたのは女官で僕は一切触れてないから」
「………」そりゃそうだろう。だが、何故湯浴みの必要が?
「奴の魔力残滓、残しておきたくないでしょ?」正確には奴の唾液塗れのままは嫌だろう?だがそれは彼女には言えない事だ。
見つけた時には奴に身体中舐めまわされたあとだった事など知らせる必要はないしそんなつもりは毛頭ない。勿論女官に着替えさせる時にも拭かせてはいるがやはり湯浴みさせて一切合切落とすべきだろう。
ー 本人に自覚はなくとも。
「じゃあ、頼んだ」
そうカーテン越しに言って部屋を出ていった。
私は湯浴みというにはいささかやり過ぎレベルで女官達に身体を磨かれ、まあそこまでは良いとして。
「あの、これは…?」
女官が手にしているのはどう見ても夜会服だ。
「こちらで用意させていただいたお召し替え用の衣装です」
何か問題でも?と有無を言わせないにこにこ顔がかえって怖い。
「部屋に戻れば着替えがありますので、あの、」
「私どもが許可なく御令嬢の部屋に入る事は出来ません。ご衣裳についての説明は後ほど殿下より申し上げるので今はひとまずこちらをお召し下さい との事です」
そうリーダーの女官が言えばさあ!とばかりにマネキンに仕立てがかられ、いくらもしないうちに私は薄いブルーの夏用ドレスを着たどこぞの令嬢(実際そうなのだが)に仕立て上げられてしまう。
女官達の手際も驚きだが仕上がった自分を姿見で見てさらにびっくりだ。
(うわぁ。どっかのお姫様みたい)
容姿が美少女なのは自覚していたが、ここまでかっちり正装した事はなかったのでびっくりだ。鏡の中の自分をまじまじと見つめる。
何しろ身に付けてる物1つひとつが高価だ。横髪を一部掬い上げるようにして頭上に輝くのは小さなティアラ、首元には細いながらゴールドとダイヤのネックレス、何より素晴らしいのはこのドレスだ。スカート部分に薄いブルーを重ねる事によって実際の色より濃く見せるのと同時に妖精の羽根を重ねたような錯覚を起こすかのように縫い合わされている。胴の部分は同色の1枚布だがざっくり開いた肩から胸元を覆うレースが肌の余計な露出を防ぐのと同時に見事な華を添えている。あまりの見事さにそぅ、と胸元を飾るレースに触れてみる。
が、触れた途端「え」 と固まる。コレって、まさかーー…?!
素材の正体に気付いて青くなる。
これって…あれよね?あの〝王室御用達〟で庶民はおろか貴族でも滅多に使われないっていう高級素材、幻の生地……よね?
全く出回ってないわけではないので店頭で見本生地を見たり触ったりした事は、ある。
あるがそれを使ったドレスは見るのは初めてだ。1部分だけとはいえこんなモノ使ったドレス、着ていられるワケがない。すぐ脱ぎたい。
「あ、あの、これっ、」
上擦ったアリスティアの声はスルーされ、「素晴らしいですわ!さ、殿下にお目見えしましょうね」とさっさと姿見の前から連れ出され、「殿下、御令嬢の支度が整いました」
という声にアルフレッドが入室して来る。
正装したアリスティアを目にした途端、アルフレッドは息を呑んで立ち尽くす事数秒。
因みにアリスティアも固まっているのでこの数秒間室内には物音ひとつしない静寂が訪れた。
やがて女官が、
「アルフレッド殿下?何か問題がございますか?」
「いや、ない。…素晴らしい出来だ」
「ありがとうございます。では、私達はこれで」
(て えぇー?!)
と 突っ込む間も無く女官達は部屋を出て行く。
「………」
「………」
説明、殿下からあるって言ってたよね?
助けてもらった事だしここは大人しく説明を聞く事にしよう。
と、待っていたのだが__アルフレッドはこちらを凝視するばかりで全く声を発さない。
「あのー…」
これではきりがないので仕方なく私から声をかける。
「はっ…あ、あぁ、すまない。その、良く似合っている」
「はあ。どうも。それであの、私がこれを着る意味とは何でしょう?先程の女官の方が殿下から説明がある と窺ったのですが」
「あ、ああ。まず、君の格好はあのままにしておけない。これはわかるよね?」
「はい」
「で、この騒ぎは他の生徒に知られるわけにはいかない。学園の安全面が疑われる事態は避けなきゃならないし、王家としての体面も関わって来るから公に奴を裁く事は出来ない。被害者としての君には納得出来ないかもしれないけど公にしたところで君には傷物というレッテルが貼られるだけでお互い利がないと思う」
「…そうですね」私は固い声で答える。
「勿論王家からも奴個人からも、慰謝料という形での補償はする」
「…左様ですか」声も視線も氷点下まで下がっているのが自分でもわかる。
それがわかっているのかいないのか、冷静な声でアルフレッドは続けた。
「…奴には余罪が沢山あった」
「え?」
下がっていた視線が思わずアルフレッドの方に向く。
「奴のやり口は用意周到だった。被害に遭った女生徒は何人もいるが殆どの被害者が自覚していなかったーー眠らされている間に誰かに陵辱されていた、と自覚があったのは2人だけ。後は保健室で目覚めた時既に自分が乱暴されていたという自覚がなかった。ただちょっと身体の節々が痛む、怠い、頭痛がする、程度のもので誰も婦女暴行被害とは考えなかった」
「その方達は、今ーー?」
「自覚がないのならわざわざ真実を教える必要はない。こちらから腕の良い回復魔法師を送り込む以外何もしない。自覚のある被害者には犯人をどうしたいかの要望も訊いた上で我が国で処分する」
「………」
確かにそれが1番良い方法だろう。
自覚のない被害者に、貴女は婦女暴行被害に遭ってますよ、とわざわざ教える意味はない。
だが、それは私にも言える事ではないのか?
「君の場合はちょっと事情が違う」
「ー?ー」
「奴は夏期休暇中にこの国を出て行くつもりだったらしい__君を連れて」
「は?」
「犯罪者の思考回路なんて俺にはわからないけど、奴曰く君は〝今迄見つけた中で極上の芸術品〟なんだってさ」
ーー嬉しくない。し、全然現状の説明になっていないがこの人がいなかったら私は眠らされたまま拉致誘拐されていたのは確実だ。
だから、
「申し訳ありません。私がもっと注意すべきでした。…止めて下さってありがとうございます」
と頭を下げた。
「…謝って欲しいわけじゃないんだけどなあ…」
困ったように頬をかく仕草はあのゲームのスチルそのままだ。中身は全く違うが。
「メイデン男爵にも連絡済みだ。で、君にはこれから王宮に行って貰って話をする事になる」
「あぁ…」
成る程、だから正装させられたのか。今日は王宮でもパーティーが開かれてる筈だし。合点がいった私に、
「と、まあここまでが王家側の言い分。こっからはー…」
不意に距離を縮めてきたアルフレッドに壁際に追い詰められる。俗に言う壁ドンというやつだ。
「俺個人の言い分」
今までにない距離感でエメラルドの瞳が光った。
*・゜゜・*:.。..。.:♦︎
「君さあ、なんっっで簡単に眠り薬なんか飲まされちゃってんの?」
「それは、」
わかっている、これは八つ当たりだ。教師に差し出されたお茶を警戒して飲まない なんて事態は普通ない。
だが、自分が間に合わなかったらあの男に良いように嬲られるところだったのだ。
それに、
「俺達とは茶の一杯一緒に飲むまであんなにかかったくせに…!あの用心深さはどこ行ったよ?!何あんな優男の出したものを何の疑いもなく飲んじゃってんの?!」
これも八つ当たりだ。
彼女が自分達に殊更用心深くなったのは自分達のせいだ。
最初から間違ってた。
「思い上がるな」、「つけ上がるな」
ではなく、君は自分で思うよりずっと特別で魅力的な存在なのだと。そんな君を狙う奴はきっといっぱいいるからもっと用心すべきだと。
そう、伝えるべきだったのだ。
「教師だからって安心してんじゃねぇ、アレはなぁ、ずっっと君を狙ってた…!いつ喰われちまうかこっちがどんだけハラハラしてたと思ってる?!」
男なら誰だって持っているのだ、好きな女をどうこうしたい生々しい欲望を。
「でも、そんな素振りは全然ー…」
そうだ。奴の紳士然とした振る舞いは完璧だった。
最初、城に呼んでおきながらこの娘を知らず危ない場所に放り込むような真似をした自分達と違い、
優しくて、丁寧で、たおやかな物腰の美青年。しかも相手を魅了する顔と声まで持ち合わせていた。そんな相手だからこそ、彼女は警戒せず信用した。
ひいてはそんな奴を学園に採用したこちらの責でもあり、彼女に責任はない。
単に、自分が言わずにいられなかっただけだ。
そして、自分の最低な八つ当たりは彼女の心を更に頑なにする。
「私が、このまま学園を去ればよろしいのでしょうか…?」
そんな事、絶対許さない。