ヒロインはゲームの開始を目指さない
あゝまたか。
私は一瞬力を抜いて、手に持ってる書類の束を足元に派手にぶちまけた。
私、アリスティア・メイデンはメイデン男爵家の娘である。
来年度、といっても入学まであと四カ月を切ったが、王立魔法学園への入学案内を受け取り、それと共に『良ければ魔法学園入学前に城へ行儀見習いにあがってはどうか』との内示を受けて、入学より前に王都からはそこそこ離れた実家を出てこの王城に一室を与えられた訳だが、内情は行儀見習いでも何でもなく__ただの小間使い扱いだった。
(王室ぐるみの詐欺かよ)
どこへ行っても用事を言いつけられ、朝起きれば朝食を取ったら全員分の皿洗いを片付けてから行けと言われ、終わってマナーレッスンに顔を出せばもうレッスンは終わった、来るのが遅すぎると延々説教され、お昼を取りに食堂に行けば他の行儀見習いの子達にひそひそと陰口をたたかれ笑われ、さっさと済ませて図書館へ向かえば入った途端丁度良かった、これをどこそこへ運べ、と資料の束を渡され、運んだ先でまた用事を言いつけられ__行儀見習いなんてのはただの名目で、何の給金も出ないのにひたすら働かせられる日々がここにきて二ヶ月続いている。
正直、ここでの生活より男爵家にいた時の方がずっと楽しくて快適だった。
メイデン男爵家は格位こそ低いものの裕福で、領地も広大ではないが豊穣な場所で、領主である父と領民もほど良い距離感での信頼関係を築いている。
私は奥方が亡くなった後に引き取られた庶子ではあったが、父をはじめ男爵家の使用人達はみな私を「お嬢様」と呼び良くしてくれていた。
引き取られるまでろくな教育ひとつ受けていなかった私だが、
「男爵家は誰か一人に婿を取って継いでもらうけれど、他の二人にもきっとよい結婚相手を見付けてお嫁に出すからね」と涙ながらに言う父の言葉に絆されたこともあって淑女教育をきっちり受けて来ていた。
先生にもお墨付きを貰ったし、あのまま学園に入っても大恥をかくような事はなかったはずなのだが__「せっかく王宮から誘いが来たのだから行ったらいい」と周りに言われたのと、好奇心に負けてしまった事を激しく後悔していた。
私には前世の記憶がある。
もちろん生まれた時からあった訳ではない。
物心ついた時から私は母と親子二人で、父親が誰かもわからないまま、一人で細々と花屋を営む母と慎ましく暮らしていた。
母は父について死ぬまで何も語らなかったが、今考えると女手一つで店が持てていたのだから男爵が援助していたのだろう。
九才の時に母が病死し、父の使いだという人が迎えに来た。
父は私を見るとほろほろと涙を流し苦労をかけて済まなかった、“もっと早くに迎えに行きたかったが奥方が怖くて出来なかった“とかなり情け無い事を言った。
しかも__そうして迎えられた娘は私の他に二人いた。
外に三人も愛人作ってたんかい。
そりゃ奥方も怒るわ__て あれ?この展開、どっかで……?そうだ。
私が前世でプレイした乙女ゲーム「伝説の乙女~薔薇の祝福~」の世界にそっくりだ。
この時記憶が戻ったのだ。
確か、主人公は男爵家令嬢という低い身分ながらもその天真爛漫さと、天使のような美しさで学園にいる王子様初め身分も容姿もハイスペックなイケメンを次々虜にしていくっていう、今思うと突っ込みどころ満載なんだけど。
男爵家の娘__うちには私の他に二人引き取られた娘がいる。
けど、現王太子殿下と同じ年齢なのも、魔力があるのも、そしてこれが一番肝心、なのか?
"天使みたい"と称される容姿__も、多分私だ。
透き通るような金髪に、透き通るような肌、明るく澄んだ青い瞳、薔薇色の唇。
妹と姉もそれなりに可愛いが、容姿だけでいえば間違いなくヒロイン認定されるのは私の可能性が高い。
何より二人には魔力がない。
故に私は確信せざるを得なかった。
「あ“ー、私ヒロインに転生しちゃったんだ?」
と。
まず思ったのは「面倒だな」だった。
だって、ただでさえ貴族社会ってめんどいのに公爵令嬢と張り合って王太子ゲットしろって何ソレ?
そりゃあ玉の輿に乗る事自体は悪くはないが、今の生活だって母と二人で寄る辺なく花を切っていた頃に比べれば充分幸せだ。
"良い所にお嫁に行けるように"と家庭教師も付けてくれたし、魔法については市井の魔法使いでは限界はあるものの学ぶことが出来た。
何より父が (政略結婚した妻があまりにも怖くて)母が生きてる頃にはろくな援助も出来なかった分“娘達には人並みな幸せを“と願ってるのも疑いようもなく、同時に引き取られた姉と妹とも仲良くやってきた。
家族仲はすこぶる良い。
そんな中一人だけ全寮制の学園に入ってしまうのは寂しいが、攻略対象に接近せず卒業すれば魔法省への就職も可能だし、魔法使いとして一人立ちだって出来る。
そうして、好きなひとを見つければいいのだ。
父は正妻との間に子供が出来なかったので、「出来れば一人に婿を取って継いで欲しいが重荷なら無理にとは言わない、自分達の好きにしなさい」と言ってくれている。
領民に慕われてるだけあって良い人だ。
まあ、だから莫大な持参金付きとはいえとんでもないお嫁さんもらっちゃって、さらに情にもろいからちょいちょい愛人も作っちゃって、正妻が亡くなってみたら腹違いの娘が三人いたりするわけなんだけど、この世界の貴族にしてはまともな人なんだと思う。
そんな家で育ったから、記憶が戻っても「私がヒロインなのね!やったあ!学園に入ったら王子様とラブラブな学園生活が……!」なんて思いは微塵もなく。
魔法学園への入学案内通知が来た時は攻略対象からは距離を置き、絶対回避の方向で行きたいと思っていた。
「身分なんてどうでもいい、自分が心から好きになった人と結婚したい」
そう思っていたから。
そんな我が家に届いた一通の書状。
曰く、「学園入学までの間王城へ行儀見習いとしてあがってはどうか」という内容だった。
これには
「え?」
となるしかなかった。
だって、ゲーム開始は学園の入学と同時のはず。
お城には攻略対象である王太子、その双子の弟王子、卒業後は騎士団隊長内定済みのご令息に辺境伯の嫡男など攻略対象が揃い踏みのはずだ__おそらく、王太子殿下の婚約者である悪役令嬢も。
入学前に接触 なんてイベントはなかった筈だが、(学園じゃなければイベントも発生しないだろうから会っても平気 なのかも?それに下調べにもなるし)
なんて、軽い気持ちで来たのがいけなかったのだ。
行儀見習いとして城に上がってすぐ、「まず王太子殿下へ挨拶を」と連れて行かれた部屋でほぼ全員と会ってしまった。
これには驚いたが、礼儀を欠くわけにはいかない。
習った通りの所作で挨拶をするとはっと誰かが息をのんだ。
こちらは顔を伏せてるいので誰かはわからないが、ここには王太子殿下とその婚約者、弟王子に辺境伯息、次期騎士団隊長とその婚約者が揃っていた。
(もしかして、値踏みされてる?)
あまり良い気がせず、下げたままの眉を顰める。
「いや、顔をあげてくれ。そこまで畏る必要はない、ここは正式な社交場ではないから。良く来てくれた、メイデン男爵令嬢。入学試験では素晴らしい成績だったと学園側からもきいている」
「恐れいります」
いきなり王太子本人から話かけられるとは思わなかった。
思いつつ、顔をあげろと言われた手前上げざるを得なかったので目の前の王太子殿下ときっちり目を合わせる。
さすが乙女ゲーのメインを張る王子様、美形である。
赤みがかった金髪 (ストロベリーブロンドって言うんだっけ?)はゆるふわに流してあって、エメラルドグリーンの瞳にすらりとした体躯、隙のない所作。
紛うことなき王子様だ。
「君も半年後には私たちと共に学園の生徒となるのだし、顔合わせをしておいた方がいいと思ってな」
そう、ここにいる錚々たる顔触れは全員が同級生なのだ。
ご都合主義にも程があるな、乙女ゲーの開発者?
「まず、弟のアルフレッド」双子なので当然見目形は王太子にそっくりだ。
だが、受ける印象が何というか軽い。有り体に言ってしまえばチャラい。
「よろしく~~」
軽く手をあげる仕草なんか印象そのままだ。まあ、公式設定にもあったけど。
「それから私の婚約者、ミリディアナ・シュタイン公爵令嬢」金茶色の髪と、深い青色の瞳の美しい少女がやや強張った表情で会釈する。
(この人が悪役令嬢……)
ゲームの中の悪役令嬢の末路はかなり悲惨だ。
家からは勘当され、品のない色ボケジジイ貴族に下げ渡され、乱行好きなジジイとその仲間達に日々陵辱の限りを尽くされるのだ。考えるだけで胸がむかむかする。この人がそんなルートへ行かないよう、(くれぐれも攻略対象達とは距離をとらなきゃ)
そう、思っていたのに。
王太子はじめ、優しかったのは最初だけ だったのだ。
アルフレッド王子もギルバート(騎士)も、次期辺境伯のアレックスも、見習い生活が始まると日に日に冷たく__否、意地悪になっていったのだ。
初めは気のせいというか、自意識過剰なんだと思った。
最初に王太子から、
「貴女以外にも数名が行儀見習いとして城に上がっている。午前中にマナーレッスンがあるが基本それ以外は好きに過ごして構わない。図書室も出入り自由だ。だが、その際雑用などを頼まれる事もあると思う。そこは行儀見習いの一環として快く手伝ってやって欲しい。知っているとは思うが学園は全寮制でーー"自分の事は自分で"やるのが普通だからねーーどんな身分であっても」
「心得ております」
「何か困った事があったらいつでも言ってくれ」
と言われていたので図書室に行く度用事を言いつけられて読みたい本に触れる事すら出来ない事が数日続いたとしても、「仕方ない」と割り切ってやっていたのだ、最初は。
だが、他の行儀見習いの令嬢がたを一切見かけない日が続き、流石に気になって資料の整理を手伝いがてら訊いてみたところ、驚くべき事実が判明した。
彼女たちは言わば"本物のお預かりした令嬢"で午前中のレッスン以外は本当にお茶会をしたり王子様を追いかけまわしたりして優雅に過ごしているというのだ。
「まあ、妃候補としての様子見ってのもあるから行儀見習いっても雑用頼むわけには行かないわな」とその係は何でもない事のように言ったが、ならば私の事はどう聞いているのか?
「そりゃー、あんたの事は綺麗なのをハナにかけて行儀もなってない田舎貴族の令嬢だから甘やかすなってお達しが出てるからね」
「………」
“綺麗なのをはなにかけて“
“行儀もなってない“?
ぴき、と私の額にひびが入った。
確かに、王城近くに館を構え身分も高いご令嬢と地方の男爵貴族の令嬢では話にならないだろう。
ついでにその令嬢がたより私の方がずっと美人なのも事実だ。
だがそれがなんだ?
私がいつそれをハナにかけた?
むしろ嫌味にならないよう苦労してるのに!
それに一度しかレッスンに出てない(次から次へと押し付けられる雑用でそんな暇はない!)けれどあの彼女達のマナーだってまずまずがいいとこで、決してお手本に出来るレベルではない。
私は九歳で引き取られた孤児だけど、こういった時困らないよう必死に真面目にレッスンを受けてきたのだ、馬鹿にされる謂れはない。
なのにあっちが本物の令嬢で、私は偽物だというのか?
だからこき使って構わないと?
そのうえ、王太子には滅多に会わないが弟のアルフレッド王子とギルバート、アレックスらとはそれなりに接触するものの、重い物を運んでいようが急ぎの用事だろうがわざわざ声をかけて引き留められ、アルフレッド王子はたまに手伝ってくれるが、これも別に優しさからきてる訳ではない。
単に儀礼的なものなのだろう、凄く無表情で嫌そうにしているのが証拠だが、これはまだマシなほうであとの二人ときたら、
「マナーの先生が貴女はサボってばかりだと嘆いてましたよ」
(行く時間がないだけだっつーの!)
とか、
「貴女に頼んだ雑用が遅くて仕事が進まないと係が愚痴ってましたよ?」
(なら頼むな!そもそも私は実務経験なんかないんだっつの!入学前の子供に何言ってやがんだ正気か?!)
とかの嫌味ばかり。
この人たち、何なの?
普通、ヒロインかどうかに関わらず女性には親切に、が普通じゃないのか。
元々容姿に恵まれたせいでこういった場合親切にしかされた事がない(代わりに同性からの嫉みや嫌みは数倍受けるが)自分には新鮮ではあるが、問題はこの方達がこんな態度なので更に下の文官や女官達までが私を“馬鹿にして良いもの“と位置付け、こき使われかたがどんどん酷くなるという事だ。
上がこうなら下も真似するのだ。
(そんなこともわからないのか?王太子なのに?)
おかげでたった二カ月で手は荒れ、心も荒んできた。
そして今、女性どころか成人男性でも重いだろコレ?てくらいの束を運んでる最中の私を例によってギルバートとアレックスが呼び止めたのだ。
私の心は冷えきっていたので「何か御用でしょうか?」と冷めた口調で言ってしまうのは仕方ない。
「良くないね。人の忠告は素直に聞くべきだよ」
「その忠告とは何でしょう?」
「マナーレッスンに全く顔を出してないそうじゃないか」
またそれか、コイツ壊れたゼンマイかなんかなの?
私は盛大にため息をついた。
言いつけられる用事が多過ぎて間に合わないのだと、この人達には何度言っても脳に染み込まないから。どころか、
「それは君の要領が悪いからだろう」
(ほら来た)
いっつもコレだ。じゃーアンタがやってみろ!
言っとくけどここの女官より私のが働いてるからな?
「あの子がきてから仕事がラクになっていい、殿下達も上手いこと考えるわよね〜行儀見習いと偽って小間使いタダで雇うなんて」と女官達がサボりながらきゃらきゃら笑ってるのを知っている。
だから、私は手の力を抜いてばさーっと持ってた資料を盛大にばら巻いた。
すかさず「何やってるんだ!」アレックスが叱責するが、
「あら失礼。何を勘違いされてるのか知りませんが、私の腕力は至って平均的でこんな量の物を持ったまま話が出来る程鍛えてはおりませんの。ですからこのままお聞きしますわ、資料はその後拾い集めてから運ぶ事にします。拾い集めたあとではまた同じ事になるでしょうから。急ぎと言われたのですけどね?ついでにお訊きしてよろしいでしょうかアレックス様、今みたいに“急ぎで“と言われたものの身分高い方に呼び止められて遅れてしまいそうな時、私はどちらを優先すればよろしいのでしょう?教えて下さいな」据わった目で一気に言うとアレックスが絶句した。
今までの私はいい子にしてたから言い返されると思わなかったのだろう。
だが、
「これは、重いな」
いつの間にか資料を拾い集めながらギルバートが言う。
(気付くのおっそ……)
「確かに、今のはタイミングが悪かったな、申し訳ない。謝罪を兼ねて手伝おう」(タイミング悪いのはいつもじゃない?)
思いつつ、
「わざわざどうもありがとうございます」
私は棒読みで応じる。
「ギル!おまえー「お前も手伝え」」ギルバートは皆まで言わせず拾った資料の半分をアレックスの手に乗せる。
「うわっ?!お!」重い、と言いかけて私と目が合い、黙る。
(ふん、ボンボンめ)ぼく両手にナイフとフォーク以外持った事ないんですーってか?
こんな感じに攻略対象達にイビられ続け、私の中でのお城及び攻略対象への思いは失墜__否、"敵認定"に転じていた。
一度資料運びを手伝ってもらったところで今までの屈辱がチャラになるわけはない。
私は一つの決意を固め、根回しをすませて、王太子に謁見を申し入れた。
そして今、あの時と同じ面子、同じ部屋で私は王太子と向かい合っていた。
「何か困った事でもあったのかな?」
口調は丁寧だが冷たい。
(成る程?あの困った事があったら云々は“ないなら呼ぶな“て意味で心配してたわけじゃないのね)
まあ、今更気にしないけど。
「いいえ?ただお別れの挨拶を と思いまして」
引き換え、私はこれまでになく上機嫌だった。
「何?」
驚愕する王太子に少し気分を良くしながら極上の笑みで告げる。
「本日限りで行儀見習いを辞し、実家に帰る事に致しました。殿下におかれましては見習い初日にわざわざ声をかけていただきました故、私事でお呼びたてして申し訳ないとは思いましたが一応ご報告させていただきたく」
と私が頭を下げて言うと同時に、部屋の空気が凍った。
「出て行く、だと?」
「はい」
「行儀見習いにすら耐えられないとは_…」
バカにした声で言い募ろうとするアレックスを片手で制して王太子が続ける。
「何故__と訊いても?」
白々しい。
「書状にはこうありましたわ。"魔法学園入学に備え準備として城にあがる意思があるなら行儀見習いとして迎え入れ、マナーの講師を付けてのレッスンと城での図書室での予習を許可するものとする。またこれは強制ではないので辞退しても構わない"と。そうですわよね?」
「では、辞退すると?」
「はい」
「一度城に上がっておきながらそれは失礼ではないのか?」
ギルバートが言う。
どの口が言う?
「では失礼ながら申し上げます。私がここにいる事で得るものとは何でしょう?」
「では……二カ月間ここにいて得るものはなかったと?」
「大量の皿洗いと料理の下ごしらえとか資料運び及びその整理とか__ですかね?それ以外させて貰ってませんから」
「何だと?」
王太子が目を剥いた。
本気で驚いたようにみえるが、そんなことはどうでもいい。
「この際だから申し上げておきます。私はこの城にあがってからというもの、毎日どこにいても何をやってても雑用を押し付、いえ、云いつけられて全く入学に向けての準備や予習など出来てはおりません。言いつけられる用事が終わらずマナーレッスンも出席出来たのは最初の一日だけ。図書室に行っても行った途端雑務を言いつけられ図書室の本を手に取れた事すらただの一度もございません。それだけでなく言いつけられた用事が終わらず睡眠時間の確保だけで精一杯という日々の連続でしたわ。一体私は何の為にここに呼ばれたのか……」
そこまで言った時、漸くコトの事態が飲み込めたらしい方々が口を開く前に、
「__わからなかったのですけど、漸くわかりました。皆様は、私に教えて下さってたのですよね?“お前のように田舎貴族の庶子が学園に入ると酷い目に遭うぞ“と?」
はい、まさしく鳩が豆鉄砲くらいました。
て顔の高貴な方々に私は続ける。
「あゝ、先に知って良かったですわ!もし私が何も知らず学園に入ってたりしたら勉強どころか心を病んでしまうところでしたわ。学園は皆様のような方々だけが肩を並べるところ。私みたいな者が行くべきではないと、思い知らせて下さったのですね……!」
「い、いや、、そんなつもりではー…」
なかったと言いたいのだろうが、生憎説得力がない。
なので、私は勝手に先を続けた。
「ですから、魔法学園への入学はお断り致しました」
「「な、何だとっ?!」」
奇しくも王太子とギルバートの声が重なる。
「学園の方からは既に受理していただいております。問題ございませんよね?」
魔法学園は受験制で、入学に補欠の順番待ちが出来るほど国で随一のエリート機関だ。
私も入学を楽しみにしていた。
だが、そんな思いはこの方達が粉々にしてくれた。
「ですから、私はもうこの城にいる理由がございません。家には既にこちらを辞して帰る旨も知らせてあります。短い間でしたがお世話になりました。ではご機嫌よう」
さっさと頭を下げて部屋を辞そうとする無礼とも言える私の態度に漸くこの人たちも気付いたらしい__私が怒っている事に。
「ま、待て……!メイデン令嬢、悪かった。こちらの不手際だった。甘やかすのは君の為に良くないと思って厳しく指導する様に言ったのは私だ。だがそんな事になっていたとは知らなかった」
知らなかったからなんだ?__どうでもいいのだそんな事は。
大体甘やかすのは私の為に良くないってなんだアンタは私の親かなんかか。
お前らが私の何を知ってる?
私はそれには応えず、「失礼します」と頭を下げて部屋を後に_…出来なかった。
「あ〜ちょっと待ってくれないかな?アリスティア令嬢」
チャラ王子が目の前に立ちはだかった。
「行き違いがあったみたいだし、待遇改善を話し合う余地はあるんじゃないかな?だよね?アッシュ」
ねぇよんなもん。そもそもコレを行き違いとは言わない、単なる弱いものいじめと言う。
頭越しの双子の会話にそうツッコミたかったがさすがに口には出さない。
「あ、ああ!まず君に雑用を今後言いつけないよう通達する。その上で勉強時間もきっちり取れるよう、」
今更遅い!
「勉強なら家でも出来ますわ」
元々何の見習いにもなってないのだ、学ぶ場所がここである必要はないし、間違ってもここの人達のやり方なんか真似したくない。
一緒に学生生活を送りたいとも思わない。
私は目の前に立つチャラ王子、アルフレッドを睨みつける。
「早く退いて」という意味をこめて。
学園には入学しない。
この人たちと関わりを持つ気はない。
ゲームがスタートしないなら、良い関係を保つ必要なんかないのだ、コイツらと。
だから、話し合う必要なんかない。
「私は学園に進まず生きると決めました。城にいる必要はございません」
再度私が言うと、
「オーケー……今は何を言っても無駄みたいだね。日を改めた方が良さそうだ」
言いながらようやく退いてくれる。
改める余地なんかないのだが今言うとめんどくさそうなので黙っておく。
チャラ王子は退くだけでなくご丁寧に扉を開けて「って事で、続きは日を改めて。その時はこちらから使いを出すから。どうぞ?お姫様」と促してくれる。
その様は間違いなく"王子様"なのだがときめきは皆無だ。私は表情を動かさずに、
「失礼致します」と王子の横をすり抜けた。
パタン、と静かに扉が閉じた後暫く誰も口をきかなかった。
アルフレッド王子が一言「……やりすぎたね」と発した以外は。