ヒロインは絆されない
タイトルがガチで否定しか出て来ない。
一緒にお昼をとりながらも実務以外の話題にはあまりならないランチタイムに今日は変化が訪れた。
「私もご一緒してよろしいかしら?」
そう言って断られる事などまるで予想していないその声の主は勝手に椅子を(特例で付き従えてる使用人に)引かせて座ってしまう人物が現れた。
現在ここにいるのは王太子、ミリィ、アルフレッド、カミラ、ギルバート、アレックスと私。
ジュリアは別件で不在だ。
場所はカフェテリアのエリアから外れた庭園の四阿のようになってる場所で、別に一般生徒立入禁止区域ではないが傍目から生徒会の集まり(テーブルには軽食だけでなく書類も広がっているので)なのは一目瞭然なので皆遠慮して近寄っては来ない。
はず、なのだが。
「ふふ。ギルバートお兄様は今日のお昼はこちらだと伺ったので。来ちゃいました」と微笑む少女は悪気はないのだろう、空気が読めないだけで。
「生徒会の執務も兼ねて、と言った筈だが?」呆れた溜息と共に言うギルバートの台詞には〝来るなと言ったろう?〟が含まれているのが私にもわかる。
ていうか、わかってないのこの子だけでは?
「だって、私ここに来たばかりで知り合いがいないんですもの。王太子殿下とアルフレッド様にはお城でご挨拶させていただきましたけど、学園に来てからは一度も会って下さらなくて寂しいですわ。王太子殿下はご婚約者がいらっしゃるから応じてくれないのもわかるのですけれど、、アルフレッド様には決まった方はおられないのでしょう?なのに何度お茶会に誘っても来て下さらないなんて」
拗ねるような仕草でさりげなく甘え口調で非難する声音に不快感が募る。
背中の真ん中辺りまで伸ばしたストレートな黒髪と黒い瞳、肌もさほど白くはなくかといって黒いわけでもない彼女は色彩だけなら日本人ぽいけど日本人じゃないのは顔立ちでわかる。
学園の生徒なら誰もが知っている人物だが、話したことはない。
「まずは先輩がたに挨拶だろうユリアナ」
「えっ…、」
わあギルバートが常識人に見える。
「でも、」
ちら、とこちらに視線が来る。
王子たちにはもう城で会ってるし、初対面なのは多分この中で私くらいだし、何より「私は皇族なのに?」と思ってるのが顔に出まくりだ。
そう、このお嬢さんは隣国の皇女さまだ。
ほんの数日前、この国に留学してきて現在この学園には聴講生として来ている。
正式に編入はまだ決まってないそうだ、事情はよくわからんが。
(あれ でもギルバートをお兄様ってー…?)
「祖母が隣国の皇室から嫁いで来られた方だったのだ」
あぁなるほど。
尤も、あの国後宮需要が高いから、皇子も皇女も沢山いるんだよね。
皇子が八人、皇女も八人、総勢十六人。
このお嬢さん、もうマセガキでいいか__は、確か第八皇女。
そして隣国の皇族には褐色の肌色が多いのだが彼女は褐色というより日本人の肌色に近い。
前世の日本人感覚で言うならちょっと彫りの深いアジアンビューティという感じだ、もう少し成長したらの話だが。
(あの国の後宮はとにかく人種も国も身分も問わないというからあまり似てない兄妹も珍しくなく、色んな国の血が混ざってるのよね。別にそれは構わないんだけど、)
「お兄様が紹介してくだされば……」
「甘えるな。そんな調子ではこの学園に編入許可はおりないぞ?」
「っそんな…!」
どうやらテスト期間中らしい。
なるほど…そして意外と、、いや意外でもないかスパルタだなギルバート。
黒髪のお姫様はコホン、と息を整えてから立ち上がって私に向き直ると
「初めまして。隣国の第八皇女、ユリアナと申します。お名前を伺っても?」
直ぐに顔を上げて見返しながら訊いてくる。
「…初めまして。アリスティア・メイデンと申します。父は男爵です」
私の声が一段低かったのは仕方ないと思う。
「まあっ…!男爵…?!そんな方がこの席に…?!」
__この反応に予想がついてたから。
心底驚いた風に声を上げるお姫様に私はとびっきりの貼りついた笑みを向けて黙らせる。
「__まぁ。本日はそういった集まりではなかったと思うのですが(サロンと勘違いしてんじゃねーぞマセガキ?)。私の勘違いだったようですわね。これでは業務になりませんし失礼致しますわ」
私は自分の分のカップや皿だけ持って席を立った。
「確かに業務が出来る状態じゃないね、送ってくよメイデン嬢」
目を眇めてすかさず立ち上がるアルフレッドに、
「えっ…」というお姫様の声に私の「いえ、」が重なる。
が、アルフレッドは私の分の食器も持って歩き出す。
そして視線だけやり低く「ギルバート?」と声をかけた。
「はっ…あ!すまない、メイデン嬢」
ギルバートが深々と頭を下げてきた。
「「っ?!」」私とマセガキの驚愕が重なる。
まあ、驚愕の中身は大分違うけど。
「(この状況は)君のせいだよ?」
冷たい視線をマセガキに刺しながらそう言ってアルフレッドは踵を返した。
別について来てくれなくて良いんだけど。
思いつつ、仕方なく連れ立って歩く。
「わかってると思うけど、今みたいな場合君が引く必要はないんだよ?」
(わかってますよ、そんなこと)
「いえ。もう食べ終わってましたし、皆さまが歓談なさるなら私がいる必要はないかと思いまして」
単にあの場を去る口実に使っただけだ、放課後の残務が残るのはいただけないが。
「………」
食器をカフェテリアに返し、少し歩くと次の授業の教室が見えてきたので
「ではここで。送っていただいてありがとうございました」
「…どういたしまして」
遠くなるアリスティアの後ろ姿に、
「用がなければ同席する必要はない、か…」
アリスティアの背中が遠のくのを確認しまた彼女は絶対に振り返らないだろう確信を持って先程までのデフォルトスマイルを綺麗に拭い去ったアルフレッドは剣呑とさえ言える瞳でアリスティアの背中を追っていた。
不本意ながら器用に役員としての執務をこなして過ごす中、会長が(のこのこと)生徒会室にやってきた。
「やあ。入学式はお疲れ様だったね」
「「会長!」」
ギルバートとアレックスが慌てて席を立つ。
「今は会長ではないよ。私も研究室にも慣れてきたから様子を見ておこうと差し入れを持ってきたのだが、」
苦笑して告げる会長が言い終わる前に、
「私、お茶をいれますわね」
すかさず私が席を立ち、
「手伝うわ、アリス」
とジュリアが続いた。
「何か困ってる事はないか?それからー…」
目線がこちらを指しているのは感じるが全員に向けて言ってるのだろうと勝手に断じて私とジュリアは聞かぬふりを貫いた。
だが、そんな空気は察してないのか単に気付かない振りをしているのか、多分後者だろう。
前会長は私の方へ近付きながら懐から何かを取り出す。
「メイデン嬢、これを」
それはブルーのリボンをかけられた正方形の小さな包みだった。
「?」
私が疑問の視線を投げると、
「卒業式の翌日が誕生日だったろう?あの後折を見て渡すつもりだったのだが、君達はあの後すぐに会場から去ってしまったからね」
「「!!」」
私とジュリアは目を剥き、
「「「「!?!」」」」
部屋にいた他の全員も息をのむが、元生徒会長はそんなことには頓着せずに私に包みを差し出した。
「十五歳の誕生日おめでとう、メイデン嬢」
「……………」
艶やかに笑う元生徒会長の差し出す包みに手を伸ばす事はせず、
「__頂く謂れがありませんので。お気持ちだけで結構です」
私は凍り付いた笑みで言った。
「そんなにかまえる程高価な物ではないよ。軽い気持ちで受け取ってくれればいい」
(……いらん)
「まあそのような。軽い気持ちでレイド公御子息から下賜されたものなど受け取るわけには参りません__もう後輩でもないのに」
はっきりと毒と棘を滲ませた声に同学年のメンバー(ジュリア以外)は青くなるが、アルフォンスは特に気にした様子はなく、
「これは、手厳しいな」
と苦笑した。
「まあ。私はただ無事学園を卒業されて研究の道に進まれた(筈なのに暇か)高貴な方の気を散らす存在にはなりなくない(というか関わりたくない)だけですわ」
「……私は王族ではないよ?」
流石に声を低めたアルフォンスに、
「でも、それに次ぐ方でいらっしゃる」
私はすかさず返した。
「私は…ーいや、やめておこう。これ以上可愛い後輩に嫌われたくはないからね」
「好き嫌いで言っているわけではありませんわ?」
単に今ままでのような信用がなくなっただけである。
物に罪はないが、贈る女性に困ってなどいないだろうから私は受け取らない。
「「「「「「………」」」」」
(前)会長の行動も勿論だがそれに対してのアリスティアの拒絶の仕方があからさま過ぎてアルフレッド達も驚く。
だが、彼女はそんな事はお構いなしに、
「ああレイド様が会長時代には生徒会にいなかった私が皆様の思い出話の邪魔をしてはいけませんわね」
言いながら前会長の席に紅茶を置くと、
「私達は失礼致します。お疲れ様でした」
勝手に話を畳んで出ていってしまう。もちろんジュリアも一緒に。
確かに、今日はもう自由帰寮だ。生徒会の面々はこの執務室で業務が無事終えられたことにほっとし「お疲れ様」と互いに言い合っていたところだ。
ゆえにかろうじて、
「お、お疲れー…」
と応じたカミラですらどこか茫然としていた。
彼女が(前)会長のことをあそこまで拒絶するとは。
自分達にはとことん拒否の姿勢を崩さない彼女も、生徒会長であり何度も助けられているアルフォンスにあんな態度で接する事はなかった。
お昼やお茶などの誘いも何度か応じていたし、どちらかといえば好意的に接していたと思ったのだが。
「やれやれ、すっかり嫌われてしまったな」
当の本人はあまり気にしていないようで、受け取ってもらえなかった小箱をあっさり仕舞うと、
「君達は受け取ってくれるだろう?まあ、こちらはただの菓子だが」
「ありがとうございます、会長」
一拍おいて立ち直ったらしいカミラが包みを受け取って開けるべく食器の並ぶ棚に向かうと、ミリディアナも続いた。
「あ、あの…、今のは」
震えながらも手を挙げ質問したアレックスに、
「ん?」
アルフォンスは微笑んで先を促す。
「か 会長は、彼女に個人的な感情が…?」
「まあ、気になる事は確かだね」
「何を贈ろうとしてたんですか?」
アルフレッドが突っ込むが、
「女性が喜びそうなちょっとしたものだよ。まあ、受け取ってもらえなかったのだし突っ込むのはそこまでにしてくれ」
気にはなるが こうまで言われては何も言えない。
そうしてアルフォンスが部屋を辞したあと、
「僕だってプレゼント用意してたのにー!!
「俺だって贈ろうと準備してたのにーー!!」
という絶叫が同時に響いたが、用意した物は勿論、声も本人には届かない。