各者、月に想う
月がいつになく明るい夜に、それを見上げひとりの少女を思い浮かべる男がいた。
場所も立場も違えど、思い浮かべる相手は同一だった。
アリスティア・メイデン。
一人目は、
「今度同じ事をされたなら二度と顔を合わせなくて済むように他国に移住する」と言わしめた騎士。
そんなつもりではなかったのだ。
自分に真っ向から意見してくる者は少ない。
そして、いつも気を張っているさまは知らず周りを威嚇していたらしい。
だから、気が付かなかった。
自分が知らずとんでもなく傲慢になっている事に。
平等を促す公平な騎士であろうと努力してきたつもりが、いつの間にか。
「ヒロインはその美しさで殿下や自分を堕落させ、ミリディアナ様を陥れる可能性のある人物」
そう事前に聞かされてしまったからかも知れない。
アルフレッド殿下の言う通りだ。
自分は何も見えていなかった、見ている気になっていただけだ。
そしてその思い上がりは彼女から最悪の言葉を引き出してしまった。
まだ、間に合うだろうか___許してもらえるだろうか?
「朝晩は、冷え込むようになってきたな……」
この程度の寒さに堪える程柔ではないが、秋も深まり、冬が近い。
次の生徒会主催イベントに、彼女は参加してくれるだろうか。
まるで十字架の前の罪人のように、灰色の瞳が空を見上げた。
二人目は、
「まるで、あの場所だけ季節が違うようだった」と呟く小柄な少年。
彼女は木漏れ日の様に笑う。
寒くなり始めた時期だというのに彼女の周りだけがいつも春のようだ。
あの微笑みを、自分に向けてはくれないだろうか。
自分に、できれば自分にだけに。
つい、そう思ってしまうのを止められないほど、彼女に焦がれて溜息をついた顔は、まさに恋する男そのものだった。
三人目は、
「__はぁ。猫になりたい」と真顔で言い胸に抱いたクッションに顎を埋める。
あのふかふかした胸に顔を埋めてすりすりしたい。
そしてあの子に撫で撫でしてもらって、そのお返しに僕も彼女のあんなとこやこんなとこを撫で撫でして、くすぐったがるあの子に爪を立てて……でもってそのうち歯も立てて、ゆくゆくは別のとこも__、
それは既に猫ではない。ただの雄だ。
そう突っ込む人間は、残念ながら近くにいなかった。
四人目は、
雪より白く光る肌、黄金色の髪、薔薇色の唇__彼女は本当に美しい。
見た目によらず機転が利いて気が強いところもまたいい、あの唇に口付けをしたらどんな反応をするのだろう。
肌に舌を這わせたらどんな味がするのだろう、あの華奢な腕を組み敷いて純潔を奪ったらどんな風に鳴くだろう?
始めは泣いても、すぐに啼きだすだろう、あの天使のような少女が女性に羽化していくさまはどんなものなのか__あゝはやく見たい。
彼女をこころゆくまで犯したい。
隅々まで、時間をかけて。
そんな事を美しい口元から囁く男の顔は、月に隠れて見えなかった。
最後のひとりは、
「やれやれ。彼らを出来るだけ備に観察し“もし彼女に害が及ぶ事あれば守れ“とは__御大も無茶を言うものだ」
月を見上げて疲れた溜息を吐いた。