閑話:手紙配達人イリア
閑話、ということで今回は完全な日常回です。今までは事件性が多少ありましたが、今回はほぼほぼありません。
やはり、イリアの旅、その日常も描いていきたいなと思っていますので、よければ最後まで見ていってください。
花がちらほらと咲いている広大な草原の上。
「……ふぁーあ」
私は、空飛ぶ箒の上で大きなあくびをした。
「そんな制御では落ちてしまうかもしれないぞ?」
「えー、だって暇だしねー。じゃあフィルが制御して?」
フィルのそんな言葉に対し、私はそう返した。
「……いいや、なんでもない」
フィルは、ぷいと向こうを向いてそう言った。
「おい、じゃあ最初から言うんじゃないよ」
私はフィルの頭を手刀で小突いた。
「……せーん」
すると、下の方から何やら声が聞こえたような気がした。
「ん? 今何か聞こえた?」
「そうだな、誰かが呼んでいるようだ」
フィルは猫だから耳が良い。
私何を言っているかまで聞こえたらしい。
「――せーん! すいませーん!」
今度は、私の耳でも聞こえた。
それを聞いて振り返ってみると、そこには一人の少女がこちらに向かって手を振っていた。
彼女が着ている服は、街の外に出る用の至って普通の軽装備、にローブ、といった感じだが、その手には杖を持っており、魔法使いであろうことが予測できる。
歳は私と同じくらいかな?
「降りるか?」
「うん」
フィルに聞かれ、私はそう答えて下降する。
しばらくすると、地上についた。
すると、少女は小走りでこちら側に寄ってきた。
「すいません! 旅人さんですよね? 少しお願いがあるんです」
すると、少女はそう言って頭を下げた。
「旅人ですよー。で、お願いって何ですか?」
「はい。えっと、私はレネルアって言うんですけど、この手紙をある人に届けて、その人の様子を見に行ってほしいんです。その人は隣のレグルア王国にいて『レイテルア』っていうカフェをやってるんです」
少女――レネルアはそう私にお願いをした。
「レグルア国のカフェ、レイテルアね……」
私は、ポケットからメモ帳とペンを取り出して、メモする。
ちなみに、メモ帳くらいなら軽いし次元収納魔法に入れていない。あと、文字は本当は魔法文字で書きたいんだけど……魔法文字はすぐに消えてしまうのだ。
……私ってば結構忘れっぽいのだ。
「おっけーです。あ、あと様子を見るってのはどうすればいいんですか?」
私はメモ帳をしまって、そう聞いた。
「彼はカイラっていうんですけど、私と彼は一応想い人みたいな感じでして……そ、それで手紙を届けたんですが、何ヶ月も返信が帰ってこなくて少し気になったんです!」
なるほど、つまりカップルか。
というか実際に何ヶ月経っているのかは知らないけど、それくらいなら軽くかかるのでは? という疑問は心の奥にしまっておこう。
そう、私は大人なのだ!
心の中でそう呟きながら、私はそれを引き受けようと考えた。
今は暇だしね。
「……なるほど、まあ全然引き受けますよー。とりあえず、何か問題がないか見てくればいいわけですね?」
「はい! そうです! ありがとうございます!」
「全然いいよー。それじゃあね」
「それじゃあ――あ、一つ聞いてもいいですか? ……どうやって箒で飛んでるんですか?」
レネルアは、そう聞いてきた。確かに、魔法使いなら気になりそうだ。
なぜなら、箒で飛ぶ魔法使いなんて滅多にいないからだ。そう、箒で飛ぶ魔法使いは幻想なのだ!
……まあ現に私は箒で飛んでいるわけだけど。
「んー、これは自作の魔道具で、ここの魔石の術式を通して、私の魔力で制御して飛んでるんですよ。自分を飛ばすよりずっと効率よく飛べるから、箒で飛んでるんです」
そう、ただの魔法でも自分を飛ばすことは可能だが、魔力消費が多すぎるし、スピードも出ない。
戦闘向きではあるけど、移動には使えないのだ。
「へー、自作……すごいですね!」
レネルアはそう言って褒めてくる。
「まあ、もっと安全な形にしたほうが安全性は上がりますけど、こっちの方が魔力消費は少ないし、速いし……あと、何よりロマンに溢れてます!」
そう私は言い放った。
「ふふっ、そうですね。ではお願いします!」
レネルアは小さく笑った。
「はいよー。それじゃあね!」
私は箒で浮き上がり、レグルア王国へと向かうことにした。
「次の目的地はレグルアか?」
「うん。ちょうど暇だったしね!」
◇
私はレグルア王国の門が見えた辺りで、箒から降りて歩いて門へと向かった。
……流石に毎回箒どうのの下りをするわけにはいかないのだ。
フィルも箒から降りて、私の隣を歩く。
目の前には、門と壁。どちらもそこまで高いわけではなく、低級の魔物の侵入を阻害する役割だろう。
左手には、少し小麦畑が見えていた。あそこは壁で囲われてはいないようだ。
門を見ると、門番は一人しかいないようだった。
「こんにちはー」
私は、近づいて門番の人に挨拶をした。
初めてくるところだから、ちゃんと門を通らないとね。
「こんにちは。何か提示できる身分証はありますか?」
門番の人は、フィルをちらりと見た後に、挨拶と共にそう質問を投げかけてきた。
この国は身分証の提示式の門のようだ。
大きい国だと、検問みたいなのも入って面倒なんだよねー。これだと楽で助かる。
「はい。白金級冒険者のプレートを持っています」
「白金級……なるほど。お通りください」
一瞬驚いたような表情をした後、門番の人は軽く頭を下げ、そう言って私を通した。
この門番の人はさっきフィルのことをちらりと見ていたけど、今は気にしていなさそうだ。
フィルがいるとたまーに面倒事が起きたりするけど、今回は白金級だから大丈夫だったのかな?
「はーい。ありがとうございます」
◇
街の中に入って少し進むと、奥には大きめの王城が見え、その下には城下町として、レンガ造りの民家が立ち並んでいる。
昼間だからか、今私達が歩いている大通りは繁盛し、多くの人が行き交っていた。
馬車も数台見えるし、人も多い。
道には屋台がいくつか並んでおり、その店主と談笑している親子が見えた。
レグルアはこの街一つで構成された国だが、人は多いようだ。
「えーと、カフェレイテルアか……」
私はメモ帳を取り出し、名前を確認すると、レイテルアを探すことにした。
辺りを見渡しながら歩くと、少し奥に、右向きの矢印が書かれた案内の看板が見えた。
――カフェ『レイテルア』はこちら
「おっ、あったね。フィルも気をつけてー」
「分かっている」
……フィルは小さいから、人混みの中だとたまに見失うのだ。
もちろん、一人で戻ってくることも多いけどね。
◇
「ここね」
私が立ち止まったのは目的地。
見た目は至って普通の石造りのレンガ屋根に、窓もついている。
普通のカフェに見えるが……立て看板には、何やらハートのマークと共にカップル専用メニュー、とかが書いてある。
「カップル限定メニュー、か。カイラというやつは既に恋人がいるのに大丈夫なのか?」
フィルはそう疑問を口にした。
「逆に、カップル……自分を含む、に楽しんでもらえたら嬉しい、みたいな感じじゃない? カップルの気持ちは分かるから、みたいな」
……そういえば、レイテルアという名前、レネルアと似てるよね。
いや、多分関係ないだろう、ウン。
私は頭の中に浮かんだ『バカップル』という単語をかき消すように歩き出した……
「そういうものか」
「あとただの店員かもしれないしねー」
私達が店内に入ると、案外そこは普通のカフェだった。木製の家具に、受付。上からはカンテラがぶら下がっている。
人はちらほらと居て、閑古鳥が鳴いているわけでもなかったし、壁に貼り付けてある手書きのメニューも見たことあるようなものがあった。
あと大事なところだが特にカップルだらけ、ということもなかった。
……少し安心だ。
さて、目的はここの店の店長、だとは思うけど、とりあえずカイラっていう人。
私は受付を見つけると、受付の男性に聞いてみることにした。
「すいません。カイラさんっていますか?」
「はい、うちの店長ですが……何か用ですか?」
……どうやら、店長だったようだ。
つまり、メニューも名前もカイラさん考案ということになる。
「はい。レネルアさんという方からカイラさんに手紙を預かっていまして、この場で渡してしまってもいいですかね?」
「手紙……ですか? 待っていてください、店長を呼んできます」
受付の人は私の言葉を聞くと、怪訝そうな表情を浮かべ、そう言った後に足早に店の奥へと消えていった。
そして、少しすると奥から、受付の人と共に男の人が一人出てきた
「こちらが店長のカイラです」
「こんにちは。カイラです、えっと、レネルアからの手紙を持っているって本当ですか?」
「はい、本人から頼まれて預かって――」
「ほ、本当ですか? だって、今までずっと手紙はとどいてなくて――」
私が言いかけると、焦ったような様子でそう言った。
「お、落ち着いて? ――レネルアさんは、手紙は送っていたそうですが、知らないんですか?」
「――あ、そういえば、手紙あったような……」
と、受付の男性が、思いついたようにそう呟いた。
「え? 勝手に手紙処理してたのか?」
「い、いや……渡し忘れてたっていうか、その、すまん」
カイラがそう聞くと、困ったような表情で受付の人は謝った。
「は、はぁ……そうだったのか。でも安心した。何かあったらどうしようかと……」
ホッと胸を撫で下ろすカイラ。
「え、えっと、もう大丈夫そうですか?」
「あ、はい。すみません、お見苦しいところを……手紙、ありがとうございます。恩に着ます」
そう言ってカイラはぺこりと頭を下げてきた。
このカイラさんはバ――レネルアのことになると少しで暴走してしまう印象があるけど、全く悪い人じゃない、どころかいい人のように見えた。
「いえいえ。それでは私はこれで、さようなら」
と私が去ろうとすると、カイラに引き留められた。
「あ、一つお礼をさせてください。ご自由に一つメニューを無料でご提供いたしますよ」
と、メニュー表とともに提案された。
メニューをちらりと見たが、知らないメニューもあれば、見たことあるメニューもあった……けど、ここで挑戦して見る気にはなれないから、普通のものを頼もう。
私はそう考え普通のカフェラテを頼むことにした。
「じゃあ……普通のカフェラテでお願いします。流石に通りすがりの店で挑戦するのはちょっと怖いですしね」
私はそう言って愛想笑いをした。
「それもそうですね。では分かりました」
カイラさんも小さく笑って、店の奥に消えていった。
◇
私はストローでカフェラテをズズズと飲みながら、窓の外を眺める。
「実はあんまりカフェとか来たことないんだよねー」
「そういえば、旅の道中でも行っていなかったな」
でも、案外悪くないかもしれない。
と言っても明日の私はそんなこと忘れているかもしれないが。
……まあ、それも気ままな旅の醍醐味! ――ということにしておこう。
「そうそう。じゃ、そろそろ出よっか」
飲み干したカフェラテをゴミ箱に捨て、ここを出ようと席を立った時――
「――カップル限定メニューって頼めないのか⁉? だってあれ美味しそうだから気になるんだよ、俺も欲しいんだ!」
とある客の悲痛な声が響いてきた。
声の主は一人の中年男性のようだ。
「申し訳ございませんお客様、それは限定メニューとなっておりまして――」
「……ええっと、あれ大丈夫かな?」
「ふむ、ただのクレーマー、とも言い切れなさそうだし大丈夫ではないか?」
私がそう聞くと、冷静に分析を口にするフィル。
……ほんとにいいのかな?
「それなら出すのやめてくれ! 出すならカップル限定カフェとかにしてくれ! そしたら諦めもつくから……」
なんだか非常に哀愁漂う声だ。
「す、すいませんお客様……」
しかし、店員は……あれ困ってるの? なぜだか本気で申し訳無さそうにしている雰囲気が漂っている。
――ただまあ、ちょっと大変そうだから、手伝っておこう。
私はさり気なくその客の後ろを通ると、足で魔法を発動。
その客の足に電流を流し、床に魔法文字で「一回落ち着きな?」と書いた。
「いてっ! ――あ、ああ……えっと、すまん。じゃあ帰る。お代はこれで」
その客は一度足を振り上げると、床を見て、そう受付に謝罪し、足早に店を立ち去った。
私はそれを見て、魔法文字をすぐに消した。
「そ、そうですか? あ、ありがとうございましたー……」
なんだか困惑している様子の受付をよそに、私も店から出た。
少し店から離れると、フィルが喋りだした。
「ははは、なんだか去り際に面白いものが見えたな」
そう言ってフィルは面白そうに笑った。
「……フィル、前私に『性格が悪いな』とか言ってたわりに、フィルの方が悪いんじゃないの?」
私はフィルを半目で睨んだ。
「確かに、そうかもしれんな」
ニヤリ、とフィルが笑ったような気がした。
「はぁ、まあいいけどね」
私もそう言ってふっと笑った。
最後までお読みいただきありがとうございます。
ちなみに「カフェのメニューって何があるん?」みたいなところが地味に苦労しました。私は""インドア派""なので……
ちなみに、ストローってこの時代にあるのかな? と思ったんですが、イリアにカフェラテをストローですすって欲しかったのであることにしておきました。
さて、最後の方にはなんだかかわいい中年の方がいらっしゃいましたが、気にしないでください。
やっぱり常連の店でカップル専用とか言われると、なんだか悲しくなってきますからね。
……まあ私はカップル専用メニューとか見たことないですが。
今後は、こういった形で完全な日常回、のようなものも用意したいなと思っています。やはり、日常を描くことでこの世界に深み、と言いますか、現実味のようなものが帯びてくる気がしているので、こういった部分もいくつか増えてくると思います。
一、ニ、三話はイリアがどんな人間なのか、というのを多少知っていた方が面白くなると考え、事件的なものが多くなってしまいましたが……
さて、ここからはいつも通りのお願いになります。
「面白かった!」、「続きが見たい!」
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同時に、ポイントの増加により人目に晒されることで、客観的な意見を貰える機会も増えますので、できれば、そちらの方もよければよろしくお願いします!
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「ここはよくなかったな」、「ここ変だな」
と思ったり、そういった違和感や矛盾等を見つけた場合は、上の感想欄やレビュー欄から、それらについて書いてくださると今後の改善に役立ちますので、してくださると非常に嬉しい限りです。
※作者はガラスのハートの持ち主なので、言い方だけはオブラートに包んでいただけると助かるなぁ、なんて……思います、ハハ。
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……もちろん嘘です(伝統芸能)。